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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
124/268

5-3:”S”コード小隊 ●

 体格のある強面の男がいた。

 Sコード小隊、副隊長を務める通称“S2”と呼ばれる男だ。

 本名は別にあるが、仕事上ではこちらの名称で呼ぶよう、周囲にも伝えている。

 プライべートと仕事は、しっかりと分ける性格ゆえだ。

 その彼が見つめるのは、巨大なモニター。

 映っているのは空だ。

 しかし本物ではなく、仮想の空。

 設定条件は、快晴。障害物なし。

 そして、なにより注目すべきは、その仮想の空を縦横無尽に飛び回り、戦闘機動をとる2つの機影だ。


「―――どうでしょうか。S2さん。“スレイヴニル”と比較して。とはいっても、運用コンセプトを変更したので、別の機体になっているとも思うのですが…」


 S2に声をかけるのは、隣でモニターを見上げる作業服を着た女性。

 S2の体格が大きいためか、頭2つ分も小さい彼女は、まだ若い。

 どちらかといえば少女に近い。

 成人はしているが、それでも顔立ちには幼さが残っている。

 キアラ=アルティザン。

 浮遊機関小型化の技術開発に成功した第一人者にして、“スレイヴニル”“アキュリス”の開発主任だ。


「“スレイヴニル”よりも戦闘向きに調整出来ていると確信できる。柔軟性は落ちているが、それでも戦闘には影響しにくい。むしろ、実戦なら突出した特性は利点にできる。率直にいうなら見事なといえる。この“アキュリス”は」


 それを言うS2の表情には、さほど変化はない。

 過大評価などではなく、正直な感じたままの意見だ。

 空中で高機動戦闘を繰り広げる2機。

 新たな鋼の翼を得た“スレイヴニル”の後継機“アキュリス”。

 “スレイヴニル”は、脚部に浮遊機関を搭載していたため、損傷による戦闘力の低下が起こりやすいのが問題点であった。

 元々空戦試験用であったため、その点が考慮されていなかったわけだが、予期せぬ戦闘の発生によってそれが発覚したのは、少々皮肉である。


「む、被弾か」


 と呟く、S2の視線の先。

 片方の“アキュリス”が持った、特殊な形状のライフルが放った射撃が、相手側の“アキュリス”の胸部に突き刺さるのが見えた。


 ……“スレイヴニル”ならこれで墜ちるが…


 被弾した“アキュリス”は、まだ動いた。

 “スレイヴニル”と比較して、各部の装甲強度も向上しているため、持ちこたえている。


 ……この差は大きいな。


 “アキュリス”のシルエットで特徴的なのは、やはり背面にある浮遊機関とジェットブースターのハイブリットユニットである。

 “スレイヴニル”が、脚部を中心に柔軟な機動をとっていたのに対して、“アキュリス”は背面のユニットから加速力を武器にした機動力を生み出す。

 つまり、『風を渡る』“スレイヴニル”に対して、“アキュリス”は、『風を切って奔る』ことをイメージした設計だ。

 スピードも、以前とは比べものにならない。


 ……この短期間で、この構想へと転換させたのはさすがだ。


 と、S2が見る先で、


「―――終わりか。これで10戦終了だな」


 被弾していた“アキュリス”が、追撃を重ねられたことで撃墜された。

 仮想の空に、架空の爆散による炎が広がった。

 すると、


挿絵(By みてみん)


「……っ」


 キアラが、少しおびえるように、身を堅くしていた。

 S2はその理由もわかっている。


 ……お節介かもしれんが…


 とりあえず、この場での年長者であるので、若者の感情に気を配るのも1つの義務と考えている。


「キアラ」

「え? あ、はい。なんでしょうか…? 改善点とかありましたら、何でも―――」

「そうじゃない。……S3が心配なら、しっかりと話せ」

「あ、いえ…それは、ちょっと……」


 S2にも娘がいた。

 キアラ程ではないが、年頃なので、いろいろと相談に乗る事もある。

 恋愛関係などの話された時は、相手の男について職権乱用で調べそうになったが、そこは妻に笑顔の鉄拳で止められた。

 まあ、そんなこんなで男女の関係というものには、世話も焼きたくなるのである。


「すれ違いがあったのは知っている。だが、そこで止まっていると、後から後悔するかもしれん。あいつは若い。だが、若いやつほど長生きしにくい役割を担っているのも事実だ」


