5-17:”骸”に至る者 ●
「…行ったか」
格納庫の中にはファナクティしかいない。
その視線が見る先には、打ち崩された巨大な瓦礫。
それらが、ユズカ達の脱出口に壁を形成していた。
ユズカが”花弁”を用いて、天井の健在を打ち崩したのだ。
負傷したエクスも、ユズカの指示に従った様子だ。
……戸惑ってはいたか。当然か…
追撃はすでに放った。
脱出する前に、すでに機械兵達のぶつかっていることだろう。
「…大きくなった。ずいぶん、時が過ぎたものだ…」
そう1人ごち、背後で照らされている”骸”に目を向ける。
空虚ともいえる無残な姿だ。
しかし、これは廃棄できない。
「お前は、いずれこの世界に現れるのだからな。この世界やってきた以上、それはイレギュラーであろうと」
ファナクティは、”絶対強者”の正体を知っている。
無尽蔵に現れる機械の軍勢と”絶対強者”。
この2つは、元々、別々の場所から生まれている。
……”絶対強者”は、唯一、人間の手によって始まった存在であるからだ。
そう、”絶対強者”は、かつて人によって造られた。
正式名称も分かっている。
過去に来て、名前も知らぬこの存在と合一したとき、全てを理解した。
そして、その全てを自分では、止められないということも。
「全ては、純粋な思いだったがゆえに…」
ファナクティは誰にでもなく呟く。
すると、
「―――なにか、トラブルか、ファナクティ…?」
白い襟付きのシャツとラフな長ズボンを身につけた白髪の少年が、奥から姿を現した。
リバーセルだった。
白髪が濡れて額に張り付いている。
「”調整”はもう終わったか」
「ああ。最近、落ち着いている」
その言葉に、ファナクティは特に表情も変えず応じる。
「”イヴ”はどうだ?」
リバーセルは、その質問に対して、少しばかり視線をそらしつつ、
「…連れ戻してからまだ眠っている。記憶の洗浄も完全ではないようだな。目を放すと外に出歩こうとする」
「当然だ。人の記憶とはデータのようにはいかない。大切な記憶ほど、根深く残りふとしたきっかけで鮮明となる」
その言葉に、リバーセルの眉間にしわが寄せられる。
「どうした? 自分と”イヴ”の過ごした15年間の記憶より、ウィル=シュタルクと”アウニール”の過ごした3ヶ月程度の記憶の方が強く残っていることに嫉妬しているのか?」
「ああ、そうだな。あまり、言うな…」
「ナノマシン技術には適応性が必要だ。”イヴ”は完全に適応しているが、お前はそうではない。感情を制御できなければ命取りになる」
「分かっている…」
「ならいい。まだ休んでおけ」
そう言い、ファナクティが証明の電源を落とそうとする。
だが、
「少し待ってくれ」
ふと、リバーセルがそう言ってきて手を止める。
「なんだ?」
「前から気になっていた。この大破した機体はどうしてここに置いてある?」
リバーセルが見上げているのは、”骸”。
ファナクテイは、リバーセルにこの”骸”が未来から来たものだとは伝えていない。
昔、戦場で回収したものとだけ伝えている。
「気にするな。データ解析にまだ使えるから置いているだけだ。お前の”ラファル・センチュリオ”もこの機体を分析して造ったものだからな」
「それは知っている」
だが、とリバーセルは”骸”を見上げる。
どこか、不快なようで、しかしそれがどうしてなのかよく分からないといった表情だ。
「どうしてか、この機体は…妙だ」
「妙、とは?」
「わからん。センチュリオに似てるというのは当然だろうが…わからん。ただ、…いや、なんでもない」
要領を得ないその言葉。
ファナクティは、その根拠を知っている。
だが、伝えることはない。
「これは必要だ。我慢しろ」
それだけを告げた。
●
少女は、夢を見る。
白い夢だ。
空間の境界すら曖昧な中で、その人の夢を見る。
その人は、少年だった。
少しクセ毛のある少年。
―――アウニール。
少年は自分のことをそう呼んだ。
純粋に、無邪気に、まっすぐに。
違うはずなのに、それでいいと思える。
その方がいいと思える。
―――道を見つけられるまで、俺が一緒にいるッス。必ず。
そう言って、笑顔で手を差し伸べてくれる。
でも、その人の名前が思い出せない。
どのような顔をしていたのか思い出せない。
―――忘れろ。
別の声を聞いた。
白髪の少年の声だ。
鋭い刃のように研ぎ澄まされた存在。
白髪の少年は、自分を守るといった。
―――それがお前のためだ。
”いやだ”
忘れたくない。
覚えていたい。
忘れれば、自分はなくなってしまう。
存在したことも全てがなかったことになってしまう。
”いやだ”
だから拒絶する。
忘れさせられることを。
自分が消えることを。
―――オマエヲ、マモル、エイエンニ…
白髪の少年の声が変質する。
無機質な、機械の声。
振り返る。
そこにいたのは、黒い影。
朽ちて、しかし意思のあるかのように蠢く、巨大な黒の”骸”。
―――ダレニモ、オマエヲ、キズツケサセン。
”骸”はこちらに、手を伸ばしてくる。
装甲が脱落し骨格と金属片だけで形づくられたそれは、肉の削げ落ちた屍の腕。
”いやだ”
少女は、逃げられない。
”助けて”
それに掴まれたが最期、何もかもが終わってしまいそうに思えて、
”助けて…!”
その時、
―――大丈夫。
声が聞こえた。
優しい声が。
忘れられない人の声が。
―――一緒にいるから。
後ろから差し伸べられた白い手。
それを掴む。
手を引かれ、黒い”骸”が遠ざかっていくのが分かる。
”あなたは、誰…?”
少女は問う。
少年は応えない。
ただ、笑顔でこちらの手を引いてくれている。
見返りも求めず、それが当たり前であるかのように。
”会いたい。あなたに、会いたい”
そして、少女は夢から醒める。