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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-9:”人形”劇 ●

挿絵(By みてみん)

 フードを纏った影の奇襲に、反応したのは、


「ふん…!」 「遅いわ!」


 同時だった。

 エクスとアンジェが同時に振り向く。

 エクスは、身をかがめ相手のナイフを振り下ろしに対し、相手の手首に自らの肘を打ち込み勢いを殺す、が、


 ……この感触は…!


 違和感を感じる。

 知っている違和感だ。

 しかし、伝える間もなくアンジェが続いた。

 後ろに仰け反った相手に対して、飛び蹴りの追い討ちを仕掛ける。

 蹴りの先端が敵の胸部に突き刺さる。

 助走なしにも関わらず、相手が大きく仰け反るほどの威力を見せた。

 しかし、アンジェもまた違和感を得る。


「なんじゃ、この硬さは…!?」


 敵は、打撃を受けても声すらあげず後方へと飛び退った。

 柔らかい着地だったというのに、接地の勢いで街道の石畳が砕けているのが見てとれた。


「―――な、なんだ!?」

「―――通り魔か!?」


 周囲にいた民衆が、異変に気づき落ち着きを失くしはじめる。


「落ち着いてください! この場から離れてください!」


 すかさずリファルドが、飛び出し声を張り上げる。


「―――”最速騎士”だ!」

「―――みんな急げ! 避難するんだ!」


 ここは知名度の高さがものを言う。

 的確な指示が、民衆を危険から遠ざける働きを示す。

 だがその動きに合わせ、敵も動いた。

 身をかがめ、反転し一目散に人ごみの中へと走りこんでいく。


「いかん! 逃がすなエクッス!」

「エクスだ。そのつもりはない…!」

 ……あの硬度、確実だ…!


