5-20:託される”希望”【Ⅱ】
エクスとユズカが飛び出す。
機械兵達の反応は早かった。
動体を感知し、すぐさま装備している武装を構える。
回転機関砲を後衛に、対装甲ブレードが中衛、そしてナイフを装備した機体が前衛として先陣を切ってくる。
照準における正確さ、速度、補正まで全てが瞬間で行われている。
だが、エクスは駆けた。
迷うことなく、真正面から。
ナイフを持った5機が一斉に襲い掛かってくる。
5体による5方向からの同時攻撃。
通常なら串刺しにされて終わりだ。
しかし、
「蕾め! ”花弁”!」
声が飛ぶ。
ユズカの持っていた2振りの武装がその機構を解放する。
数多の浮遊装甲が、拡散し、旋回し、2人の周囲を加護の鉄殻として包み込む。
触れた敵機が弾き飛ばされる。
斬の鉄壁は近づくものを容赦なく切り刻み、削りとる。
敵の取り落としたナイフが、エクスの手の中に納まる。
「このまま行く…!」
その一言を合図に、エクスが前に出る。
ターゲットは後衛の回転機関砲を構えた機械兵。
すると、中衛の敵が一斉に脇へと飛び退く。
火線を開けたのだ。
回転機関砲の砲身が回転し、次の瞬間には弾丸の雨が吐き出される。
「ユズカ!」
「行きなさい!」
火線に対して、”花弁”が防衛壁を構築する。
弾雨を弾きながら、エクスは直進した。
その側面から、中衛の機械兵が斬りかかって来る。
対装甲ブレードで、鉄殻ごと切り裂くつもりだ。
破壊重視の刃なら可能ではあるだろう。
だが、
「連なれ!」
ユズカの声が再び飛ぶ。
●
ユズカの手に持った指揮棒に5枚の浮遊装甲連なり、空間連動の長大な刃と化す。
2メートル近いそれは、エクスに取り付こうとしていた2機の真上から振り下ろされ、その躯体を同時に斬り墜とした。
鋼鉄の躯体は、あっさりと両断され機能を停止する。
機械兵の一部が標的をユズカに切り替える。
鉄殻の加護を形成するユズカを倒すことで、戦力を削る行動に出たのだ。
向かってくるのは4機。
武装は対装甲ブレードとナイフの混合編成による波状攻撃態勢。
「遅い…!」
連結刃の切っ先がナイフ装備の機械兵を瞬間的に照準。
同時に、先端の刃が飛ぶ。
弾丸と同等の速度で機械の身体を穿ち、真っ二つに引き裂く。
破壊された仲間には目もくれず、残りの2機が襲ってくる。
間合いに入り、対装甲ブレードの振り下ろしが来て、
「フ…!」
しかし、届かなかった。
否、途中で阻止された。
ユズカの持つ刃がまたも連結を解除し、刀身を蛇腹式に組み替え、機械兵の腕を絡めとったのだ。
ブレードは強固でも、それを扱う機械の腕の耐久力はその限りではない。
引き裂かれた腕の残骸が落ちる前に、宙に拡散した鉄の刃がその躯体に四方から突き刺さる。
「墜ちろ…!」
完全に砕く間に、ユズカはすでにもう1機を見ていた。
同様の手順で処理し、刃を再連結。
ユズカは、駆け出そうとした。
だが、
「…!」
銃声を聞いた。
●
エクスが、後衛の軍勢の中に飛び込む。
周囲の鉄殻は、それに続き、周囲のウィンドラスを吹き飛ばす。
3機ほどを引き裂いたが、間合いの離れている機械兵がすでに対応に動いている。
同士討ちに対するセキリュティが働いているかとも思ったが、
……当てが外れたか。
機械兵が向ける砲身にブレがない。
射線上にエクスを挟んで味方機もいる。
……好都合だ!
エクスは、発射を見切って再び駆けた。
先ほどまでエクスのいた空間を薙いだ機関砲の火線は、その延長線上にあった味方機の胴体を粉々にする。
誤射の抑制プログラムが組み込まれていない以上、同士討ちを意図的に発生させる戦術は有効となる。
加えて今の自分には”花弁”による障壁がある。
そうでなければこう、無茶もできないだろう。
6体目が同士討ちによって潰れ、エクスが7体目の背後に回り、急所を破壊する。
……これで後衛はあと3機…
と、その瞬間、銃声が響いた。
ガトリングの鈍い駆動音が鳴り響く中、その音は純粋な発砲音として響く。
これは、とエクスは銃声だけでその種類を判別する。
狙撃だ。
だが、その一射は自分の身に影響を与えてはいない。
なら、
「ユズカっ!?」
エクスは見た。
視界の端で、ユズカの身体が崩れ落ちるのを。
●
……狙、撃…?
弾丸はユズカの左腹部を貫いていた。
エクスの防御用に多くの障壁をまわしていたことに加え、自分の周囲にあった残り少ない”花弁”は連結刃の形成によって、攻撃に移行した分、防御が手薄になっていた。
ユズカは崩れ落ちる前に、必死に動こうとした。
止まれば、撃たれ続ける。
自分が意識を失ったら、戦闘不能になったら、エクスを守る鉄殻も機能を停止してしまう。
……動け…!
ユズカは、崩れ落ちまいと足に力を入れる。
膝を落とすまいと必死に抗う。
…動け、ぇっ…!
