6-3:会いて、話して
日が沈み、空は夜へと流れていく。
子は家に、親の元へ帰り、動物達もまた動きを変える。
多くの声は、それぞれの家の中へと移っていく。
そして、ここにも1つの団欒があった。
「ウィル、そこの醤油とってくんね?」
「ほいッス」
「さんきゅ」
「そんなに味薄いかしら~?」
「いや、違うぜアリアさん。今日は動き回ったから塩分ほしくなったんだよ」
「あ~んたは、キセルの吸いすぎなんだよぅ。たまにはハーブだよ! …ヒック」
「リファルド! うまいぞ! 東の料理、超うまいの!」
「確かに…西とは違うまた素朴な味わい…。一級品と言っても過言ではない…!」
「あら~そんなに褒められると母上は照れてしまうわ~」
「あいかわらずの冴え、このゾンブル、ご賞味あずかり感謝感激!」
「あの…ゾンブルさん。食べるときは天井に逆さにぶら下がらないでほしいんですが」
「いい味だなぁ。ばあさんの面影があるってぇ」
「両手使ってごはん食べるの久しぶりですね」
そんな和気藹々とした光景を見て、1人が箸をおき、立ち上がる。
そして、大きく息を吸い、
「何なのよ! このいつもの食事風景はーッ!?」
叫んでいた。
「スズちゃん、お食事中はお行儀よく叫びなさい」
ふふふ、と微笑みつつアリアがそうさとすが、当のスズは聞く耳もっている場合ではなかった。
「母上! これは異常事態ですよ!?」
「あら、そう?」
「そこにいるのは西”王”なんです! この場でのんきに”東の料理うまい!”って言ってるそこのが!」
スズが指差す先、アンジェがスプーンで白飯をほおばっている。
外国の”お客”は箸がこれっぽっちも使えなかったのでクレアがその場で適当な金属を形状加工して造っていたりする。
ちなみに、使ったのは適当にその辺に飾ってあった刀の刀身なのだが、まあ抜くことはないのでばれないであろう。
「あら、そうだったわね。母上うっかりしてたわ」
「うっかりじゃないんです! かなりやばい状況なんです!」
見ると、アンジェはもの珍しい東の住人に興味津々だ。
「リファルド! リファルドなぜあの者は女のファッションをしているのじゃ!? 似合うからか!? それとも趣味か!?」
「南武・ランケア殿ですね。私は昔聞いたことがあります。あれはおそらく”女尊”というものです。東には男性が女性を敬う習慣があるとかないとか」
「違いますよぉ!?」
ランケアの抗議を無視して、次に彼女の視線が向かうのは天井にぶら下がって器用に握り飯を食べる黒装束の怪しい奴。
「見ろ! リファルド! 忍者! 忍者じゃぞ! 本物じゃ!」
「いかにも、私が央間・ゾンブル。サインは食事の後で御免!」
そう言っている間に周囲も奇天烈な行動をするのがいる。
「クレアぁ、3杯目くれぃ」
「少々お待ちを」
「って、お前はまぁた白飯よそうのにスパナ使うのかぃ!」
「鉄分とれますよ。あ、小さい螺子もトッピングします?」
「なんで白飯に鉄入ってないとならんのじゃぃ!」
そんな西雀家。
その隣では、
「あ~、久しぶりの地酒うめぇ…。もう仕事したくな~い。そこのお嬢ちゃん~一緒に女の武器をべんきょーしようか~」
「あ、ちょっと! フォティアさん、ボク男で…! よ、酔ってますね!? ひゃぇッ!? そ、そこらめぇ!」
飲んだくれの親父と化したフォティアがランケアに襲い掛かっていた。
もはやただの宴会場である。
そして、アンジェが告げる。
「―――では、本題に入ろうかの」
「入れるかーッ!」
叫び、ドカッと腰を降ろすと、姿勢の良い正座で白飯を一口食べる。
……父上は、昔、こんなのをまとめてたんですね。凄いですね。本当、すっごく凄いですね!
