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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-4:デート”強襲”【Ⅱ】

「―――誰かと思えば、ユズカであるか」

「あら、“知将軍”殿。ごきげんよう」


 王宮の巨大な回廊を歩いていたユズカは、向かい側から現れた老将軍に笑顔を向けた。

 礼節を重んじる“知将軍”ウィズダム=ケントニス。

 ユズカは、彼に対して、スカートの両裾を軽くつまみ、丁寧なお辞儀で応えた。


「うむ。お主はいつも礼儀正しき淑女であるな。最近の若者に見習わせたいものである」


 というか、これをしないと説教くらって時間ロスになるのだ。


「ええ。本当にそうですね」


 ユズカは、頭を上げた。

 地位的には、“魔女”“知将軍”“最速騎士”は同列となっているものの、やはりそこには年功序列という概念もあり、老人たるウィズダムは感覚上では上の人間という認識で一致する。

ましてや、“王”の不在時には、“知将軍”が国の指導者になるため、その偉大さも知れ渡るところだ。


「最近は、よく王宮に顔を出すのであるな。“王”に用事であるか?」

「ええ。曲りなりにも“王”の側近の1人ですから、国にいる間は挨拶ぐらいしませんと」

「うむ。その心構えや素晴らしきものである。後の代にもその精神を伝えていってもらいたいものであるな。頼むぞ」

「ええ。おまかせください」


 ユズカは、淑女スマイルで応じた。


「そういえば、お主、最近新たな者を配下として加えたと聞くが…」

「私の“騎士”のことでしょうか?」


 ウィズダムの目がキラリと光った。


「男…であるか?」

「あら、そうだとしたらどうなのです?」

「いや、特にどうということではない。そこはお主の自由だろう。ここだけの話、“王”もその“騎士”のことを気にしてるのであるが…」


 ウィズダムが困ったという風に、顎髭をさする。


「……抜けだしそうですか」

「……抜け出しそうである」


 ウィズダムがため息をつき、天井を見上げる。


「仕事漬けにするからですよ」

「先代の威光が強すぎた分、現”王”が民衆全ての支持を得るには、実績が必要なのである。こうでもしないと、動きだしたら止められないのである」


 ユズカは、淑女スマイルを微塵も崩さず、


「では、頑張ってください」


 とりあえずエールを送っておいた。


「待てぃ。少しでよいので“王”のガス抜きをしてやってはくれぬか?」

「私も多忙ですから」

「む、さては帰ってその男とちゅっちゅする気であるな!? いかん! いかんぞ! お主の家は孤児院。子供達に悪影響を与えぬようにするのも務めであろう。良いか? 子供というのは、近くの大人の影響を色濃く受けるもの。まあ、お主の年齢からすると、男女の関係というものも多く経験する頃であろうが、やはりそこは分別をわきまえるのは非常に大切なことである。ワシの幼き頃は、今と比べるべくもなく羅刹な時代であった。そんな中でも生き抜き、今の地位へと昇り詰めることができたのは、一重に尊敬する師の存在あったからこそである。つまり―――」

「あ、知将軍殿、少しお尋ねしてもよろしいかしら?」


 ユズカは、淑女スマイルの一声で説教の流れを断ち切った。


「む、なんであるか? まだ話は―――」

「1週間前、“カナリス”のシュテルンヒルトが、南エリアに寄港していましたね」

「ああ、そういえば定期物資のお届け時期であったな。“ジャバルベルク”のコーンで作ったスープはやはり美味であるな。おっと、それよりもまだ話は―――」

「その周辺に妙な人影がある、との噂を耳にしましたがご存じですか?」

「いや、それについては知らぬな。しかし単なる噂であろう? “知の猟犬”からの情報も入ってきておらん。む、いかんいかん。で、話の続きであるが―――」

「わかりました。どうやら私の勘違いのようですね。お時間とらせてしまいもうしわけありませんでした。では、これにて」


 ユズカが、目を伏せ、軽めのお辞儀で別れを告げた。

 つられて、うむ、と見送ったウィズダムであったが、ユズカが去った後、


「―――むう、逃げるのがうまくなったであるな」


 ちょっとしょんぼりしていた。




 日時は、朝から少し進んだ時間帯。

 朝と昼の中間で、どちらかと言えば昼に近い。

 リヒルの姿は公園のベンチにあった。

 少しそわそわしているのか、足をぶらつかせている。

 周りを見ると、親子連れやローラーのついたボードによる技を磨く芸人の姿まで様々。

 しかし、そんな中でもリヒルの姿は意外と目立つ。

 少し背伸びして着飾ってきたこともあるが、それよりも理由として強いのは、


 ……やっぱり、金色の髪って目立つんですかね?


