5-2:管理された”騎士”【Ⅱ】
エクスは、睨み返した。
「…一応聞いてやる」
「まず、私の管理下に置かれなさい。“騎士”としてね。無茶は言わないわ。人体実験も、技術協力もしなくていい。ただ生活するだけ、簡単よ?」
「貴様に従え、ということか…」
「そうね。ま、拒否させる気はないけど」
ユズカが、自らの唇を人差し指で軽くさすり、その指を流すようにエクスの首に巻かれたチョーカーに伸ばす。
「分かるわね? あなたを抑え込むなんて、子どもを倒すよりも容易いこと」
エクスには分かっていた。
この女は、こちらの拒否権を封じた上で話している。
受け入れることが前提。
交渉に真似て確認させるのは、あえて考えさせ、別の道がないことを自覚させるためだ。
「……2つ目はなんだ」
「待つこと。その間、忘れること」
「なにをだ?」
「ライネこと。未来の事、一切を」
エクスは、言われた言葉の意味が分からなかった。
1つ目は、エクスを従わせるためのもの。
2つ目は、エクスから一時的に目的から目を背けさせる事。
だが、
……なんの意味がある?
結果的に、エクスは何も奪われてはいない。
労働、技術協力、人体実験などを強制させるわけでもない。
……なぜ、そんな曖昧な条件を出す?。
首輪をはずせれば、従う必要もなくなる。
忘れろ、というのもエクスの意思しだいでどうとでもなる。
あまりに、不可解な条件だった。
……どうする?
ユズカは微笑を浮かべたまま、体勢を崩していない。
エクスの身体にはすでに、力が戻っている。
だが、動こうとはしない。
状況の整理ができていない。
相手の言葉の裏になにかが隠れていないかを探ろうと、思考を巡らす。
しかし、答えはでない。
「受け入れなさい、エクス=シグザール。そうすれば、気が楽になるわよ?」
「貴様は―――」
何者だ、と言いかけた、その時、
「―――へッ!?」
音がした。
中身の入った紙袋が床に落ちる音だ。
エクスと、ユズカが同時にその方向を見る。
開かれたドアの外に立っていたのは、金髪ウェーブの少女。
リヒルだ。
●
……落ちついて考えましょう。
リヒルは、努めて冷静に状況を把握しようとした。
簡単だ。
見たままではないか。
……ユズカさんが、エクスさんをベッドに押し倒して、服を脱がして、ユズカさんも胸出して、抱きついて、“受け入れなさい”ってことは―――
「お、お2人とも、おおおお落ち着いてくださーいいいいっ!?」
リヒルが、目をグルグルさせ、混乱のまま手を上下に振り乱す。
「貴様が落ち着け」「貴女が落ち着きなさい」
原因を作り出した2人から、冷静に告げられリヒルが若干の平静さを取り戻す。
「そ、そうですね…! 落ち着きます、私…!」
深呼吸後を数回繰り返した後、えーっと、と少し赤らめた頬に手を当て、
「だ、ダメですよ、ユズカさん! いろいろ思うところあるかもしれませんけど、えっと…その、そこまで自由気ままにされるのは、そのどうか、と!?」
赤くなっているリヒルを見て、ユズカは意地の悪い笑みを浮かべた。
「あら~、それじゃ何を言いたいのかわからないじゃない? はっきりと言ってみなさい、リヒル。あなた、そんなに言葉数少ない子だったかしら?」
へぇッ!?、と声を上ずらせ、身を堅くしたリヒルは、手の指先を胸の前で合わせ、考え込む。
そして、
「その…えっと、ですね。その…ここで、こーおおっぴろげに、するのは、…どうか、と。子供達が来たら…、ほら、ドア開けっ放しでしたし…」
「ドア開けっ放しだと、問題あるのかしら? ここ私の部屋だけど?」
「い、いえ、ドアのことではなくてですね…」
「じゃあ、何かしら?」
「その、…え~、ですから…、ごめんなさーい! お邪魔しましたーーーー!!」
耳まで赤くしたリヒルは、その場から逃げだした。
落とした荷物はそのまま残して。
●
「子供達…?」
エクスが、リヒルの言葉に疑問を抱く。
それと同時に、ユズカもエクスに乗せていた自身の身体を下げ、ベッド外に立った。
「起きなさい。痺れは、ほとんど消えてるはずよ」
「……気づいていたか」
エクスもまた身体を起こした。
そして、自身のシャツのボタンをかけ直す。
「よくも私のシャツのボタンを飛ばしてくれたわね」
「抵抗するからだ」
「あら、女を抑えつけて満足するタイプなのかしら?」
「貴様を女扱いなどせん」
「ま、いいけど」
と、そんな会話をしていると、廊下側から何かが高速で駆けてくる音がするのに気づく。
そして、それはすぐにやってきた。
低い姿勢と俊足で、部屋に飛び込んできた人影は、ユズカの前で止まり、エクスに対して立ちはだかるように構えた。
素早い挙動にも関わらず、全く息を乱していない小柄な存在は、切り揃えたショートヘアの少女。
シャッテンだった。
「…エクス、起きてたの…?」
言うなり、シャッテンの袖口から長い鉤爪が飛び出す。
「…リヒルやユズカさんに、なにしたの…?」
小さな声で、威嚇するように構えるシャッテンの頭に、ユズカが笑顔で手をのせる。
「はいはい、シャッテン。何もないからね。安心しなさい」
「…でも、リヒルが、顔を真っ赤にして、半分泣きながら走っていった…。エクスは、やっぱり危ない人」
「じゃあ、はいこれ」
と、言って、ユズカはシャッテンに何かを握らせた。
それは、手の平大の音声記録装置。
……まさか…!?