 Sコード小隊。

 “西国”において、トップクラスの戦闘力を有する3人。

 3大戦力とされる“魔女”“最速騎士”“知将軍”とは、また異なる独立した戦力である。

 主な役割は後方での技術開発協力となっているが、時折重要な任務を請け負う場面などもあり、戦闘と無縁ではない。

 むしろ、大きな戦場の展開もない昨今では、前線の兵士達よりも殉職のリスクが高めになっている。


「それは…わかってます」


 キアラはうつむきながら、データ書類の入ったファイルを胸の前で抱きしめる。


「でも…なんて話せばいいのか、まだわからないんです…」

「それで自分の工房にトラップ仕掛けてまで面会謝絶というわけか。S3の奴が、軽く死にかけた、と言っていたぞ」

「あ、あはは…」


 キアラが、苦笑いしながら顔をあげる。


「じゃ、じゃあ私、貰ったデータを分析し直すので、今日はお先に失礼します。ありがとうございました」


 言うなり、キアラはそそくさと小走りでその場を後にした。


「無理をするな。……S3から、そう伝えろ、と言われている」

「はい。…ありがとうって、伝えてもらえますか?」

「それはこちらの役目ではない」


 むぅ、と少し足を止めたキアラだったが、やはり最後は何も言わずその場を去って行った。



「―――ああ、くそ! また負けかよ!」


 と、S3はシュミレーターから出るなり、声をあげた。


「どうしてお前は、すぐに近接兵装を使いたがるんだ? “アキュリス”は高機動射撃戦を想定しているんだぞ?」


 と、外で待っていた若い男が言った。

 小隊長のS1だ。


「うるせぇ。隊長殿と射撃戦なんざ、俺が負けるに決まってんだろ。だからこっちも得意分野で勝負したんだよ」

「10戦中8回負けてるぞ」

「2回勝ってんだろ」

「どちらも砕けた刀身で受けた偶然の被害ばかりだが?」

「へ、隊長さん。運も実力の内って言葉もあるんだぜ?」

「すまんな。2割の偶然に期待するより、確実な8割派だ。とはいえ…そうだな。私もまだ未熟ということか。まぐれの勝ちを2回も与えてしまった。実に、ああ残念だ」

「おい、根に持ってんな。変なとこで器小せぇぞ、隊長」


 腕を組んでうなだれるS1に対して、S3は半目で腰に手をやっていた。

 すると、


「―――今日の模擬戦日程は終了のようだ。いいデータが取れたと開発主任も満足していたぞ」


 S2が来た。

 その姿をみるや、いなや、


「あ! おい、キアラの奴はまだいんのか!?」


 S3は、S2に声を飛ばした。


「いや、もう帰った」

「くそ! 今日もかよ…」

「今から追いかければ間に合うかもしれんぞ?」

「いや、無理だな。今頃、超ダッシュしてるぜ。そのままトラップ館に引きこもりだよ、あの女」

「まったく、その様子ならもう怪我の完治は疑いようもないな」

「心の傷の治療がまだなんだよ。とりあえず、この後完全装備で、トラップ館攻略に挑まなけりゃなぁ」


 S3が溜息をつく。

 その様子をうかがっていたS1が、疑問符を浮かべた。

 そして、S2に尋ねる。


「S3と開発主任がどうかしたのか?」


 ん?、とS2が応じる。


「まあ、痴話げんかのようなもんだ。少し事情が複雑なようだが」

「詳しいな」

「お前が疎いだけだと思うが?」

「その辺の事情は、当人達の問題だろうと思っている。それに私は男女の恋愛といったものには、全く無縁だ。機微が分からない以上、お節介になる資格も持ち合わせてはいない」


