6-1:”砲”の番人 ●
夜が明けようとしていた。
東の空に日の昇る気配があるそこは、早朝の荒野。
東西国境線。
”朽ち果ての戦役”において、荒れ果てた草木の1本とない無人地帯。
明確な線引きは曖昧だが、おおむね東の領土として世界では認知されている。
その上空には、常に巨大な戦艦が鎮座する。
東における火力たる大型砲撃戦艦”バクレッカ”だ。
「未確認の船…? この東西国境線にかい…?」
「はい。間違いありません。照合に該当なし。船速も速く、おそらく”カヤリグサ”並かそれ以上かと」
部下の報告を受けて、艦長席から1人の女がいぶかしげな声を出す。
「それ以上、ね。そうそう口にできる報告でもないね」
言うなり、女はキセルの灰を灰皿に落とす。
鼻先に横一文字の切り傷を持つ女だった。
眼光は鋭く、長い亜麻色の髪を後ろで1本に縛っている。
そして、纏うのは東の当主の証たる特注の着物型戦闘服。
「望遠で視認できるかい」
「はい。映像がもうすぐ―――出ます」
女が言うなり、部下が応じる。
ブリッジ中央に空間ウインドウが展開されるとそこに、正体不明の艦影を映し出される。
「なんでしょう。見たことのないタイプですね」
部下が、首をかしげる。
すると、女が告げる。
「―――各艦、戦闘態勢に入りな」
迷いのないその一言。
「いいのですか? まだ所属も判明していません」
「理由が知りたいかい? 東の艦じゃない。アタシも見たことがない。なら撃ち落とす。わかったかい?」
「御命のままに!」
納得した部下が、周囲の艦に戦闘態勢を伝達する。
●
ナスタチウムブリッジでは、
「北錠・フォティア…あやつとの対談から、まずは始めねばならんの」
そう呟くのは、金色の髪をサイドで縛っている麗美な女。
西の”王”こと、アンジェだ。
「誰だ、そいつは」
そう尋ねるのは、腕を組み壁に背を預けているエクス。
「知らんのか」
「まったく知らん」
首をかしげるしかないエクス。
すると、その近くにいるリヒルがフォローする。
「あ、すいません。エクスさんは、つい最近まで、山奥で暮らしてたので、世間の情報にとんちんかん過ぎるんです。頭空っぽに近いので、説明してもらえると助かります」
「…そういうことだ」
やや、不満げな表情を浮かべつつ、エクスはそう言った。
「仕方ない説明してやろうかの。…つまり、撃ちたがりのクレイジーな女…といったところかの」
「精神に問題があるのか?」
「そうじゃ。奴はとにかく撃ちたがる。出会い頭にぶっ放されてもおかしくはない」
「…場合によっては強行突破だ」
そんな会話を聞いて、リファルドがため息をつく。
「アンジェ。もう少し具体的に説明してください」
「あれ、わからんかったかの?」
リファルドが、エクスに向き直る。
「エクス殿。あなたは、東の当主についても知らない、と?」
「ああ」
「細かい部分は省きますが、北錠家は代々、東国の”砲”を司る家柄。つまり艦隊戦指揮のエキスパートになります」
「どういう奴だ」
「そうじゃの。ワシとタメはれるぐらい胸がでかい。グラマラスな女じゃ。負けるわけにはいかん」
「容姿はどうでもいい」
「”東”と”西”の東西国境線があるのは知っていますか?」
「知っている」
「そこの”東”側の管理者が北錠・フォティアという女性です」
「さっき、言っていた個人についての情報は本当か」
「あ、いえ、撃ちたがりというのは……あながち間違ってもいませんが。いや、しかし相手も人間ですので話し合いの余地ぐらいは…」
「…事実か」
「昔、撃たれたことがあるのじゃったな」
「リファルドさ~ん。あなたが、自信もって言ってくれないと不安ですよ~」
「とにかく彼女と話をして、”東”へ通してもらうことが最善の策になります」
「交渉は誰がするつもりだ」
