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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-18:繋がれゆく”意思”

 お母さんは、無邪気な人だった。

 底抜けに明るくて、面倒見が良くて、周囲に悪く思うような人もいない。

 いつも笑顔だったし、悪いことをした子供は誰であろうとかまわず怒るそんな自慢のお母さん。

 子供と口げんかして、張り合って、一本背負いで砂場に叩き落して、挙句に頭だけ出して埋めた後、だはは! ざまあみろ! というような時々大人げない場面もあったが、それでも自慢のお母さん。

 自慢だったが、唯一料理の味は破戒級だったので、お母さんの友達がよく作りにきてくれてた。

 そんな毎日で、どうしても気になっていた。


 ―――およ? ユズカちゃんこんな夜中にどうしたの? 眠れないんですかい?


 私はお母さんの寝顔を見たことがなかった。

 夜は自室にこもって、何かのデータをいじっていたようだが、当時子供だった私にはただ光る機械を扱っていることしか知らなかった。

 それが何か、ということを知りたかったわけじゃない。

 いつもお母さんの方がおやすみを言ってくれて、起きたらおはようと朝一番に迎えてくれる。

 嬉しかった。

 だから、


 ―――え? 寝るまでここにいる? 今日はユズカちゃんがお休みって言ってくれるの? ふふ、そう簡単にいくかな~?


 そんなことが数度あったが、結局いつも負け越していた。

 最期は、自分はベッドに寝かされていて、シーツをかけられ状態で、


 ―――おはよう。ユズカちゃん。


 お母さんの笑顔でいつもが始まるのだった。

 ある日、私はお母さんに尋ねた。


 ―――え? お父さんがどこにいるのかって?


 物心ついた頃から、いや周囲の人間と触れ合うようになってからずっと気になっていたことを尋ねた。

 外に出て、人ごみの中を歩くと、男の子を肩車している大きな男の人がいた。

 お父さん。

 お母さんと違うもう1人の血の繋がった親。

 なら、自分のお父さんはどこにいるのか。

 気になって、ただ尋ねたのだ。

 それだけだ。


 ―――お父さんねぇ…。


 何でも笑顔で応えてくれた母の表情が曇るのを初めて見た。


 ―――ちょっと、遠いところにいるかな?


 初めはお母さんが、お父さんのことを快く思っていないのかと思った。

 悪い人なのか、と。


 ―――あ、いや違う違う。お母さんはね、ユズカちゃんのお父さんのことすっごく大好きだよ。少しブスッとしてて、いつも不機嫌そうな鉄壁顔してるけど、中身は結構子供みたいでかわいいの。


 お母さんは少し、顔を赤くしながらそう言った。

 会ったことのない私には想像ができないが、お母さんはその人を信じてるらしかった。

 でも、私は違う。

 悪い人だ、と言った。

 だって、お母さんをほったらかしにしてるんだから。

 隣にいないんだから。

 すると、 


 ―――ユズカちゃんもいつか分かるよ。大好きな人ができたら、きっと。


 一緒にいること。

 それだけじゃない。

 お母さんは、そう言った。

 それに、と、


 ―――必ず会えるよ。向こうから会いに来る。会いにこなかったらこっちから探す。


 お母さんはいつもの笑顔で言った。


 ―――さよなら、って言ってないからね。



 ユズカはエクスを連れ、施設からの脱出のため駆けていく。

 少し眼差しは鈍いが、それでもエクスはこちらに続いてくれた。

 出血もあるようだが、まだ動けるようだ。

 エクスが引き込まれていたこの施設は、技術部の施設の1つ。

 数多ある施設の中でも、とりわけ名もない場所だった。

 技術部にしては規模も小さめで目立たない。

 しかし、だからこそ何をしてるのかという全貌も知れないのだ。

 ただ目立たず、何事もしないかのように。


 ……こうなった以上、この場所から引き払うでしょうね。

 

