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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-17:”骸”に至る者 ●

挿絵(By みてみん)

「…行ったか」


 格納庫の中にはファナクティしかいない。

 その視線が見る先には、打ち崩された巨大な瓦礫。

 それらが、ユズカ達の脱出口に壁を形成していた。

 ユズカが”花弁ブルーメ・ブラット”を用いて、天井の健在を打ち崩したのだ。

 負傷したエクスも、ユズカの指示に従った様子だ。


 ……戸惑ってはいたか。当然か…


 追撃はすでに放った。

 脱出する前に、すでに機械兵ウィンドラス達のぶつかっていることだろう。

 

「…大きくなった。ずいぶん、時が過ぎたものだ…」

 

 そう1人ごち、背後で照らされている”骸”に目を向ける。

 空虚ともいえる無残な姿だ。

 しかし、これは廃棄できない。


「お前は、いずれこの世界に現れるのだからな。この世界やってきた以上、それはイレギュラーであろうと」


 ファナクティは、”絶対強者”の正体を知っている。

 無尽蔵に現れる機械の軍勢と”絶対強者”。

 この2つは、元々、別々の場所から生まれている。


 ……”絶対強者おまえ”は、唯一、人間の手によって始まった存在であるからだ。


 そう、”絶対強者”は、かつて人によって造られた。

 正式名称も分かっている。

 過去に来て、名前も知らぬこの存在と合一したとき、全てを理解した。

 そして、その全てを自分では、止められないということも。


「全ては、純粋な思いだったがゆえに…」


 ファナクティは誰にでもなく呟く。

 すると、


「―――なにか、トラブルか、ファナクティ…?」


 白い襟付きのシャツとラフな長ズボンを身につけた白髪の少年が、奥から姿を現した。

 リバーセルだった。

 白髪が濡れて額に張り付いている。


「”調整”はもう終わったか」

「ああ。最近、落ち着いている」


 その言葉に、ファナクティは特に表情も変えず応じる。


「”イヴ”はどうだ?」


 リバーセルは、その質問に対して、少しばかり視線をそらしつつ、


「…連れ戻してからまだ眠っている。記憶の洗浄も完全ではないようだな。目を放すと外に出歩こうとする」

「当然だ。人の記憶とはデータのようにはいかない。大切な記憶ほど、根深く残りふとしたきっかけで鮮明となる」


 その言葉に、リバーセルの眉間にしわが寄せられる。


「どうした? 自分と”イヴ”の過ごした15年間の記憶より、ウィル=シュタルクと”アウニール”の過ごした3ヶ月程度の記憶の方が強く残っていることに嫉妬しているのか?」

「ああ、そうだな。あまり、言うな…」

「ナノマシン技術には適応性が必要だ。”イヴ”は完全に適応しているが、お前はそうではない。感情を制御できなければ命取りになる」

「分かっている…」

「ならいい。まだ休んでおけ」


 そう言い、ファナクティが証明の電源を落とそうとする。

 だが、


「少し待ってくれ」


 ふと、リバーセルがそう言ってきて手を止める。


「なんだ?」

「前から気になっていた。この大破した機体はどうしてここに置いてある?」


 リバーセルが見上げているのは、”骸”。

 ファナクテイは、リバーセルにこの”骸”が未来から来たものだとは伝えていない。

 昔、戦場で回収したものとだけ伝えている。


「気にするな。データ解析にまだ使えるから置いているだけだ。お前の”ラファル・センチュリオ”もこの機体を分析して造ったものだからな」

「それは知っている」


 だが、とリバーセルは”骸”を見上げる。

 どこか、不快なようで、しかしそれがどうしてなのかよく分からないといった表情だ。


「どうしてか、この機体は…妙だ」

「妙、とは?」

「わからん。センチュリオに似てるというのは当然だろうが…わからん。ただ、…いや、なんでもない」


 要領を得ないその言葉。

 ファナクティは、その根拠を知っている。

 だが、伝えることはない。


「これは必要だ。我慢しろ」


 それだけを告げた。



 少女は、夢を見る。

 白い夢だ。

 空間の境界すら曖昧な中で、その人の夢を見る。

 その人は、少年だった。

 少しクセ毛のある少年。

 

 ―――アウニール。


 少年は自分のことをそう呼んだ。

 純粋に、無邪気に、まっすぐに。

 違うはずなのに、それでいいと思える。

 その方がいいと思える。


 ―――道を見つけられるまで、俺が一緒にいるッス。必ず。


 そう言って、笑顔で手を差し伸べてくれる。

 でも、その人の名前が思い出せない。

 どのような顔をしていたのか思い出せない。

 

 ―――忘れろ。


 別の声を聞いた。

 白髪の少年の声だ。

 鋭い刃のように研ぎ澄まされた存在。

 白髪の少年は、自分を守るといった。


 ―――それがお前のためだ。


 ”いやだ”


 忘れたくない。

 覚えていたい。

 忘れれば、自分はなくなってしまう。

 存在したことも全てがなかったことになってしまう。


 ”いやだ”


 だから拒絶する。

 忘れさせられることを。

 自分が消えることを。

 

 ―――オマエヲ、マモル、エイエンニ…


 白髪の少年の声が変質する。

 無機質な、機械の声。

 振り返る。

 そこにいたのは、黒い影。

 朽ちて、しかし意思のあるかのように蠢く、巨大な黒の”骸”。


 ―――ダレニモ、オマエヲ、キズツケサセン。


 ”骸”はこちらに、手を伸ばしてくる。

 装甲が脱落し骨格と金属片だけで形づくられたそれは、肉の削げ落ちた屍の腕。

 

 ”いやだ”


 少女は、逃げられない。

 

 ”助けて”


 それに掴まれたが最期、何もかもが終わってしまいそうに思えて、

 

 ”助けて…!”


 その時、


 ―――大丈夫。


 声が聞こえた。

 優しい声が。

 忘れられない人の声が。


 ―――一緒にいるから。


 後ろから差し伸べられた白い手。

 それを掴む。

 手を引かれ、黒い”骸”が遠ざかっていくのが分かる。


 ”あなたは、誰…?”


 少女は問う。

 少年は応えない。

 ただ、笑顔でこちらの手を引いてくれている。

 見返りも求めず、それが当たり前であるかのように。

 

 ”会いたい。あなたに、会いたい”


 そして、少女は夢から醒める。 

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