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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-4:デート”強襲”【Ⅲ】

「おい。こっちに来るぞ」


 と木の上のエクスは、隣のシャッテンにそう言った。

 見る先、リヒルとアインが連れ立って歩いてくる。


「…大丈夫。気付いてない」


 シャッテンの視線は、いまだ鋭い。

 親の仇でも見ているかのようである。


「あの男に何か私怨でもあるのか?」

「…別に…そんなのじゃない。ただ…」


 とシャッテンは、言うのを止め、少ししてから一言。


「…リヒルに…悲しい思いしてほしくないだけ…」


 エクスには、シャッテンの言ったことの意味が理解できなかった。

 そう言っている間に、リヒルとアインが自分達の潜む木の下にきた。

 シートなどはないようで、芝生の上に並んで腰を下ろし、リヒルがバスケットから箱を取り出す。

 エクスとシャッテンは、隠密のレベルを自然と引き上げ、気配を断つ。

 無意識にそれができるのは、プロである証だ。

 


 リヒルの持参したお弁当はサンドイッチである。

 長方形にカットしたパンに、ボイルした野菜や鶏肉を挟み、調味料で軽くした味をつけたもの。

 それを、手渡しで受け取り、口に運んだアインは、


「おいしいね」


 と、笑みを浮かべた。


「私の好きな味だ。懐かしくもある。子供の頃、母がよく作ってくれたものによく似ている」


 アインの“母”とは、孤児院の老夫人の事。

 それはリヒルにとっての、“母”でもある。


「子供の頃の味だったからうろ覚えで、再現出来てるかなって不安でしたけど」

「まあ、完全に再現するのは難しいだろう。少しスパイスが効き過ぎているところもあるようだ」


 だが、とアインは続ける。


「君が作ったからこそ、その良さが出ていると思うよ」

「ありがとうございます」


 褒められたことが、素直に嬉しかったのもあるが、リヒルの中で最もよかったと思えたのは、


 ……私のこと、しっかり見てくれてるんですね。


 と、考えているとふと気づいた。

 アインが2個目を食べたところで、調味料のソースがその頬についてしまっている。もちろん、本人は気づいていないようだ。

 リヒルはフッと笑みを浮かべ、


「ほっぺについてますよ~?」


 手にしたナプキンでそっと、アインの頬についたソースを拭き取った。

 自然な動きで、当たり前のように。


「ん? ああ、すまない…。私としたことが、みっともないところを」

「まーだまだ。お互い子供ですね」

「はは、そうだな」


 “S1”と“爆撃翼”。


 西国では、相当な通り名を持つ2人であったが、人間としての在り方はそれほど特別なものでもない。

 親しい人と食事をとれば、自然と笑顔になれる。

 ただ、それだけ。

 そんな和やかな空気がしばらく続いた。



「…ギリギリィ…!」

「なぜ、泣きながら服の袖を噛んでいる?」

「…癖…!」


 と、言っている内に、食事を終えたリヒルとアインが、片付けを済ませ、立ちあがった。

 この後、子供用の服を買いに行く、といった予定を確認しあい、その場から離れて行く。


「人間性に問題はないな。俺が言うのもなんだが」

「…まだまだ、追いかける」


 エクスは、小さくため息をついた。



 王宮の回廊をユズカが歩いていた。

 今度は行きではなく、帰り。

 なんだかんだで“王”の話し相手になっていたのである。


 ……ガス抜き、というよりガス注入しちゃった気がするわね。


 若くして“王”となったがゆえ、外の世界をもっと知りたい、という欲が強く出るのも当然。

 特に、新しいものとなると、


 ……止められる気がしないわ。


 “王”のパワフルさは皆が知るところである。

 若さだけでなく、その性格が貪欲な行動力を生み出しているのだと。

 ユズカは、小さくため息をついた。


 ……調整、進めないとね。


 考えを切り替える。

 自分が今成そうとしていることへと。



 リヒルとアインは衣料品の専門店へと足を運んでいた。

 真っ先に向かうのは、やはり子供服のエリア。


「男の子なら、やっぱり赤でしょうか?」


 と、リヒルが服を広げて見ていると、


「色よりも動きやすさを重視すべきと思うが、どうだろうか?」

「やんちゃな子は結構いますから、その方がいいですかね~」

「これから、少しづつ気温も上がって来る。洗濯の機会も増えるだろうから、少し上等なものの方が長持ちするだろう」

「男の子の分は、アインが選んでくれます? 私基準で買って帰ると、いつも子供達が文句タラタラなんですよ?」

「それはよくないな。なら、今度から子供達も連れてくるといい」

「そうですね。考えときます」

「これはどうだろう?」

「あ、いい感じですね~」


 そんなやりとりをしながら、2人が協力して服を選んで行く。

 無論、時間が経過するごとに荷物が増えて行くが、アインは苦もなく持ち続ける。


「あ、すいません。私も少し持ちます?」

「いや、かまわないさ。少しばかりいいところも見せたい」

「もう、無茶しないでくださいよ~?」

「もちろんさ」




 エクスとシャッテンは、試着室に潜んでいた。

 周りの人間に怪しまれないのは、プロである証だ。


「いいやつじゃないか」

「…ま、まだまだ…!」



 リヒルとアインは、2時間をかけ、服を選び終えた。

 買い物カゴは12個。

 専用カートは6台。

 それらを1人で動かしていたアインは、


「前よりは少なめに済んだようだ。リヒルは、買い物も上手になった」


 と、汗1つないさわやかな笑みを、傍らのリヒルに贈った。


「アインが来てくれて本当に助かりました。テンちゃんは頼むとすぐに逃げますから」

「シャッテンは元気かい?」

「ええ、とっても。今度会ってあげてください」

「しかし、私が行くと良い顔をしないな。嫌われているような気もするが…」

「それは思い込みですよ~。テンちゃんは、本当はアインのこと慕ってるんですから」

「そうなのか?」

「そうですよ」


 アインは、少し考え、間を置き、


「…そうだな。リヒルに会って、シャッテンに顔も合わせないというのは、不公平だな」


 そして、フッと微笑み、


「2人とも、私にとっては家族で、妹のようなものだからな」

「妹、ですか…」


 ふとアインは気づく。

 リヒルの顔が少しうつむき加減である。


「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」


 もしくは何か悪い事でも言ったか?、とアインは自分の言葉を反復して思い出していると、


「……わかりました。そういうなら…」


 か細く、空気に混じるような呟きの後、


「あ、私もう1つ買いたいものがあるんでした~」


 と、リヒルが手を合わせた。


「何か買い忘れたのか?」

「いえいえ、今度は私物ですよ。でも、アインの意見も欲しいので、もう少し付き合ってもらっていいですか?」

「ん? ああ、私でいいなら協力させてもらうよ」

「本当ですね?」


 リヒルの目がキラリと光った。

あと2つぐらい

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