5-13:”神”【Ⅱ】 ●
「子供…だと?」
エクスは、その言葉の意味が分からない。
いや、意味は分かっている。
理解が追いついていないだけだ。
「何を呆けている? ”子供”くらい知っているだろう? 基地にもたくさんいた」
ファナクティは、ふっ、と笑い、再び歩き始める。
「1つの身体に2つの命がある。それは神が与えた女の特性だが、しかしその絶対的な創造主すら手の出せない”奇跡”というわけだ」
「待て。どういうことだ」
「人でありながら、人を、その命を創造する女性は、”神”に等しい存在と認められている」
少し歩幅を大きめにエクスはその背を追う。
「具体的に言ってほしいか? エクス。ライネはお前との間に子を授かっていた」
子供…、とエクスは呟く。
だが、やはり理解は追いつかない。
「なぜ、ライネは子供を…?」
エクスの一言に、ファナクティが足を止めて振り返った。
「なぜ・・・と言われてもな。そういう行為に及んだからではないのか? 身に覚えがないわけではあるまい」
「そういう行為…とはなんだ?」
「……」
その言葉に、ファナクティは半目になる。
そして、少し呆れ気味の口調で、
「まさか、子供の成り立ち方を知らないわけではあるまいな?」
「知らん」
エクスは、即答した。
当たり前だろ、と。
ファナクティは、ため息をつきつつも、思い出して納得する。
エクスは、元々機動兵器を動かす”部品”として育てられたのだ。
それ以外の知識を与えられず、極端に偏った人間だった。
彼にとって考えること、焦ること、他者とのコミュニケーションをとることの全て、ライネとの出会いから与えられたものなのだ。
「見かけによらん奴だ。お前らしいといえばそうだが、少し関心できんな」
「……」
ファナクティの一言にどこか責められているような気がした。
だが、知らなかったのだからどうしようもない。
「このままついてこい。奥に行けば、その”子”にも会えるだろう」
●
リヒルは、暗い部屋に立っていた。
金属の床。
目の前にある自分の顔が写る鏡。
いや、鏡ではない。ガラスだ。
リヒルは、戦艦の中にいたのだ。
……あまりに突然すぎます。でも…
リヒルは、目をつむり、アインのことを思い浮かべる。
抱きしめてくれた彼の温もりを思い出し、自分の身を抱き、そして、
「―――”ナスタチウム”、起きてください」
声を発した。
すると、周囲の機器が一斉に明滅し、一瞬の後全てが起動していく。
『おはようございます』
ブリッジ正面の宙に光る文字が浮かび上がり、朝の挨拶をした。
『危機ですか? イタズラですか? 後者なら”ナスタチウム”は安心です』
「いえ、前者です」
『なら、”ナスタチウム”は決起します。力を持って、役目を果たします』
文字のみで、己の意思を示した”ナスタチウム”は、次の一言を告げた。
『―――指示をリヒル様』
リヒルは、指示を告げる。
「艦の全機能の立ち上げを開始。そして、あの機体の完成状況はどうですか?」
『現状において、”80%”と、ユズカ様は言っておられました。しかし、”ナスタチウム”としては、すでに役目を果たすに充分である状態、と告げます』
”ナスタチウム”は、空間ウインドウを展開。
それは、この艦にある格納庫の映像。
そこにあるハンガーには、巨大な人型の影がある。
蒼い装甲を持つ機動兵器。
”彼”に与えられるべき力は、そこで目覚めの時を待つ。
●
エクスは、暗い部屋へと通されていた。
明かりは、巨大な入り口からさすのみ。
それも暗く、先は見えない闇。
……ここに、ライネ達がいるのか?
