5-4:デート”強襲”【Ⅳ】
ユズカは、王宮を出るところであった。
さて、と巨大な正面門をくぐろうとしたところで、
「これは“魔女”様。お帰りですか?」
と、門を警備している兵に声をかけられた。
「ええ。そうよ。なにか?」
ユズカの妖艶な笑みに、兵が少したじろきつつ、
「いえ、“両翼”様関連の話を、今耳にしたところでして…」
「あら、なに?」
「なんでも、市街地にてアイン=ヴェルフェクト様と行動を共にしているリヒル様を、シャッテン様が木の上とか、試着室などに潜みつつ追跡しているとの目撃情報が入りまして」
「そうなの?」
と、ユズカは眉をひそめる。
シャッテンがリヒルにべったりなのはいつものことで、それはそれで注意しないといけない、と思うが、
……追跡状態のシャッテンが目撃されるのは珍しいわね。
「目撃情報はシャッテンだけ?」
「あ、いえ。誰かしらと共に行動しているようだ、ということも合わせて入ってきております」
ユズカは、納得した。
……あの子ったら。
ユズカは、手にした傘を開き、宙に投げあげた。
「おお…! これが“魔術”ですか!?」
兵の見上げた先。
空中にあった傘が、音をたてての変形を見せた。
分解し、細かい内部機構を露出させたかと思うと、次の瞬間にはその形が完成していた。
人3人は乗れるであろうという、浮遊機動ボード。
“魔女”が長距離を早急に移動する際に用いると聞いていたが、兵が目にする機会は非常に稀だ。
ユズカの“魔術”とは、一種の特殊技術を指す。
彼女だけが持ち得る知識から生み出される数々の技術は、西の今後に巨大な発展をもたらすとされているのだ。
「じゃあ、お仕事頑張って」
ユズカは、ボードに飛び乗り、軽く手をふった。
ボードの側面が可動。たたまれていた6枚の飛翔翼が開き、高度を上げて行く。
そして、先にある巨大な正面門を超える高さまでいくと、飛翔翼の向きが後方へと倒れ、
加速した。
“魔女”が空へと飛び去っていった。
●
目的のエリアに辿り着いたリヒルは笑顔であった。
反対に、アインは少しばかり額に汗を浮かべていた。
「到着しました~」
彼女が示した指先にある文字。
“下着売り場”。
白とか黒とかピンクとか。
やけに輝きの強いエリアである。
「リヒル…ここは…男子禁制の領域だ…!?」
「そんなことないですよ~? ほら、あそこ」
と、示され見る先に、
「―――エクセレントかつビュ~ティフル! このデザイン、まさに私の理想通りだ。そうは思わんか。副官よ!?」
「は! やはりリッター殿のデザインこそ、“西”においてトップを飾るものであることは疑いありません」
「うむ。見よ! 売り上げ1か月ぶっちぎりでナンバーワン! やはり、“西”における“美”の頂点は、“王”の次に揺るぎなく私に他なるまい!」
変なのがいた。
いや、有名人で顔見知りなのだがかなり離れているうえ、周りも見えていないようなので知らん顔をした。
「男性が作るから、魅力的な下着になるんですね~」
「リヒル、その話題は振られても応えようがない」
「いや~、また最近つけてるのがきつくなってきたんですよ~」
だから、と付け加え、
「一緒に選んでください」
「い、いやそれはだな…」
「あれ~? 協力してくれるって言いましたよね~?」
「ああ、そうだが…」
「私、“妹”ですよね~?」
「そ、そのとおりだが…」
「家族なら、別にいいじゃないんでしょうか~?」
「仮にも私たちは、男女であって…、君にもそれなりの自覚を持ってほしい、というか…」
「…持ってますよ」
リヒルが、小さく呟く。
「アイン以外は、ダメです。ユズカさんでも、テンちゃんでもなくて、アインに見てほしいんです」
アインは気づく。
リヒルの表情が、妙に真剣であることに。
冗談ではない、真摯な思いを放っているように思えた。
「リヒル、それは…」
と、言葉をつづけようとした時、
「じゃ、行きましょう~」
いつもの明るい笑顔に戻ったリヒルに、強引に手を引かれていた。
●
