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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-16:”道”を探して ●

挿絵(By みてみん)

 リファルドは、ふと扉の向こうから騒動の音を聞いた。


 ……ああ、アンジェが暴れてますね。これは。


 と思いながらため息をつく。

 すると、ウィズダムが目を細めて、


「ほれ、どうであるか? さっさと入って仲直りしてくるのである」


 少しばかり意地の悪い微笑を浮かべている。

  

「さっきの流れからでは、どう考えても無理ですよ」

「まったく、”西”の”最速”とも言われる男が、実に足踏みをしているであるな」

「”最速”は戦場で与えられた称号です。普段は、私はどうしようもなく迷ってばかりですから」

「それでよいのである。若いうちは悩むことである。答えがでないことこそ人生。人間というのは歳相応の悩みをいつも抱えておって当然。我輩とて、この歳でも悩むことは多い」


 悩むこと…、とリファルドは呟く。


「アンジェの未来、と言ったであるな? その答えを我輩は持たないのである。”知将軍”が考えるべきは”王”の在り方。今、この時に、この国に必要とされる”王”を存在させることしかできないのである。ゆえに―――」


 ウィズダムは、フッと笑みを深める。

 しわの刻まれた顔に柔和なその表情に、未来への期待をのせて。


「―――未来は、そなた達のそれぞれの行く末こそ、そなた達が決めていくべきである」


 リファルドは目を伏せ、うなづく。


「…そうですね。その通りです」


 人にとって過去とは、乗り越えていくもの。

 しがみつかれ、囚われていては前に進めない。


「我輩としては、アンジェとそなたが夫婦めおとになればいろいろと万歳であるが」

「いや、私では…」

「まぁ、細かい話にはなったであるが、しかし、アンジェにとって最も信頼できるのはそなたであろう? 我輩もアルカイドから”私になにかあったら娘を頼む”と言われておる。ゆえに、娘か孫のようにかわいいものである」

「先代も気を回していたのですね」

「うむ。歴代の”王”は、男にしろ女にしろ、やはり外への示しというものがある。それゆえに、意中の相手と結ばれるというのはなかなかに難しいであるからな。そう考えると、今の状況はアンジェにとって恵まれておる。意中の男は目の前にいるのであるからな」

「私は、彼女に恥じない人間には…」

「それはこれから磨けばよい。男も女も、どちらも深き仲になってからが始まりであるよ」


 そう言って、ウィズダムがドアの前へと歩く。

 さっきまで部屋の中から聞こえていた暴れる音は、すでに消えている。

 アンジェが暴れ疲れたか、シャッテンが説得に成功したか。

 そのどちらにせよ、


 ……もう一度、話をしなければならないのでしょう。


 リファルドは、そう思った。

 拒否ではなく、今は答えを出せないということを伝えよう。

 それが、今、自分の唯一出せる答えなのだから。

 見ると、ウィズダムがこちらに視線で問うてくる。

 アンジェの部屋のドアを開けるか、否か。

 

「ウィズダム殿。頼みます」


 リファルドは、声にして意思を伝える。

 ウィズダムは頷き、ドアノブに手をかけようとして、


「―――ぶふおぉっ!?」


 ドアが内側から、勢い良く叩き開けられた。

 開けられたと言うより、


「ドアが外れましたよ!? えぇっ!?」


 ウィズダムは、外れて倒れてきたドアの下敷きになっていた。

 そして、部屋から出てきたのは、さっきと同じくシャツだけを身に纏った半裸のアンジェだ。


「ア、アンジェ…、怒りのあまりドアまで破壊されては…」


 と、いいながらリファルドは気づく。

 部屋の中に、巨大な人影が倒れている。

 それは、


「あの時の機兵…!」


 数時間前に戦った機兵が、どうしてここにあるのか。

 そして、どうして頭部だけがああも無残に切り刻まれ、砕かれているのか。

 いろいろ疑問はあったが、


「アンジェ、無事ですか!?」

「見れば分かるであろう。バカモノ」


 アンジェの身体に巻かれた包帯に少し、血が滲んでいるのが見えたがそれでも彼女は自分の長い金色の髪を後ろで結わえ、動きやすい形に整える。

 

