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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-2:管理された”騎士”【Ⅱ】

 エクスは、睨み返した。


「…一応聞いてやる」

「まず、私の管理下に置かれなさい。“騎士”としてね。無茶は言わないわ。人体実験も、技術協力もしなくていい。ただ生活するだけ、簡単よ?」

「貴様に従え、ということか…」

「そうね。ま、拒否させる気はないけど」


 ユズカが、自らの唇を人差し指で軽くさすり、その指を流すようにエクスの首に巻かれたチョーカーに伸ばす。


「分かるわね? あなたを抑え込むなんて、子どもを倒すよりも容易いこと」


 エクスには分かっていた。

 この女は、こちらの拒否権を封じた上で話している。

 受け入れることが前提。

 交渉に真似て確認させるのは、あえて考えさせ、別の道がないことを自覚させるためだ。


「……2つ目はなんだ」

「待つこと。その間、忘れること」

「なにをだ?」

「ライネこと。未来の事、一切を」


 エクスは、言われた言葉の意味が分からなかった。

 1つ目は、エクスを従わせるためのもの。

 2つ目は、エクスから一時的に目的から目を背けさせる事。

 だが、


 ……なんの意味がある?


 結果的に、エクスは何も奪われてはいない。

 労働、技術協力、人体実験などを強制させるわけでもない。


 ……なぜ、そんな曖昧な条件を出す?。


 首輪をはずせれば、従う必要もなくなる。

 忘れろ、というのもエクスの意思しだいでどうとでもなる。

 あまりに、不可解な条件だった。


 ……どうする?


