5-8:”王”のお忍び調査隊【Ⅱ】
「しかしまあ、なんじゃ? 礼服を着てないと意外と気づかれんものよな」
と、アイスをなめながらアンジェが言う。
「”王”よりも取り巻きの方が目立つのはどういうことなんだ?」
と、隣を歩くエクスは言う。
「それだけ実績があって顔が広いというのはワシにとって助けになっておるのじゃよ」
2人が歩いているのは、多くの人が行きかう街道のど真ん中。
そう2人だけだ。
他の面子は、目立たないよう尾行する形をとっている。
この形は、洋服の店から出た後、ユズカからの提案でなったもの。
理由と言うのも、
―――正直、あなたたち2人で行動したほうが目立たない気がするわ。
とのこと。
……だろうな。
エクスは、そう思った。
アンジェの金色の髪は目立つものの、極度に人目を集めるものであるかといわれればそうでもない。
ただし、
「…その語尾はどうにかならんのか」
「なんじゃ? ワシのアイデンティティーに問題でもあるのかの?」
この爺くさい口調は、目立つのではないかと思うのだ。
「しゃべり方で気づかれる可能性があるとは思わないのか?」
「ああ、その点は大丈夫じゃよ。公務とプライベートで喋り方はわけとるでな」
「器用なことだ」
「褒め言葉と受け取っておこう。―――あ、少し待つのじゃ」
と、アンジェは食べ終えたアイスの棒を捨てようと周囲を見回し、少し離れた位置にあるゴミ箱を見つけると、
「ほいっと」
軽いスイングで棒を投げる。
手から放たれた棒は、縦回転しながら放物線を描き、ゴミ箱の口にダイレクトイン。
「よし!」
とガッツポーズし、アンジェは腰に手を当てエクスに向き直る。
「話を戻すが、お主とて人のことは言えぬであろう」
「何がだ」
アンジェは言葉にせず、行動で示した。
自らの左目をさし、ん、とエクスの左目を指差す。
エクスは、それで相手の言いたいことが分かった。
……火傷跡、か。
エクスは、黒くささくれた自らの左目付近の皮膚に触れる。
「気に病んでいる原因で出来たのなら、指摘しないほうが良かったかの?」
「いや、かまわん。これは、俺が何者かを教えてくれるものだからな」
「なるほど。山火事に巻き込まれたか」
「なぜそうなる」
「ん? 森で暮らしてて山火事になったから人里にきたのではないのか? ユズカからそう聞いたぞ」
「…あの女」
ため息をつくエクスだったが、
「それほど仲が悪いわけではなさそうじゃの」
と、アンジェが言った。
「ふん。アイツにとって、俺はペットか何かなのだろう。首輪もつけられていることだしな」
エクスは服のネック部分を下げ、そこにある黒い金属の首輪を見せつけた。
”服従の証”
ユズカとエクスを結び付けているものだ。
「どれどれ、見せてみよ」
アンジェが覗き込む。
ふむ、としばらく眺めて、
「…妙じゃの」
と言った。
「何がだ」
「ワシもあやつほどではないが、技術の知識はある。その上で言うのじゃが、電撃のを放つシステムは外付けのようじゃ」
「外付け…追加で取り付けられた、ということか」
「そうじゃ。これは拘束具ではない。もっと別の意図を持っていると思うのじゃが」
「なんだそれは」
「そこまではわからん。本来の用途は開発者しか分からんじゃろうて。正式に採用されていない”魔女”がお手製の一品をプレゼントとは。お主はかなり愛されておるようじゃ」
”私、あなたのことが好きだから気になるのよ”
……違うな。
エクスは、そう思った。
ユズカが自分に対して向けてくるのは、そういったものではないように感じる。
かと言って、利用されているだけと思えないのは、自分が腑抜けているせいだろうか。
「ユズカはの、ああ見えてかなり人見知りじゃ。周囲からは大人のお姉さんなどと言われるが、強がってる部分も多いじゃろうて」
「人見知りだと? あの女がか。悪い冗談だ」