目の前の現実にイラつきながらも、しかしこの場がまとまらないのは自分の力不足と感じるのもあった。
部下がだらけるのは自分の責任である。
「ムソウ、元はといえばアンタのせいよ」
「なんだよ。俺様は、腹減ったから飯食ってから話そうって言っただけだぜ? おい」
「とりあえず外部には”観光客”って伝えてるけど、どうするつもりよ」
「どうにかすんのがお前の役目だろ」
「この無責任侍…!」
「飯の場ってのは、自然と口が緩むもんさ。ミステル内でわーわーやってるより、こういう場の方がまとまる」
「現状でまとまってないんだけど」
「お前はいつも焦りすぎなんだよ。もう少し落ち着け。その内良くなる」
「その内って…」
あまりに適当な物言いに呆れ、何かを言い返そうとした。
しかし、ふと思い、考える。
……焦りすぎ、なのかしら…
そうも考える。
”長”となる者としての責任に1人で挑もうとして、それは間違いだと今日の仮想訓練で気づかされた。
そして、気づくきっかけをくれたウィルは、
「アリアさん! おかわりお願いします!」
「あらあら、ウィル君今日もよく食べるわね~」
「それほどでもないッス!」
「なんであんたは自然な流れで5杯目頼んでるのよ!」
「5杯目じゃない! 7杯目ッス!」
「そこじゃないわ!」
その様子を見て、ムソウが笑い、そしておもむろに立ち上がる。
「んじゃ、俺様先に寝るからな」
「あ、え? ちょっと…」
「なんだよ。俺様は当主じゃないから、別にいなくてもいいはずだろ」
「それは…。そうね、さっさとどっか行って」
「はいはいっと」
ムソウが手を振って去っていく。
その背を見送り、周囲を見てふと気づく。
……あのオッドアイの男がいない…!
まさか、と悪い思考が頭の中に浮かぶが、
「―――心配はないぞ、スズ」
天井から逆さ忍者がそれだけを言ってきた。
「心配ないって…」
「あの者達は、互いの顔を見合わせて出て行ったのだ。どこかで、因果があったのだろうと、私は見ている」
「…そう」
言われ、警戒していたのは自分だけでない、と改めて知る。
いつも下着を抜き取られるので、そればかりに目がいきがちだが、ゾンブルも一応当主。
それも、歴代を通して諜報に長けた者。
周囲に目を配ってくれているのは当然だ。
「…ありがと」
「私は己の使命を全うするまで。スズも己が役割を見定めるとよい」
「そうね」
スズは、改めて前を向く。
そして、叫んだ。
「宴会終了ーッ!」
●
山に月の先端が見え始めている。
屋敷の縁側を歩きながら、それを眺めていたエクスに声をかける者がいた。
「―――よう、1人歩きか」
見ると、ムソウが立っていた。
「…追いかけてきたのか」
「そうだな。”家”に不審者入れてんだからそれぐらいするさ」
「ここが、お前の家…?」
「そうだよ。ここが、俺の帰る”家”だ」
呟き、ムソウは、へっと笑うとキセルをくわえる。
火はついていない。
「”家”か…」
「なんだ」
「いや……」
エクスは、少し間を置き、
「…いい場所だ」
そう小さな声で言った。
うらやましがるようで、少し違う。
「……なんだ、お前そんなしんみりする奴だったか?」
「しんみり?」
「いろいろ思い返して、考え込む奴だったかね、と思ってよ。最初にお前と会った時は、妙に真っ直ぐすぎる奴だと思ってた。悪く言えば、ただ淡々と機械的な奴、って感じだったかね」
「…そうか」
機械、という単語に今は過剰に反応することはない。
すでにエクスは痛みを知った。
失う辛さも。
現実に打ちのめされることも。
自分の命が皆と等しく重いということも。
その上で、応える。
「そうだな…。俺は、ひどい奴だったのかもな」
「やけに自虐的だな。モテないぜ、そういうのはよ」
「モテる? よくわからん」
「女に好かれないってことだ」
「かまわんさ…」
エクスは、首に下がるペンダントに触れる。
目を伏せ、自分に託されたものを思う。
「―――もう、迷いはない」