 アンジェに続く形で、エクスが敵の後を追った。

 ついに捉えた。

 手がかりだ。

 人と変わらぬ体躯。

 精密で、状況に応じた合理的な判断と正確な動作。

 あれは間違いなく、未来世界の”機械兵ウィンドラス”だったからだ



「まさか、こんな堂々と来るなんてね…!」


 と、状況を見るユズカは眉間にしわを寄せた。


「ユズカさん! 追いましょう!」


 とリヒルが駆け出そうとするが、


「待ちなさい。あの2人に追いつく役割は”最速騎士”とシャッテンにまかせるわ。私達の足じゃ純粋に追いつけないでしょうしね」

「いいんですか? 下手するとエクスさんが知ってしまうことに…」

「いいのよ」


 ユズカが、目を閉じ何かを逡巡する。

 思考し、最善であるかを考え、そして結論したのだ。


「これでいい。避けられないことだって分かってるから…」



 2人は、比較的低めの住宅が立ち並ぶエリアへ、敵を追いかけていく。

 エクスは、走る中フードの後ろ姿を捉え続ける。

 呼吸に肩を上下させず、自動的を感じさせるのはまさしく”機械兵ウィンドラス”だ。


「ええい! またんか! カチカチの輩めが!」


 アンジェが叫びながら追いかける。

 たいした脚力と体力だ。

 未来世界でも、素の身体能力で”機械兵ウィンドラス”を追いかけられる者は稀であったというのに。

 と、


「うぬ! あやつめ!」


 アンジェが見る先、フードが軽く膝を曲げ、高々と跳躍した。

 立ち並ぶ家屋の屋根は低いと言っても、5メートルはある。

 しかし、フードをはためかせた影は、ひとっ飛びでその頂を軽く越え、着地を見せた。

 そして、振り返ることなく先への走行を再開していく。

 ちっ…!、っとエクスはルート予測をかけるが、知らない地形では難しい。

 すると、


「逃さんのじゃ!」


 アンジェが動いていた。

 走りを止めようともせず、向かう先は家屋の隣にある太いの樹木。

 そして、跳んだ。

 正確には、助走から跳び、木の幹に蹴りを入れる。

 その反動を利用しさらに跳ぶ。

 その先にあったのは家屋に旗を下げるために斜めに取り付けられた鉄の棒。

 掴むやいなや、片手だけで勢いをのせ、車輪のごとく1回転。

 2回転目で、真上に足先が向かうタイミングで手を放すと、細身の身体が高々と舞い上がる。

 遅れて舞う金色の長髪が、夕日を受けて煌きの軌跡を残した。

 そして、次の瞬間には屋根の上に着地していた。

 時間にして3秒弱。

 さも当然のような軽業を見せたアンジェを、エクスは、


「…やるな」


 素直に評価する。

 呆けてはいない。

 エクス自身もすでに駆け出していた。

 向かう先は、同じ樹木だが昇る方法は違う。

 エクスは、幹を駆け上がった。

 垂直に壁を登るように、通常では突起ともいえないようなわずかな木の幹にある凸凹に足をひっかけて昇っていく。

 屋根の高さまできたところで、木を蹴ればすでに屋根の上に着地していた。


「やるな! エクスジン!」

「追うぞ!」


 見れば、フードの背中との距離が離されている。

 2人は頷き、同時に駆け出した。



「―――く、見失いましたか…!」


 遅れて住宅地に駆け込んだリファルドだったが、すでにエクスとアンジェの姿はない。

 不覚です…!、と焦りを感じていると、


「―――こっちこっち」


 と呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、後ろから小柄な少女が追ってきていた。


「あなたは、シャッテン殿」

「…”王”とエクスはの行く先はわかる。ついてきて」


 と、駆け出すシャッテン。

 リファルドは、頷き、後に続いた。


「シャッテン殿、なぜ2人の位置が分かるのです?」


 ん、とシャッテンが持っている機械を見せる。

 音声再生機のようだが、少し違う。

 レーダー機器としての機能も備えたもののようだ。


「…エクスの位置が分かる。きっと”王”も一緒」

「あのエクスという男が、アンジェと別行動をしている可能性はありませんか?」


 シャッテンは首を横に振った。

 そして、迷いなく告げる。


「…大丈夫。ユズカさんがエクスのことを信じてる。だから、私も信じる」

「ユズカ殿が信頼を寄せる人物…、彼はいったい何者なのです?」

「…それは話せない。ユズカさんと約束してるから。でも…、悪い人じゃない」



 フードの人影を追いかけ続けた先、エクスとアンジェの姿は未だ屋根の上にあった。

 敵は、唐突な停止を見せ、振り返る。

 フードの顔部分は深く影がさしており、暗がりに近づきつつあるこの場所では顔を見ることはできない。


「ふ、追い詰めたぞ」


 と、胸を張るアンジェに対しエクスの考えは正反対であった。


「誘い込まれた、というところか…」


 2人の見る先、影は増えていた。

 その数5体、否、


 ……違う。


 真ん中の影は人間だ。

 証拠は形と立ち振る舞いが違うということ。

 周囲の4体が、同じ前傾姿勢でストップモーションのように待機しているのに対し、真ん中の人影は周辺よりも呼吸や、微細な肩の上下など生物的にわずかな動きが見て取れる。

 貴様は…、とエクスが言いかけたところで、


「ズバリ答えてもらうぞ。お主らが”人形劇”の集団か!」


 アンジェが代行していた。

 エクスは、相手が返答なく襲い掛かってくる可能性も考えたが、


「……そうです。”王”よ」


 真ん中の人影が応じた。

 あっさりと認めてみせた。

 ふむ、とアンジェは意思疎通ができる相手に質問をたたみかける。


「”朽ち果ての戦役”に関して性質たちの悪い噂を流しておるようじゃな。民衆の不安を煽り、何を目論んでおるのじゃ」


 話すのか?、とも思ったエクスだったが、相手は応じ続けた。


「…”滅び”です。何にも変えられない”滅び”。それが、私達の…願いです」

「”滅び”とは、ずいぶんな言い草じゃ。そんなも子供の夢の中の話を聞きたいのではないぞ! 真実を言うがいい!」

「…真実です。我らが望むのは”滅び”。それに繋がる道の構築…それだけです」

「ならあえて問おう。何故に”滅び”を欲する! 民衆の不安を煽るだけで滅びにはなるまい!」

「…”朽ち果ての戦役”で、人は狂気に呑まれました。歯止めの利かない戦いに、多くの人が消えていきました。私の…大切な人も、全て…」


 敵の声が震えだした。

 何か、感情を押し殺しているような、そんな声だ。


「あの”戦役”において、愚行を犯した馬鹿共はもういない。皆、戦場に果てた。分かっておるはずじゃ!?」


 アンジェが声を張り上げた。

 敵の正体は、”朽ち果ての戦役”の被害者。

 兵士であったか、その家族であったか、恋人であったか、それは分からない。

 だが、それこそ諭さなければならない。

 語り掛けなければならない。

 しかし、


「…ここで”王”が倒れれば、国の混乱は一気に膨れ上がるでしょう…」


 相手は、まるで何かにとり憑かれたようにうわごとを呟く。


「…人は…、過つ生き物。故に悲しみを繰り返さないためには…”滅び”を!」


 真ん中の影が、右手をあげる。

 フードが風でめくれた。

 女性だった。

 目じりに涙をうかべた、まだ若い女性だ。


「それ願うは、…我ら”狂神者”!」


 その言葉を聞き、エクスは険しい顔つきになる。


 ……思ったとおりだ。


 自身の中に確信を得たエクスは、


 ……知るべきことは知った。離脱する必要があるか。


 女性の周囲にいた4体が、一斉に起動の動きを見せる。

 目元に緑色に光る双眼の色は、淡く緑の軌跡を引く。

 エクスは、アンジェをフォローして離脱する方法を考えていたが、アンジェは動じるどころか、笑ってみせた。

 未知の敵にすら、ひるまず腕を組み、堂々と立つ。


「エクスンよ。なぜ逃げ腰になる必要がある?」

「決まっている。この状況は俺達に大きく不利だからだ」

「なら下がれ。お主の判断は正しかろうて。しかし、ワシは道理には反するゆえにこの場に残る」

「道理だと?」

「悲しみを持った民と向き合わず、背を向けて何が”王”か! ワシは、父君から全てを受け継いだ! いかなる者にも堂々たれ! 道に迷いし者には光たれ。それこそが”王”!」


 ならば、


「人の言うことも聞けん奴と話をするために、まず頬をひっぱたいて目を醒まさせてやろうぞ!」


 日が沈んだ。

 そして、戦いの狼煙は上がる。  

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