「おい、まだ続けるのか」
壁際から様子をうかがっていたエクスは、荷物カートの中に身を潜めているシャッテンに声をかける。
しかし、シャッテンには聞こえていないらしい。
「…リヒル、また胸囲が増えた!? まさに驚異…!?」
「上手い事いったつもりか」
すると、荷物カートが動いた。
置いて行った店員がブレーキをかけ忘れていたのだ。
そのまま、後方の階段へとゆっくりと移動し、
「あ」
シャッテンを乗せたまま、後輪が落ち、
「うごぉぉっ!?」
そのまま滑り落ちて行く。
「…ふぅ」
と、追いかける様子もなくひと息つこうとしたエクスだったが、
『―――屈せよ(ヒューベイ)』
電撃がきた。
転げ落ちていった拍子に、シャッテンが誤って音声再生機のボタンを押しこんでしまったのだ。
「な、ぐおおおおぉぉぉぉぉ!?」
しかも、前より強力であった。
不意の一撃に、エクスも体勢を崩し、一緒に階段を転げ落ちて行く。
道連れであった。
●
「うーん。やっぱりレギュラーな方が、いいんでしょうか? アインはどう思います~?」
「リヒル。それは私の趣向を言え、ということになるのだろうか?」
「そうですよ~」
「いや、やはり私は“Sコード小隊”の隊長だ。発言がそれなりに周囲に影響を与える責任もあるわけで…」
目を逸らす傾向にあるアインに対して、むぅ、とうなったリヒルは、妥協案を示した。
「わかりました。じゃあ、意見言わなくていいので、反応だけ見せてください」
つまり、見るだけでいい、と。
「まあ、それぐらいなら…」
アインの了解を得て、リヒルはいくつか候補を選ぶ。
白のランジェリー → アインの反応、変わらず。
黒のランジェリー → アイン、少し視線を逸らす。
黒のキャミソール → アイン、ぐおっ!?、とのけぞり、床に片膝をついて耐える。
「店員さん、これくださーい」
リヒルは、黒のキャミソールを掲げ、店員を呼んだ。
「待つんだリヒル。それは下着じゃない。寝巻きの一種だ」
「え~。でもアインが選んでくれたから買っときます。他にも買うので、お願いしますね」
アインは両腰に手をあて、うーん、とうつむき、
「……すまない。少し、席を外す。1分ほどで戻ってくる」
「ええ。いってらっしゃい」
●
リヒルの見えない位置にある階段まで来て、アインは壁に片手をついた。
「はぁ…」
と、つくため息は、自分に対するものだ。
……しっかりしろ、アイン=ヴェルフェクト。仮にも“Sコード小隊”をまかされた身の上だろう…。
自分に言い聞かせつつも、考える。
リヒルのことだ。
彼女は、強い子だ。
自分が、地位を登ろうと躍起になり、育った家も省みない中で必死に頑張っていたのを知ったのは後からだ。
こうして、彼女のために時間を作ることが、自分にできる償いだと思っていた。
少しでも、彼女の心の不安をとれるなら、喜んで協力するつもりでいた。
自分は、兄だ。
彼女を、しっかりと見てやる義務がある。
なのに、
……どうしてこうも、落ちつかない気分になるのか…
彼女は、家族として自分を慕ってくれていて、信頼してくれている。
その期待には応えたい。
……私も、まだまだ未熟な人間だ…
考えることには、一応の決着をつけ、
「…戻るか」
と、冷ました思考で顔をあげると、
「…大丈夫ですか?」
「!?」
隣にリヒルが立っていた。
心配そうな顔をしていた。
「すまない。少し考え事をしていた」
「具合悪いとかじゃないですよね?」
「もちろんだ。無理はしていない。心配ないさ」
そうですか、と笑顔のリヒルの手には、新しい袋が下がっていた。
「じゃあ、子供達の服、お会計しちゃいましょう」
「君の買い物はもう、よかったのか?」
「よく見ると、時間もおしてたのでまたの機会にします。本来は子供達の服を買いに来たので、本末転倒は良くないですから」
「わかった。じゃあ、行こう」
「はい」
アインが先を行き、リヒルがそれに続いた。
階段下に散乱していたカートと段ボールの束には、特に気づくこともなかった。
あと1つ。