5-12:再会の”友”
アンジェは、王宮の自室へと戻ってきていた。
天蓋つきで人が5人は寝れるであろうという大型ベッド。
それが10台はおさまるであろうという巨大な一室。
かつて、両親とともに過ごした部屋であるが、今の主はアンジェ1人である。
そこで、叫び声があがった。
「いったああああいではないか!? もっと優しくせんか!?」
「ああ! ”王”! 動かないでください! ずれます!」
謎の機兵による襲撃が、数十分前の出来事であったが、今は少しばかり夢を見ていたような気分にもなっている。
侍女による治療を受けた時に感じる多くの痛みがそれを現実のものとする。
身体のあちこちを斬られていたが、なんとか包帯で済ませられるレベルのものだ。
処置しながら、数名の侍女の手で身体を拭かれていたので、かなりくすぐったかったがなんとか耐えた。
今、最期の腕の包帯を巻いているところだ。
「しかし、これほどの傷を負われるなんて…、ライオンとでも闘ってきたんですか?」
と、おかっぱの髪型をした侍女が首をかしげる。
「いや、ライオンなら逆に姫様が返り討ちにしてるわ。だから、ワニかなんかよ」
と、その隣にいるセミロングの侍女が言った。
「また街で恐喝してる不良相手に喧嘩をふっかけたんじゃないんですか? 蹴りの錆びにしてくれる! とか言って」
と、背の高い侍女が眼鏡のズレをなおしつつ、半目でアンジェを見た。
この侍女達は、子供の頃からの幼馴染みのような間柄だ。
年齢が近く、アンジェにとっても気兼ねなく冗談を言い合える。
「お主ら、ワシをいったいなんだと思っておるのじゃ。それは全て過去の話。今は良き思い出じゃ」
「でも、不良に喧嘩ふっかけたの、そこまで昔の話じゃないですよね? というか1週間前なんじゃ…」
「言うでないぞ。ウィズダムの耳に入ったら、説教地獄じゃからな!」
そんな声をあげた時、ドアがノックされた。
「―――治療は終わりましたか?」
リファルドの声がした。
治療の開始前に、部屋の外に追い出されていたのだ。
なぜなら、
「入ってもよいぞ」
「失礼しま…、って、アンジェ。まだ服を着てなかったんですか!?」
リファルドが目にしたのは、天蓋つきベッド。
その下で処置用具とお湯とタオルの入った平たく丸い器を持った侍女に囲まれ、シーツだけでそのしなやかな肢体を隠し、座るアンジェの姿だった。
「ここはワシの部屋じゃぞ。裸でいて何が悪い!」
「行儀が悪いんです! 女性が男性の前でそう簡単に素肌をさらしてよいわけがありません!」
「最近、ウィズダムに似てきたの。しかし、ワシは反抗期じゃ! ストを敢行する!」
「待遇改善の交渉は服を着て席についてからです!」
「ほれほれ~。ムラムラ攻撃~」
「ムラムラは、受ける側の感覚でしょう!?」
リファルドが、すばやく背中を向け周囲の侍女達に促しの声を飛ばす。
「侍女さん達も早くアンジェに服を着させてください! 重要な話にすすめません!」
だが、侍女達は、そんな声を傍目にひそひそと話す。
「…リファルド様って、結構、初心なのかしら?」
「…まぁ、誠実路線突っ走りすぎて、いろいろ極端なところあるから」
「…姫様のアプローチに気づいてないってことないわよね?」
そんな声を耳にいれつつ、アンジェはしぶしぶ服を着ていた。
腰の下着と長めのYシャツのみだが、とりあえずは着ている判定とする。
そして、侍女達に言う。
「さて、皆、ご苦労じゃった。これ以上の無茶ができぬのは見ての通りじゃ。今日はもう下がってよい。この後、リファルドと話すことがある。極秘事項じゃ」
「”王”…」
「なんじゃ?」
「グッドラック」
おかっぱの侍女が、拳からビシリっ!と親指をたてる。
「ふふ、そうじゃの…」
アンジェも意図を察して、ビシリっ!と親指を立て返した。
1人、また1人と侍女達がベッドから降り、トコトコと部屋の外へと去っていった。
最期に部屋の入り口に来た侍女が、一度振り返り、リファルドと視線を合わせ、
「…リファルド様。お優しくお願いいたします」
「いったいなんの話ですか?」
問いの返答はなく、そのままドアが閉じられた。
やれやれと言わんばかりに、頬を人差し指でかいたリファルドは、改めてアンジェに向き直る。
