5-14:”贖罪”と”未来”への想い【Ⅱ】 ●
リファルドは、そのアンジェの言葉を聞き、目を丸くするも、しかし冷静だった。
「アンジェ、今のは…」
「2,2度言わす気か!? け、結構、というかかなり恥ずかしいのを我慢したのじゃぞ! さ、さあ! どう、じゃ?」
そう言って、アンジェは巨大な枕を慌てて引き寄せ、身体の前に抱え込み、そこに赤くなった顔半分を隠すように埋める。
「なぜ、私を…?」
リファルドの問いに対して、アンジェは耳まで赤くなる。
口がうまく動かないが、なんとかしようと努力し、やっとのことで言葉を紡いでいく。
「そ、それは…、ワシがそうしてほしい、と思うからで…、その、それだと、いろいろ安心というか…。つまるところ、…つまり、ワシはお主がずっと好きで、一緒にいてほしいと思って…」
話が全然まとまらないことを自覚するも、アンジェはそれを処理するだけの冷静さなどどこかにいってしまった。
対するリファルドは冷静だった。
少しだけ思考する。
「一緒にいてほしい、というなら別に気にすることはありません。私はアンジェの”騎士”。生涯、それが変わることはないでしょう。あなたが、それを望む限り共にありましょう。それは結婚せずとも果たされていくことです」
「い、いや、そうではなくての…」
「私を好きになってくれた、というのは光栄です。しかし、私はそれに応える資格がない」
「な、なぜじゃ…!」
「私は、常にあなたの傍に仕えてきました。ですが、あなたは、まだ答えを早く出しすぎている。この先、生きていく中で、きっと私のような罪人よりも、強くあなたを想ってくれる人に出会えます。必ず」
「そ、それは…!」
「それに、私は先代”王”…、あなたの父を守れず、生き残ってしまった。本来なら、あなたの傍に仕える権利すらない。それをあなたは許し、”騎士”にしてくれた。私にとってそれ以上を望むことは、罪深いことです」
「まだ、それをいうのか! ワシは、もう許しておる。父の死はお主の責任ではない!」
リファルドは、ベッドから降り、アンジェへと向き直ると、床に片膝をつき、頭を垂れる。
「この先何があろうと、私はあなたの”騎士”。この命尽きるまで、あなたの”力”となり、良き”王”であるためにふりかかる災厄を払い除ける”剣”となり、あなたが間違えばそれを正す”礎”となりましょう。それが…私の役目なのです」
それは、騎士が”王”の下にあり、忠誠を尽くす姿勢。
リファルドが、アンジェに対してどのような立場であるのかを示すものだった。
そう、答えは”拒否”だ。
「リファルド…、ワシは…」
枕の握る力が自然と強まる。
アンジェは”王”。
リファルドは”騎士”。
主従。
ずっと昔から続いてきた。
アンジェに恋心があっても、リファルドの罪の意識がそれを拒絶する。
リファルドにとって、自らが生きていることこそが罪なのだ。
例えアンジェに殺されても、彼は受け入れるだろう。
それほどに、リファルド=エアフラムは悔いている。
許しの言葉だけは、彼の中から罪の意識を消し去れないと知ってしまった。
どうすればいいのか分からなくない。
自分は、ただ一緒にいて欲しいと願うだけなのに。
そして、気づけば、
「―――バカ…モノ…」
嗚咽にも似た声が漏れていて、
「バカモノっー!!」
「アンジェ…? ってうぉ!?」
顔を上げたリファルドの視界に飛び込んできたのは、枕だった。
先ほどまでアンジェが抱えていたものだ。
「バカモノ! バカモノ! バカモノ!」
アンジェの表情は、泣きと恥じらいの赤に染まっていた。
ベッドから飛び降りると、テーブルの上にあった燭台を投げつけてきた。
もちろん火付きで。
「ぅわっ!? アンジェ、ストップです!」
リファルドが枕を投げ捨て、地面に落ちる前にそれを拾う。
なんとか火事の原因を作らずに済んだ、とホッとしたのも束の間、
「うお!?」
「このこのこの!」
部屋中の調度品が一斉に飛んできた。
火事になりそうなものはないので、リファルド蝋燭台を持ったまま、とりあえず避けに徹する。
「ア、アンジェ!? 危ないですって! お、落ち着いて!」
「うるさい! 女の一世一代の告白に恥をかかせおって! この意気地なし! 空野郎! バカモノーーーーーっ!」
