5-14:”贖罪”と”未来”への想い
王の部屋にて、アンジェとリファルドはリッターの踊る映像を見つめ続けていた。
リッターの発言は聞けばどれも怪しい部分はない。
その中にほころびがないかどうかも含めて注意深く聞き続けて、
そして、
『―――では、最期に申し上げますが、私は前回、機兵を運用した際美しくないトラブルに見舞われまして、それ以降の開発は行っておりません。調べていただければわかることかと。どこか別の技術部が計画を継続しているとしても、それは私の預かり知らぬ部分でありますゆえ、残念ながら、お力にはなれますまい。ではこれにて。美しき”王”よ。エクセレント!』
終わった。
そして、
「って、最期のくだりだけでよかったではないか!? 長すぎるわ!」
アンジェが、叫んでベッドに倒れこんだ。
「あたた…、肩の傷が…」
リファルドもため息をつき、ウインドウを閉じる。
「ともかく、リッター=アドルフは関与していないと見るべきでしょうか? あの男が嘘をついている可能性は…」
「ない」
アンジェは断言した。
「アンジェ、何か根拠があるのですか?」
リファルドは、アンジェが微塵もリッターを疑っていないことの理由を問う。
人の言葉の表面はいくらでも虚偽で固めることができる。
にも関わらず、アンジェはどうしてこうも確信をもてるのか。
「リファルドよ。お主は、リッターの妻を知っているかの?」
「いえ。あまり…。”朽ち果ての戦役”中、病で亡くなったとしか」
「ワシはよく知っておるよ。幼く、弱く、しかしリッターを強く導いた少女じゃ」
エーデル=グレイス。
それは、リッター=アドルフが、この世で唯一己以上に美しいと称した妻の名だ。
「リッターは妻の死に目には間に合わなかったそうじゃ。元々、先天的な病を抱えておったからの。子の作れぬ身体と、少ない余命。別れは時間の問題と知りつつ、リッターはエーデルを妻とした」
アンジェは、自分の腹をそっとさすった。
女性にとって子の成せぬ身体でいるというのは、苦痛だ。
行き着く先が死別と分かっていて、ずっと一緒にいられないと知っていて、しかしそれでも結ばれることをリッターとエーデルは望んだ。
リファルドは、彼らの考えようとしていた過去を知らない。
それは、戦場にいた者には見えない事実だ。
「リファルド。ワシはこう思う。あの2人は、”答え”を見つけていたのじゃと」
「”答え”…とは?」
「人は必ずどこかでいずれ死ぬ。リッターとエーデルにとっては”死”に向き合うことはすでに覚悟出来ておったのじゃ。これはかつてのリッターと以前、偶然、運悪く、遭遇してしまった時に聞いたのじゃが」
「そうとう嫌だったんですね」
「面倒くさい奴じゃからの。前置きも長い、美とかエクセレントとかうるさい。だが、これだけはよく覚えておる。―――”美しくあれ。それが私と妻の交わし果されるべき生涯の約束です。だから私は、私として美しくあり、亡き妻に示すのです”と」
「約束ですか」
「そうじゃ。リッターは、妻の死を受け入れておる。受け入れて、進み続けておる。それが分かるから、ワシはあやつを疑おうとは思わん。”王道とは信じること”とは、父の言葉じゃが」
「そうですか。なら、私も信じましょう。アンジェの信じた者を」
うむ、とアンジェが笑顔で頷いた。
そして、少し沈黙した。
周囲を見る。
巨大な部屋には多くの調度品があるが、存在する人間は自分とリファルドのみ。
……む、これは…チャンス…?
