6-2:久しぶり【Ⅱ】 ●
「お前…」
そう呟いたのはエクスだった。
ムソウは一瞬だけエクスに眼をやるが、すぐに視線をアンジェに移す。
「よう、直接会うのは初めてだな。西の”王”様。 アンジェちゃんでいいのか?」
いきなりそんなことを言った。
「ちょっと! いきなりあんたは…!」
スズが慌てる。
当然だ。
国のトップが面と向かって話しているこの状況で、あまりに軽率である。
「ワシは別に気にせんのじゃ~」
「アンジェリヌス=シャーロット様はお黙り!」
気迫で髪が逆立つスズに、アンジェがやや恐れおののく。
「別にいいだろ。客なんだしよ。なあフォティアよ」
「…ああ、まあね。そんなところさ」
フォティアが静かに肯定する。
「なら問題ねぇな」
「おおありだって言ってんでしょ!」
「そう怒るなって、着物ずれてんぞ」
「へ、嘘…! ……って、ずれてないじゃない!」
そう叫んだ、スズが顔をあげた瞬間。
「ほい」
ムソウの左腕が一瞬でスズの着物の腰布を引き抜いた。
「へ…?」
スズは呆けていた。
その動きはまさに神速。
刀の抜刀で見せる以上の、達人の冴えを感じさせる。
完全に引き抜かれると同時、着物の前は、大きくはだける。
白い肌が見えた。
そのまま首もとの鎖骨から、成長途中のふくらみがあらわになりかけ、臍までがふわりと開かれる。
その途中で、
「き―――」
体の奥から顔に熱があがり、
「きゃあああああーっ!?」
我に返って、前を閉じ、その場にしゃがみこんだ。
「なるほど今日も黒か」
「うっさい! バカ!」
「まったく、怒ると隙だらけだよな。おい」
そう言ってムソウはカッカと笑う。
奪い取った腰布を頭上に掲げて垂れ幕のようにチラチラと揺らす。
「な、なにすんのよ! 返しなさいよ!」
「俺様に奪われたら最期、自分の腕で取り返すこった。ほーれほれ」
「この…変態侍!」
叫び、スズが飛びかかる。
しかし、
「おっと残念」
ムソウはわずかな足運びだけで奪取の手をヒラリと避わす。
単純に身長差もあったが、何より問題だったのが、
「見えるぞ」
「いっ!?」
スズの顔が赤くなる。
動きすぎると、また着物が開いてしまう。
なのではだける着物の前を右手でおさえなければならないわけで、
「ひ、卑怯よ!」
「油断した奴が悪いんだ~って」
「く、このこの!」
そんなやりとりをしている2人を見て、アンジェが叫ぶ。
「リファルド! まずいぞ!」
冷や汗をかくアンジェを見て、リファルドがいつもどおり対応する。
「どうしたのですか、アンジェ?」
「このままでは脱ぎ芸の王座をとられてしまうぞ!」
「アンジェ、いつからあなたは脱ぎ芸の王座に座っていたのですか?」
「何を言う! 見よ! このワシのナイスなプロポーションを! そして、この一点の曇りもない美しき肌! 恥じる部分など微塵もなし! ならば脱ぎ芸王はワシじゃ!」
「ポーズはバッチリですが、最期の理屈に繋がってませんよ」
む!、とアンジェが見る方向を変える。
そこには、
「…あの~アンジェさん。どうして私を見つめてるんでしょうか~?」
リヒルがいた。
「リヒルや。よく見ると、おぬしもなかなかの体つきをしておるの~」
「え? あ、いや~アンジェさんほどじゃ…、あの、なんですか、その手…? すごく握る準備してますけど―――、ていうか、どうして低い姿勢でこちらに歩みよって…」
次の瞬間、2人目の悲鳴があがった。
●
……何をやっているんだ、この連中は…?
エクスは、半目でそんな状況を見ていた。
国の長が集まり、一触即発かと思えば、着物の前がはだけそうになっている東の”長”がムソウから必死に腰布を奪い返そうとピョンピョン跳ねていたり、
「―――きゃ、や、やめてくださ、や…だめ! そこだめですう…!」
「なるほど、ここは同じくらいじゃな。では次は―――」
「うお!? アンジェ! リヒル殿の服から爆弾が!?」
西の”王”が、リヒルを羽交い絞めにして逃げられなくしてから、執拗にあちこちを揉んでいる。
リファルドは、その行為よりもリヒルのスカートの下から何個か落ちてきたピン付き手榴弾を戦慄していた。
着痩せ、やら、黒のレース柄、やらいろいろな単語が聞こえるが、自分にはよくわからない単語だ。
騒がしい。
そう思いながら、しかし、
……懐かしい…か。
そうも感じた。
未来で、ライネと共に過ごした場所で、こんなことがいつもあった。
ちょっとしたことをきっかけに大騒動に発展して、いつも半目でその光景を眺めていた。
ライネは、いつものことだよ、と騒ぎの中からそう言っていた。
そんな昔を思い出している。
自然と口元に笑みが浮かび、そしてふと、
……俺は、今、笑ったのか?
見知らぬ地。
見知らぬ者達。
先が何も見えないこの場所で。
不安しかないこの状況下で、
「俺は…笑った、のか…?」
なぜ、と問う。
しかし、その思考は、
「―――エクス! 久しぶりッス!」
ふと、久しぶりに聞いたその声によって中断した。
声の方を見ると、そこにはこの世界にきて初めて会った少年がいた。
「……ウィル=シュタルク…?」
エクスは、少年の名を呟いていた。
少し驚きもした。
てっきり”カナリス”にいると思っていたが、こうしていきなり再会するとは思ってもいなかったからだ。
「”カナリス”はどうした?」
「それが、クビになったッスよ」
「どういうことだ」
「いろいろ考えたから、話すと長くなるッスね…」
「…そうか」
再会したウィルは、少しだけ髪が伸びているようだった。
エクスは、ユズカの言葉を思い返していた。
……真の”鍵”、か…
ウィルの存在こそ、歴史を変える切り札。
しかし、このことはおそらく、リヒルやシャッテンも知らされてはいないだろう。
知るべきでない者が、未来を知ってしまう。
それによって運命が変貌する危険性がある。
今、自分が知りえているだけの運命がそのまま履行されるには、
……俺は、全てを隠した上でウィルを守り抜かなければならない、ということか。
エクスは、時間に影響されない。
つまり”存在しない者”だ。
だからこそ、その事実を知ることができたのだ。
未来を変える”鍵”がウィルであるなら、”開く可能性”は自分自身にかかっている。
しかし、それはエクスの中で、もはや使命ではない。
”神”に対するエクス自身の”復讐”。
ユズカにとの”約束”。
そして、ライネの”願い”。
数瞬でそれらの思考をまとめ、エクスは目の前の少年に向き直る。
「あれ、エクスの左目…」
ふとウィルが首をかしげた。
その視線が、自分の左目の”紅”に向けられていることに気づく。
外観の大きな変化だ。
未来の技術、と説明するわけにもいかない。
どうごまかすか、と考えていると。
「これは…」
「あ~なるほど…」
ウィルが腕を組み、納得したかのように頷く。
「―――充血ッスね」
「…お前がバカで助かった」
「え? あれ、違ったッスか?」
「いや、それでいい…」
そう言って、エクスは天井を見上げ、一言告げた。
「お互い、いろいろあったということだ」