「原始人よ。女というのは、男よりも繊細で、恥じらいがあり、隠しておきたい裏の一面を持っているものじゃ。ユズカのようなのは特にな。そういう経験はないのか?」
「エクスだ。…心当たりがないわけではないがな」
「じゃろう。ユズカにもそういう一面がある」
アンジェは、エクスを見る。
そして、と続ける。
「エックスよ。お主はユズカに”騎士”としてこの国に招かれた。それかあやつがお主に相応の価値を求めているからか、もしくは―――、大切に思っているかのどちらかじゃ」
「…俺はあの女と戦ったぞ」
「勝ったか。負けたか」
「…敗北した」
「だが、生きておる」
「それがどうした。単なる結果だろう」
「エクッス。確かに戦いの結果として残るのは正義と悪、もしくは勝者と敗者という事実じゃ。しかし、過程において、人はあらゆる理由で争う。金、名声、義、愛、その他諸々じゃ。”ユズカが戦った”その事実には、大きな意味が隠されてるに違いないと確信しておる」
「ずいぶんな信頼だな」
「当然じゃ。ユズカとワシはチョー親友じゃからな」
アンジェは、両手を腰にあて胸を張った。
発した言葉を誇るように。
●
……あの子、余計なことを話してるわね。
物陰で2人の様子を伺っていたユズカは、そう言って嘆息した。
位置がかなり離れているため、読唇術で読み取れるのは一部に限られている。
「首輪に盗聴器をつけとくべきだったわ」
「ユズカさん。テンちゃんから連絡来ましたけど、”収穫なし”だそうです」
隣のリヒルが、ユズカに報告する。
シャッテンが、飛び回りながら周囲を警戒しているが特に怪しい人物の気配もないということだ。
ユズカが手首の端末で、別位置にいるリファルドに通信を入れた。
「そっちはどう」
『こちらも怪しい人影は見られません。あ、ユズカ殿、1つ質問をいいでしょうか?』
「なにかしら?」
『この調査、私は初めて同行しますがいつから始まっていたのですか?』
「説教材料の収拾かしら。ならご協力はできないわね」
『いえ、そういったものではありません。ただ…私は彼女に信頼されていないのでしょうか? 目立ちすぎるというのもあるのでしょうが、やはり…』
「さびしいという意味かしら?」
『…今は、”西国”にとって今後を左右する重要な時期です。もしものことがあれば…』
「そういうのだから置いていかれるのよ。”最速騎士”さん」
『そういうの、というのは?』
ユズカは、ため息をつく。
そして言う。
「アンジェがどういう子か、あなたが一番よく知っているはずでしょう? 人一倍正義感が強くて、多くのものを等しく愛してる。それは国であり民であり世界でも同じ。愛してるからこそ、自らを省みない行動にもでるのよ」
『しかし、それは…』
「危険かしら?」
『そうです』
「なら、あの王宮で執務だけしていればいいのかしら? それで国がわかるかしら? アンジェは、そのことが分かってる。”王”である前に、一人前の”人”としても必要ではなくて?」
『……』
「いい、”最速騎士”。アンジェはあなたも守ろうとしているのよ」
『私を…?』
「あの子は歩みを、進むことを止めないわ。後ろを振り返らず、失敗にもめげずに。あなたよりもずっと先を行ってる―――」
ユズカが、フッと笑みを浮かべる。
お節介かしらね、と思いつつ、
「―――”西国”の”最速”は、いつ彼女に追いつけるのかしら」
『…ユズカ殿』
「なに?」
『ありがとうございます』
と、リファルドが応答したときだった。
「―――ユズカさん…!」
リヒルの声が、ユズカの意識を前方へと向かわせた。
すなわち、エクスとアンジェの方向へと。
「…来たわね」
フードつきのコートをかぶった何者かの姿が2人の背後にあった。
そして、唐突に手にしたナイフでアンジェに斬りかかっていく。
「!?」
時刻は、日が沈みかけ、夕刻が終わろうとしていた。
次回:”人形”劇