5-15:”時”を越えて ●
エクスが、後退しながら敵に対して相対する。
機械兵3体の同時攻撃に対して最初にとった行動は回避。
当然だ。
エクスには武器がない。
対抗するには、まず武器を手に入れる必要がある。
……なら、連中の武器を奪うまでだ…!
最も、まともに対抗しようとは思っていない。
2ケタ以上存在する機械兵の全てを相手にするなど自殺行為以外の何者でもない。
だから、さばいて、ファナクティに接近する。
機械兵は、柔軟な行動派できても、その思考は所詮プログラムに基づいている。
排除対象にファナクティが含まれていない以上、それを盾にすれば攻撃を中断させ、ファナクティからさらに情報を引き出すこともできる。
ファナクティはその場から動こうとしない。
ただ、事の成り行きを見ているだけだ。
……ここで、全てを明らかにする。そのために…!
今、目の前にいる3機は最初に奇襲をかけてきた3機とは別の3機だ。
そらく武装はナイフ。
なら、手首を叩き折ればいい。
だが、機械兵がローブの下から覗かせたのは、
「な…!」
腕部と一体化した巨大なブレードだった。
手持ち武器ではなく、複合連結式の対装甲仕様ブレード。
障害物、隔壁破壊に用いられる破壊力重視の武装だった。
……これでは…!
奪えない。
エクスは、とっさにその場から離れるが、ブレードを空振りした正面の機械兵の脇を抜け、2機目が追撃にくる。
武装は同じ対装甲ブレード。
横薙ぎに振られるブレードに対して、エクスは身をかがめた。
頭の数センチ上をかすめ、慣性に置いていかれた髪数本が宙を舞う。
そこへ、3機目の追撃が来る。
しゃがんだ姿勢に対して突きを入れてくる。
後方に飛んだとしても、さらに隙をさらすことになる。
エクスは、突きの切っ先に対して突っ込んだ。
頬をブレードがかすめ、鮮血が散る。
だが、3機目の懐に飛び込んだ。
……これで…!
飛び込むやいなや、3機目の肩に手をつき、動作に一瞬の間を空けて、地を蹴って機械兵を飛び越した。
そこに2機目が、ブレードを振られた。
……おちろ…鉄屑!
一閃。
対装甲ブレードは3機目の胴体をあっさりと両断した。
3機目の背後に着地していたエクスに、1機目のブレードが突きかかってくる。
ふん、と鼻を鳴らしエクスが身をかわした。
重量級の突きは、3機目を背後から串刺しにし、そのまま2機目の頭部に叩きこまれた。
そして、エクスの膝蹴りが1機目の頭部に真正面からぶち込まれた。
頭部は一番狙いにくいが、唯一肉弾戦で破壊できる急所だ。
……ナイフでもあれば楽だったがな。
3機がほぼ同時に機能を停止。崩れ落ち、鉄屑となった。
同士討ち。
対装甲ブレードの重量は機械兵といえども容易に制御しきれるものではない。
破壊力こそ強力無比とはいえ、攻撃も直線的になりがちだ。
加えて、エクスは対機械兵戦闘におけるエキスパートだ。
行動予測、性能の度合い、反応速度、装備における動作の変化といったあらゆる情報を網羅している。
未来でも機械兵に対して、武器なしの生身でこうも善戦できるのはエクスを含め数名くらいのものだ。
「……見事なものだ、エクス。お前のその手腕に多く助けられたのを思い出す」
ファナクティは目を閉じ、語るように呟いた。
そして、両手を広げ、告げる。
「私を殺して見せろ。エクス」
挑発でも何もない。
ファナクティのその言葉に、エクスは怪訝な表情を浮かべる。
「どういう意味だ…」
エクスの疑問は最もだった。
自分を人目のない場所に誘導し、謀殺することがファナクティの狙いではなかったのか、と。
「言ったはずだ。私は世界最初の”狂神者”として、世界を滅ぼす手先としての運命を与えられた。それに従うしかなく、私自身の意思ではどうにもならない」
なら、とエクスは呟き、
「抗え…! かつて未来で誰もがしてきたことだ…!」
いいながら、エクスは周囲に気をはる。
背後から、新たな機械兵が忍び寄って来ている。
音を消そうと、動きの流れを消すことはできない。
「私はすでにこの運命に飲まれ、許されない罪を犯している。避けようとした。しかし、私は…負けたのだ。分かっていながら、多くの人を犠牲にしてきた」
ファナクティは天を見上げる。
”絶対強者”の”骸”を背にしているその男はすでに囚われている。
己に強制された宿命に。
だから、
「私を止めろ。それで未来が変わるかもしれん」
違う、とエクスは小さな声で言う。
自分に言い聞かせるように。
「犠牲にすれば成り立つ、そんな理屈が…!」
過去来て、また会える。
仲間と共に、また戦える。
そして、ライネと共に歩んでいける、と。
……そうだ。俺の望みは…!
