6-3:会いて、話して【Ⅱ】
「―――本題に入るわ」
「よかろう」
そう言うと、スズはアンジェの表情に笑みが浮かぶのを見てとる。
余裕だ。
ここからは国のトップが話し合う。
一言一言が、重みを持ち、あらゆる発言はだされた以上、なしにできない。
弁解はできても、修正はきかない世界。
それを自覚した上で感じる。
……アンジェリヌス=シャーロットは、こういう場に慣れている。
そう思わせるオーラがあった。
あくまで東の”長”は、現在不在となっており、アリアが代理に立っている。
実質動かしているのが自分であるとはいえ、補佐をもらってようやくといったのが現状。
対して”王”はどうか。
”朽ち果ての戦役”以降、すぐに”王”となり、その手腕で西を統治していたはずだ。
経験と知識はおそらく上。
……でも、地の利はこちらにある。
いくら”西”のトップとはいえ、ここは”東”の地。
自分の周りには補佐となる人物がたくさんいる。
飲んだくれて倒れてる北錠。
未だに逆さで飯食ってる央間。
はだけた着物が色っぽい南武の女装男子。
いつの間にか飯だけ食って帰ってる西雀の孫。
もったいないもったいない、とか言って残飯あさってるバカ。
……ああ、ダメだわこの”東”…。
そう思いかけ、内心首を横に振る。
……しっかりしなさい。東雲・スズ!
自分を奮い立たせ、視線を強め、言葉を放つ。
「…アンジェリヌス=シャーロット殿。いえ、西の現”王”。この度、わが国にいらした理由を改めて問いたく思います」
「観光、というにはいささか時期が悪かったかの」
「ごまかさないでいただきたい。”朽ち果ての戦役”以降、”西”と”東”の国交は断絶状態。互いを結ぶのは中立地帯による物資の運送のみ。その状態で使者でなく、国のトップがこうして現れたのです。理由を問いたいのは当然のこと」
●
アンジェは、スズの真っ直ぐな目を見た。
”長”とは、東における”王”の地位。
それを背負う者として、スズの真剣さが垣間見えた。
……背負う覚悟を持った目じゃな。
まだ、充分ではない。
経験も、知識も途上で未熟。
しかし、
……ワシの最初よりはいい。
そう思えた。
「…ワシが初めにおぬしに言った言葉を覚えているかの」
「ええ。確か”大切な話がある”とか」
「そうじゃ」
「では、それをお聞かせくださいますか?」
「無論、ワシはかまわん。しかし、問題がある」
「なんでしょう」
「ワシは”東”を認め、頼りここに来た。だが、”西”は果たして認められているのか?」
「どういう意味ですか?」
「今、ワシは不利な状況にある。お主達が言うなら、ワシにとってここは”敵”の地であろう。敵陣の中に飛び込んだ将が話し合う前に行うことは決まっておる」
「なんでしょう」
「これじゃ」
●
スズは、アンジェがあぐらをかいた脚を指差す動きを見た。
真っ先に反応したのは、外野だ。
「なんだぃ、美脚対決かよぉ。スズよ、お前さんの負けだなぁ」
「何を言うご老体。このゾンブル、その意図すでに見切っている! つまり、野球拳でカタをつけるということ! 脱ぐのは下から! 完璧ッ!!」
「違うわよ。2人とも間違ってます。これはあれよ、えーっと、そう”きゃっとふぁいと”の合図ね!」
うるさい、と言いたいが、いらん声は頭から追放し、アンジェに問う。
「何を求めているのですか?」
「ワシなりの”決闘”の申し込みじゃよ」
「決闘?」
「東でいうところの”果たし合い”じゃ」
「戦おうというのですか。なんのために」
「立場を決めるためじゃ」
アンジェは言う。
「互いの立場がどうであるか、それを己の力量で決める。トップとして、最もシンプルな決め方ではないかの」
「原始的ですね」
「だが手っ取り早い。はっきりさせようではないか。―――”東”と”西”どちらの”頭”が強いのかを」
●
リファルドは、一連の話の流れを見てこの展開が読めていた。
アンジェが相手を真に量るとするなら、決まってこの方法だ。
言葉はいくらでも繕える。
だが、体は正直だ。
……無茶をする。
敵とされる地のど真ん中で、こうして向き合い、そのトップに戦いを申し入れる。
一点集中突破。
下手をすれば全滅という危うい方法。
しかし、
……長々と話している時間はあまりない。
”西”には、今”王”がいない。
ウィズダムがいれば、しばらくはごまかせるだろうが、民には”王”という象徴がなくてはならない。
加えて”狂神者”すら置いてきた。
東の地での対話に早期に決着をつけ、結果を持って戻らなければならない。
それも、最善の結果をだ。
●
スズは、相手の意図を量る。
……正気?
勝敗の問題ではない。
今の発言の問題だ。
話し合わずに、戦う。
その危険性を知らないわけではあるまい。
戦いでは、常に勝者と敗者が生まれる。
優劣が決まれば、もはや覆せない。
……何を考えているの。
この判断はいささか早急すぎる。
考える時間が必要だ。
そう考えていると、
「―――いい案じゃねぇの」
声がきた。
視線だけを動かし、襖が全開の入り口を見る。
そこには、ムソウが戻ってきていた。
だが、スズは毅然として告げる。
「ムソウ。ここは国の話し合いよ。口を出さないで」
「いや、違うね」
そう言って、ムソウは歩いてくる。
「これは、もっと単純だって」
そしてスズとアンジェの間に座り込むと、
「スズ、お前が勝てばいい。それで”東”は安泰だ。」
そう言って、不適に笑った。
「勝てって…、そんな簡単に戦えるわけ…」
ムソウの言うことは、国を賭けて戦え、ということだ。
真に全てを背負って戦え、と。
”長”として必要なこと。
それは常に覚悟として示せなければならない。
……私にできるの?
目の前にいる”王”は簡単に言ってのけた。
それは、きっと全てを背負っての発言だった。
勝てば全てを得て、負ければその逆。
シンプルで分かりやすい理屈。
いいのか。
そんな全てを賭けるような真似が許されるのか?
周囲を見回すことはしない。
不安を悟られないように目を閉じる。
長い思考だ。
ふけり、考えを練る。
イエスか、ノーか。
それとも時間がほしい、と言うか。
迷い、ふと、ムソウの声が聞こえた。
「みんな巻き込まれるつもりさ。お前が”長”になると決めた日からな」
スズは、内心で気づく。
必要な”覚悟”はすでに周りが示してくれている。
足りないのは、
……私の決意だけ…
思いを固め、そして告げる。
取り消しのきかない、しかし取り消す気もないその一言を。
「アンジェリヌス=シャーロット。あなたの提案を受けます。そして、決めましょう。”東”と”西”のどちらが優位であるのかを」




