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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-6:その人、一般人?【Ⅱ】 ●

挿絵(By みてみん)

 エクスが、庭の草木の間を走り抜けていく。

 それを追うのは、


「それそれ、どうしたのじゃ? そう逃げていては対戦になるまいて!」


 金の長髪を後方に流して、駆ける女だ。

 速度は、同等見える。

 しかし、足技を得意とする女の方が、挙動が軽く、明らかに余裕が伺える速度だ。


 ……機動力、運動能力も女とは思えん。いや、女だからこそ、か。


 男と比較して、女は筋力といったパワー面を突き詰めた場合、敗北する。

 だが、それはあくまで真正面から同じ力比べをした状況に限る。

 戦いとは、パワーよりも技術テクニックの方が優勢を得られるものだ。 

 エクスは、追われながら反撃の手を考える。

 最初の攻防で、すぐに転身したのは、間合いと技量の差を感じたからだ。

 純粋な戦闘能力で言えば、エクスには相当な分がある。

 だが、戦闘能力と言うのは、武器の使用も前提とした総合で言う話だ。

 本来、エクスの戦闘は武器を持ったことが前提。

 体術に関しては達人級とも言われたが、単純な肉弾戦で見る限り、その分野を突き詰めた人間に対しては不利な立場にある。


 ……公正というのは、俺には馴染まない言葉だな。


 はっきり言って、エクスは勝利に対してあまり手段を選ばないタイプだ。

 だまし討ち、闇討ち、不意打ちをよく行う。

 それを好むわけでもないが、確実な勝利のために必要な手段は全て行使するのである。


 ……不公平な状況、作ってやるさ。


 エクスは走る。

 女が追う。

 その行き先は、


「おい! こら! そこは花壇じゃ! 花を踏むでないわ!」


 エクスは無視して、飛び込んだ。

 いくつかの花を踏み散らし、立ち止まり、後方へと振り返る。

 女は立ち止まっていた。

 花壇に入る前に、自身にブレーキをかけていた。


「どうした? 対戦場所を移しただけだ。ここで心置きなく戦わせてやる」


 エクスは、微笑を浮かべた。


「うぬぅ…、騎士の風上にも置けぬ奴! そこから出てくるのじゃ!」


 女は、両拳を握って上下に振りながら、地団駄を踏む。


「騎士など、”魔女”が勝手に名乗らせているだけに過ぎん。俺には俺のやり方がある。どうした? こないのか? 不戦勝になっても俺はかまわないところだがな」

「むむぅ…、外道め!」

「何とでもいえ。そのためらいこそ…」


 エクスの邪悪な笑みが強まり、同時に、


「…貴様の敗因だ」


 地面から水が噴出した。


「な!?」


 女が驚くのもつかの間、花壇の周囲に霧状の水が散布されたのだ。

 芝生用の霧水散布装置スプリンクラーが、作動したのだ。


「この装置は、定時ごとに一定の場所で作動するようでな。ここに来て数日で、作動場所と時間は熟知している」


 もちろん、花壇の中に水は散布されないように配置されている。

 花壇の花に水をやるのは、人間の仕事だからだ。

 いわば、エクスの飛び込んだ場所は、水の入らない結界というわけである。

 ちなみに、孤児院の子供達はこの霧水散布装置スプリンクラーの作動を狙って水遊びをしているようだ。


「お、の、れーッ!」


 散布される水から逃れるように、ずぶ濡れ女が花壇の中に飛び込んできた。

 花をいくつか踏んだことに苦い顔をし、足元を見る。


「あぁ…これは、叱られるのぅ…」

「どうする、花壇で暴れてでも続けるか?」

「くぅ…、花壇を荒らし、草花を荒らす、この外道で卑怯者の原始人め。ワシがじきじきに裁きをくれてやるのじゃ!」


 女がエクスをビシリと指差した。

 反対に、エクスはフッと軽く微笑し、


「先に言った。何とでも言え。先に名乗るのは貴様の方になりそうだな」


 後方へと土を蹴った。

 間合いを詰めるのは一瞬だった。


「く、この―――ッ!?」


 女が、反撃で足を振りぬこうとして、


 ……く、水のせいで重い!?


 気づく。

 水を浴びた分、衣服が全て重くなり、挙動に影響を出している。

 反対にエクスの服には、多少の湿りがあるのみ。

 まともに水をかぶった女とは、その動きの鋭さには圧倒的な差が生まれていた。


「ここまでだ…!」


 流れは、エクスに移った。

 エクスが、繰り出した拳を女が上半身を左右に振って回避する。

 しかし、それは本命前の軽い2撃。

 左拳を回避するため、左に身を反らしたところに、強力な回し蹴りが奔る。

 まともに入ればクリーンヒット、防御されれば、


 ……体勢を崩すことになる。


 女は、防御を選んだ。

 細い腕では防御しきれないと判断してか、片足の膝を屈曲させ、跳ね上げた。

 そこに、回し蹴りが衝突。

 ダメージは軽減された。

 しかし、


「くぁ…!」


 女は、衝撃を受け止めきれず、花壇の中に倒れこむ。

 泥を跳ね上げ、背から落ち、思わず息を吐き出す。


 ……とどめだ!