ファナクティが、フッと笑みを浮かべるのが見えた。
嘲笑ではない。
まるで、息子の成長を静かに喜んでいる父親のように。
「お前は、本当に変わったな。他者の死に憤り、無為な犠牲を嫌う。それこそ…人間だ」
「まだ間に合う…! ライネが変わらずこの世界にいると言うなら、俺とあいつで別の答えを見つけてやる! だから、教えてくれ。ライネはどこにいる…!」
その問いに対して、ファナクティは答えた。
ただ簡潔に。
「無理だ。お前は、もう彼女には会えない」
なぜなら、
「ライネ=ウィネーフィクスは、死んだからだ」
エクスが、目を見開いた。
その瞬間、エクスの肩から鮮血が舞う。
背後からの機械兵による奇襲だ。
来るのは分かっていた。
だが、呆けていた。
避ける意識が、完全にとんでいた。
エクスの膝が落ちる。
傷口もおさえず、驚愕に見開かれた目がファナクテイを捉え続ける。
「何を…言っている…。冗談が、過ぎるぞ…」
今、自分は何を言われた。
ライネが死んだ?
「信じられるか!」
「ごまかしはない。事実をそのままに告げよう。ライネ=ウィネーフィクスは、死んだのだ。もうこの世にいない。だから、2度と会えないんだよ。いずれ分かることだ、エクス」
エクスは自分の表情がゆがむのは、傷の痛みだと思いこんだ。
「運命に支配され暴走する私と彼女は、お前よりも先に転移してきた”絶対強者”を巡って争奪した。彼女は破壊を、私は保存のためにな。結果、私が勝ち、彼女は落命した。いや…私が殺した」
ファナクティは、少し、間を置き付け加える。
「……それが、20年前の話だ」
「どういう…ことだ?」
そう呟くと同時に、エクスは気づく。
ファナクティの髪が、変質している。
暗い場所でもはっきりと分かるほどに白髪になっている。
まるで、初老を迎えていくように。
そして、顔にもしわが徐々に現れてきている。
「そろそろ、時間切れか…」
エクスは知っている。
ナノマシンを使用した、表面上の一時的な若返りの技術だ。
「20年だ、エクス。我々が転移して、20年以上の時が過ぎ去った。その間に、世界は滅びへと進み続けている。正しく、時間を履行している。エクス、お前だけなんだ。この世界で時間という”神”に囚われていない存在は」
だから、
「いわば、お前は全てを壊すことが出来る時間のバグ。この世界の裏側に干渉すれば、たとえ”神”であってもそれを修正することはできないだろう。しかし、”鍵”が何かを知らない限り、それは成就しない」
ファナクティはそう語る。
だが、エクスにはその言葉の意味を理解するほど思考の余裕はなかった。
辿りついた先に待っていたのは、喪失だった。
自分にとっては、数ヶ月前のこと。
しかし、エクスと”箱舟”の転移には20年という途方もない時間の差があったのだ。
その間にライネは失われた。
世界も滅びに向かっている。
「嘘、だ…。嘘をつくな…! こんな、こんな結末があって…たまるか…」
「”嘘”をつけるのは人間だけだ。私はすでに、世界の裏側に取り込まれた存在、いわば、”神”の意思に最も近くに位置している。私は世界そのものを動かしている。世界は”嘘”をつかない。正しい”真実”を、当たり前を押し付けるだけだ」
エクスは、血の流れすら自覚できない。
何も残ってない。
もっと、別の何かが軋んでいる。
内にあるなにかが。
「…どうして、俺は…生きているんだ…」
自分が求めていたのは、滅びの回避ではない。
ただ、隣にいてくれる人を守れればそれでよかった。
自分など、ちっぽけな人間に過ぎなくて、目の前のことしか見ていない。
世界を救うなどという大それたことを出来るはずがないのだから。
「……お前から、生きる希望を奪ったのは私だ。お前には、私を殺す権利がある。だが、それをする気がなく、生きることを捨てたいというなら…」
ファナクテイの周囲に機械兵が編隊を組む。
「ここで終わらせてやる。それが、私からお前にしてやれることだ。…さらばだ、”英雄”よ」
ファナクティが手を上げる。
それを合図に前衛の新たな5機が一斉に襲い掛かった。
「俺は…」
エクスは、ただ、無気力に襲い来る機械兵を見ていた。
ここで終わるならそれもいい、と。
だが、
「―――全く、手のかかる人ね」
声が聞こえた。
同時に蒼と紅の合わさった鉄刃の嵐が吹き荒れた。
「 ”花弁”…?」
エクスを中心に展開されたそれは、彼を守るように舞い、範囲に侵入した機械兵の1体の躯体を引き裂いた。
破壊を免れた機械兵は後退し、ファナクティの周囲に隊列を組みなおす。
「これは…」
エクスが背後にゆっくりと視線を動かした。
そこには、1人の女が立っている。
二振りのブレードは、すでに自らの武装を展開している証。
”絶対強者”との決戦のとき、自分を守ってくれたライネの”翼”。
この場に展開されている”花弁”。
その2つが、エクスの中で重なる。
「来たか」
ファナクティは、呟き、”魔女”を見た。
そして、
「久しぶりだな。ユズカ=ウィネーフィクス」
ウィネーフィクス、というその名にエクスは、我に返る。
隣に立つ”魔女”の本当の名前に。
「ユズカ、お前は…」
ユズかは、いつもの微笑でエクスを見つめてきた。
そして告げた。
「迎えにきたわ」