 よく言うぜ、という声が聞こえた。

 S1が振り返るとS3から、半目の視線を向けられていることに気づく。


「隊長さん、あんた自分がどれくらい有名かわかってねぇだろ?」

「わかってないもなにも、その通りだろう」

「それがわかってないって言うんだよ。情報誌とか読まねぇのかよ?」

「……そういえばあまり読んだことないな」

「騒がれてんぞ。あの“両翼”の片割れと熱愛中とか、なんとか」

「なに?」

「全く、隅におけないよな。金髪が好みか? その点は同意だぜ」

「待てS3、なんの話か分からん」

「とぼけんなって。前に街を2人で歩いていたところ目撃されてんぞ。それはどうなんだよ?」

「あれは、単に子供用の服を買いに行くのを手伝っていただけだ」

「子供!? もう結婚してたのかよ!? いつからだ、この野郎! 爆破されろ!」

「お、落ちつけ!? なぜ掴みかかるんだ!?」


 もみ合う2人の様子を見ながらS2が溜息をつく。

 若干の微笑で助け舟を出した。


「そこまでにしておけ、S3。そういうのじゃない」


 あぁ?、とS3の視線がS2へと向けられる。


「じゃあ、なんだよ?」

「S1は孤児院出身だ。今でも仕送りをしている。給金の大半をな。その関係だ」


 S3の視線が、戻る。


「…マジかよ?」

「ああ、そのとおりだ。西の情勢は、復興の傾向があるとはいえまだ不安定だ。裏では孤児の数も増えつつあるのも現状だからな。俺がいた頃よりも受け入れ施設の経営は拡大している」


 ため息をつく。


「今の役割がある以上、孤児院の運営に直接関わることはできない。私ができるのは金銭面での補助ぐらいなものだ」

「そうかそうか。隊長さんも大変だな。って、肝心の話が済んじゃいねぇぞ! どうなんだよ、“両翼”の片割れとの関係は!? スキャンダルまっしぐらだぞ、オラぁ!」

「お、落ちつけ! 彼女とは、恋愛とかそういう関係じゃない」

「彼女じゃない!? じゃあ、嫁か! 結婚前提か!」

「どうして世間一般は、男女が2人で歩いているだけで恋仲と決めつけるんだ!?」

「じゃあ、なんだ! この場ではっきりさせろや!」

「リヒルは、同じ孤児院出身の後輩で、幼いころから私が兄のようなものだった。それが今でも続いている。それだけだ」


 言われ、S3はしばらく半目で考えていたが、一応納得したのか掴みかかっていた手をの力を緩め、S1を解放した。


「なんだ。それだけかよ」

「ああ。理解したか?」

「本当にそれだけかねぇ……」

「どういう意味だ? 私はそれだけだと言っただろう? 嘘は言わん」

「いや、隊長殿の考えはそうだろうがよ……、ま、いいか。んじゃ、俺は先にあがらせてもらうぜ。トラップ館との勝負が待ってるからよ」

「ああ、がんばれ」


 へっ、と鼻で軽く笑いをとばすなり、S3はその場を早足で後にした。

 その姿が完全に扉を向こうに消えた後、S1も近くにあった自分用の荷物を肩にかける。


「では、私も用事がある。S2、後を頼んでいいか?」

「まかせろ。……リヒルとの約束か?」

「よく分かったな?」

「お前の用事と言えば、だいたいそれだからな」

「お見通しか。また子供用の服が不足してきていてな。買い出しの手伝いを頼まれた。時間もあるから、付き合ってくる」


 そう言いS2の横を過ぎようとして、


「…アイン」


 本来の名前で呼びとめられた。


「…なんだ、ラルフ」

「女ってのは、思ってるよりずっと早くに大人になっているものだぞ」

「…? なんの話だ?」

「いつまでも子供扱いするもんじゃないってことさ」


 ああ…?、と曖昧な返事をして、S1―――アイン=ヴェルフェクトは、シュミレータールームを後にした。

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