二射目の発砲音が響いた。
今度は―――右足を撃たれた。
「…ぁ…」
膝が落ちる。
そして、続けて体が崩れ落ちる。
力が抜けていく。
自分の身体なのに、言うことを効かない。
「この…!」
ユズカが、射線から狙撃した機械兵の位置を割り出し、刃を飛ばした。
命中はした。
しかし、それと敵の3射目は同時。
敵が散り際に放った射撃は、ユズカの右肩を貫き、その力を奪った。
ユズカの身体は、うつ伏せに倒れ、その意識が急速に失われていく。
……立た、ないと…
暗くなっていく。
視界が、思考が。
黒く塗りつぶされていく。
完全に意識を失うまで、”花弁”は準自動制御に移行し、連結刃を解除。
ユズカの周囲を旋回している。
おかげで、切りかかろうとしていた機械兵数機の動きを牽制してくれている。
だが、ユズカにはそれを考える思考がなかった。
……今、どうしてだろう。痛く、ない。
自分の腹から、少しずつ温かい何かが染み出してきている。
血だった。
自分の命が流れ出ていく。
足だけではない。
全身から力が抜けていく。
……死ぬ、のかな…。
母から受け継いだもの。
自分で考え、果たそうとしたこと。
それは全て成された。
後は、エクスに任せればいい。
……あなたが、生き、延びてくれれば、私は―――
思考を自ら閉じようとする。
必死になってきたこと、全てを終わりにしようとして。
だが、ふと、
……?
身体が浮かされたことに気づく。
わずかな力を振り絞って、目を開ける。
そして、
「…どう、してよ…」
かすかな声で一方的な疑問を投げかけた。
戻ってきたのだ。
周囲に目もくれず、一直線にユズカの元へと戻ってきたエクスが、自分を抱き起こしてくれていた。
「もういい―――」
エクスは、一言告げる。
「―――俺のために犠牲になるな」
●
エクスは、全ての倫理を無視していた。
戦士としての鉄則を捨てた。
傷ついた者をただ踏み越えて、先に進む短絡的な思考をやめた。
自分は機械ではなく、人間なのだから。
「…私は、いいのよ。これで、お母さんとの、約束は果たしたん、だから…」
「ふざけるな…!」
エクスは、憤る。
「お前が俺を生かすために来たというなら―――、お前を俺が生かす…!」
エクスは、強く静かな声で言い放った。
「死に場所に自ら向かおうとするなと、そう言ったのはお前のはずだ…!」
ユズカが咳き込み、血が吐き出される。
口元を伝う血が、ユズカの命を流していく。
「ここから出るぞ。お前には、まだ聞きたいことが山ほどある。そして、俺から話したいこともだ」
その言葉を受け、
「楽しい話、してくれる…?」
「ああ」
機械兵達が2人を取り囲む体勢に入っていた。
エクスの周囲にあった分の”花弁”も加わり、準自動制御の浮遊障壁はより厚いものになっているが、その展開継続が終わるのも時間の問題だ。
「―――1つ頼まれて、くれる…?」
腕の中のユズカが、静かに声を発した。
そして、胸元に下がっていたペンダントにそっと触れる。
「…?」
「この中に、種がはいってる、の。私がずっと好きで、いた花。”シア”の地下に咲いてた、”イルネア”の種…」
エクスは、ペンダントを開ける。
そこには、茶色に、白い線の入った小さな種が10粒ほど袋に詰められ入っていた。
「これは…」
「ウィルは、言ってくれたわ。きれいな花、なのに、暗いところでしか咲けないのは、残念だって…。だから、彼に見せたいの。もう、日の下でも、咲けるんだ、って」
だから、
「私が、眠っている間に、植えてきて…。世界で、一番安心できる、場所を見つけて。誰にも、焼かれない…場所に」
腹部の出血が広がってきている。
「もう喋るな! それは、お前のすべきことだ…!」
エクスは、ユズカの意識を繋ぎとめようとする。
経験からの危機感がそうさせるのだ。
今、目を閉じればユズカが再び目覚める可能性はゼロに近い。
しかし、ユズカは語り続ける。
言葉のために、残り少ない命を削っているように思えた。
紡ぐ。
言葉を。
聞いて、と、
「ウィルは、この先、死ぬ運命、なのよ…」
「それは、どういう…」
「ウィル=シュタルクが”鍵”よ。正確には、彼の運命が、彼の死が”サーヴェイション”起動の、きっかけになる。そして、”サーヴェイション”が目覚めさせるのが”インフェリアル”。それが本当の意味で、人類を滅ぼすものの、正体よ…」
問いただそうとして、しかし、ユズカの言葉は一方的に続いていく。
「もう、その首輪は、…必要、ない」
ユズカが、エクスの首輪に触れる。
外れた。
あっさりと、連結部が解除され、細い金属の半弧が2つ床に落ちた。
……なんだ?
エクスは、変化を感じた。
首から、左目に何かが昇ってくる。
「ナノマシンの定着に、ずいぶん、時間かかったけど…、間に合った」
ユズカが、微笑む。
おつかいを達成した、無垢な子供のような笑顔で。
「お母さんから、託された最期の、贈り物…よ」
突如として情報が流れ込んでくる。
それは、
……空間認識のシステム…!
ライネが自らの身体を検体に開発した最高峰の技術。
それを彼女は、過去において完全な物として完成させていたのだ。
そして、
「後は…おねがい…ね…」
その言葉を最期に、ユズカの色を失くした目がゆっくりと閉じられた。
腕が力を失くして床に落ちる。
そして、”花弁”も停止し、全てが落下していく。
まるで、花が散れていくかのように。