5-4:デート”強襲”【Ⅴ】
ユズカは、夕刻に迫りつつある“西国”の空を飛んでいた。
ボードの向きに対して、横向きに座り、足先は眼下の街へと向いている。
高度があることで、山や建造物などに遮られることのない風がユズカの髪を揺らした。
日が傾く事で、空は青から朱へとその様相が移り変わっていく
……きれいね。
空を飛ぶと、視野が広がる。
眼下にある街並み。
人々が暮らし、時間を紡ぐ場所。
しかし、いずれ訪れる災厄によって、ここも壊されてしまうのか、とも思う。
……機械との戦争、か。
あらゆる人は、その未来を知らない。
訪れる、1秒先を生きている。
だが、
……知らない方が、幸せなのかもね。
人類の滅び。
遥か先にあれど、現実のなる未来。
ユズカは知っている。
聞かされ、そして託された。
しかし、思うのは、
……どうしてこうも周りを巻きこんでしまったのかしら。
かつてユズカは1人だった。
1人で全てを成すつもりだった。
だが、今の状況があるのは、
……1人で居続けることに耐えられなかった、ということよね。
ユズカの行動の真意をリヒルとシャッテンは理解してくれた。
自分から話したのではなく、2人の方から知りにきてくれたのだ。
……ありがとう。
しかし、同時にこうも思う。
……ごめんね。
リヒルとシャッテンを自分の都合で不幸にしている。
自分がいなければ、頼らなければ、もっと普通の立場で暮らせたはずだ。
“両翼”などと呼ばれることなく。
もうそれは一生消えることはなく、常につきまとう。
そして今、最も後悔しているのは、
……リヒルとアインを戦わせたこと。
全ての始まりを決定づけた、“シア”での戦闘。
リヒルにはどれだけの迷いと傷を与えただろうか。
ユズカは、少し息を漏らした。
彼女達を解放してやれないだろうか、と考える彼女を乗せ、浮遊ボードが空を駆けていく。
●
リヒルとアインは孤児院の正門前にあった。
荷物はすでにない。
出迎えとばかりにやってきた子供達が、持って行ってしまった。
一応、まだ開けないように、とは言ってある。
「ここの子供達はいつも元気だ。見ていて、心が落ち着くよ」
「一番最初に出て来た子、スフィベルは、“俺、アインさんみたいなかっこいい隊長になるぜ!”って、口癖みたいに言ってるんですよ?」
「はは、子どもの目標にしてもらえるとは光栄だ。負けないようにしないとね」
「アインは、みんなにとっての目標で、希望なんです。どんな人でも、どこまでもいけるんだっていうことを示してくれたんですから」
「それほど、高尚なものは私も持ってはいない。私が今の立場になれているのは、もっと単純な理由だよ」
「なんですか?」
「…目標とする人がいる。未だ、届かない先を速く飛ぶ人だ」
「“最速騎士”、ですか?」
「そう。私は、あの人に多くを教えられた。いつか、越えていきたいと思っている。そして―――リヒル、君の事もだ」
「…え?」
「君に会うたびに、私はここにいていいのだと思う。帰って来れる場所が、ここにあるのだと。自分勝手かもしれない。だから、笑ってくれても構わない」
アインは、孤児院を見上げていた。
「私達にとって、ここは故郷。生まれた場所も知らない私達に意味を与え、守り、今ここへとつないでくれた場所だ。君は、ここを守ってくれている。多くを見据え、この先を行く可能性たる子供達と共にいる」
アインの視線が、リヒルへと降りてくる。
「君は、強い。私などより、ずっと強い人だ」
●
リヒルは、アインを見上げていた。
その言葉が、嬉しかった。
だが、
「そんなこと…ありません」
どうすればいいのか、と分からなくなる。
こんなにも、全てを大切に思ってくれている人を、1人占めにしたいと考える事はおこがましいことなのではないか、と。
リヒルは、思いなおす。
……私は、やっぱりアインのこと…好きです…でも…
思い出す。
あの日の夜、“シア”の空で、自分は戦ったのだ。
彼と。
“ヘヴン・ライクス”。
自ら、ユズカのためになりたいといい、手にした機体。
知られてはならない力を行使し、彼と対峙した。
世界を滅びから救うために、避けられないことだった。
結果的に、滅びを回避できたとしても、その先にアインがいなかったら、
……私は…生きていけない…。
リヒルは迷い続けていた。
耐えられなくて、自然と、
「……っ」
アインの胸の内に飛び込んでいた。
涙がこぼれそうな、瞳をみられまいとして。
●
アインは、飛びこんできたリヒルを反射的に受け止めていた。
少し気恥ずかしかったが、直前にあった彼女の表情には涙があった。
拒んだりはしない。
彼女が求めるなら、全力で応えようと決めている。
「リヒル…泣くなんて、君らしくないな…」
アインは、胸の内にある少女の背に手を回した。
