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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-12:再会の”友”【Ⅱ】 ●

挿絵(By みてみん)

 ファナクティは、”箱舟”の開発における貢献者の1人だった。

 未来において、航空戦闘ではもはや勝ち目もなく、ある意味止まってしまった技術だった。

 地上戦艦による空戦仕様機の運搬と展開が主軸となった以上、航空艦をつくる技術者の存在価値は薄れていった。

 ただ、ファナクティの場合少し違っていた。

 航空戦艦の設計技師の中でも指折りの技術者ではあったが、それ以上に彼の得意としたのは浮遊機関の構築理論だった。

 より小さく、より効率よく、より画期的なものを。

 人類が空で戦えたのは、ファナクティの技術あってこそだった。

 しかし、ある出来事が彼を変えた。

 息子が、戦場で命を落とした。

 時代が時代、人の死はもはや数での損失で片付けられてしまうほどに熾烈だった。

 戦いは息子が望んで参加していた。

 ファナクティも、止めはしなかった。

 その結果、命を落とすことも覚悟していた。

 だが、息子は…ファナクティを守って死んだ。

 技術者は戦士よりも数が少ない。

 技術者の損失は、技術の損失。

 人類の滅びを早めてしまう。

 だから、ファナクティは優先護衛対象として扱われ、いち早く脱出した。

 させられた。

 ファナクティに拒否権はない。

 見ているしかなかった。

 去り際に、息子の機体が数百の機械の軍団に囲まれる光景を見た。

 脱出が完了し、安全圏まで離脱した後、同じ艦に乗り込んでいた無能な高官の呟きが聞こえた。


 ”貴重な試作機を失ったか…。別の連中が、私に嫌味を言いに来るな。まったく”


 聞こえてしまった。

 技術だけを守り、人を数による損失としか考えられないなら、機械と何が違う?

 ファナクティが、”狂神者”の思想に染まるまでそう時間は必要なかった。

 気づけば、自分の立場を利用し多くの拠点を、機械の軍勢に潰させるよう仕向けていた。

 ファナクティは、切れ者だった。

 誰にも、ファナクティの仕業とは気づかせなかった。

 そんな中、とある情報を耳にした。


 ”歴史改竄計画”


 高官の中でもとりわけ異質で、下の者達からの信頼が厚い男がいた。

 フィレウッド=ウィネーフィクス。

 その娘が、その計画を進行中であるという。

 成功率は限りなく低い、というよりむしろ御伽話の部類であるその計画を、あらゆる者達が嘲笑していた。

 中には、賛同する変わり者もいたそうだが。

 すると、数日後ファナクティに声がかかった。

 相手は、例のフィレウッド=ウィネーフィクスからだった。

 

 ”うちの娘を、ちょちょっと手助けしてやってくれ。よろしくよろしく”


 気軽だった。

 辞令でも、命令でもない。

 ただのお願い。

 無償の依頼。

 それだけだった。

 ファナクティは、”狂神者”の思想を見の内に抱えたまま、ライネ=ウィネーフィクスの元へと向かった。

 

 ”うっひょぉ! ほんとに来てくれた! 嬉しいよ、ファナクティさん! いろいろ助けてください! お願いしますぅ!”

 

 父親と似てるな、というのが第一印象だった。

 機械軍勢の勢力圏外で進められていた、この計画にファナクティは素直に協力していた。

 技術者としてのプライドもあるので、有事以外は”狂神者”としての顔は見せる必要もない。

 だが、そこでの仕事を続ける内、ふと違和感を覚えた。

 戦いが敗北に向かっていることは、誰もが知っているはずなのに。

 人類が滅ぶことは、時間の問題であるはずなのに。

 この計画への参加者は、皆、笑っていた。

 勢力圏外とはいえ、単独行動している機械の襲撃のリスクは常にあり、安全な場所などどこにもないこの世界で、笑って日々を過ごしていた。

 年配の女達は料理をつくり、年頃の女子は数名いる赤子の面倒をみている。

 機体のパイロットである男達も、戦うだけでなく、炊事を手伝い、赤ん坊を泣き止ませるのに手を焼き、バカ騒ぎをしている。

 階級も、地位も、名誉も、利権も、ファナクティが見てきたシステムの一切がこの場所にはなかった。


 ”家族”

 

