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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-10:”不明”への遭遇【Ⅱ】

 駆けるエクスは、砕けたナイフを捨て、地に突き刺さっていた長刀を引き抜いた。

 続くシャッテンが、新たな鉤爪を袖から飛び出させ装備する。


 ……油断した…!


 機械兵ウィンドラスは、貫いた対象が違うと判断するや、力任せにナイフを引き抜いたのが見えた。

 女性が、アンジェの方へと倒れ、機械兵ウィンドラスが再度攻撃に入る動作をとるが、


「させるか!」


 二の太刀はない。

 次の攻撃に移る前に、距離を詰めきったエクスとシャッテンが同時に斬りかかった。


 ●


 アンジェは、女性を抱きとめていた。

 手が血に濡れている。

 今まで女性の中にあった命が流れていく。


「”王”…、わた、し…、かっ…!」

「話すな! 今止血するからの!」


 周囲では、リファルド、エクス、シャッテンが機械兵と切り結んでいる。

 しかし、そんなことは一切目に入らない。

 目の前で、消えそうになっている命以外に何を写せというのか。


「聞いて、ください。思い、出したん、です…」


 女性は、震えが止まらない手でペンダントを握った。

 まぶたが閉じそうになっている。

 だが、閉じてしまえば終わってしまう。

 それが分かっているように、必死に抗っているように見えた。


「なんじゃ…いうてみよ」


 アンジェも、悟った。

 出血が、命の流出が、もはや止められないことを。

 なら、せめて言葉を聞こうと。


「誰かを、まもれる、人に…なれ、ってあにが、言ったん、です」


 息が荒くなってくる。

 肺を貫いた刺突のおかげで、うまく呼吸ができなくなってきているのだ。


「私、守れ、ましたか? 大切な…、私達の…”王”、を」


 アンジェは、心を締め付けられるようだった。

 こんな未熟な”王”のために、なぜ命など投げ出したのか。

 だが、確かに自分は守られたのだ。

 だから、


「ああ、守った。そなたは”王”を確かに救った…! 誇りに思ってよい…! 思ってよいのじゃ…!」


 アンジェは、女性を抱きしめ、目から涙をこぼした。

 それは留まることを知らず、落ち続ける。

 そして、気づく。

 自分の肩に熱をもった雫が落ちたのを。


「よ、かった……―――」


 女性の身体から力が抜ける。

 脱力した腕が落ち、開かれた指先が揺れている。

 もう動かない女性の表情は、小さな笑みで時間を止めていた。

 安らかに、眠るようにその目は閉じられていた。

 アンジェは、命尽きた女性の身体を力いっぱい抱きしめ、唇を噛み締め、そして、


「―――みな、聞け!」


 天に向け声を飛ばした。

 


 エクスは機械兵ウィンドラスと切り結びながら耳を傾ける。


「―――今、この国にとって、世界にとって、かけがえのない命が1つ、私の目の前で尽きた! 敵としてあり、しかし最期に過去の誓いを得て、誇りを持って!―――」


 返しの太刀で、ナイフを持った腕を半ばから斬り飛ばす。

 犠牲になった女性の姿にかつての者達の最期が重なり、自然と眉間に力が入る。



 シャッテンが腕を斬り飛ばされた機械兵ウィンドラスの懐に一気に入り込み、首に見ている配線に深々と鍵爪をつきたてる。


「―――死者は、みな同じか? 死すれば、意思なきと切り捨てられるか? ならば、今我らが戦う理由はいかなるものと語れるか!―――」


 機械兵ウィンドラスは、まだ動いく。

 可動しない頭部をそのままに、残った腕部で打撃を振り回してくる。

 装備を解除し、小柄な身体を沈めて回避。

 鉤爪を突き刺したまま残し、その取っ手に逆立ちからのアップボウのごとき蹴りを叩き込む。

 機械兵ウィンドラスの頭部が、捻じ切れ、吹き飛ぶ。



 リファルドが、鋼剣で敵の刃を弾き返す。

 一度、バックステップし若干の間合いをとり、


「…はっ!」


 一閃する。

 躊躇なく踏み込んできた機械兵ウィンドラスの胴体が真っ二つに弾け飛ぶ。


「―――人は過つ! 人は悲しむ! 人は憎む! しかし、それだけで戦うことはまた新たな過ちへと人進ませる! だから、それ以上の慈しみがあると示せ! 等しく、偉大に、誇りをもって戦え! その強き意思を宿す刃が受け継がれ、世界をより良くできると!」


