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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-20:託される”希望”【Ⅱ】

 エクスとユズカが飛び出す。

 機械兵ウィンドラス達の反応は早かった。

 動体を感知し、すぐさま装備している武装を構える。

 回転機関砲ガトリングを後衛に、対装甲ブレードが中衛、そしてナイフを装備した機体が前衛として先陣を切ってくる。

 照準における正確さ、速度、補正まで全てが瞬間で行われている。

 だが、エクスは駆けた。

 迷うことなく、真正面から。

 ナイフを持った5機が一斉に襲い掛かってくる。

 5体による5方向からの同時攻撃。

 通常なら串刺しにされて終わりだ。

 しかし、


「蕾め! ”花弁ブルーメ・ブラット”!」


 声が飛ぶ。

 ユズカの持っていた2振りの武装がその機構を解放する。

 数多の浮遊装甲が、拡散し、旋回し、2人の周囲を加護の鉄殻として包み込む。

 触れた敵機が弾き飛ばされる。

 斬の鉄壁は近づくものを容赦なく切り刻み、削りとる。

 敵の取り落としたナイフが、エクスの手の中に納まる。


「このまま行く…!」


 その一言を合図に、エクスが前に出る。

 ターゲットは後衛の回転機関砲ガトリングを構えた機械兵ウィンドラス

 すると、中衛の敵が一斉に脇へと飛び退く。

 火線を開けたのだ。

 回転機関砲ガトリングの砲身が回転し、次の瞬間には弾丸の雨が吐き出される。

 

「ユズカ!」

「行きなさい!」


 火線に対して、”花弁ブルーメ・ブラット”が防衛壁を構築する。

 弾雨を弾きながら、エクスは直進した。

 その側面から、中衛の機械兵ウィンドラスが斬りかかって来る。

 対装甲ブレードで、鉄殻ごと切り裂くつもりだ。

 破壊重視の刃なら可能ではあるだろう。

 だが、


「連なれ!」


 ユズカの声が再び飛ぶ。



 ユズカの手に持った指揮棒ブレードに5枚の浮遊装甲連なり、空間連動の長大な刃と化す。

 2メートル近いそれは、エクスに取り付こうとしていた2機の真上から振り下ろされ、その躯体を同時に斬り墜とした。

 鋼鉄の躯体は、あっさりと両断され機能を停止する。

 機械兵ウィンドラスの一部が標的をユズカに切り替える。

 鉄殻の加護を形成するユズカを倒すことで、戦力を削る行動に出たのだ。

 向かってくるのは4機。

 武装は対装甲ブレードとナイフの混合編成による波状攻撃態勢。


「遅い…!」


 連結刃の切っ先がナイフ装備の機械兵を瞬間的に照準。

 同時に、先端の刃が飛ぶ。

 弾丸と同等の速度で機械の身体を穿ち、真っ二つに引き裂く。

 破壊された仲間には目もくれず、残りの2機が襲ってくる。

 間合いに入り、対装甲ブレードの振り下ろしが来て、


「フ…!」


 しかし、届かなかった。

 否、途中で阻止された。

 ユズカの持つ刃がまたも連結を解除し、刀身を蛇腹式に組み替え、機械兵ウィンドラスの腕を絡めとったのだ。

 ブレードは強固でも、それを扱う機械の腕の耐久力はその限りではない。

 引き裂かれた腕の残骸が落ちる前に、宙に拡散した鉄の刃がその躯体に四方から突き刺さる。


「墜ちろ…!」


 完全に砕く間に、ユズカはすでにもう1機を見ていた。

 同様の手順で処理し、刃を再連結。

 ユズカは、駆け出そうとした。

 だが、


「…!」


 銃声を聞いた。



 エクスが、後衛の軍勢の中に飛び込む。

 周囲の鉄殻は、それに続き、周囲のウィンドラスを吹き飛ばす。

 3機ほどを引き裂いたが、間合いの離れている機械兵ウィンドラスがすでに対応に動いている。

 同士討ちに対するセキリュティが働いているかとも思ったが、


 ……当てが外れたか。


 機械兵ウィンドラスが向ける砲身にブレがない。

 射線上にエクスを挟んで味方機もいる。


 ……好都合だ!


