5-6:その人、”一般人”? ●
ある日の朝、王宮内が騒ぎに満ちていた。
「おい! 見つけたか!?」
「いや、ダメだ! そちらにも姿はなしか!?」
「ああ…!」
そう情報を交わすのは、慌てる兵達。
近くの侍女も駆け寄り、胸の前で手をあわせ、不安に駆られる。
「いったい…”王”はどちらに…。朝、朝食をお部屋に運んだら、置き手紙があって”ちょっと飛んでくるのじゃ!”と…」
「精神面で危ないんじゃないかっていう手紙内容だよな…」
「最近、執務漬けだったらしいから気が触れちまったのか」
「まあ、抜け出すのは、よくあることだろ。今回の問題は消息不明ってことだ。”知将軍”への連絡はどうだ?」
「もうした。”またであるか!? 帰ったら説教である!”とか言いながら、どっかに連絡とってたけど」
「ああ、じゃあだいたい”最速騎士”で決まりだな。あの人なら大丈夫だろ。なんか”王”専用の直感センサーみたいなもん会得してるし」
「なんで分かるんだろうな?」
「さあ? だが、いろいろ負い目があることも多少関係してるんじゃねえかな」
「負い目って、あの戦役のか?」
「ああ、先代の”王”を守れなかったってことを”最速騎士”は、現”王”に対して未だに負い目に感じてるって話だ」
「結局、先代の”王”の死の真相も明かされないままだ。”知の猟犬”にもつかめてないってことは、相当な謎だぜ?」
「”知の猟犬”が、噛んでるとかは?」
「可能性としては低いだろ。公式な記録にはならないが、あそこは正確さが売りだ。狂えば、西の情報網は壊滅的だぞ。目と耳をふさがれるようなもんだ」
「おい、あんまり話し込むと”説教将軍”がくるぞ」
「おっと、そうだな。とにかく、”王”が王宮内にいないなら俺達は、慌ててもしょうがないか。仕事に戻るとするか」
「了解、了解。そんじゃあな」
●
エクスは、妙なものを見るような顔をしていた。
「ほほー、お前が”魔女”の”騎士”とやらじゃな」
と、朝から、普段どおりのトレーニングをしていたところ、目の前にやってきた女が、腕を組んでそんなことを言ってきたからだ。
腰まである金の長髪、女性にしてはやや高めの身長に鋭い目つき。
しかも、気が強くわがままそうな印象を受けた。
服装は、動きやすそうであり、なおかつ少し上品さも感じさせる色合い。なおかつ、
……いいヘソをしている。
そう、ヘソだしルックである。
実に艶やかな腹部だ。
線が走るかのようなしなやかさに、無駄な肉がまったくついていない。
肌も白く、腹部中央にある形の整った窪みがより堂々とし、優美とも言えた。
本人も自信を持っているのだろう。
……なるほど、自信に足るという程には認められるだろう。
エクスは、内心頷いていた。
「これ、いつまで黙り込んで、ワシのヘソを見ておる気じゃ?」
エクスは、ハッとなったことを悟られまいと、半目にしたままの視線を動かす。
対する謎の女は仁王立ちして腕を組んでこちらを見て、返答を待っている。
その表情には、”さあ答えるのじゃ”という余裕ある笑みが見て取れた。
……ヘソはいいとして、誰だこいつは?