ちらりとリファルドを見る。
リファルドは、手元の端末を操作しなにやらデータを見ているようだ。
アンジェは考える。
ずっと昔から考えていたことだ。
自分は”王”。
そして、女だ。
いずれ、夫となる者を見つけなければならない。
ウィズダムもいろいろと気にかけてくれてはいるようだが、あえて口には出してこない。
それは、
……ワシが自分で答えを出すべき、ということかの。
アンジェは、横になったまま、ベッド縁に座るリファルドの背中を見る。
彼は、手元の端末で何か新しいデータを見ていた。
今後に関わりある何かだろう。
リファルドは、幼い頃から兄のようだった。
父の近衛兵として、そして今は自分の騎士としてここにいてくれる。
確かめたい。
リファルドにとって、自分はどういう存在なのか。
ただ”王”と”騎士”というだけなのか。
……それは、嫌だ。
それ以上になりたい、と思う。
だから、
「あ、あの…リファルドぉ…」
顔を赤くして、勇気を出して問う。
少し、斜めの方向から確かめてみる。
直接聞くのは、やはり恥ずかしい。
「ん? なんですか、アンジェ? お腹がすいたんですか?」
「い、いやそうではなくての…」
アンジェが、身体を起こす。
リファルドは、翻ったシャツの裾から薄い桃色の布地が見えた瞬間だけ、神速で目を閉じ、そして何事もなかったかのように紳士な笑顔で応じた。
「何でしょう? 顔が赤いですよ。熱があるのではないですか?」
そういうリファルドに対し、アンジェは視線をそらしつつ、ちょいちょい、と手招きする。
これはリファルドもよく知っている。
アンジェが子供の頃から、よくやる”秘密”の手招き。
自分だけに言いたいことがあるときだけ使う合図だ。
……わからないことだらけで、難しい状況ですから、いろいろと不安にもなるのでしょう。
こういう時は、リファルドからアンジェに寄っていくのが決まり。
それに従い、リファルドはぺたん座りになって待っているアンジェにそっと近づく。
ベッド上なので、こちらも膝立ちになるが、多少は許してもらいたい。
「どうしましたか? 話を聞きますよ」
アンジェは、そう言って向けられてくる笑顔を改めて見る。
精悍な顔つきだ。
その裏に多くの苦労と血の滲む努力があったであろう。
しかし、その一切を見せず、何事もなかったかのように笑顔をくれる。
……ワシは、ずっとリファルドと共にありたい。
アンジェは、そっとリファルドの耳元に唇を近づけていく。
そして、告げる。
か細く、しかし自分の確かな意思を込めて。
「リファルド。ワシと…結婚、してはくれぬか…?」
●
シャッテンは、廊下をテクテクと歩いていた。
向かう先は、”王”の部屋。
途中すれ違った侍女達に、かわいいかわいい、と揉まれたが、なんとか抜け出してきた。
背中を触られてかなり変な声を出してしまった。
武器が飛び出ないように我慢した。
……ユズカさん達、どうしてるかな。
1人で出歩くのは久しぶりだ。
いつもはリヒルか、ユズカか、もしくはエクスがいた。
つまり、すごく期待されてる。
……よし、頑張る…!
と内心で気合のガッツポーズをしていると、”王”の部屋の扉が見え、
「…”知将軍”…?」
その前に、髭のある高貴な礼服を着た老人が立っていることに気づく。
向こうも、こちらに気づいたようで、
「む? シャッテンであるか」
シャッテンは、ウィズダムが少し苦手だ。
なにせ、礼儀作法と言うのはすごく難しい。
前にユズカに連れられて、リヒルと一緒に会った時、自分だけ挨拶の作法というのが遅れた。というかできなくて、首をかしげた。
その後、説教された。
しかし、二の徹は踏むまい、
……これは、越えるべき試練…!
説教を食らえば、時間ロス。
ならば、クリアしてみせよう。
まずは挨拶だ。
シャッテンは、ウィズダムの前に立つ。
そして、
……あれ? 挨拶ってどうするの…?
ド忘れした。
何てことだ。
「うごご…」
「どうしたであるか、頭を抱えて?」
まずい。
”知将軍”がこちらに違和感を覚えてはじめている。
何としても思い出さなければ。
……そうだ。確かスカートの裾を…
しかし、シャッテンの服はスカートではない。
足の横はスリットで、つかめる裾がなかった。
…だ、大誤算…!?
「ど、どうしたであるか? 頭を抱えて仰け反り始めて!?」
ウィズダムは目の前で奇妙な動きを繰り返すシャッテンの頭を割と本気で心配し始めた。
しかし、当のシャッテンは諦めない。
……応用も必要…!
というわけで深呼吸し、もう一度て直立し、
「…こ、こんにちわ」
ちょこん、と頭を下げた。
緊張で、いくつか小型の投擲武器が袖からこぼれ落ちたが、気にしている余裕はなかった。
……ま、間違ってたら、どうしよう。
そんな風にびくついていると、
「う、うむ。よい挨拶である。体調は悪くないであるな? 大丈夫であるな?」
自分の額にウィズダムの右手の平が触れてきた。
顔をあげると、左の手のひらは自らの額に当てられている。
ウィズダムの表情は、すごく焦り気味だった。
昔、子供の頃、孤児院の”母”がシャッテンが熱を出して寝込んだ時にこうしてくれたことを思い出した。
温かくて、とても嬉しくて、安心できた。
「…うむ、熱はないようであるな。どこも悪くないであるな?」
その時と状況が重なり、シャッテンは笑顔になった。
ウィズダムへの苦手意識が、少しだけなくなった。