5-11:真実への”導き手” ●
エクスは、夜へと傾きつつある道を歩いていた。
1人だ。
周囲には、人影がちらほらある。
あれほどの騒ぎがあったものの、すでに警戒態勢は解かれているらしかった。
……騒ぎに慣れているのか、この国の住人は?
エクスがそんな思考を浮かべつつ向かうのは、孤児院だ。
アンジェを王宮まで送った後、シャッテンとリファルドがそこに残り、自分は帰された。
そのことに不満があるわけでもない。
むしろ、少し気が軽くなったとも言える。
なにしろ、ここに来てから四六時中張り付いていたシャッテンがようやく離れてくれたのだから。
だが、ふと思う。
……なぜ、俺を1人にした?
ユズカは、自分を管理下に置きたかったはずだ。
シャッテンがついていたのは、いざという時のため保険だったのではないのか?
シャッテンが別れ際に言った言葉があった。
”…ユズカさんは、エクスのこと信じてる。だから1人で帰ってこいって”
信じている、とはどういうことだろうか?
初め敵対した時、未来の技術を欲する敵にしかみえなかった。
この世界のどこかにいる仲間の情報を隠しもった存在としか思えなかった。
今もそれは変わらずに事実だ。
しかし、
……俺は、いったいどうしたんだ…?
ユズカと会話することが、どこか自然に感じられてしまう。
最初は憎まれ口ばかりだったが、しだいに適当に皮肉も言うようになり、最近は冗談を言い合うことも増えた。
朝食を出してくれる。
寝床もある。
無邪気な子供が周囲を走り回る。
1ヶ月を過ごし、今感じてるのはどこか満たされた何かが自分の中にあるということ。
傷もほとんど癒え、邪魔なものは首輪だけ。
だが、その首輪すら最近では、ほとんど意識しなくなってしまった。
電撃を食らう回数が減ったというのもあるからだろうが、
……気のせいか? 圧迫感が以前よりも減ってきている…
慣れた、と思うには少し違う気もする。
……ユズカ、お前はいったい何者だ…?
目的が読めないのは、目的がないからなのだろうか?
それとも、自分がぼけて勘が鈍っているせいだろうか?
いや、違う。
確かにユズカはまだ隠している。
だが、それには何か理由がある。
……本当の敵はどこにいる?
”魔女”
妖艶な美しさを持ち、言葉や仕草で相手を煙に巻く。
しかし、アンジェは言った。
”お主が騎士としてこの地に招かれたこと。それには何か意味がある”
……俺に”狂神者”を見せるためか?
遭遇させることで、この国の危機を間接的に知らせようとしたのか、とも思うが、
……違う。回りくどすぎる。
協力を求めるなら、言葉で伝えるだけでいい。
”狂神者”という言葉を用いれば、自分をうまく仲間に引きこむ算段もたてられたはずだ。
なのに、
……まるで、俺を戦いから遠ざけようとしていたようだ…
ソウル・ロウガを奪い、武器を取り上げ、決まった場所に定住させる。
飼い殺し。
その言葉は当てはまらないでもない。
しかし、どこか違う。
真意が見えない。
信じてるとはどういうことか。
エクスとユズカには過去に接点などない。
何か見落としていないかを考えても、やはり答えはでそうにない。
未来からたった1人で来て、何を成せばいいのか分からなくなってきている。
あの滅びの未来を回避する方法など、エクスが知るはずがない。
……ここに来た意味、か…
結局、1人よがりな考えで動いていただけだ。
ライネに会いたかった、という理由だけが自分の原動力だった。
いつ来るかも、そのきっかけすらもわからない。
そんな曖昧な滅びの結論に対して、挑むことになんの意味があるのかと。
……そうだ、俺は世界などどうでもよかった。
弱ければ滅ぶ。
今死ななくても、いずれ死ぬ。
結局はそれだけの話だ。
だから、
……ライネ。お前との”今”を欲したんだ。
エクスは、思考する。
今までで一番考えた時間だった。
答えは出ない思考が延々と続く。
それが悩むことだと意識しないままに、ふと通りがかった公園に視線を流した。
そう、偶然だった。
その時、偶然にも、
「……!」
見た。
その目を見開いた。
視線の先には、その存在はもういない。
だが、そこに確かにいた。
見たのだ。
”銀”に”金”の領域を持つ長い髪を持った少女が歩いていく姿を。
……アウニール…!