彼女と温もりを分かち合うように。
かつて“師”に教えられた。
“強き人、強くあろうとする人ほど、悩みます。最善を得ようとして、しかしそれが果たせぬ現実に、行き場がなくなる。だから―――”
……支えてやれる人間が、必要なのですね。リファルド殿。
「…私は…、嘘をついてるんです」
と、リヒルが小さな声で、呟いた。
「嘘…?」
「話したい。でも…ダメなんです。果たさないうちに、それを言ったら、何もかもが壊れてしまう…から」
精一杯の告白なのだと、アインは察した。
彼女は迷っている。
ならば、応えよう。
「…約束しないか?」
「え…?」
「今、君が話せないなら、それでもかまわない。たが、それを果たせた時、全てを打ち明けてほしい。そして、その時私も君の全て受け入れる決意を持とう」
だから、
「心配しなくていい。私は、いつでも君の味方だ」
アイン、リヒルを抱きしめる力を自然と強めた。
……彼女が生きる、この世界を守りたい。
そう思いながら。
●
リヒルは、自分を包んでいる力があることに、安堵を得ていた。
自分を認めて、受け入れてくれる人がいる。
……彼が生きる世界を、守りたい。
リヒルの手もまた、自然と相手の背へと力を込めていた。
放したくない。
いつか、この人に自分の全てを見せられれば、と思った。
2人の時は、そのまま過ぎて行く。
永遠とも思える時間。
そこに、終わりをもたらしたのは、
「―――失礼。お2人さん」
空からの声だった。
●
声をかけたことに少しばかりの苦笑いを内心で浮かべつつ、ユズカは地上に降り立った。
見ると、リヒルとアインは、すでに互いに離れていた。
正確には、リヒルの方から慌てて離れたのだが。
「ユ、ユズカさん!? い、いいいいいつから上に!?」
と、顔を真っ赤にして慌てているのはリヒルである。
対して、アインは普段と変わらず、
「“魔女”ユズカ殿ですね」
と、礼儀正しく一礼した。
「いや、このまま空中待機しててもタイミングつかめなかったから、いっそ勇気出して声かけてみたんだけど、お邪魔だったかしら?」
「そそそそ、そんなことないですよ~?」
「そうですね。買い物も終えたところでしたので」
アインの返答に、リヒルの表情が少しばかりムッとなったが、ユズカは見ないふりをした。
「“魔女”殿は、今お帰りに?」
「ええ。それもあるんだけど、片付けとこうと思って」
え?、という顔をするリヒルとアインにお構いなく、ユズカが、
「リヒル。スタングレネード1つくれる?」
「あ、はい。どうぞ」
リヒルが、ハンカチを貸すような感じで袖から出した手の平大の蒼い筒状の物体を渡す。
「どうするんですか?」
ユズカがピンを抜き、
「お邪魔虫の駆除」
振りかぶり、ブン投げた。
それは、近くの木の中へと放物線を描いて、飛びこみ、
「はい、反対向いて」
炸裂。
閃光とつんざく音波がほとばしった。
リヒルにアインが盾になるような形で、背を向け耳を塞ぎ、ユズカはいつのまにかヘッドホンと遮光レンズを身につけていた。
そして、数秒後、光と音波の消えた後、木の下に落ちていたのは、
「……ぐ、ばれてた……ガクっ…」
シャッテンだった。
「テンちゃん!?」
驚くリヒルを、置いてユズカは木の根元まで歩いて行き、
「―――屈せよ」
ダイレクトで音声入力。
「ぐおおおおぉぉぉぉぉッ!?」
叫び声をあげ、2体目が落ちてきた。
エクスだった。
「め、珍しい組み合わせ…」
はは、と苦笑いするリヒルに、アインが耳打ちした。
「リヒル、あの落ちてきたもう1人の男が“魔女”殿が新たに部下としている“騎士”なのか?」
「そうですね。そんな感じです」
「なぜ…首に電撃チョーカーを…」
「ユズカさんの趣味です」
リヒルは、笑顔で即答した。
「なるほど」
アインは、即座に納得した
そんな2人を尻目に、ユズカはシャッテンの首根っ子を捕まえていた。
「シャ~ッテン、お留守番とかはどうしたのかしら~?」
影のある笑顔を目の前にし、シャッテンは額に冷や汗を浮かべた。
「…ゆ、ユズカさん、これは、姑的な戦い…!」
「いい加減、リヒルにベッタリは卒業しなさい」
ユズカは、ため息をつきながら、まだ目を回しているシャッテンを引きずり、動きを麻痺させられたエクスはボードに乗せて、孤児院の門の中へと連れ戻される。
抵抗する気力はなさそうだった。
その途中で、ふとユズカが足を止めた。
背中越しに、声をかけてきた。
「―――リヒル」
「はい」
「無理しなくていいのよ」
リヒルは、ユズカの真意を察する。
少しだけの時間、目を伏せ、そして、いつもの笑顔で、
「大丈夫です。私は、“魔女”と共に行きます」
はっきりと応えた。
「……ありがとう」
ユズカは、それだけを言って、また歩みを進めていった。
デート編はこれにて終了。
次は、知将軍殿の出番。