「シャッテン、スイッチオン」
シャッテンが頷き、躊躇なく装置を起動。
【“屈せよ”】
「ぐ、おおおおぉぉ…!?」
電撃が走り、エクスが膝から身体を落とした。
「大丈夫って分かった?」
「…うん、分かった。安心」
笑顔のユズカに、シャッテンが安堵の息を吐く。
「き、貴様ら……!」
痺れているエクスは、無視された。
「いい、シャッテン? それを預けるから、今からエクスの見張り役をすること。これは大事なお仕事。できる?」
子供におつかいを頼むように、ユズカは人差し指をたててそう言った。
「うん。できる」
「エクスが逆らったら?」
「押す」
【“屈せよ”】
「ぐおおおおおおおおッ!?」
「あと、音量で強弱調整できるから、慣れて来たらだんだん強くするようにね」
「わかった」
シャッテンは頷いた。
ユズカは、床で動けなくなっているエクスを見て、
「じゃあ、この建物のことを紹介してあげる。さっさと立ちなさい」
「く…、この―――」
エクスが、悪態をつこうとした時、
「―――わ、にーちゃんのめがさめたー」
幼い声が聞こえた。
「あら」
と、動いたユズカの視線を追い、ドアの外に目をやる。
「―――むきむきだー!」
「―――めつきわりー」
舌足らずの言葉で、言いたい放題な小さな存在がそこにいた。
子供。
それが数人。
まだ年端もいかない子供達だ。
男女問わず、小さな体で覗き見の真似事をしながら、はしゃいでいる。
「もうお勉強は済んだのかしら?」
ユズカが、柔らかい笑みを浮かべ、1人に話しかけた。
「おわったー!」
「このあと、みんなであそぶのー」
「おにごっこ! おにごっこ!」
話しかけたのは、1人であるはずなのに、子供達は我先にとユズカの問いに体いっぱいで応じる。
「そう。でもここは取り込み中。遊ぶのは向こうでね。わかった子は返事」
「「「「「はーい」」」」」
痺れが抜けてきたものの、エクスは状況が飲み込めず呆気にとられていた。
「どうしたの? 子供がそんなに珍しいかしら?」
「ここは、教育施設なのか…?」
「違うわ。ここは孤児院よ。身寄りのない子を引き取って、世界で生きて行く力を身につけさせる場所。そして、―――私が育ったところ」
ユズカの最後の言葉に、エクスは胸の内に少しだけ引っかかりを覚えた。
「改めて言うわ。エクス=シグザール。ようこそ、“西国”へ」
妖しくも、美しい“魔女”によって、エクスは西の地に降り立つことになった。
相手の真意も、これからどうするべきかも、見えてはこない。
“魔女”の“騎士”。
それだけが、今のエクスに与えられた居場所であった。
「―――ゆずかねーちゃん、おっぱいみえてるぞー」
「―――おとこのこは、おっきいほうがすきなのー?」
「―――ひんにゅーは、“すてーたす”なんだぞー!」
「―――きょにゅーは、ろまん!」
「―――じごだ。じごー」
エクスにとって、未知の単語が数多く飛び交う。
……ここの教育レベルは、かなり高等なものらしい。
エクスは内心、そういう認識に至った。
2話終了。
次回予告:エースの日常。