「ワシじゃ」
アンジェが腕を組む。
その双眸は、先ほどよりも、やや真剣みがある。
「”東”と”西”もない。世界で起ころうとしていることを、我々は互いに話し合わなければならん。古き時代から続く、負を断ち切れるまでとはいかずとも、今抱えている問題には解決のきっかけが必要なのじゃから」
そう言っていると、艦のアナウンスがなった。
『ピンポーン。おはようございます。こちら元気なAI”ナスタチウム”。今、夜明けになり、東の空に良い日の出がありまーす。ぜひ、ごらんくださーい』
そういわれ、全員が東の空を見る。
山脈の向こうの空に、うっすらとオレンジから薄紫の層ができている。
夜明けだった。
「きれい…」
そう呟いたのは誰だったのか。
空の先に、見える光。
世界に始まりを告げるそれに、これほど見入ったのは初めてかもしれない。
きっと、うまくいく。
そう思わせてくれるかのような―――
『あとついでとしまして、前方に艦隊30機確認。こちらに砲撃体勢でーす』
「そっちを先に言わんかい!」
「”ナスタチウム”停止してください!」
●
「―――所属不明艦。停止しました」
「ち、あと少し進めば撃ち落してやったのにねぇ」
そんな不穏なセリフを吐きつつ、北錠・フォティアは艦長席のアームレストに肘をついている。
「フォティア様。所属不明艦より、通信が」
「名乗り手は?」
「それが…」
フォティアの問いに、部下が言葉を濁すが、しばらくして続ける。
「…西の”王”と」
「……は? どこのアホだいそれは。西の”王”がこんなところで、あんな小型船に乗ってるわけないだろ」
「いや、しかし”大事な話があるとそっちの砲撃巨乳魔神に言えばいいのじゃ!”と」
「……」
フォティアの眉間にしわが寄る。
あ、これは砲撃だな、と部下が感じる。
すると、フォティアが口を開いた。
「……繋ぎな」
「話すのですか? 本物かどうかも―――」
「まあね、まさかとは思ったが…まあ、話の1つくらいしてから撃ち落しても損はないからね」
「は。繋ぎます」
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ナスタチウムのブリッジ中央に、空間ウインドウが表示される。
そこに映し出されたのは、やや胸元の開けた着物型戦闘服を着ている女。
「間違いない。北錠・フォティアじゃ。今にも砲撃したそうな顔しとるわ」
「あ、確かにアンジェさんと張り合えるぐらいにグラマラスですね。大人の色気がすご~い」
「撃たれないようにお願いしますよ」
「なるほど、血の気の多そうな女だ」
『巨乳ランクに登録おーけー。ランキングに変動入りマース』
音声が繋がる前に、とりあえず3人が好き勝手に感想を述べる。
『では、音声つなげまーす』
”ナスタチウム”が、言うとすぐに向こう側から声が届いてきた。
『おい、今そっちの連中は何かいってなかったかい』
「何も言っておらんよー」
アンジェが、努めて真顔で応答。
『…まあ、いい。久しぶりだね。西の”皇女”。いや、もう”王”かい? アンジェリヌス=シャーロット様』
どこかこちらの出方をうかがうような姿勢で話しかけてくる。
「ああ、10年ぶりじゃな」
アンジェは、堂々と応じる。
こちらは頼む側なのだが、”西”としての立場を強く持つことを意識する。
『こんな辺境にどういった御用でいらしたのか。その真意を問おうかい』
フォティアの言葉には、敵としての威圧がある。
”朽ち果ての戦役”で、彼女もまた多くの部下や友を失っている。
いや、失わせたのは”西”だ。
こちらを敵視するのは当然。
だが、言わねばならない。
先に進むために。
最初の1歩を踏み出す。
その言葉をかける。
「……”東”の地に行きたい。かつて、父と訪れた…そなた達の故郷へ」