5-4:デート”強襲”【Ⅲ】
「おい。こっちに来るぞ」
と木の上のエクスは、隣のシャッテンにそう言った。
見る先、リヒルとアインが連れ立って歩いてくる。
「…大丈夫。気付いてない」
シャッテンの視線は、いまだ鋭い。
親の仇でも見ているかのようである。
「あの男に何か私怨でもあるのか?」
「…別に…そんなのじゃない。ただ…」
とシャッテンは、言うのを止め、少ししてから一言。
「…リヒルに…悲しい思いしてほしくないだけ…」
エクスには、シャッテンの言ったことの意味が理解できなかった。
そう言っている間に、リヒルとアインが自分達の潜む木の下にきた。
シートなどはないようで、芝生の上に並んで腰を下ろし、リヒルがバスケットから箱を取り出す。
エクスとシャッテンは、隠密のレベルを自然と引き上げ、気配を断つ。
無意識にそれができるのは、プロである証だ。
●
リヒルの持参したお弁当はサンドイッチである。
長方形にカットしたパンに、ボイルした野菜や鶏肉を挟み、調味料で軽くした味をつけたもの。
それを、手渡しで受け取り、口に運んだアインは、
「おいしいね」
と、笑みを浮かべた。
「私の好きな味だ。懐かしくもある。子供の頃、母がよく作ってくれたものによく似ている」
アインの“母”とは、孤児院の老夫人の事。
それはリヒルにとっての、“母”でもある。
「子供の頃の味だったからうろ覚えで、再現出来てるかなって不安でしたけど」
「まあ、完全に再現するのは難しいだろう。少しスパイスが効き過ぎているところもあるようだ」
だが、とアインは続ける。
「君が作ったからこそ、その良さが出ていると思うよ」
「ありがとうございます」
褒められたことが、素直に嬉しかったのもあるが、リヒルの中で最もよかったと思えたのは、
……私のこと、しっかり見てくれてるんですね。
と、考えているとふと気づいた。
アインが2個目を食べたところで、調味料のソースがその頬についてしまっている。もちろん、本人は気づいていないようだ。
リヒルはフッと笑みを浮かべ、
「ほっぺについてますよ~?」
手にしたナプキンでそっと、アインの頬についたソースを拭き取った。
自然な動きで、当たり前のように。
「ん? ああ、すまない…。私としたことが、みっともないところを」
「まーだまだ。お互い子供ですね」
「はは、そうだな」
“S1”と“爆撃翼”。
西国では、相当な通り名を持つ2人であったが、人間としての在り方はそれほど特別なものでもない。
親しい人と食事をとれば、自然と笑顔になれる。
ただ、それだけ。
そんな和やかな空気がしばらく続いた。
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「…ギリギリィ…!」
「なぜ、泣きながら服の袖を噛んでいる?」
「…癖…!」
と、言っている内に、食事を終えたリヒルとアインが、片付けを済ませ、立ちあがった。
この後、子供用の服を買いに行く、といった予定を確認しあい、その場から離れて行く。
「人間性に問題はないな。俺が言うのもなんだが」
「…まだまだ、追いかける」
エクスは、小さくため息をついた。
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王宮の回廊をユズカが歩いていた。
今度は行きではなく、帰り。
なんだかんだで“王”の話し相手になっていたのである。
……ガス抜き、というよりガス注入しちゃった気がするわね。
若くして“王”となったがゆえ、外の世界をもっと知りたい、という欲が強く出るのも当然。
特に、新しいものとなると、
……止められる気がしないわ。
“王”のパワフルさは皆が知るところである。
若さだけでなく、その性格が貪欲な行動力を生み出しているのだと。
ユズカは、小さくため息をついた。
……調整、進めないとね。
考えを切り替える。
自分が今成そうとしていることへと。
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リヒルとアインは衣料品の専門店へと足を運んでいた。
真っ先に向かうのは、やはり子供服のエリア。
「男の子なら、やっぱり赤でしょうか?」
と、リヒルが服を広げて見ていると、
「色よりも動きやすさを重視すべきと思うが、どうだろうか?」
「やんちゃな子は結構いますから、その方がいいですかね~」
「これから、少しづつ気温も上がって来る。洗濯の機会も増えるだろうから、少し上等なものの方が長持ちするだろう」
「男の子の分は、アインが選んでくれます? 私基準で買って帰ると、いつも子供達が文句タラタラなんですよ?」
「それはよくないな。なら、今度から子供達も連れてくるといい」
「そうですね。考えときます」
「これはどうだろう?」
「あ、いい感じですね~」
そんなやりとりをしながら、2人が協力して服を選んで行く。
無論、時間が経過するごとに荷物が増えて行くが、アインは苦もなく持ち続ける。
「あ、すいません。私も少し持ちます?」
「いや、かまわないさ。少しばかりいいところも見せたい」
「もう、無茶しないでくださいよ~?」
「もちろんさ」
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エクスとシャッテンは、試着室に潜んでいた。
周りの人間に怪しまれないのは、プロである証だ。
「いいやつじゃないか」
「…ま、まだまだ…!」
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リヒルとアインは、2時間をかけ、服を選び終えた。
買い物カゴは12個。
専用カートは6台。
それらを1人で動かしていたアインは、
「前よりは少なめに済んだようだ。リヒルは、買い物も上手になった」
と、汗1つないさわやかな笑みを、傍らのリヒルに贈った。
「アインが来てくれて本当に助かりました。テンちゃんは頼むとすぐに逃げますから」
「シャッテンは元気かい?」
「ええ、とっても。今度会ってあげてください」
「しかし、私が行くと良い顔をしないな。嫌われているような気もするが…」
「それは思い込みですよ~。テンちゃんは、本当はアインのこと慕ってるんですから」
「そうなのか?」
「そうですよ」
アインは、少し考え、間を置き、
「…そうだな。リヒルに会って、シャッテンに顔も合わせないというのは、不公平だな」
そして、フッと微笑み、
「2人とも、私にとっては家族で、妹のようなものだからな」
「妹、ですか…」
ふとアインは気づく。
リヒルの顔が少しうつむき加減である。
「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
もしくは何か悪い事でも言ったか?、とアインは自分の言葉を反復して思い出していると、
「……わかりました。そういうなら…」
か細く、空気に混じるような呟きの後、
「あ、私もう1つ買いたいものがあるんでした~」
と、リヒルが手を合わせた。
「何か買い忘れたのか?」
「いえいえ、今度は私物ですよ。でも、アインの意見も欲しいので、もう少し付き合ってもらっていいですか?」
「ん? ああ、私でいいなら協力させてもらうよ」
「本当ですね?」
リヒルの目がキラリと光った。
あと2つぐらい