 エクスは、発射を見切って再び駆けた。

 先ほどまでエクスのいた空間を薙いだ機関砲の火線は、その延長線上にあった味方機の胴体を粉々にする。

 誤射の抑制プログラムが組み込まれていない以上、同士討ちを意図的に発生させる戦術は有効となる。

 加えて今の自分には”花弁ブルーメ・ブラット”による障壁がある。

 そうでなければこう、無茶もできないだろう。


 6体目が同士討ちによって潰れ、エクスが7体目の背後に回り、急所を破壊する。


 ……これで後衛はあと3機…


 と、その瞬間、銃声が響いた。

 ガトリングの鈍い駆動音が鳴り響く中、その音は純粋な発砲音として響く。

 これは、とエクスは銃声だけでその種類を判別する。

 狙撃だ。

 だが、その一射は自分の身に影響を与えてはいない。

 なら、


「ユズカっ!?」


 エクスは見た。

 視界の端で、ユズカの身体が崩れ落ちるのを。 



 ……狙、撃…?


 弾丸はユズカの左腹部を貫いていた。

 エクスの防御用に多くの障壁をまわしていたことに加え、自分の周囲にあった残り少ない”花弁ブルーメ・ブラット”は連結刃の形成によって、攻撃に移行した分、防御が手薄になっていた。

 ユズカは崩れ落ちる前に、必死に動こうとした。

 止まれば、撃たれ続ける。

 自分が意識を失ったら、戦闘不能になったら、エクスを守る鉄殻も機能を停止してしまう。

 

 ……動け…!


 ユズカは、崩れ落ちまいと足に力を入れる。

 膝を落とすまいと必死に抗う。


 …動け、ぇっ…!


 二射目の発砲音が響いた。

 今度は―――右足を撃たれた。


「…ぁ…」


 膝が落ちる。

 そして、続けて体が崩れ落ちる。

 力が抜けていく。

 自分の身体なのに、言うことを効かない。


「この…!」


 ユズカが、射線から狙撃した機械兵ウィンドラスの位置を割り出し、刃を飛ばした。

 命中はした。

 しかし、それと敵の3射目は同時。

 敵が散り際に放った射撃は、ユズカの右肩を貫き、その力を奪った。

 ユズカの身体は、うつ伏せに倒れ、その意識が急速に失われていく。

 

 ……立た、ないと…


 暗くなっていく。

 視界が、思考が。

 黒く塗りつぶされていく。

 完全に意識を失うまで、”花弁ブルーメ・ブラット”は準自動制御セミオートに移行し、連結刃を解除。

 ユズカの周囲を旋回している。

 おかげで、切りかかろうとしていた機械兵ウィンドラス数機の動きを牽制してくれている。

 だが、ユズカにはそれを考える思考がなかった。


 ……今、どうしてだろう。痛く、ない。


 自分の腹から、少しずつ温かい何かが染み出してきている。

 血だった。

 自分の命が流れ出ていく。

 足だけではない。

 全身から力が抜けていく。

 

 ……死ぬ、のかな…。


 母から受け継いだもの。

 自分で考え、果たそうとしたこと。

 それは全て成された。

 後は、エクスに任せればいい。


 ……あなたが、生き、延びてくれれば、私は―――


 思考を自ら閉じようとする。

 必死になってきたこと、全てを終わりにしようとして。

 だが、ふと、


 ……?


