5-14:”贖罪”と”未来”への想い【Ⅲ】
「…アンジェ。大丈夫…?」
ソファに身を沈めていると、シャッテンがそっと近づいてきた。
閉ていた目をゆっくりと開ける。
手すりに顔の下半分を隠し、こちらをのぞきこんでくるシャッテンに、アンジェは子供の頃飼っていた猫のイメージを重ねた。
落ち込んでいると膝の上に乗ってきて、こちらの気も知らずに眠って、それでこちらも気が楽になったものだ。
数年前に寿命で死んで、リファルドと一緒に供養したのだ。
「シャッテンよ。おぬし、好きな人はいるかの…?」
シャッテンが頷く。
「…うん。ユズカさんと、リヒルが大好き。孤児院の子供達も好き」
アンジェが、はは、と軽く微笑む。
自分の”好き”とはだいぶ違うが、むしろこの方がいろいろと打ち明けやすい気がした。
「ワシは、リファルドが好きじゃ」
「…”最速騎士”が…?」
「家族になってもらいたかった。隣にずっといて、支え、導いてほしいと願った。じゃが…、断られてしまった…」
「…どうして?」
「あやつは、ワシの父を死なせたことを悔いておると言った。ワシが許す、と言ってもそれはあやつから罪の意識を消し去ることは叶わなかったのじゃ。だから―――」
「…違う。そうじゃない」
シャッテンに不意に遮られ、アンジェが顔あげる。
見ると、シャッテンが首をかしげている。
「…家族なのにどうして、許すことにこだわるの…?」
その言葉に、ふとアンジェは思う。
家族とは何か。
一緒にいて欲しいとは何か。
「…私も、ユズカさんや”お母さん”に怒られたことがいっぱいある。でも…」
シャッテンが、目を伏せて言う。
「…反省して、ごめんなさいって言えるなら、全部を許してくれて、頭をなでてくれた。”なんでも完璧にできる人なんていないんだから”って」
●
リファルドは、ウィズダムの答えを待った。
”知将軍”は、考え、しかし数秒後には明確な答えを示した。
「この国ではなく、アンジェの未来…であるか。」
「はい。アンジェの母は、彼女を生んですぐに亡くなったと聞きます。そして父である先代”王”も、私の力及ばず命を落としてしまった。彼女は、1人です」
ふむ、とウィズダムが腕を組み、顎鬚を右手でさする。
「なら、そなたが家族になってやってはどうであるか?」
「私では…、彼女を真に支えられる者になれないのです」
「なぜ、そう思うのであるか?」
「私は罪人です。彼女から最期の家族を失わせてしまった。この命を捧げても、償いきれない罪です。そんな私では、彼女にはふさわしくありません」
「では尋ねるのである」
「何を、ですか?」
「そなた、アンジェのことをどれだけ知っておる? ”王”ではなく、1人の淑女としてであるぞ?」
「それは…」
「全て知れとは言わぬが、それでも知っていてくれる者とはかけがえのない存在である。そなたは、アンジェと向き合っているか? あの戦役から15年以上経つが、そなたはまだ過去に囚われておるようであるな」
「しかし、私は…」
「リファルドよ。アンジェが許しているなら、過去の贖罪は、そなたの中だけで決着すべきこと。それが例えアルカイドのことであっても、アンジェを巻き込むべきではない。あの子は…そなたに未来を求めているのである」
未来…、とリファルドは呟く。
アンジェのために捨石になっても自分はかまわない。
だが、それは自分勝手な言い分に過ぎないのだ。
結局、過去の行いを自身で許せないだけなのだ、と。
だが、
「私は…、どうあるべきなのでしょう」
●
許されて…、とアンジェは呟く。
自分はリファルドを許している。
そう許しているのだ。
なら、過去の決着をつけることができるのは、リファルド自身だ。
アンジェは、自分がリファルドの心を動かすべきだと思っていた。
しかし、違うのだ。
心は、その人にしか動かせない。
リファルドと一緒にいたいという自分の心。
過去の罪を背負うというリファルドの心。
それは全く別なもの。
その思い同士が延長し、重なる日は、まだ先なのかもしれない。
なら、自分はどうするべきなのか。
決まっている。
……ワシは、時が来るまで待つよ。リファルド…そなたがワシだけを見てくれるその時まで。
アンジェは、シャッテンの頭にそっと手を置いた。
ありがとう、と呟きそっと撫でるとシャッテンが照れくさそうに、気持ちよさそうに目を閉じている。
だが、ふと、シャッテンがカッと目を開いた。
そして、
「……っ!」
アンジェを床に引きずり倒していた。
なにを…、というアンジェは自分が今いた場所に答えを見た。
「な…に!?」
ナイフだ。
先まで座っていた椅子の上に、ナイフが縦に突き立てられている。
そして、その取っ手を掴むのは、
「空中に腕が浮いて―――」
いや違う。
腕の根元が、薄く色が薄まるように消えている。
そして、根元からの延長線である部分の空間に、光の歪みがある。
何かが、そこにいる。
人の形をした何かが。
「…たぶん、この部屋の中にずっといた」
シャッテンが呟くと同時に、腕の色が薄まり消える。
しかし、そこにいる。
耳を澄まさねばならないほどかすかではあるが、小さく駆動音が聞こえる。
「いた…じゃと…?」
アンジェが驚愕する。
「…きっと”迷彩機構”っていうのだと思う。それも完璧なの…」
シャッテンが呟く。
つまり、視認できない敵がそこにいるということ。
「…ユズカさんから聞いた。弱点は確か、ゆっくりしか動けないこと。迷彩機能を可動するには内部熱量に制限があるって言って―――」
そこまで言ってふと気づく。
アンジェが、ふふふ、と笑っていることに。
「いた? ずっとそこにいたじゃと…?」
長髪で隠された表情はうかがい知れないが、それでも隙間から見える薄ら笑いがなんか怖い。
「2人きりで…、いろいろ恥ずかしい思いをして…、断られて―――」
アンジェが顔を上げる。
「いや、歓迎する。ああ、歓迎するとも。嬉しいぞ機械人形。この短時間でずいぶんとストレスが溜まっておってのぉ…」
凶暴な笑みがあった。
どうして”機械兵”がここに紛れ込んでいるのか、ということはどーでもいい。
ただ、行き場のない怒りの矛先を見つけた、という顔だった。
「さっきの恥ずかしい言動をその頭ごと微塵に吹き飛ばして、細切れにしたついでにストレス解消してくれるわっ!!」