5-4:デート”強襲” ●
快晴の朝。
色とりどりの花が咲き誇る場所があった。
孤児院の庭園だ。
夜に少し雨が降ったため、花がところどころ朝露を光らせている。
湿度もほどよく、少しの寒さも涼しさに感じられる。
そんな場所に、1人の男が立っていた。
エクスだ。
「……」
少し足を開いた直立姿勢。
不意に動きを繰り出す。
拳を2,3突き出したかと思うと、すぐに反転し返しの肘を後方の空間に打ち込む。
その流れで、膝を打ちあげ、そのまま蹴り上げの動作をとる。
最後に、
「……っ」
腰の後ろからナイフを振り抜く動作を加えた。
瞬時に逆手持ちに切り替え、回転するように薙ぎ払う。
動作だけではあったが、傍目からは見えないナイフを持っているかのように見える。
それだけ洗練された完全な動きを成立させていた。
「……はぁ…」
“動”から“静”へと意識を切り替えたエクスは、一息を吐く。
トレーニングを始めて、かれこれ2時間近く経つが、未だに呼吸に乱れなし。
……思ったよりもなまっていないか。
昨日は、はっきりと感じて仕方なかった肩の痛みも、今は、ほとんど感じない。
おかげで、動きにも柔軟さが増してきている。
いろいろ確認できたところで、エクスは再び溜息をつく。
そして、
「いつまでぶら下がって見ている気だ?」
背後にある。適度な大きさの樹木に対して声を飛ばした。
正確には、その枝に足をひっかけて、蝙蝠のようにぶら下がっているショートヘアの少女、シャッテンに対してである。
「…見張ってる」
シャッテンはシンプルに返してきた。
というより、
……こいつは、あまり喋るのが得意ではないらしい。
目覚めてからすでに1週間。
この孤児院に軟禁状態であることに加え、四六時中張り付かれていたためか、シャッテンの人間性のようなものが自然と目につくようになった。
歩けば後ろをトコトコついてくる。
食事をとればテーブルの反対側から、じっと見てくる。
庭でトレーニング中、孤児院の子供達が寄ってくると、一緒になって遊んでいる。
若干の敵意は感じるものの、それは特に強いものでなく、どこか無垢なものだ。
すなわち、
……子供のようだ。
だが、情報の漏えいに対しては警戒するよう、やはりユズカに釘を刺されているらしかった。
……“ヘル・ライクス”を使っていたのはこいつだったな。
未来において、主戦力であった“ライクス・シリーズ”。
数多の改良パターンを見て来たが、近接戦闘性能を極限まで向上させた“ヘル”と砲撃殲滅性能を重視した“ヘヴン”のカスタムプランについては、
……ライネだけが考案していた特殊仕様だったな。
その内の1機が、目の前で逆さまになってこちらに半目の視線をよこしてくる少女の乗機になっている事実。
……今は下手には動けん、か。
改めて、シャッテンを観察する。
服装こそいつも代わり映えしない、極端に袖の長いもの。
丈も長いが、動きやすさを重視してるのか腰まで切れ込みのようなスリットが見られる。
だが、その中で特に疑問に思う事がある。
……あれだけの武器をどこに隠しているんだ?
これについては、今では深く考えないようにしている。
ある意味、暗器格納に関する延長技術の1つだろうと無理やり納得していた。
「……ふぅ…」
エクスが一息吐き。休憩した。
すると、
「―――あ、エクスさん。こんなところにいたんですか~」
別の声が来た。
間延びした声。
その相手が誰であるかは、振り向かずともわかった。
「リヒルか」
と振り返ると、エクスは首をかしげることになった。
「いつもと違うようだな」
言う先には、リヒルがいた。
だが、雰囲気はだいぶ違っていた。
腰まであった長髪が、背中あたりまで切りそろえられ、普段からかかっていたウェーブもさらにふわりとしている。
服装も、胸下にあるリボンから柔らかい生地が全体だが、リヒルのスタイルとにこやかな表情も手伝って、無邪気かつ清楚な色っぽさを感じさせる。
……こいつは、“ヘヴン・ライクス”を使っていたな。
砲撃殲滅性能を重視した“ヘヴン・ライクス”。
“ヘル・ライクス”との連携行動を前提としたカスタム機。
よほどの連携技術を有していなければ、運用が難しいとされた両機だが、この2人が前に見せた連携を考えると、適任ではないかと、考える。
だが、ふと、
……適任…だと?