 身体が浮かされたことに気づく。

 わずかな力を振り絞って、目を開ける。

 そして、


「…どう、してよ…」


 かすかな声で一方的な疑問を投げかけた。

 戻ってきたのだ。

 周囲に目もくれず、一直線にユズカの元へと戻ってきたエクスが、自分を抱き起こしてくれていた。

 

「もういい―――」


 エクスは、一言告げる。


「―――俺のために犠牲になるな」



 エクスは、全ての倫理を無視していた。

 戦士としての鉄則を捨てた。

 傷ついた者をただ踏み越えて、先に進む短絡的な思考をやめた。

 自分は機械ではなく、人間なのだから。


「…私は、いいのよ。これで、お母さんとの、約束は果たしたん、だから…」

「ふざけるな…!」


 エクスは、憤る。


「お前が俺を生かすために来たというなら―――、お前を俺が生かす…!」


 エクスは、強く静かな声で言い放った。

 

「死に場所に自ら向かおうとするなと、そう言ったのはお前のはずだ…!」


 ユズカが咳き込み、血が吐き出される。

 口元を伝う血が、ユズカの命を流していく。


「ここから出るぞ。お前には、まだ聞きたいことが山ほどある。そして、俺から話したいこともだ」


 その言葉を受け、


「楽しい話、してくれる…?」

「ああ」


 機械兵ウィンドラス達が2人を取り囲む体勢に入っていた。   

 エクスの周囲にあった分の”花弁ブルーメ・ブラット”も加わり、準自動制御セミオートの浮遊障壁はより厚いものになっているが、その展開継続が終わるのも時間の問題だ。


「―――1つ頼まれて、くれる…?」


 腕の中のユズカが、静かに声を発した。

 そして、胸元に下がっていたペンダントにそっと触れる。


「…?」

「この中に、種がはいってる、の。私がずっと好きで、いた花。”シア”の地下に咲いてた、”イルネア”の種…」


 エクスは、ペンダントを開ける。

 そこには、茶色に、白い線の入った小さな種が10粒ほど袋に詰められ入っていた。


「これは…」

「ウィルは、言ってくれたわ。きれいな花、なのに、暗いところでしか咲けないのは、残念だって…。だから、彼に見せたいの。もう、日の下でも、咲けるんだ、って」


 だから、


「私が、眠っている間に、植えてきて…。世界で、一番安心できる、場所を見つけて。誰にも、焼かれない…場所に」


 腹部の出血が広がってきている。


「もう喋るな! それは、お前のすべきことだ…!」


 エクスは、ユズカの意識を繋ぎとめようとする。

 経験からの危機感がそうさせるのだ。

 今、目を閉じればユズカが再び目覚める可能性はゼロに近い。

 しかし、ユズカは語り続ける。

 言葉のために、残り少ない命を削っているように思えた。 

 紡ぐ。

 言葉を。

 聞いて、と、


「ウィルは、この先、死ぬ運命、なのよ…」

「それは、どういう…」

「ウィル=シュタルクが”鍵”よ。正確には、彼の運命が、彼の死が”サーヴェイション”起動の、きっかけになる。そして、”サーヴェイション”が目覚めさせるのが”インフェリアル”。それが本当の意味で、人類を滅ぼすものの、正体よ…」


 問いただそうとして、しかし、ユズカの言葉は一方的に続いていく。


「もう、その首輪は、…必要、ない」


 ユズカが、エクスの首輪に触れる。

 外れた。

 あっさりと、連結部が解除され、細い金属の半弧が2つ床に落ちた。


 ……なんだ?


 エクスは、変化を感じた。

 首から、左目に何かが昇ってくる。


「ナノマシンの定着に、ずいぶん、時間かかったけど…、間に合った」


 ユズカが、微笑む。

 おつかいを達成した、無垢な子供のような笑顔で。

  

「お母さんから、託された最期の、贈り物…よ」


 突如として情報が流れ込んでくる。

 それは、


 ……空間認識のシステム…!


 ライネが自らの身体を検体に開発した最高峰の技術。

 それを彼女は、過去において完全な物として完成させていたのだ。

 そして、


「後は…おねがい…ね…」


 その言葉を最期に、ユズカの色を失くした目がゆっくりと閉じられた。

 腕が力を失くして床に落ちる。

 そして、”花弁ブルーメ・ブラット”も停止し、全てが落下していく。

 まるで、花が散れていくかのように。

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