6-2:久しぶり
夕刻。
急ぎ足のスズが東国の最南にあるミステルにたどり着く。
見上げると、すでに”バクレッカ”と見たことのない艦影が着艦した後であった。
しかもその正体不明の艦の下にくっついているのは、
「”リノセロス”…本物?」
視線を正面に戻して、歩を進める。
「状況はどうなってる?」
問う相手は、入り口に立って半ば呆けていたミステル管理の職員。
「あ、いえ。私もよく……ス、スズ様!? 失礼しました!」
こちらを見るなり、職員がかしこまる。
「いいから状況を話して…、あー、いいわ。自分で確かめる」
「場所は、5番ゲートの先です」
「”バクレッカ”専用ゲートね…。ありがと」
「いえ。失礼いたしました」
スズは建物内に入っていく。
”東”のミステルは、広い。
自分が小柄なせいでよけい広く感じる。
5分ほどかけて5番ゲートに近づいていくと、ふと気づく。
人だかりだ。
フォティアの部下で”バクレッカ”の乗組員である者達と、西雀の技術者達が互いに言い争っている。
……まさか、もうトラブルになってるの…!?
噂が広まるのは早いとは言うが、ここまでとは。
事態収拾のため、まず声をあげようとした。
その時、
「…大声あげる必要ないよ。チビ姫」
声をかけられた。
スズは、ハッとなり横を向く。
そこには、フォティアがいた。
やや呆れ顔で。
そして、取り付けられた椅子には複数人が座ったり、立っていたり。
両目がオッドアイの赤髪の男。
長身でさわやかな苦笑いを浮かべた男。
何かをごまかすようなニコニコで波打つ金の長髪を持つに黒い服の女性。
いずれもスズが初対面の人物ばかり。
その中から話しかけてきたのは、
「あー、東雲・スズじゃな。ワシが西の”王”じゃ。よろしく」
そんなことを言って手を振る金髪の女性。
こちらもやや苦笑いを浮かべていた。
「え…、”王”って…」
本当なのか、と疑いもする。
てっきり、西”王”関連でのトラブルかと思っていたが、肝心の本人を囲まず、向こうの集団は何をもめているのか。
そう思いながら目を向けると、会話が聞こえてきた。
「―――あの”艦”はなんだ!?」
「―――独創的なフォルムだ。ぜひ内部構造を調べたい」
「―――そうだ! 技術とり放題だぞ! スズ様が来たら最期だ!」
「―――乗り手に興味はない。技術だ! うおお! 内部が見たいーーー!」
そんな会話である。
蜜にたかってきた蟻なだけだった。
「いや~、びっくりしたのじゃ。出るなり、いきなり待ち伏せされたと思ったが…、すぐに集団からほっぽリだされての…」
「待ってたんです~」
「なんか、別の意味でお騒がせして申し訳ありません。東雲・スズ殿」
スズは、若干額に青筋たてつつ、
「解散ーーーーーッ!!」
蟻共に対して声を張り上げた。
●
スズの入った数分後、ミステルの入り口にムソウがたどり着いていた。
「…ついにきたな」
そう呟き、中に脚を踏み入れようとすると、
「あれ、ムソウさん」
呼ばれ振り向くと、そこにはランケアとウィルがいた。
「あん? なんだお前らがなんでいるんだよ。おい」
「それがですね、ウィルさんと機体操作についての反省してたら、周りの技術者が一斉に走り出して…」
「すっげぇ速かったっスね。運動不足だ~、とか言ってたけど全然そうは感じなかったッスよ」
「ウィル。お前、腹が減って動けない時、数キロ先にステーキあると知ったらどうする」
「全速疾走ッス」
「それとおんなじだよ」
「なるほど。わかりやすいッスね」
そんな話しをしていると、建物の奥からやってくる人影が見えた。
先に走っていった西雀の技術者達だ
「あれ、いったいなんなんスかね? みんな元気ない」
「どうやら、ご馳走を逃したようですね」
「ちょうどいい。お前らもついてこい。どうせ後から会うしな」
「誰にですか?」
「行けば分かる」
●
人が極端にはらわれた5番ゲート前。
そこで、スズとアンジェは改めて向き合うことになった。
落ち着きを取り戻したスズの表情は、険しいものになっている。
当然だ。
さっきのことで少し意表をつかれたが、それでもこの状況は異常だ
すると、フォティアが横から声を入れる。
「そう険しい顔するんじゃないよ。チビ姫」
「フォティア。ここにあなたもいるってことは、西の”王”をここまで連れてきたのはあなたということでいいのよね」
「ああ。そうだよ。必要だと判断した上での行動だからね」
「捕らえずに案内を選んだ理由は?」
「ここで話せることじゃないね」
「どういう意味?」
フォティアが、キセルをくわえる。
「…あの”戦役”に関わることだよ」
「…!」
スズの目が見開かれる。
「もしかして…」
「そういうことだよね。アンジェリヌス=シャーロット殿」
問われ、アンジェが頷く。
「東雲・スズ。ワシは、大切なことを話したい。全てを知るわけではないが、だからこそ、全てを明らかにするために、”東”に来たのじゃ」
アンジェはそう言う。
しかし、スズは簡単には頷けなかった。
知りたいという思いが強くある。
ムソウの語らない父の死に関する”真相”が分かるかもしれない。
自分の中で長い間納得のいかなかったことが明らかにできるのではないか。
そう思い、しかしふと自らを律する。
そして、見せるのは”長”として顔。
それを持って”王”に告げる。
「…アンジェリヌス=シャーロット。あなたの言うことが本当であると、どう証明しますか。フォティアの許可を得たかもしれないけど、私の判断はまた別です。”西”は本来、敵対しています。現状況で、”西”の王が1人でこの場所にいることが、どれだけ危険な結果を招くかわかっているのですか?」
”東”にとって”西”は敵。
スズは、そうはっきりと伝える。
それはスズ自身の意思ではない。
”東”の長としての言葉。
「あなたと私の間に絶対的に不足しているのは”信用”です。初めて会う者同士が互いの言葉を信じあうことは難しいと分からないわけではないでしょう」
”信用”というスズの言葉。
アンジェにとって、それは最も懸念していた言葉だった。
フォティアとは短い時間であったが、交流があった。
アンジェの本質を知るからこそ、説得できたのだ。
しかし、スズとアンジェは今が初対面。
リファルドも、エクスも、リヒルも、誰もが初対面だ。
状況が悪い、と誰もが感じていた。
その時、
「―――よう、お久しぶりだな。”最速騎士”さんよ」
その声が聞こえた。
皆が声の方を振り向く。
そこには、隻眼の男がいた。
「ムソウ殿…!」
キセルをくわえたその男は今この場にいる全ての者達をつなぐことができる存在だ。