 と思考していたとき、前方の通路からローブを纏った影が躍り出る。

 機械兵だ。

 手にしているのは、


「小型三連式の回転機関砲ガトリングガン…!」


 デザインから見るに、ライド・ギアの装備である回転機関砲をサイズダウンしたものと分かる。

 もちろん、そんな技術がほいほいと実現されるわけもない。

 未来技術の逆導入の産物だ。

 その銃身がうなりをあげ、回転を始めるのが見えた。   


「使いなさい!」


 そう言ってユズカは懐に持っていたナイフをエクスに放る。

 エクスの眼差しは鈍かったが、それでも宙にあるナイフを慣れた動作で掴まえる。

 ユズカは、駆けながら武装を振り”花弁”を戦闘形態に移行させる。

 花びらが風にのるように、連結を解除し数多の鉄刃が攻撃体勢をとる。

 ユズカが指揮棒ブレードを振り下ろした。


「散れ! 花弁ブルーメ・ブラット!」


 鉄刃はその動きに従い、前方に集中し、連結し、即興の壁を構築する。

 次の瞬間には、高速連射の弾雨が鉄の壁に浴びせられ、弾け、火花を撒き散らす。

 しかし、鉄壁の防御を誇る”花弁ブルーメ・ブラット”が2枚揃い。

 歩兵の携行する上で破格の威力と制圧力を持つ回転機関砲ガトリングガンであろうと、そう簡単に抜けられるものではない。

 とはいえ、


 ……やっぱり、長くは防げない…!


 ユズカの見る先、花弁が数枚砕ける。

 小型の浮遊装甲だったので、構造上比較的に脆いのだが、それでも砕けるまでの時間が予想以上に早い。

 ”花弁ブルーメ・ブラット”は消耗式の武装だ。

 柄であるブレードに戻っては来るが、基本的に使い捨てるもの。

 連続使用時間も長くない。

 釘付けにされ続ければ、いずれ限界が来る。


 ……”花弁ブルーメ・ブラット”の装甲が尽きる前に…!


 脱出を、と思ったとき動く影を見た。

 エクスだ。

 ユズカの後方から、前へと飛び出したのだ。



 エクスは駆けた。

 回転機関砲の弾雨など見えていないかのように。

 いや、実際は見ている。

 砲身の先端がこちらに向けられるのが分かる。

 だから、


 ……貴様らは、いつも正確さが欠点だ…


 手に持っていたナイフをアンダーで投擲した。

 飛来したナイフと、こちらを向き終わった砲身先端がぶつかり、爆発した。

 いや、暴発だった。

 至近距離の暴発によって、機械兵の上半身がメインフレームまで砕け散り、立ったまま機能を停止していた。

 弾丸が発射される瞬間、ナイフの先端が砲身の回転部分に突き刺さり、動作不良を起こしたのが原因だ。

 しかし、ナイフの到達が砲身の真正面からでなければこうはならない。

 機械兵の動作は正確で完璧。

 誤差なく、論理的。

 だからこそ、


 ……読みやすい…


 駆ける足は、すでに止まっている。

 ナイフを拾おうとしたが、すでに刀身は砕けて柄の部分だけが落ちていた。

 それを見て、なぜか悔しく思った。

 砕けたナイフは、己の責務を全うして砕けていた。

 

 ……俺は、どうしてこうなれなかった…。


 未来で、あの場所で、箱舟を送り出すこと。

 それだけに全力を、命を賭けた。

 初めて、誰かのために死のうと思った。

 なのに、


 ……ライネが死んで、どうして俺は生きている…


 薄々感じてはいた。

 ライネは、この世界にいないのではないか、と。

 過去に来て、何の情報も流れてこないのだから。

 当然だ。

 いないのだから。

 存在してないのだから。

 代わりに会ったのは、変わり果てたかつての仲間。

 そして、会いたくもなかった、忘れたくすらあった、黒い機械の悪魔だけ。


 ……俺は、お前のために生きてきたのに。


 もはや、何もない。

 いや、と思いなおす。

 残っている。

 この世界で、自分が果たせることが。

 足が動く。

 思考は虚ろに、身体が自然と動く。

 まるで、機械のように。

 だが、


「…どこに行くつもり?」


 呼び止められた。

 振り返り、正面となった位置にたったユズカに。



「…どけ。邪魔をするな」

「邪魔をされると分かっていてそういうセリフを吐いているのよね?」


 ユズカは、エクスに対して臆することなくそう言った。

 

「どうするつもり?」

「決まっている。ファナクティを殺しに戻る」

「それは、恨み?」

「そうだ」


 違う、とユズカは思った。

 エクスの言葉も表情もなんの厚みもない。

 己のすべきと思い込んだことをただ遂行しようとしているだけ。


「無理よ」

「甘く見るな」

「死ぬ気?」

「違う」

「違わないでしょう!」


 ユズカが、声を荒げ、エクスに詰め寄る。


「戻ったところで、機械兵の防衛を1人で突破できるわけないでしょう! こうしている間にも増援が来てるかもしれないのよ!?」

「お前1人で行け。もう、俺にかまうな」

「そうはいかないわ! あなたをここから脱出させるために来たのよ!」

「かまうなと言ってるんだ!」


 エクスが憤りに手をはらった。

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