当然、エクスお知り合いではない。
さっきの言葉から察するに、ユズカに関係しているのだろう。
なのでまずは、相手の素状の確認をすることにした。
「誰だ貴様は」
少しばかり威圧を込めたが、相手はふふん、と笑って流している。
「ワシの質問に対して、質問で返すとは、ユズカが見込んだだけはあるようじゃな。もしくは単に常識知らずかの?」
謎の女は特に、気分を害した様子もなくエクスを分析しているようだった。
「こちらの質問に答えていないぞ」
「ワシの質問にも答えとらんのじゃ」
無表情と笑みが、互いに見えない牽制をしあう。
なぜか、先に答えたほうが負け、のような雰囲気になっている。
すると、業を煮やしたか女の方から妥協案を示してきた。
「では、こうしよう。今からワシと対戦をしてもらおうかの」
「…対戦?」
「そうじゃ、それで勝った方が先に名乗る。どうじゃ、良い考えじゃろ?」
「ほう、何で戦う気だ?」
そういうエクスに対して、女は、
「これに決まっておろう」
と、指差した。
自分の足をだ。
「なんだ、走りか? あいにく俺はこの孤児院の敷地を出られんし、敷地自体も狭―――」
風を切る音がした。
「っ!?」
エクスは条件反射で動き、腕を上げた。
顔の横にかざした右腕が受け止めたのは、
「ふふ、やはり思ったとおりじゃの」
女の繰り出した上段蹴りの一撃だった。
攻撃を受け止めた体勢で、エクスは女の言葉を聞く。
「口で言うより分かりやすいじゃろうて、最近腕が…いや、脚が鈍っておるような気がするのじゃ。相手をしてもらえるかの?」
女の表情を見る。
笑みを浮かべていた。それも、かなり攻撃的な思考を秘めた鋭利な笑みだ。
「女だからと手加減はせんぞ」
「それでよい。ワシも脚加減を忘れとる」
エクスは、女の足を弾いた。
一度距離を置いて、互いに構えをとるのは一瞬で、
「こい…!」
「ああ、良いのじゃな?」
地を蹴るのも同時だった。
●
「エクスの監視、エクスの監視、エクスの監視……」
と、半ば反復機械のようにシャッテンは庭に出た。
最近では、エクスの監視ばかりしているのでリヒルといられる時間が少ないのが不満だ。
今も少し話してきて、”頑張って”と応援されたのだが、その場から離れるのが名残惜しくてつい、覗きに徹してしまった。
……リヒル、やっぱり胸大きくなってた…。ブラジャーのホックがとめられなくて困ってたから、つい手伝いたくなったけど、それだと部屋を出た意味がないし、仕方なく見守った私は、きっと偉い。それにしても気になったのは、リヒルのクローゼットの中に追加されたセクシー黒キャミソール…。あれはいつの間に…。リヒルって、黒が好きだけどそれでも”黒ばっかりじゃダーク過ぎるよね”とか言って、内側だけに留めてたはず…。キャミソールって寝巻き…、寝るときに着る…、ベッド…
シャッテンの脳内にとある光景が浮かんだ。
黒キャミソール装備の親愛なるリヒルを、なぜか憎きあのアイン野郎が、お姫様抱っこしている。
アインは、リヒルをそっとベッドに寝かせる。
リヒルは顔をほんのりと赤くしており、しかし目は閉じている。
(アイン…私、その…こういうの初めてなので…少し、怖い…です)
(大丈夫だ。私も一緒だ。心配しなくていい、2人で頑張ればいいんだ)
(……キス、してくれますか?)
(ああ…、君が求めるなら応えてみせるさ…)
そう言って、仰向けになっているリヒルの唇と、上からそっと降ろされていくアインの唇とが徐々に近づいて行き―――
「―――だああああああああああ!」
シャッテンが仰け反り頭を抱えた。
服の隙間という隙間から多種多様な刃物がジャッキーン!、と飛び出した。
当然、背中部分も貫通である。
「は…! また服が…!?」
いかんいかん、と心を落ち着け、それに応じて武装が引っ込んでいく。
とりあえず、エクスのところに行かなければ、と思った時だった。
「やるのう! なら、この技も受けてみせるのじゃ!」
「ちッ…!」
そんな声が聞こえ、頭上を2つの影がめまぐるしい攻防を繰り返しながら、飛び越えていった。
「…へ?」
一瞬呆けた後に、その影はかなり後方まで動いていた。
だが、高い動体視力を持つシャッテンはその正体をすでに捉えていた。
1人はエクスだ。間違いない。
だが、もう1人は…。
「…これは、一大事…!?」
状況がとりあえず分析できたシャッテンは、急いで孤児院の中に引き返した。
今日は、ユズカがいる日だ。