偶然だろうか。
それでも、すでに身体は動いていた。
シュテルンヒルトの格納庫で戦った後、ヴァールハイトに連絡も取れなかったが、やはり、
……ここに連れて来られていたのか。
うまくいけば全てがわかるはずだと感じながら、エクスは闇の中に消えた少女を追っていく。
その先に自分を導くものがあることを信じて。
●
ユズカは、自室で鏡を見ていた。
鋭い目つき、緑色のクセのあるショートボブ、周囲の女性よりも少し高い背丈。
「……全く、誰に似たんだか」
そう呟き、持っていた傘型の武装を机の壁に立てかける。
次にスカートの固定具を外していく。
戦闘もできる活動用の自作のスカートなので、丈夫な分取り外しはすこし面倒くさいのだ。
スカートをそのまま床に落とし、できた布の輪の中央から一歩出る。
今度は、上着のボタンを上から順に外していく。
前ボタンを全て外し終えたところで、ふとあらわになった自分の肌を鏡で見つめる。
「不健康っぽい…」
ユズかは目を細めて思ったことをそのまま呟いた。
最近は格納庫に引きこもってばかりだったので、少し痩せたかもしれない。
ため息をつく。
眠らずに開発に没頭してしまうのは悪いクセだ。
1時間、2時間、3時間と経ち、気づけばもう朝だったりする。
……リヒル達が室内でぶっ倒れているのと勘違いして、ドアを爆破してきたときにやっと気づいたけど。
自分は、結構周りが見えなくなるタイプかもしれない。
それでもそれなりの美貌が保てているのは、単純に若さの成せる技といったところか。
「もうちょっとで完成なのよ…、もう少しで」
と、そこで視線が動かした。
その先にはベッドがある。
エクスをここに連れ込んだ時から使っていた、自分のベッドだ。
……おかげで、しばらくソファに寝ることになったわ。
まあ、それはさほど珍しいことでもないので、気にはしてないが、
「……」
ユズカは、シャツを着崩したまま、ベッドに向け歩いた。
そして、その前に来ると、
「…よっ」
うつ伏せでシーツに飛び込んだ。
柔らかい布団に顔をうずめ、思い切り身体を沈めこませるように。
ブラも外しているので、じかに肌に触れてくる羽毛の感触が心地いい。
そして、なにより、
……あいつの、香りが残ってる。
エクスは、目が覚めてからこのベッドを使っていない。
いつも妙なところで眠っていたりする。
孤児院の子供達が、”天井に何か張り付いてる!”とか言ってよく夜中に騒ぎになったものだ。
食事を出すと、”昔食った蛇よりはうまい”と言ってくれた。
同じ料理をシャッテンに食べさせてみたら、固まって目を見開いて、顔が青ざめて動けなくなったりした。
何故だろうか。
まあ、それはさておき、エクスのことを思い浮かべる。
……ほんと、変な奴。
でも、
……彼を好きになったんだよね。ライネ=ウィネーフィクス…。
考えてるようで、実は単純で。
冷静なようで、熱くなりやすくて。
自分が求めるものに忠実で、そのために他人を利用しようとして、しかしそうしきれない。
エクス=シグザールは、不完全で、しかし優しい”人間”だった。
……いつか、本当のこと告げた時、何を思うかしら。
過去を見るか、未来を見るか。
前に尋ねたとき、彼は答えた。
”俺は、ライネ=ウィネーフィクスを選ぼう”
彼の中には、まだ過去しかない。
自分が真実を伝えたとき、その意識を未来へと向けさせることができるのかが不安なのだ。
でも、
……嬉しかったよ。選んでくれて…
少し頬を赤らめ、うつ伏せになったまま膝から足先までを前後に振る。
「必ず、繋いでみせるから…。全部、何もかもを」
そう小さく呟き、拳を握った時だった。
廊下を走ってくる音がして、次の瞬間には、
「―――ユズカさん! 着替え終わってます!? 終わってますよね! 入ります!」
ドアを開け放ち、リヒルが飛び込んできた。
「「あ」」
と、同時に声が出る。
ははぁ~ん、とリヒルが目を細め、笑みを浮かべる。
「な、なに? その笑いは? 自分のベッドに寝てたら不自然かしら?」
「ユズカさ~ん? エクスさんいないからってエンジョイしすぎですよ~。そんなにあの人の香りが好きなら、早く本当のこと言って抱きつけばよかったじゃないんでしょうか~?」
