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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
152/268

5-18:繋がれゆく”意思”【Ⅱ】 ●

挿絵(By みてみん)

 軽く、本当に軽く相手の頬を打てるくらいの位置を狙って。

 ユズカは避けるだろうと思った。

 だが、


「っ…!」


 平手は、ユズカの頬を打った。

 ユズカは避けなかった。

 軽い、とは言っても女くらいならよろめくどころではすまない勢いだ。

 当然、ユズカの華奢な身体は弾かれたように倒れ、床に打ちつけられる。

 しかし、彼女は声1つあげずその身を起こしていく。 


「どうして…避けなかった…?」


 問いに対して、ユズカは顔をあげる。

 打たれた左頬がわずかに赤くなっているが、それよりも気になったことがある。

 表情だ。

 

 ……どうしてだ?


 ユズカの表情は険しかった。

 だが、それは理不尽な一発に対する怒りではない。

 そこに立ち、なにをされようと決して屈しないという意思を秘めた強い眼差し。


「打ちたければいくらでも打ちなさい。斬りたければ斬ればいい。殴りたければ殴ればいい。それでも、あなたを死に場所にいかせることは絶対にさせない」


 エクスは、重ねる。

 ライネの姿を。

 愛した人が見せた、何者にも屈せず、不条理に抗おうとする意思の姿を。

 誰もが、自暴自棄になる未来。

 滅びしかない未来。

 その世界に生まれてなお、ライネは抗っていた。

 人間として、絶対的な”力”に立ち向かった。 


「ファナクティも殺させない」

「どうして、あいつの肩を持つ…!」


 静かに怒気を込めて。


「ファナクティは…、私を助けてくれた。お母さんが亡くなったあの日、私の元に訪ねてきた。そして、隠さず、詫びもせず、言ったわ。”お前の母親は私が討った”って。私だって、初めは信じなかった。でも、あいつは持っていたのよ、母さんが最期に着ていったマフラーを、ボロボロになったそれを私に見せたのよ?」


 そして、


「殺してくれって、言ったのよ? たかが、14歳の女の子に、自分を殺せって言ったのよ?」


 でも、


「そんなことできるわけないじゃない。そう言ったら、ファナクティは黙って、ずっと面倒を見てくれた。私が1人で自立できるまで」

「どういうことだ…」

「ファナクティは、”神”の意思を代行する運命から逃れられない。でも、本来それは全ての人間に、いえ、森羅万象に当てはまるもの。私達が違うのは、ただ知っているか、そうでないのかの違いだけなのよ」


 全ては運命に従っている。

 未来から来た者はそれを知っているだけ。

 知っているだけで、変えることはできない。

 時間とは、そうやって形作られている。

 始まりと終わりは決まっているのだから。


「彼が手を下すのは、過去に来て、時間の干渉を免れた者達だけ。そしてお母さんが、その最期の1人だった。でも、その子供だった私は過去で生まれ、この世界の一部としてすでに存在を許された。だから排除の対象から外れたのよ」

「ファナクティの意思でない、と言いたいのか…!」

「あなただってそう思いたいはずでしょう!?」


 ユズカが声をあげた。


「誰も、悪くない。悪いことなんてない。”神”とやらだって、正しいことをしてる!」


 そうだ。

 

「本当に悪があるのなら、それは私達よ。歴史を歪めようとしている、私達の存在そのものだけよ。歪めて、狂ったなら、その先を見届けることもできない。無責任に放り出すしかない。だって―――」


 ユズカは、目を伏せた。


「私達は、いずれ死ぬのよ? 永遠に世界を見守ることなんてできない。後から続く人達に託すしかない。世界を永遠に見続ける”神”の方がよっぽど正しいのよ」

「人が…、全てが滅びる未来が、正しいと認めろと…?」

「”神”様はそう言っている」


 ユズカは下をうつむいたまま、顔をあげない。


「私は、あなたを父親だなんてこれっぽっちも思わないわ。数ヶ月前に、突然現れて、それで何がを分かっているつもりになってるのよ。あなたにとってライネ=ウィネーフィクスがいなかったのは、数ヶ月のことでも、私は10年以上もお母さんのいない時間を過ごしてきた」