「―――で、返答はどうであった?」
話す前から、すでに核心部分から入ることを決めていた2人は、それだけで意思疎通ができた。
「…返答はありました。端末でメッセージを再生します」
リファルドは、手首の小型端末を操作した。
空間に小型ウインドウが展開し、そこに1人の人物が映し出される。
ファーつきの、特殊な形状をした礼服を身にまとった男。
リッター=アドルフだ。
地上機動部隊”地の稲妻”の隊長にして、自律可動の機兵の開発していた技術部を支援していたこの男が、今回の件に絡んできているのではと少しだけ疑っている。
そのため、リファルドにリッター=アドルフへコンタクトを取るように指示を出していた。
ただし、直接は会わないようにした。
なぜなら、
『―――おお! 美しき”王”よ! 私などに声をかけてくださるとは、なんというありがたきこと!此度は、王宮に直接出向くことができず、なんと心苦しいのでしょう! 思い出せば、王宮に毎日謁見に訪れていた頃がつい昨日のことのようです! 近頃は美しき女性下着の開発に着手し、多忙ゆえなかなかにその凛々しきあなた様をお目にいれることが叶わず、私の心は雨模様に沈んでおります! 沈み続けております! 強き者との戦いにおいて傷ついた、我が半身である、エーデルも現在改修中の身。そちらも気がかりなのです! 我らが”王”の”美”には天と地が逆転しようとも敵わぬものとは心得ております! しかし! しかし、しかし! それに近づけるよう、比類なき美を追求する努力は決して欠かさぬと心に決めております! 新たな美しさを纏いて生まれ変わるのですから、”エーデル・グレイス”の名称の後ろに、さらに1文字、1文字を加えたいっ! 何がよいでしょう? 心が躍ります! 私も踊ります! ああ! 半身の活躍する姿を想像し興奮するこの身がなんという―――』
前置きがすさまじく長い。
しばらく見ていたが、途中で踊りだし始めたので、半目でリファルドへと目をやる。
「…リファルドよ。これ何分ぐらい続くか分かるかの?」
「いえ、私も今初めて見るのでわかりません。こちらから連絡を送って30分程度で返ってきたので、そんなに長くはないと思いますが」
「これは、ナルシストの30分間フルメッセージタイムの予感じゃ! なんとかせい!」
「早送りすると、意外と重要なメッセージ飛ばしたりもしますから、根気強く聞きましょう。もしかすると29分で済む可能性もあります。ウィズダム殿の講義よりも短いではありませんか」
「ええい! 比べる対象が微妙すぎるわ! どっちも嫌じゃ!」
そんなことを言い合う2人を尻目に、ウインドウにある映像は、そのアングルまで変化を始めた。
ちなみに、ウインドウの右下には小さく文字が浮かんでいた。
”撮影:副官”と。
●
エクスは、街灯の明かりが届かきにくい場所に来て立ち止まっていた。
「くそ…、どこに行った…」
アウニールを衝動的に追い、ここまで来て、結局見失ってしまったのだ。
すでに日は沈み、夜風が漂い始めている。
またとない機会かもしれない。
確信は前からあったのだ。
アウニールは間違いなく、”サーヴェイション”と直接的な関係性を持っている。
ライネ達が、”サーヴェイション”に関して、行動を続けているなら彼女を追うことでいずれ出会えるはずなのだ。
そして、ユズカは言った。
”ライネは西国にいる”
そう言った。
近いはずだ。
もうすぐのはずだ。
だから、
……ライネ、今度こそ…お前のところへ…!
拳に力を込め、再び駆け出そうとした。
その時、
「―――エクス!」
声がした。
過去にきて初めて聞いた声。
しかし、聞き覚えのある声。
エクスは、背後から聞こえた声に勢い良く振り向く。
「…エクス=シグザール。私だ」
そこにいたのは、白衣に身を包み、長めの薄紫色の髪を後ろで束ねた男。
「お前は―――」
エクスは、その男を知っていた。
箱舟の乗組員にして、エクスと同じ未来人であるその男を。
「生きていたんだな」
男は、笑みを浮かべた。
「長く待っていた。エクス=シグザール」
「ファナクティ…!」
唐突だった。
しかし、エクスは、ついに巡りあったのだ。
自分を知る”仲間”に。
未来人、ファナクティ登場。
詳細は次回。