 待ち始めてから、10分もしない内に、何人かの男に言い寄られたが、“用事があるので”と、袖から手榴弾をのぞかせて笑顔で応じると、汗を浮かべた苦笑いで去って行った。


 ……最近、物騒ですからね。


 女の子の防犯グッズは、携帯必須である。

 まあ、スカートや袖のなかに合計10個も手榴弾を忍ばせていれば、うれいはなしというもの。


 ……テンちゃん、留守番できてるかな。


 リヒルは物心ついた時には、孤児院にいてシャッテンと一緒に育った。

 本当の親は知らない。

 どちらにせよもう会えないだろう。


 ……気にはしてませんけど。


 しかし、リヒルにとっての親というのは、当時の孤児院長である夫婦だった。

 かなり年老いていたが、癖のあった当時の子共のいずれも差別することなく、優しく、厳しさを持って育ててくれたものだ。

 ユズカやアインもお世話になったと聞く。

 その老夫婦が亡くなり、孤児院の経営は同じ孤児院出身であった男の子が継いでいる。

 しかし、経営をするには若すぎて、ノウハウも完全ではなかった。

 ユズカも協力はしてくれてはいたが、その頃は“魔女”の称号を持ってはいなかったため、自分のことでも苦労していた。

 いろいろと苦しい中にいたころ、同じ孤児院の出身であった人物が協力してくれた。


 ……戻ってきてくれたんですよね。

 西において、その名を知られる“Sコード小隊”。

 当時“S3”となり、絶大な地位を得て、アイン=ヴェルフェクトは5年の歳月を重ねて帰ってきた。

 アインは、まず孤児院の運営における最大の問題を解決した。

 金銭面での問題である。

 現在でこそ、“魔女”であるユズカ、“両翼”であるリヒルとシャッテンの地位的な活躍において、金銭問題は完全に払拭されたが、あの頃のアインの助けがなければとっくに潰れていたかもしれない。


 ……自分の呼び方が“俺”から“私”に変わっていたのは、最初の驚きでしたね。


 彼の本質は、いつも変わらない。

 孤児院にいたころから、人一倍他者のためになろうと走りまわっていた。

 自分より年下の面倒見もよく、一緒になって遊ぶ童心も持っていた。

 人気者だったが、彼はそれにおごる事もなく、周囲と対等に扱われることを望む、真っ直ぐな人。

 いつしかリヒルの中で、アインの存在は、とても大きなものになっていた。


 ……でも、いつも妹扱いしかしてくれないんですよね…


 もう、と1人不満げに溜息をついた。

 セットが乱れてないか、髪先を気にしながら、少女は待っていた。



「―――なぜ、木の上なんだ?」


 エクスは視線を動かさず、隣にいるシャッテンに問いかけた。


「…癖」


 無口気味の少女は、リヒルをガン見しつつ、答えた。

 2人が潜んでいるのは、リヒルのいる場所から500メートル程離れた位置にある、巨大な樹木。

 公園に植えられた数10本の内の1つだ。


「…静かにして見張って」


 シャッテンはそれっきり喋らずに集中する。

 完璧な張り込み体勢である。

 対してエクスは、本来の目的である周辺の地形観察を行っていた。


 ……なるほど、“中立地帯”とはだいぶ違うな。


 “中立地帯”は、それこそ文化が自然に同化している印象を受けた。

 元あるものと共存しての文化圏をつくっていたといえる。


 ……西は“統一”という形を成しているようだ。


 見る先には、巨大な横長の建物があった。

 周辺の建物とは一線を画す煌びやかさを持ち、昼前であってもその存在が強く固辞され続けているのだ。

 “王宮”という言葉を、木の下を行く人々から時々聞く。


 ……“王”か。


 西国における絶対の存在。

 どれほどの人物なのか。


 ……交通網の整備、建造物も俺のいた時代に近い物があるな。


 というよりもほぼ同じだ。


 ……さすがに浮遊する車両はないようだが。


 未来への建造物の技術はここから派生しているのか、と考えていると、


「―――来た」


 とシャッテンが呟いた。

 見ると、リヒルに近づいて行く男の姿があった。


「あの男か」


 そう、とシャッテンが動かずに答える。


「……アイン=ヴェルフェクト…」



「すまない。いつも待たせてしまっているな」


 と、少しバツの悪さを含めた笑みと声が来た。


「―――え?」


 少し考え込んでいたリヒルは、反応が少し遅れるも、いつもの笑顔を浮かべ、ベンチから立ち上がった。


「あっ、すみません。ちょっと、ぼーっとしちゃってました。お久しぶりです、元気そうでなによりです」


挿絵(By みてみん)


 見る先には、精悍な顔つきの青年がいた。

 活動を意識した、柔らかなショートヘア。

 着ているのは、標準的なジャケットで銀色のピアスを左耳にだけつけている。


「もしかすると、かなり待っていたのか? それだったらすまない」

「いえいえ~、気にしないでください。こっちも突然連絡して悪いなって思ってるくらいですから」

「リヒルの頼みだ。多少の無理はきかせるさ。…少し、背が伸びたな。大人に見えるぞ」

「最後の一言は余計ですよ。もう大人です」


 からかわれ頬を膨らませるリヒル。

 対してアインは、ははは、とさわやかに笑って応じる。

 つられて、リヒルも微笑んだ。

 自然な笑みだ。

 会うだけで、2人の間には笑みが満ちる。


「あ、少し早いですけど、お昼ごはんにしませんか?」

「ああ。そうだな。実は朝食もまだだった」

「そうなんですか? お弁当作ってきたんですけど一緒にどうですか?」

「リヒルの手料理も久しぶりだな。ありがたくいただくよ。…さすがに今度は、金属は入っていないな?」

「も~! あれはずいぶん前の話ですよ!」


 リヒルは、顔を赤くする。

 それを見てアインは、また笑った。


「すまないすまない。悪気はないんだ、許してくれ。ここは少し暑いな。あそこの影で休むとしよう」


 と、アインは500メートルほど先にある樹木の木陰を指差した。

まだ続く


”S1”アイン=ヴェルフェクト登場。

悩めるイケメンである。

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