5-22:”大切な人”のために【Ⅱ】 ●
三日月の映える夜空を1つの光が飛んでいく。
”アキュリス”
西国における次期空戦主力試作機。
試作機とはいえ”スレイヴニル”の頃と比較しても、より実戦仕様として生まれ変わったこの機体。
装備にも余念がない。
マイクロミサイル、デコイ、ショットガン、強化実体剣”イスパーダⅡ”。
加えて特筆すべきは新型の武装であるプラズマ加速ライフル”レーゲン・ボーゲン”。
プラズマによる実弾の高速射出機構を備えており、1発の破壊力は従来のそれを大きく上回る。
撃ち方によっては小型戦艦なら一撃で沈めるほどの威力を持つ。
そして驚くべきは、これほどの重装備にも関わらず、機体の積載許容内であるということ。
……キアラ殿は、本当に秀才だ。彼女はもっと認められるべきだと思うが…。いや時間の問題か。
そんなことを考えつつ、”S1”は標的が視界に入ったことを意識する。
「あれが所属不明艦か…」
捉えたのは艦の後部だ。
見たことのない艦種なのは確かだが、しかし、
……無力化の基礎は同じだ。
ようは航行能力を奪えばいい。
あれに”王”が乗っている以上、撃沈することはない。
……”王”に、そしてリファルド殿。なぜ突然”東”に向かおうなどと…。
疑念は持ちつつも、”知将軍”からの指令を果たそうと、武装の安全装置を解除する。
あと少しで射程内。
相手艦の迎撃も予測して攻撃に入ろうとした時、
「っ!?」
アラートが鳴る。
しかしS1はそれ以前の直感で、機体に回避運動をとらせていた。
背面のスラスターと脚部の補助ブースター操作でエアブレーキから、一気に数十メートルを後退する。
そして、本来なら数秒後に自分が到達していたであろう位置に機関砲の弾雨が降り注いでいた。
「これは…!」
”アキュリス”の頭部カメラが上空に向けられる。
そこには巨大な怪鳥のごとき存在が翼を広げていた。
雲が動き、月明かりに照らされ姿を現したのは、鮮やかな真紅の機影。
隼の紋章を抱く、”最速騎士”の愛機。
西国最高戦力”リノセロス”だった。
所属不明の戦艦の壁になるようにゆっくりと降下してくる。
「リファルド殿! 事情をお話ください!」
”S1”は通信で声を飛ばした。
師であり、今の自分へと導いてくれた男に問う。
「世界のためというには、あなた方だけで背負うには重過ぎます! 時間が必要です! どうか考え直してください!」
すると通信が返ってくる。
リファルドからだ。
『”S1”。これは”最速騎士”の命です。速やかに後退を』
無論、これで納得するわけにはいかない。
”アキュリス”を滞空させながら、”S1”は問うことをやめない。
「”東”の地で”王”の身に何かがあれば今の”西”は大きな混乱に包まれます。まだ、この行動に至るには時が早すぎます!」
『いえ、状況は遅れ始めています。すでに問題は”西”だけでは留まらない』
「どういうことですか!?」
”S1”は相手の返答を待つ。
そして数秒後、言葉が来た。
『”王”は向き合うつもりなのです。”西”だけでない、この世界の在り方と。彼女は、止まりません。ならば私は彼女を守り、共に行きます。いかなる道に進むと、この命にかけて』
「リファルド殿、あなたは”最速騎士”だ。”王”を守るというならもっと他に方法があるはずです!」
その訴えに対して、リファルドはしばらく沈黙する。
そして、
『アイン。あの戦役で先代の”王”は命を落とした。しかし、果たしてそれは”東”によるものであったのか。私は疑っています』
「”朽ち果ての戦役”…。それはどういうことですか…?」
『私は先代”王”の死に目に立ち会った。会話はできませんでしたが、しかし、その時”王”は指差した。―――空を』
「空…?」
『天を指差し、何かを伝えようとして息絶えた。その行動になんの意味があったのか、今でもわかりません。しかし、先代”王”の示した先にあったのは”東”ではなかった。その意味をこの先明らかにできる機会があるとすれば、今、この時しかない』
そこまで言って、リファルドから、いや違う…、という呟きが漏れた。
『違いますね。すいません。それよりも、もっと身勝手な理由がありました』
「身勝手、とは…?」
『アイン。あなたに命を賭して守りたい存在はいますか…?』
問いが来た。
「命を、賭して…?」
『私は、アンジェリヌス=シャーロットの父であるアルカイド=シャーロットを守れなかった。彼女の父を、大切な人を失わせてしまった。彼女を孤独にしてしまった』
そう語るリファルドの言葉にアインは耳を傾け続ける。
『しかし、彼女は言った。いえ、私に言ってくれた。”私は王になる。だから、お前は私に仕えてくれ”と。拒絶されることすら当然だというのに、私に、生きる道を示してくれた。その時から、私は決めたのです。この命は、他でもない彼女の―――アンジェリヌス=シャーロットのために』
「リファルド殿、それは…! それは、ただのエゴです…! ”最速騎士”の義務では…!」
『これは私自身の私利私欲の考えです。自分勝手で、押し付けがましくて、なにより多くの人に迷惑をかける。ですが―――』
リファルドのが間を置き、告げる。
『私は、もう決めて歩いている。世界の裏に隠された真実を明かすこと、アンジェを守り続けること。それらは、私が今を生きる理由なのです。だからこそ、この場を譲るわけにはいかない」
「それは、もはや”最速騎士”とはいえない選択です。国の崩壊を招くかもしれない…」
『わかっています。…今、あなたの目の前にいるのは、目標とする師ではない。ただ1人の男。大切な女性のために命を賭けるだけの強欲な男に過ぎない。国の崩壊を招きかねない行為を助長する存在だからこそ、あなたには反逆者である私を、この場で討つ権利がある』
「私が、あなたを…?」
アインは、師として尊敬していた男はそうまでして、”王”を”東”に導こうとしている。
それは、大儀ではない。
たった1人のために、そして亡くした者の遺志のために。
……そうだ。
アインは、思い出す。
自分がどうしてこの人に憧れたのか。
なぜ彼のような男を目指そうとしたのかを。
それは、
「リファルド殿…。あなたは、昔からそういう人だった…」
誰かのために、大切な人のために、その全てを投げ打ち、全力をかけられる真っ直ぐな姿。
否定されようと、自らの命をかけられる強さ。
「世界が認めなくとも、私は認めます。あなたは、やはり私の尊敬する人です…!」
アインは、思い返す。
大切な人を。
自分よりもずっと強く、いつも迎えてくれる彼女の笑顔を。
……リヒル。私は、飛ぶ…!
アインが操縦桿を握る手から力を抜く。
戦闘を放棄したわけではない。
むしろ、臨戦態勢に移る前の緊張を抜く動作だ。
「リファルド殿。いえ、尊敬する師よ。私は全力で挑みます。あなたの”空”へ!」
『来なさい。アイン=ヴェルフェクト。私の”最速”を受け継ぐ資格を持つ者として!』
言った直後、”アキュリス”と”リノセロス”が動く。
両者が一定の距離を置いて交差するのは、ほぼ同時。
それは”怪鳥”へと挑む”翼持つ人”の様相を呈し、今、2つの最速が対決の時を迎える。