対して、ユズカは、軽めの咳払いをしつつ、努めて冷静に身を起こし、
「いいから、今のは忘れなさい。いいわね?」
「え~」
「話して未来が変わったらどうする気?」
「別にユズカさんが”エクスさんの香りの染みこんだベッドに赤くなった顔をうずめて足ばたつかせてた”って周囲に知れても、対して未来に影響があるとは思えませんけど~」
「もっと身近な未来には多大な影響があるわ。明日から私が社会に見せている人間性への理解角度が180度反転してしまうかもしれないじゃない」
「いまさらですよね~。アンジェさんと私たちしか知らないことですけど~」
ユズカは、自分の不利を悟った。
改めて、話を方向性をそらす、もとい修正にかかる。
「で、何か報告にきたんでしょ? 早く言いなさい」
「あ、そうでした。結構、まずいことでした」
「なに?」
「エクスさんの首輪に取り付けてた発信機の信号が途絶えました」
「…え?」
ユズカが、手首の端末を操作し小さな空間ウインドウを展開すると、それは確かだった。
エクスの座標を示していたポイントの点が消失している。
ユズカは、ウインドウを見る目を細め、リヒルに尋ねる。
「…消失した時間は?」
「今から10分前までは大丈夫でした」
そう、と呟きウインドウを操作する。
時間を調整し、最期の反応ポイントを割り出す。
そして、それを知り、
「…あの、…バカっ!」
一気に不機嫌になり、壁にかけていたシャツを手に取る。
「ユズカさん?」
リヒルの問いには、ユズカは答えず着替えをこなしながら、端末を操作する。
操作に応じて、部屋の機構が動いた。
壁の一面縦回転し、そこには多種にわたる傘型の武装が5本ほど並んでいた。
ユズカは、その中にある赤と銀、緑と銀のカラーリングが施された武装をそれぞれ手に取る。
「…リヒル。あなたの言うとおりなのかもね」
「え?」
「私は、初めから伝えるべきだったのかもしれない。ただ、自分の見栄っ張りで薄っぺらい意地なんかで…。拒んでいたのは私の方だったのよ」
「待ってください。どういう…」
と、言いかけたリヒルは、ユズカの表情にあるものに考えを改める。
唐突にユズカが動き出したということは、事態が予期せぬ方向へと進み始めたことを意味する。
なら、自分のすべきことも決まっている。
ユズカと、ずっと前から”約束”していたことだ
「…行くんですか?」
「そうよ」
「…それは、ユズカさんの気持ちですか? それとも、使命感からなんですか?」
「どっちだと思う?」
「…ユズカさんの気持ちであって、ほしいです」
「…私自身には、よく分からないわ。でもリヒル、これだけは覚えておいて」
ユズカは、壁の中にある小さな銀のペンダントを手に取る。
少しの間、それを見つめ、そして首に巻く。
「私を絶対に見習わないこと。1つのことだけに縛られ続けた私みたいな人間をね」
「ユズカさん、それは…!」
「あなた達は、本来自由であるべきだった。その服の下には爆弾も凶器もいらない。そんな女の子でいるべきだったのよ」
その言葉に対して、リヒルは目を伏せ、首を横に振り、きっぱりと否定した。
「それは違います」
リヒルは、自分の手を見つめる。
「私達は、自分の意志で、進んで武器をとりました。でもそれは私達が得たものの中で本当に一部です。もっと大切なことをたくさん、ユズカさんは教えてくれました」
リヒルは知っている。
ユズカは、他人を傷つけないために、他人を遠ざけようとする人だということを。
だから、彼女の否定を受け入れてはいけないのだ。
それはユズカとの”約束”からずっと決めていたことだ。
「まったく…」
ユズカはため息をつく。
どうして、こう彼女達は素直でいい子なのか。
……頼らざるを得なくなるじゃない。
ユズカは、思いを内に秘め、リヒルに一言だけ告げる。
「……行ってくる。後をお願い」
「わかりました。エクスさん、1人前、お持ち帰りでお願いします」
ユズカは、苦笑し、思う。
……この夜が、命運の分かれ目になる、か。
未来を変える”鍵”を守れるのは、正しき歴史を破壊できる可能性を持つ者。
エクス=シグザールは、”異端者”。
ここで彼を失うわけにはいかない。