「な、何事であるか!? ぬぅ!」


 ウィズダムが、自身に乗っかっていたドアだった板を横に放り、体を起こす。

 ちなみに、ドアはシンプルなようで中間に特殊合金の防犯使用であるため、結構重たかったようだ。

 アンジェは、チラリとリファルドを見る。

 その目には、すでに怒りはない。

 ”騎士”の力を求める”王”の瞳を持って、一言、


「よい、リファルド。ワシが悪かった」


 そう告げてきた。

 リファルドは、その意味を悟り、あえて言う。


「…いえ、あなたは悪くありません。ただ、今の私に答えは出せない。しかし、いつか必ず…」


 答えを示す。

 リファルド=エアフラムという1人の男性として、アンジェリヌス=シャーロットという1人の女性のために。  


「まったく、ドアを外すとは…。アンジェよ、そなたは少しおてんば過ぎるであるな。だいたい―――」

「すまんの、ウィズダム。説教は今度じゃ。ちょうど良いので、この場で話しておく。”最速騎士”、”知将軍”、これは”王”の言葉じゃ」

「む、なんであるか」


 アンジェは一呼吸、置き、そして挑戦的な微笑を浮かべ、そして告げた。


「ワシは、”東”に行く」



 その一言に、”知将軍”が目を丸くし、対して”最速騎士”は意外に思いつつも受け入れていた。

 ウィズダムが、真っ先に口を開く。


「本気であるか」


 ウィズダムの問う視線は真剣だ。

 しかし、アンジェに迷いはない。


本気マジじゃ。”西”に潜む意思。確証はないが、おそらく”朽ち果ての戦役”に関係しておる。それも深く、かなり昔から。だから、それを”東”に伝えに行く」

「危険である」


 ウィズダムは、その意思に危うさを感じた。

 過去の幾度となく見てきた、高き理想を持った若者の暴走。

 アンジェもそれを抱いているのではないかという危惧を覚える。


「”東”との国交は、15年前から完全に断たれている。仮に”東”に行けたとして、そなたは”西”の”王”。”朽ち果ての戦役”に直接関わった世代でないにしろ、あちら側の感情の波に襲われればひとたまりもないのであるぞ」


 ウィズダムは言う。

 ”東”は敵になっている、と。

 そこに、国の長が単身で乗り込むことにどれほどのリスクがあるのかなど検討がつかない。

 だが、アンジェの意思は揺らがない。


「…15年じゃ。話さずに、それだけの時間が過ぎ去った。かつての戦いをワシは知らぬ。”東”に対して”西”が抱くものをワシは知らぬ。だが…、知らぬで通し続けてよいはずがない」


 黙って、にらみ合うだけで、何もかもが足止まっていて、それでは進むことはできない。

 

「問題はもはや”西”だけのものではない。世界のあり方の問題じゃ」

「世界…とは」

「互いに意思を伝える機会もないままに、不確かな敵意をぶつけ続ける。人は争う生き物じゃ。しかしそれと同じくらい、戦いたくない、と誰もが思っているではないか」


 おかしいではないか、と。


「人は本質的に争う。これからもそれは変わらないであろう。人が人である限り。それでも、それを拭おうとする意思を失わせてはならない」


 だから、


「全てを平等にし、そして”西”と”東”に果たして戦う意味があるのか、それを問いに行くのじゃ」


 危険な賭けだ。

 しかし、


「どの道、”西”にいるとワシは、それこそ狙われまくりじゃからな」

「どういう意味であるか?」


 その問いに対しては、アンジェが部屋の中に転がっている機兵だった鉄屑を背中越しに指す。


「む…! この”王”の部屋に、侵入者を許すとは…」

「”西”で最も安全とされる場所に、このようなデカいのが入り込めるのじゃ。見えない敵は、ワシらの裏を取ってきている。早いところ解決したい。夜も眠れんしの」


 むぅ…、とウィズダムはうなった。

 

「何が起こっているのか、まだはっきりとは掴めておらぬ。”知将軍”として恥ずかしき限り…。」


 ウィズダムは腕を組み、思案する。

 確かに、問題は”西”だけに留まるものではないのかも知れない。

 だが、


「我が”王”よ」

「なんじゃ」

「この行いは、世界を変えるかもしれぬ。だが、そなたの身に何かがあれば、”西”には大きな混乱が広がるであろう」

「そうじゃな」


 あっさりと、当然のように言ってのけたアンジェに、ウィズダムは先代”王”を、友であったアルカイド=シャーロットを重ねた。


”ウィズダム。ワシはこう思っている。”西”と”東”の境界をいつか取り払うことはできないかと。この世に生きる人が、平等に触れ合える世界を創れないかと。理想かもしれん。幻想かもしれん。しかし、夢は抱き続けてこそ意味を成すのだ”