自分の考えに疑念を抱いた。
仮にも敵としての立場にある相手に、未来世界から渡ってきた機体を使われている。
利用されているかもしれない。
その目的もなにもかもが明確に見えない現状であるというのに、
……こいつらが“ヘル”と“ヘヴン”を使う事を、俺は認めてしまっているのか?
“ヘル”と“ヘヴン”はエクスのものというわけでもない。
同じ未来から来たもの、という意識があるだけ。
だが、未来から来た者達と未だ遭遇できない中、少しでもそれと繋がりを持つ者達が目の前にいるという事実。
……なんだ、これは…、感情の1つか?
虚しさでもなく、嬉しさでもない。
その中間に位置するもの。
ふと、ユズカに言われた事を思い出した。
“1人ぼっち”
1人。
未来の果てに、訪れる結末を知る者。
この過去の世界にエクスを真に知っている者はいない。
孤独。
取り残された存在。
生きる目的を得たと思い、ここまで来た。
……これが、寂しい、という感情か…?
人は、繋がりを欲する。
1人のままでいい、と思っていたのはずいぶん昔で、別人の考えであったように思える。
「―――エクスさーん。もしもーし」
エクスは、ハッと我に返った。
気づくと、リヒルがこちらの顔を下から覗きこんでいた。
「考え事ですか? なにか悩んでるみたいでしたけど~?」
……どうしたんだ。俺は…、警戒もなく考えにふけるなど…。
自分の腑抜けっぷりに、少しばかり不愉快になる。
「お前には関係ない…」
そうですか、とリヒルは特に気分を害した様子もなく、笑顔になり、
「あ、見てくれました? この格好」
そう言って、1回身体を横に一回転させた。
スカートと髪が、空気の流れに乗り、ふわりと舞う。
「それがどうした?」
「も~、不自然じゃないかどうかしっかり確かめてくださいよ~。これから勝負なんですから」
●
勝負、と言われエクスは半ば反射的に考える。
戦闘においては、やはり動きやすさと、装備積載を両立できるものが理想的だ。
「戦いか。なら、その服はきれいすぎる」
「やっぱりそうですか! 1時間ぐらい悩んだんですよ~」
スカートは避けた方がいい、と言おうとして、ふと己の認識を見直しもする。
……スカートの内側に暗器をしこむというならいい選択かもしれん。
見た目からも油断を誘えそうだ。
……そして、近づいてきた愚かな敵を一撃で仕留める、という戦略か。
そうであるなら、リヒルはそれなりに策士であると評価する。
「お前は、この後の勝負の基本を理解しているのか?」
「もちろんです!」
リヒルの表情には気合いが入っていた。
意気込みが感じられる。
……それを考慮した服装、というわけか。
「十分だろう」
素直に褒めた。
●
「……リヒル。まさか、あいつに会いに行くつもりなの…?」
いつの間にか枝から降りて来ていたシャッテンが、リヒルに歩み寄った。
「あ、テンちゃん? どう似合ってる? 変じゃないかな~?」
「…変じゃない。すごく、かわいい…」
頭1つ分ぐらい違うため、シャッテンが見上げる形になっている。
「久しぶりだから、ちょっとね~」
リヒルは、恥ずかしいのか少しばかり顔を赤くする。
そこで、エクスは気づく。
……服の背面から暗器が飛び出しそうになっているようだが。
リヒルには見えない位置。
すなわち、シャッテンの服の背面。
内側からわずかにだが、いくつかの尖りを見せている。
どこか飛び出すのを抑えているようである。
「じゃあ、行ってくるから、お留守番よろしく~」
「…うん、気をつけて」
小さなバスケットを持ち、表の門を通って出て行ったリヒルを、2人は見送った。
そして、その姿が見えなくなると、
「…追いかける」
シャッテンがそんなことを、呟いた。
「なに…?」
「…あいつが、リヒルに変なことしないか、見張る」
「俺の見張りをするんじゃなかったのか?」
「…それもやる」
「どうやってだ?」
「…エクスも一緒に来る」
「断る」
スイッチオン。
『―――“屈せよ”』
電撃炸裂。
「ぐおおぉぉぉ…!?」
「…逆らうの禁止」
「私用で、それを使うんじゃない…」
地面に片膝をつきつつも、利点も考える。
……少しだが外も知れる、か。
“西国”がどのような地形的特徴を持っているのか、少しでも把握しておくことはプラスにも働くだろう。
「……仕方ない。行く」
こうして、エクスは、シャッテンのわがままに付き従う形で、リヒルを追うこととなった。
スコーシ、長め