そう思いながらも、エクスはその実感が持てない。
なぜだろうか、と考える。
ファナクティの方から、自分へと接触を図ってくれている。
なら、それでいいはずなのに。
「…エクス、お前は自分の意思で何かを決めているか?」
ふとファナクティが尋ねてきた。
「自分の意思…? そんなもの、誰もが持っていることだろう」
「そうだな。そう思うのが普通だ。誰もが”自分の考えは自分のものである”と無意識に思っている。しかし、それは正しいことだろう。しかし、それを偽りと捉える考え方もある。全ては”神”がしゃべらせていることだ、と」
「偽り…?」
「”神”は全てを平等に見る。そこには”善”も”悪”もなく、曖昧に見ている。しかし、もしそれが1人を対象に向けられたとすればどうなると思う?」
「何を言っている?」
「未来で我々が直面した、滅びが人類の迎える正しい”結果”であったとして、それを乱そうとする者に対して、”神”はより確実に何をすると思う?」
「鉄槌をくだす、とでもいうのか?」
「それは人間の考えだな。罪には罰。それは、”法”によって左右される価値観だ。”法則”では”死”は罰とならない。人間は、放っておいてもいずれは死ぬからだ。つまり、”神”にとって”死”を与えるとは単なる手段に過ぎないということになる」
エクスは、ファナクティの言うところが分からない。
だが、ふと思った。
唐突に、自分の頭の中だけでは答えがでなかった。
「…ファナクティ。聞いていいか」
「なんだ?」
”神”による修正が及ばなかった数人は、言うなれば”総数”からあぶれた者達。
平等に見られるべき対象から外れてしまった者達は、
「その数人は、どうなった?」
その言葉を聞いてか、ファナクティが足を止めた。
エクスはかまわず続けた。
「ファナクティ、お前はいったい……今、”誰”として存在している?」
ファナクティの沈黙は続いた。
これまで、エクスの質問に滞りなく答えてきた男が、何も言おうとしない。
そして、
「”サーヴェイション”、”狂神者”、”絶対強者”。これらは、全てこの時代から始まったのだ」
不意に現れたその言葉に、エクスが目を見開く。
「なに…? ”サーヴェイション”だと?」
「エクス、お前はなぜ”アウニール”という少女を殺さなかった? 遭遇し、”ブレイハイド”に内蔵された”サーヴェイション・システム”を見たお前なら気づいたはずだ。いや、気づかずとも、感づいていたはずだ」
「いきなりなんだ。なぜ、ここでアウニールが出てくる」
ファナクティは振り返る。
「お前は変わったな。転移前から変わり者だった。しかし、あれから多くに関わり、変わったな」
「何を言っている?」
「お前の予測は正しい。教えよう。”アウニール”という少女こそ、”サーヴェイション”の核たる生体コアとなる運命を背負った者。そして―――」
「!?」
エクスは、気配を感じた。
気配と言うより、動きだ。
この闇の中には自分とファナクティ以外の何かが潜んでいた。
そして、それは背後と真上から襲い掛かってきた。
身をかがめ、横へと身体を飛ばし、側転し、膝をかがめて体勢をなおした。
先ほどまで自分がいた空間には、ナイフを床に突き立てる長身の人影が3つ。
「機械兵…!」
エクスの視線の先には、黒いローブを身に纏う無機質な緑光を発する人型がいた。
計3体。
いや、まだいる。2ケタはいる。
闇の中に蠢く緑光が、その数を増していくのが分かった。
そして、それらはファナクティを襲おうとはしない。
エクスへと、その視線が向けられてきている。
「ファナクティ…、どういうことだ…!」
エクスの表情が激昂に歪む。
「勘違いをするな。私は言ったはずだ、”真実を全てさらそう”と。これが真実だエクス」
ファナクティが、懐から小型の端末を取り出す。
「懐かしい存在に会わせよう。偶然か、奇跡か。もしかすると、”こいつ”が来ることは必然だったのかもしれん」
端末の操作に従い、とある場所をスポットライトが集中して照らし出す。
向けられたのは、機体格納のハンガー。
エクスは、ここが格納庫であったことを知ると同時に、照らし出されたものに対して驚愕するしかなかった。
「なぜ、だ…」
”それ”は、ハンガーに固定されているわけではなく、格納庫の壁に背を預け、座り込んでいるかのようだった。
各部の装甲が脱落し、片方の脚部と腕部は原型を留めておらず、そこにある間に自重で自壊した細かな金属片が”それ”を中心に無造作に散らばっている。
「なぜ…」
胸部装甲を砕き、貫いている巨大空洞は、エクスが最期に与えた一撃による結果だ。
エクスは知っている。
数ヶ月前、未来で決着をつけたはずだった。
「どうして”こいつ”がここにいるんだっ!!?」
”絶対強者”。
未来世界で幾人もの仲間を食らい、全てを壊し続けた巨大な機械の悪魔が、物言わぬ姿でそこに眠っている。
頭部の奥に光はなく、停止しているのは間違いない。
しかし、その黒く崩れた存在は得体の知れない意思を感じさせ、エクスの精神を強く締め上げる。
”異質”は、この過去世界に来ていた。
エクスが時間を越えたように、”絶対強者”もまた、時を越え、この世界へと足を踏み入れていたのだ。
ユズカは言っていた。
”このままいけば、また貴方のいた”あの時間”へとつながる。間違いなく”
何も終わっていない。
始まってすらいない。
ファナクティは、目を細める。
「ここからだ、エクス。今宵から、世界の崩壊は進んでいくことになる。”朽ち果ての戦役”を清算できない結果から、人は破滅へと進んでいく」
「ファナクティ…、いや、違う。貴様は…一体、なんだ!」
エクスは問う。
ファナクティもまた、過去世界いた”誰か”になっている。
2つの記憶と2つの思考が混ざりあっている存在なのだ。
「偶然かな。私として合一した過去世界の住人。名は知らない。だが、生い立ちも全てが私と重なっていた。私は、息子の死を受け入れたが、この者はそれができなかった。私は、過去の意志を履行する」
まさか…、とエクスは思った。
その予測をファナクティが肯定する。
「”私”こそ、”サーヴェイション”の開発者。世界に終わりを誘発した狂った科学者。そして、…世界最初の”狂神者”となる運命の者…」
ファナクティが、右手を横に振る。
それを合図に、数十という機械兵が、エクスへと襲い掛かった。