 ユズカは微笑を浮かべたまま、体勢を崩していない。

 エクスの身体にはすでに、力が戻っている。

 だが、動こうとはしない。

 状況の整理ができていない。

 相手の言葉の裏になにかが隠れていないかを探ろうと、思考を巡らす。

 しかし、答えはでない。


「受け入れなさい、エクス=シグザール。そうすれば、気が楽になるわよ?」

「貴様は―――」


 何者だ、と言いかけた、その時、


「―――へッ!?」


 音がした。

 中身の入った紙袋が床に落ちる音だ。

 エクスと、ユズカが同時にその方向を見る。

 開かれたドアの外に立っていたのは、金髪ウェーブの少女。

 リヒルだ。



 ……落ちついて考えましょう。


 リヒルは、努めて冷静に状況を把握しようとした。

 簡単だ。

 見たままではないか。


 ……ユズカさんが、エクスさんをベッドに押し倒して、服を脱がして、ユズカさんも胸出して、抱きついて、“受け入れなさい”ってことは―――


「お、お2人とも、おおおお落ち着いてくださーいいいいっ!?」


 リヒルが、目をグルグルさせ、混乱のまま手を上下に振り乱す。


「貴様が落ち着け」「貴女が落ち着きなさい」


 原因を作り出した2人から、冷静に告げられリヒルが若干の平静さを取り戻す。


「そ、そうですね…! 落ち着きます、私…!」


 深呼吸後を数回繰り返した後、えーっと、と少し赤らめた頬に手を当て、


「だ、ダメですよ、ユズカさん! いろいろ思うところあるかもしれませんけど、えっと…その、そこまで自由気ままにされるのは、そのどうか、と!?」


 赤くなっているリヒルを見て、ユズカは意地の悪い笑みを浮かべた。


「あら~、それじゃ何を言いたいのかわからないじゃない? はっきりと言ってみなさい、リヒル。あなた、そんなに言葉数少ない子だったかしら?」


 へぇッ!?、と声を上ずらせ、身を堅くしたリヒルは、手の指先を胸の前で合わせ、考え込む。

 そして、


「その…えっと、ですね。その…ここで、こーおおっぴろげに、するのは、…どうか、と。子供達が来たら…、ほら、ドア開けっ放しでしたし…」

「ドア開けっ放しだと、問題あるのかしら? ここ私の部屋だけど?」

「い、いえ、ドアのことではなくてですね…」

「じゃあ、何かしら?」

「その、…え~、ですから…、ごめんなさーい! お邪魔しましたーーーー!!」


 耳まで赤くしたリヒルは、その場から逃げだした。

 落とした荷物はそのまま残して。



「子供達…?」


 エクスが、リヒルの言葉に疑問を抱く。

 それと同時に、ユズカもエクスに乗せていた自身の身体を下げ、ベッド外に立った。


「起きなさい。痺れは、ほとんど消えてるはずよ」

「……気づいていたか」


 エクスもまた身体を起こした。

 そして、自身のシャツのボタンをかけ直す。


「よくも私のシャツのボタンを飛ばしてくれたわね」

「抵抗するからだ」

「あら、女を抑えつけて満足するタイプなのかしら?」

「貴様を女扱いなどせん」

「ま、いいけど」


 と、そんな会話をしていると、廊下側から何かが高速で駆けてくる音がするのに気づく。

 そして、それはすぐにやってきた。

 低い姿勢と俊足で、部屋に飛び込んできた人影は、ユズカの前で止まり、エクスに対して立ちはだかるように構えた。

 素早い挙動にも関わらず、全く息を乱していない小柄な存在は、切り揃えたショートヘアの少女。

 シャッテンだった。


「…エクス、起きてたの…?」


 言うなり、シャッテンの袖口から長い鉤爪が飛び出す。


「…リヒルやユズカさんに、なにしたの…?」


 小さな声で、威嚇するように構えるシャッテンの頭に、ユズカが笑顔で手をのせる。


「はいはい、シャッテン。何もないからね。安心しなさい」

「…でも、リヒルが、顔を真っ赤にして、半分泣きながら走っていった…。エクスは、やっぱり危ない人」

「じゃあ、はいこれ」


 と、言って、ユズカはシャッテンに何かを握らせた。

 それは、手の平大の音声記録装置。


 ……まさか…!?

「シャッテン、スイッチオン」


 シャッテンが頷き、躊躇なく装置を起動。


【“屈せよ(ヒューヴェイ)”】


「ぐ、おおおおぉぉ…!?」


 電撃が走り、エクスが膝から身体を落とした。


「大丈夫って分かった?」

「…うん、分かった。安心」


 笑顔のユズカに、シャッテンが安堵の息を吐く。


「き、貴様ら……!」


 痺れているエクスは、無視された。


「いい、シャッテン? それを預けるから、今からエクスの見張り役をすること。これは大事なお仕事。できる?」


 子供におつかいを頼むように、ユズカは人差し指をたててそう言った。


「うん。できる」

「エクスが逆らったら?」

「押す」


【“屈せよ(ヒューヴェイ)”】


「ぐおおおおおおおおッ!?」

「あと、音量で強弱調整できるから、慣れて来たらだんだん強くするようにね」

「わかった」


 シャッテンは頷いた。

 ユズカは、床で動けなくなっているエクスを見て、


「じゃあ、この建物のことを紹介してあげる。さっさと立ちなさい」

「く…、この―――」


 エクスが、悪態をつこうとした時、


「―――わ、にーちゃんのめがさめたー」


 幼い声が聞こえた。


「あら」


 と、動いたユズカの視線を追い、ドアの外に目をやる。


「―――むきむきだー!」

「―――めつきわりー」


 舌足らずの言葉で、言いたい放題な小さな存在がそこにいた。

 子供。

 それが数人。

 まだ年端もいかない子供達だ。

 男女問わず、小さな体で覗き見の真似事をしながら、はしゃいでいる。


「もうお勉強は済んだのかしら?」


 ユズカが、柔らかい笑みを浮かべ、1人に話しかけた。


「おわったー!」

「このあと、みんなであそぶのー」

「おにごっこ! おにごっこ!」


 話しかけたのは、1人であるはずなのに、子供達は我先にとユズカの問いに体いっぱいで応じる。


「そう。でもここは取り込み中。遊ぶのは向こうでね。わかった子は返事」

「「「「「はーい」」」」」


 痺れが抜けてきたものの、エクスは状況が飲み込めず呆気にとられていた。


「どうしたの? 子供がそんなに珍しいかしら?」

「ここは、教育施設なのか…?」

「違うわ。ここは孤児院よ。身寄りのない子を引き取って、世界で生きて行く力を身につけさせる場所。そして、―――私が育ったところ」


 ユズカの最後の言葉に、エクスは胸の内に少しだけ引っかかりを覚えた。


「改めて言うわ。エクス=シグザール。ようこそ、“西国”へ」


 妖しくも、美しい“魔女”によって、エクスは西の地に降り立つことになった。

 相手の真意も、これからどうするべきかも、見えてはこない。

 “魔女”の“騎士”。

 それだけが、今のエクスに与えられた居場所であった。


「―――ゆずかねーちゃん、おっぱいみえてるぞー」

「―――おとこのこは、おっきいほうがすきなのー?」

「―――ひんにゅーは、“すてーたす”なんだぞー!」

「―――きょにゅーは、ろまん!」

「―――じごだ。じごー」


 エクスにとって、未知の単語が数多く飛び交う。


 ……ここの教育レベルは、かなり高等なものらしい。


 エクスは内心、そういう認識に至った。

2話終了。

次回予告:エースの日常。

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