 エクスが、最期の一撃として、拳の振り下ろしで追撃をかけた。

 だが、その時、


「―――アンジェ!」


 新たな声が聞こえた。

 それと同時。両者の間に、人影が割って入った。

 その人影は、男だった。

 男は、エクスの拳を手のひらで受け止め、弾き返すと、


「はっ!」


 気迫を込め、反撃の肘打ちをエクスの腹部に打ち込んできた。

 ち…、と舌打ちするも、エクスはすでに防御していた。

 同じく、手のひらで肘を受け、後方に大きくステップすることで威力を大幅に軽減させた。

 その勢いで花壇から出たが、すでに霧水散布装置スプリンクラーの作動は、停止している。

 追撃を警戒し、構えるエクスだったが、


「アンジェ! 大丈夫ですか!? 死んではいけません!」

「勝手に殺すな、バカモノ」


 泥んこまみれの女が、男に抱きかかえられ、コントをしていた。

 どうやら、互いの存在が興味の優先であるらしい。


「おい…」


 とエクスが声をかけるも、2人は聞こえていない様子で、


「やはりここにいましたか。探しましたよ。だいたい分かってましたが」

「ふふ、おぬしはいつもながら勘が鋭い男じゃ。それでこそ我が騎士じゃの」

「さて、帰りましょう。説教が待ってます。よいしょ、っと」

「あ! 待つのじゃ!? ワシは今日は用事があってきたのじゃぞ!? ええい! このお姫様抱っこをやめい! すごく残念じゃけど解放するのじゃ! はーなーせー!」


 エクスは、構えたまま半目で相手を見ていた。


 ……こいつらは何をしているんだ?


 見る先にいるのは、男に横抱きにされ、その腕の中でジタバタ暴れる女。

 さっきまで戦闘は何だったのかという気分になっていた。


「おい…」


 再度、声をかけると、


「あ、そうじゃ! おい、そこのお前! ワシに名乗らせたかったら助けるのじゃ!」


 女が要求してきた。

 エクスが、わけがわからん、という状態になっていると、


「失礼。そこの方、アンジェが失礼を。しかしこの件は内密にお願いします。外に漏れると、いろいろと噂が生まれてしまうので」


 男の方から声をかけてきた。

 まるで、こちらを知っていて当然、という感じだ。


「誰だ貴様は…、いや貴様ら、だな」


 その質問に対して、男は目を少しばかり丸くした。


「重ねて失礼。あなたは西国の人間ではないのですか?」

「まあ、そうだが…、どういう意味だ?」

「いえ、それなら知らないこともあり得るのでしょうが…」

「?」


 会話がかみ合わず、互いに首を傾げていた。

 するとそこに、


「―――その男は、知らないのよ。世間知らずで有名な男だから」


 ユズカが歩いてきた。

 傘をさし、後ろにシャッテンとリヒルを連れている。

 お、と声をあげたのは、未だに抱きかかえられたままの女だった。


「ユズカ! 約束どおり、おぬしに会いに来たのじゃ! 助けてくれぬかのー!」


 ユズカは、ため息をつくが、


「そうね。そういう約束もしたわね。ここで会った以上、私も協力しないとね…」


 それに反応したのは男だ。


「どういうことですか? ユズカ殿?」

「あなたにも事情を話す必要がありそうね。場合によっては協力してもらう必要があるかもね。…”最速騎士”リファルド=エアフラム」


 その言葉に、内心強く反応したのはエクスだった。


 ……”最速騎士”だと?


 この西国における3大戦力の呼ばれるうち、その2つがこの場にいる。

 その事実は、エクスに次の疑念を抱かせた。

 それはすなわち、


「おい、女。貴様は何者だ?」


 その声を受け、男の腕の中にあった女は、ふふ、と笑い、


「リファルド。一度降ろせ。なに、逃げたりはせん」


 リファルドは一瞬、ためらったがユズカの頷きを見て、それに従った。

 身体を傾け、女の足先を丁寧に地に降ろす。

 女は、直立し仁王立ちで腕を組む。

 威風堂々。

 おのれの存在に誇りを持って、高らかに告げた。


「ワシの名は、アンジェリヌス=シャーロット。この西国における現”王”じゃ。少し冷や汗をかいたが、楽しい対戦であったぞ。え~…原始人!」

「…エクス=シグザールだ」


 ”王”

 西国において、最高の位を持つ存在。

 以前から、話は聞いてはいたが、


 ……まさか、女だったとは…

「自己紹介は終わりね」


 と、ユズカが動いた。

 数歩進んで、エクスの横に立つと、


「で、花壇を荒らしたのはどなた?」


 笑顔で言った。 

 そいつ、とアンジェがエクスを指差した。


「そうなのー」


 ユズカの笑顔が、横に向く。

 エクスは、その視線から顔を背けた。

 その数秒後、電撃を食らった男の叫び声が周囲に響き渡った。

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