 うつむいたユズカの顔から何かが落ちる。

 雫だ。

 それは、金属の床に落ちる。

 1つ、2つ…と。

 そして、彼女は声をあげ、顔をあげた。


「お母さんは、あなたを信じ続けてた! 私が生まれてからあなたの話をずっと聞かされてきた! だから、私は決めたのよ。お母さんの信じたお父さんを信じるんだって…!」


 その足が、進んでくる。

 詰め寄るように。

 すがるように。

 

「ようやく会えたと思ったのに…。お母さんとの約束を果たせたと思ったのに…。どうして、あなたはそう自分勝手なのよ…。勝手に死のうとするのよ…」


 ユズカの拳が、エクスの胸を打つ。

 だが、その勢いは弱く、触れるようなもの。

 エクスは胸に重みがあるのを感じた。

 見下ろせば、ライネと同じ緑色の髪がある。

 ユズカが、泣き顔を隠すように身を寄せてきている。


「あなたは、お母さんのために命を賭けたんでしょう…? お母さんのために命を捨ててもいいと思ったんでしょう…?」


 言葉が、見透かされた言葉が、エクスの感情を温めていく。

 感情が無から有へと取り戻されていく。


「私だって、そうよ…。私は、お母さんが大好きだった。”神”様に、世界に嫌われたって、私はずっと、大好きだった。あなただってそうでしょう…?」


 だって、と


「シュテルン・ヒルトの格納庫で戦ったとき、迷わずお母さんを選んでくれた。私は、それが嬉しかった。世界なんかよりも、お母さんの方が大切だって言ってくれて、すごく…嬉しかった」


 エクスは、目を伏せ、思い出す。

 ライネは、生きようとしていた。

 大義名分を掲げたあらゆる”死”を嫌った。

 生まれ変わるなどと言いつつも、自分のままにで、生き続けるありのままの”生”を望んだ。


 ”生きてりゃいいことあるからね~。きっとだよ”


「…そうだな」


 生きる。

 それがライネが自分に望み続けたことだった。

 戦ってもいい。

 ただ、死ぬな。

 死ねば、全てが終わり。

 今、ここに生きて、立って、世界を感じていることが大切なのだ。


 ……逃げていたのは、現実を見ていなかったのは俺の方だ。


 戦って、戦い続けて、いずれ果てる。

 先も考えず、ただ目の前の死に殉じようとしていた。

 それは、間違いだ。

 人は、続いていく先を常に見ていかなければならないのに。

 

「…お前の言う通りだ」 


 エクスは、ユズカを抱き寄せた。

 背に両手を回し、包むように、すがるように。

 エクスよりも一回り小さく華奢な身体が、隠し切れない嗚咽で小さく動く。

 小さく、脆く、儚い花のような存在。

 ユズカは、抵抗しない。

 そうされることを望んでいたかのように、抱きしめ返してくる。

 

「待たせた。本当に…、すまなかった」


 エクスの手が、確かな感情を持ってユズカの頭をそっと撫でた。

 待ち望まれたそれを、受け入れる

 壊すこと、戦うことでしか人に報えないと思い続けていた戦士の手。

 それは、今、1人の温もりを持った人間の手となった。

 生きて、未来をつくる覚悟を持って。

 

 ”手を触れてあげて。子供は、優しさをくれる人がそばにいてくれるだけで、とても喜ぶんだから”   


 愛した人の遺志が、時を越えて2人を結ぶ。

 失われなければならなかったわけではない。

 失われてしまった人でしかない。

 それでも、生きていくのだ。


「お帰り…、お父さん」


 託された自分達は、ここに、この世界にいるのだから。

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