 ……血は争えぬ、であるか。


 ウィズダムは思う。

 アンジェが知らず知らずの内に、友に近づきつつあると。

 それは同時に、友の最期も重なる。

 父と同じ道を歩み、末路すら同じくしてしまうのではないかと。

 だから、


「…許可できぬ。”王”の危険な選択を止めることが、我が責務であるゆえに」


 アンジェは、むっ、と眉をひそめる。


「今、この場にいるは”知将軍”である。アルカイド=シャーロットの友である者。そして、その娘の成長を見届けることを託された者である」


 それは、とアンジェが言う前に、ウィズダムが言葉を紡いで行く。

 その視線は、リファルドに向けられる。


「”最速騎士”よ。そなたの本質もまた”知将軍”と変わらぬもの。”王”の選択に間違いがあれば、それを正すことこそが責務である」

「忘れてはいません。”王”の騎士となった時から、いつ、何時なんどきも」


 うむ、とウィズダムは頷く。


「アンジェよ。いや”王”よ。そなたの考えは今は危険である。リスクが高く、とても受け入れられるものではない。”知将軍”の権限において、しばらくの謹慎とする」


 そうか…、とアンジェは呟く。

 

「仕方ないの…………と、言うとでも思ったか!」


 アンジェが右腕を天へと振り上げる。

 なんであるか?、とウィズダムが思った瞬間、


「んごっ!?」


 視界がいきなり暗転した。



「タイミングバッチグーじゃ!」

 

 アンジェの合図で飛び出したのはシャッテンだった。

 部屋の中から飛び出し、引いてきたベッドシーツを背後からウィズダムにかぶせたのだ。

 だがそれだけではすぐに振りほどかれてしまうので、


「よし! そのままロール巻きストレートコース!」


 シャッテンの袖から、長いロープが伸びていく。

 右往左往するウィズダムの周りを高速で周回し、


「フィニッシュ!」


 最期に足のところでギュッと絞って出来上がり。

 布包みの老将軍が、ぬおお!?、と声をあげて床に倒れこむ。


「…最近、子供達とテルテル坊主作ったの」


 と、シャッテンが呟きおまけで顔とおぼしき位置にニコニコマークの落書きをしておく。

 部屋を出る前に、すでに話し合っていたのだ。

 どうせウィズダムが反対するから、強行突破で行こう、と。


「よし! これで…!」


 と、駆け出そうとしたアンジェだったが、その身体が不意に宙に浮いた。

 背後からリファルドに横抱きで抱え上げられたのだ。


「おのれ! お前も反対派か! リファルド! ええい、放せ!」


 アンジェが、腕の中で身をよじる。

 しかし、元々負傷している身なので、そこまで思いっきり暴れられるわけではない。

 それに普段もこの状態から抜け出せたことがないのだ。


「…アンジェ…!」


 シャッテンも、飛びかかろうとするがアンジェとリファルドが密着している以上、ウィズダムと同じようにはできない。

 てるてる状態のウィズダムがもがもがしながら叫ぶ。


「”最速騎士”! ”王”を止めるのである!」


 拘束を振りほどこうとしているが、まだ時間がかかりそうだ。

 リファルドは、暴れるアンジェをものともせず、目を閉じ一瞬の思案の後に、答えを出した。


「ウィズダム殿、申し訳ありません…!」


 そう言って、アンジェを抱えたままその場に背を向け、駆け出した。


「む!? なんであるか!? どういう意味であるか!?」


 てるてる将軍を放置。

 慌てて、シャッテンが追いかけるように続く。


「リファルド?」


 その行動に、アンジェが少しばかり驚いた。

 だが、見上げるリファルドの表情に迷いはない。 


「これは、”最速騎士”として間違った選択かもしれません。しかし、リファルド=エアフラムは、あなたを、”王”でないあなたを助けると心に決めています。あなたの抱く思いを、閉ざされた”東”の世界にたどり着かせてみせます。私にできるのはそれだけです」


 その言葉に、アンジェは安堵する。

 心を許し、身体をその腕の中に委ねる。

 そして、呟く。


「…うれしいよ、リファルド」

光栄に(ヒア)。行きましょう、”東”の地へ」

「1ヶ月。それで答えを出す。分かり合えるのか、そうでないのか」

「正規の船は出せません。”リノセロス”を使います。小型戦艦並のサイズですから、2人でもいけるでしょう」

「ユズカになんと言おうか…、ん? シャッテンどうしたのじゃ?」


 アンジェは、並走してくるシャッテンが、手首の端末をいじって、どこか落ち着かないのに気づく。


「…ユズカさんと連絡がとれない」

「戻っても良いのじゃぞ」

 

 アンジェの言葉に、シャッテンは首を横に振った。


「…任されたから。最期まで頑張る。アンジェとリファルドを守る」

 

 アンジェは、その言葉に頷き、決意を持って前を向く。


「もう、立ち止まってはいられないのじゃ」

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