”王”の怒りは半端なかった。
というか女の怒りだった。
とりあえずこの場から退避すべく、リファルドは、荒れ狂う投擲の嵐をかいくぐり、部屋から出る扉へと突っ走った。
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部屋の外には、ウィズダムとシャッテンがいて、
「―――で、あるからして。シャッテンよ。そなたもユズカから、女性らしい立ち振る舞いというものを学ぶべき年頃であると思うのである。意中の男に出会った時、恥じぬ女子であるためには―――」
結局説教になっていた。
とはいえ、今回は諭すタイプの内容であったので、シャッテンもそれほど苦もなく聞いていた。
理解できるかどうかは別にして。
「…”知将軍”。私、ユズカさんから頼みごとされてる」
シャッテンの言葉に、む、とウィズダムがうなり、
「おっと、そう言えば我輩もである。いかんいかん。ではこの話は次の機会にでもするのである」
シャッテンは頷き、思った。
……助かった。
「む? 今何か…」
シャッテンはドキリとした。
まさか考えを読まれたのか、とも思ったが、
「ドアの向こうから怒鳴り声が聞こえたようであるが?」
ウィズダムの視線は、”王”の部屋の扉へと向けられている。
「…音…?」
「うむ。何かトラブルであるか?」
そう言って、ウィズダムが扉の前に来て、ノブに手をかける。
その時、扉が突如、内側に勢いよく開いた。
同時に、
「うおっ!?」「ウィズダム殿!?」
飛び出してきたリファルドとウィズダムが鉢合わせになった。
なぜか、その手には火のついた蝋燭台が握られている。
「どうしたのじゃ!? 火を振り回しているとは!?」
「いえ、これは―――おっと…!」
リファルドが、姿勢を低くし、ウィズダムの脇を抜ける。
そして、正面を見たウィズダムの顔面に金属の皿が飛んできた。
ぶふぉっ!?、と声をあげてひっくり返った老体にかまわず、リファルドがシャッテンの存在に気づいて声をあげる。
こうしている間にも、部屋の中から様々な物が飛んできていた。
「シャッテンさん! アンジェをなだめてくれませんか!? お願いします!」
「は、うん…!」
アングリしていたシャッテンはその声に我に返り、その場を蹴ってとびだす。
俊足で部屋の中に飛び込んだ彼女の活躍によって、内側に開かれていたドアは思いっきり閉じられたのだった。
そして、周囲に静けさが戻った。
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シャッテンが入ると、暴風は一応の終息を見せた。
見る先には、荒く息をするアンジェがいて、
「シャッテンじゃな…」
こちらの姿を見るなり、落ち着きを取り戻していくのが分かった。
シャッテンは、額に汗を一筋流しつつ、両手を前にだして、
「…ど、どーどー」
と、暴れ馬をなだめるように言った。
はぁ…、と息を吐いたアンジェは、手に持っていた銀食器をテーブルの上に置き、すぐ後ろにあった巨大な椅子に勢いよく倒れこんだ。
「いたた…傷に響いた」
そうぼやくように言う彼女は、少し憔悴しているようだった。
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静けさを取り戻した廊下で、ウィズダムが、いたた、と腰をさすりながら起き上がった。
「一体何事であるか…」
ウィズダムはそう言われ、なんと答えてよいものか考える。
……”王”に求婚されたと正直に言うべきなのでしょうか?
とりあえず、蝋燭台の火を吹き消しておく。
「いろいろありまして…」
「帰ってきてみれば、ケガをしたと聞く。アンジェの身に何かがあっては、ワシとしても先代に顔向けできぬのである」
「ケガについては、それほどでもないようです」
「それは皿を投げつけられた時に理解できたのである。それよりも気になっているのは、どうしてああも怒っていたのかということであるが?」
リファルドは、考える。
ここで黙っていてもいずれ、分かる事実だ。
しかし、ウィズダムの本意は確認して起きたいところだ。
「ウィズダム殿。アンジェの未来について、どのようにお考えですか?」