 リファルドは、地に剣を再び突き刺し、アンジェと同じく天を仰ぎ、


了解ヒア!」


 叫びを飛ばした。



 フードをかぶった人影が、建物の裏路地で端末を見つめる。


「……奇襲用に待機していた2機分の反応も消失…、撃破確認」


 どこか機械的な口調で呟いた人影は、端末を懐にしまい動き始める。

 人影は歩き、その身が裏路地から表へと出ていく。

 ”最速騎士”が引っ込ませたので、人影はほぼないはずだった。

 だが、


「―――こんばんわ”狂神者”さん」


 まるで待っていたかのように、その女が立っていた。

 ユズカだ。


「……”魔女”、か」


 フードの人物は、驚く様子もなくただ立っていた。

 チラリと魔女とは反対の方を見ると、


「逃がしません」


 手榴弾を両手に握った”爆撃翼”がすでに回り込んでいた。


「下手に動いたら、特製催涙ガスをこれでもかというまで噴出する小型手榴弾を口に詰め込みます!」


 ピンに手をかけているので本気だろう。

 フードの人物は、”魔女”へと向きなおる。


「…なぜここにいるとわかった?」

「”狂神者”はネクラ集団の集まりだから、人気のないところをみんな好むみたいじゃない。だから、あえて、人払いしてもらったところを張っただけよ」


 そう言い、ユズカは閉じた傘の先端を”狂神者”の男へと向ける。


「さあ、言いなさい。あなた達の企みを。これまでどおり、私が潰してあげるわ」


 ”狂神者”の男は知っている。

 ユズカの傘は未来の技術を用いて作成された特殊兵装。

 その気になれば、一瞬で鉄の刃を展開し、斬雨を降らすだろう。

 退路も”爆撃翼”によって封鎖されている。

 戦闘で勝つことも、逃げることもできない。

 だが、


「…はは…、無理だ。”魔女”、今宵の作戦は絶対に崩せない。そういうものだ」

「……不愉快ね。”神”とやらのお告げでも聞いたかしら?」

「そうだ。多くの人は知らないだろう。だが”神”はいる。覆せないからこそ、”神”。覆そうとする貴様は、むしろ世界にとって、歴史じかんにとっての悪そのも…ぐっ!」


 フードの右肩が切り裂かれ、血が飛んだ。

 いつの間にか、分離した鉄刃が飛来していた。


「…私はそういう演説を聴きに来たわけじゃないの。言いなさい、全て…!」


 殺気をのせた視線に影を落とし、ユズカが武装を突きつける。


「…はは、そうだ。それが正しい感情だ。全てがその果てに正しき歴史へと繋が―――」


 男がそこまで言って、不意に言葉が途切れたかと思うと、


「―――ぐぼぁっ…!」


 突如、喉をおさえて、倒れこんだ。


「な!?」「え!?」


 演技なのかとも思い、罠を警戒した2人だったが、身体の小刻みな痙攣けいれんを見てそうではないと判断する。


「まさか…自決用の毒を…!」


 油断した、とユズカは悟る。

 これまで相手にしてきた”狂神者”は皆、自決用のカプセルを懐に忍ばせていた。

 だが、この敵は、


「…口の中に仕込んでたのね。たいした自殺志願者よ、本当…」


 ユズカは、不機嫌そうに吐き捨てる。

 フードの人物は、痙攣しながら誰にでもなく呟く。


「…死ぬ、”王”は、今宵…死ぬ。…それが、正しき…滅びの、歴、史…。死ね、人など。滅んで……―――」


 その言葉を最期に、敵の身体から力が抜けきったのを確認した。

 ユズカがしゃがみ、フードをめくると、その正体は若い男。

 ユズカと同い年か、少し上ぐらいだろうか。


「……まったく。少しは落ち着きたいわね」


 と、ため息をつく。

 あとで、処理部隊に連絡をとることにする。

 すると、リヒルが端末を開きながら歩いてきた。


「ユズカさん。テンちゃんから連絡が来ました。アンジェさんは負傷したみたいですが、無事みたいです。その他の方も健在ってことで」

「…連中、今夜本腰を入れてくるみたいね。機械兵ウィンドラスが出てるってことは、もうなにふりかまっていないようだし。私も武装の調整にもどる必要がありそう」

「テンちゃん、護衛につけときます?」

「そうね。とりあえず、王宮に送るまではエクスも同行させて。それでシャッテンを残して、帰りは自力で帰ってくるように伝えて」

「え? テンちゃんはそのままですか?」

「当たり前よ。連中はやると言ったらやるわ。だとすれば、今夜の”王”の護衛に”最速騎士”だけじゃさすがにリスクが高いし」

「あ、いえそうじゃなくてですね…」

「なに?」

「エクスさん、1人にしていいんですか?」

「平気よ。方向音痴ではないみたいだし。帰りが遅れたら電撃をくれてやるわ」


 ユズカは、ふっ、と微笑を浮かべる。


「…なんか、ユズカさん。生き生きしてません?」

「気のせいよ」

 

 そう言って、肩にたたまれた傘をかけた。

 すでに日は沈み、夜が始まろうとしていた。

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