6-1:"砲"の番人【Ⅱ】
4歳の時だ。
アンジェは、父と共に東の地を訪れていたことがある。
父、アルカイド=シャーロットは結構自由な思考の人物であった。
長きにわたる”西”と”東”の対立の歴史において、それほど意識してはいなかった。
そのためだろうか。
こっそりと”西”を抜け出して、お忍びで”東”の地に何度か行っていたようだった。
もちろん、かなり国際問題である。
当時まだ髪に色があったウィズダムは、あまりに奔放すぎる主であり、友であるアルカイドの行動に頭を悩ませていたようだ。
そんな中で、1回だけアンジェも連れて行ってもらったことがあったのだ。
もちろん、やばいくらい国際問題である。
しかし、”東”の地で得られたもの全てがアンジェにとって、新しい世界だった。
”西”と全く異なる文化がそこにはあった。
縦に高い建物ではなく、横に広い建築物。
街中、道の中に無造作ながら、適度に整えられた草木。
そして、あの人とも出会ったことがある。
―――お、それが君の娘かい、アルカイド。―――アンジェリヌス、か。いい名前だ。”西”で”祝福”の意味も込めたんだね。
東雲・イスズ。
父よりも髭は薄かったが、雰囲気がすごく似ていた。
今思い出すと、娘がいたら頬ずりしてそうな気がした。
偏見かもしれないが。
―――え、最近一緒にお風呂に入ってくれない? それはお前、あれだよ。なんだっけ、ははは。ざまぁみろ。私はこれからだよ」
互いに肩をたたきあう2人を見て、アンジェは初め困惑していた。
すると、後ろから声をかけてくる人がいた。
―――何してんだい。いい大人が2人して道の真ん中で。
鋭い目つきだが、まだ鼻先に傷のなかったフォティアだった。
理由は知らないが、でかい散弾銃を担いでいた。
―――おお、フォティア。どうした、山狩りかい?
―――そうだね。今日こそあの山賊をぶちのめして来ようと思ってね。
アンジェは思った。
きれいだけど怖い人だ、と。
すると、フォティアがアンジェに気づいて見下ろす。
すかさず、父の手にしがみつく。
すると、フォティアはしゃがみ、目線をあわせて―――頭をなでてくれた。
―――よう、アタシはフォティアだ。お前さんの名前は?
恐る恐る名乗る。
―――アンジェリヌス? 長いね。もっと響きをよくしよう。……そうだ。”アンジェ”がいい。語呂がよくて、呼びやすいしね。友達ができたならそう名乗ってみな。
それが、フォティアとアンジェの出会い。
それから、3日間だけであったが共に東の地を見て回った。
いろいろな人がいて、いろいろな物とであった。
そのどれもが痛烈で、忘れることができない。
”西”に帰るとウィズダムにアルカイドと共にこっぴどく叱られたが、それでもまた行きたいと思った。
行けば、きっと楽しいから。
幼い身ながら、世界は広いのだとアンジェは心から思った。
だが、その数週間後…”朽ち果ての戦役”が起こった。
●
『―――まさか、観光に来たとか、とち狂ったこと言うつもりじゃないだろうね』
「ダメか」
『ダメに決まってるだろ』
映像の向こうにいるフォティアが、ため息をつくのが見えた。
『…この”東西国境線”は、”西”と”東”の対立の最先端だ。ここに”王”として来たのなら、その意味を示してもらわないとね。まずは”東”の防人であるアタシにさ。…返答によっては、分かってるね?』
フォティアが言うと同時に、
『警告。敵艦隊こちらに主砲を向けています。いつの間にか囲まれてるのでーす』
「「「だから早く言えつーの」」」
『話聞いてたら忘れてました。ソーリー』
そんな外野の話を置いて、アンジェは深く考えていた。
……”王”がここに来た意味を示せ、か。
そう、自分は”王”。
国の最高指導者として、”東”と話しにきたのだ。
アンジェは顔をあげる。
「―――東雲・イスズの死、その意味を示そう」
その言葉に、一瞬の沈黙があった。
『……どういう意味だい』
「言った通りじゃ」
『それは、”朽ち果ての戦役”に触れるということになるよ』
「そうじゃ。これまでに失われた者達が、残してくれたものがある。それを無駄にせぬために。ワシは今、話している」
『……少し待ちな』
その言葉を最期にウインドウが消える。
●
フォティアは、別の映像の先にある小さな艦影を見据える。
脚を組み、右肘をその頂にのせる。
右手甲に顎を乗せ、思考した。
……”朽ち果ての戦役”ので失われた者達の意味、か。
意味など1つしかない。
自分達が生きているという結果だ。
過去の死者達が、生者達の未来をつくる。
……それだけじゃないってのかい。
ここで、あの艦を落とすのはたやすい。
無力化して”王”も含めて船員をふん掴まえてから”東”に帰ってもいい。
艦の下にくっついて牽引されているのは”リノセロス”だ。
”最速騎士”もあの艦に乗っているのだろう。
……リノセロスが起動する気配もない…
戦うことは簡単だ。
だが、ふと思い出す言葉がある。
”東の者が戦うときとは、守る時たれ”
ここで撃つことが”東”を守ることになるのか、と自身に問う。
数秒。
しかし、充分に長い思考をもって、答えを得る。
●
話すアンジェとは別に、リヒルは周囲を取り囲む戦艦を見ていた。
「…大丈夫ですか? 砲撃がすぐにもきそうな感じが…。”ナスタチウム”、一斉砲撃された場合の回避確率は?」
『0.1%です』
「ああ…砲撃に死角なし。絶望的ですね。よくわかりました」
『必要に備えて、”砲撃回避用バレルロールスペシャル”のプログラム準備しときまーす。OK?』
「いや、それ使うとこっちが死んじゃうので却下で」
『では、”マイルド”に。生還率が3%上昇します』
「充分だな」
「そうですね。回転には慣れてます」
「いや、そう感じるのはあなた達だけですよ!」
『あ、通信着ました』
「つなぐのじゃ」
再びウインドウが開く。
そして、
『―――”東”に案内する。ついてきな』
そう告げてきた。
「…いいのか」
『示してくれるんだろう。アタシ達を生かしてくれた、先達の戦いの意味を』
「ああ」
『ああ、ならいいよ。案内するさ。”東”の地でその意味を知りたがっているのが結構いるんだよ』
あっさりとした対応だった。
そして、その表情はどこか安堵しているかのようだった。
最期に、アンジェが問う。
「…フォティア。そなたは、”西”が憎くはないか」
『憎くないといえば、嘘になるね。だけどそれ以上に奪われた意味を知りたいって思うのさ。単純に憎むだけでは、何も終わらない』
それに、とフォティアは続ける。
『うちの”姫”が一番知りたがってるはずさ。何もかも1人で背負い込もうとする大人ぶったガキだけどさ』
そう微笑を浮かべていた。