 ライネ=ウィネーフィクスを中心に、それは回っていた。

 意図して、無理して作ったわけでもない。

 ただ、本来あるべき人の温かさが、当たり前にあるだけだった。


 ”ファナクティさん。一緒に、夢をとりにいこう。この場所が、世界にとって当たり前なんだって。もう一度やり直すために、力を貸して下さい。”機械”ではなく、”人”のために”


 ライネ=ウィネーフィクスは知っていた。

 いや、見抜いたのかもしれない。

 ファナクティが”狂神者”であると。

 それでも受け入れていたのだ。

 ファナクティは、自分のしてきたことを間違っていると思ったことはなかった。

 ただ、この場所を失わせてはならないと思ったのだ。

 ファナクティの心にぽっかりとあいていた穴はいつしか満たされ、埋められていった。

 決意する。

 もう一度”人”のために、己の技術を発揮しようと。 

 ファナクティの協力によって、ついに”箱舟”は日の目を見た。

 最も、日の目を見たその日が、人類最期の日になったのは少し皮肉ではあった。

 しかし、もうファナクティは、”狂神者”ではなくなっていた。

 彼は、心の内で感謝していた。

 もう一度”人”に戻してもらったことを。

 


 エクスは、ファナクティに連れられ、地下道に入っていた。


「―――この通路の先だ」

「ああ」


 そういわれ、エクスは続いていく。

 周囲は、常夜灯の弱い光に照らされていた。


「はぐれるなよ。意外と広い」

「この先には何がある?」

「私を所有者としている技術部の施設だ。ここに来て以来、拠点にしている」

「そこに、”箱舟”の乗組員が…、ライネもいるのか? この世界に移動した後、どう活動していた? 今後の行動指針は決まっているのか?」


 急かすように尋ねるエクスに対して、ファナクティは小さくため息をついた。


「ずいぶん慌てるようになったな。こっちこそ何があったのかと聞きたくなる。だが先に言っておく。…まずは落ち着け」

「む…」


 その言葉には呆れも含まれていることを、エクスは感じ取る。

 これでは、迷子の子供のようだ。


「まぁ、改めて言う必要もないだろうが、転移は成功だ。ライネ=ウィネーフィクスの理論が正しかったことは証明された。まず、それに対して祝おうと思う」


 ファナクティの背を追うエクスに、相手の表情を伺うことはできなかったが、おそらくは無表情だろう。

 ファナクティはエクスとそことなく雰囲気が似ているのだ。

 表情筋の動かし方がうまくないところは特に。


「…そうだな」


 エクスは、まずは考えを整理する。

 ファナクティに出会えた以上、もう自分の目的はほぼ達成されているようなものなのだから。


「お前が、”魔女”の元に軟禁されている情報はすでに掴んでいた。しかし、相手は西国内で最も”王”との繋がりある人物の1人。私の立場ではうかつに手を出すわけにもいかなかい。だから、お前が”魔女”の信頼を得て、単独行動が許される状況を待った」

「そして今の状況、というわけか」

「そうだ。しかし、私はお前がどうやってこの時代に来れたのか、というところが気になっている。あの日、お前は”箱舟”から降りて”絶対強者”との決着に挑んだはず。ここにいるということは、お前は勝った、ということか。あの殺戮兵器相手にたいしたものだ」

「…俺も、よくわからん。ただ分かっていることは”ソウル・ロウガ”が”箱舟”と同じ役割を果たした、ということだけだ」

「その”ソウル・ロウガ”はどこだ? と言っても、予測はできているが」

「おそらく”魔女”がどこかに隠している。俺にはそれを知る手段がない」


 そうか、とファナクティは呟く。


「この国での私の立場は、一介の技術者にすぎん。未来技術をおいそれと提示し、目立つことは避けたかったのでな。”魔女”が未来の技術を欲している以上、特にな」


 その言葉を聞き、エクスは少し疑念にかられる。


 ……ユズカの狙いが、本当にそれだけとは思えんが… 

「箱舟の転移から、こっちにもいろいろとあった。そこから話していこう」


 先を歩きながら、ファナクティは言葉を放つ。


「ああ、頼む」


 エクスも、その順序に納得を示した。

 自分が聞きたいことは山ほどある。


「エクス。私の得た真実…その全てをさらすことにしよう」

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