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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(西国編:全24話)
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5-2:管理された”騎士” ●

 エクスは、痛さとまどろみの中で目を覚ました。

 見る先には白い壁があった。

 天井だ。

 自分が、シーツの上に寝ていることに気づくまで数秒の時間を要した。

 この過去世界に来た時の状況と重なり、妙な気分になり、


「……っ!」


 急に目を見開く。

 現実を知覚したのだ。

 勢いよく跳ねあげた上半身の上を、かけられていたシーツが滑って落ちる。

 そして、


「くっ」


 同時に、肩から痛みが走る。

 ユズカの“花弁”を受けた部分だ。

 見ると、包帯が巻かれている。

 僅かに血が滲んでいるが、それでも微々たる量だった。


 ……俺はどうなったんだ…?


 シュテルン・ヒルトの格納庫で、ユズカの電撃攻撃を受け、そのまま意識を失ったはずだ。


 ……ここは、シュテルン・ヒルトの中、ではないな。


 まずは、自身の状態を確認する。

 両手、両足はついている。

 目も見える。

 声も出る。

 握力、関節の可動にも支障はない。

 だが、ふと違和感を得る。


「なんだ…?」


 違和感の出所は首からだった。

 慣れない軽めの締め付けを与えてくる物が巻かれている。

 触れる。

 それは、薄い金属製のチョーカーだった。


 ……首輪、か。


 そう思考にふけっていると、


「―――あら、お目覚め?」


 声がした。

 聞き覚えのある中で、最後に聞いた声。

 エクスは、声の主へと視線を向けた。


「貴様は……!」


 緑色の癖のあるショートボブヘアに、鋭い眼つきと微笑を浮かべる女が、ドアを開けて入ってきた。

 ユズカだ。

 西国の“3大戦力”とされ、“魔女”の名を冠する女。

 そして、エクスとライネの間に隔たりをもたらした女だった。

 


 エクスは反射的に、攻撃に転じた。

 シーツを、掴み、宙に投げてしきりをつくり、視界を制限する。

 シーツが浮かぶ時間は、1秒にも満たなかったが、その数瞬でエクスの姿は、かき消える。

 動いた理由はいくつかあるが、今しかけたのには明確な理由がある。

 ユズカが、丸腰だったからだ。

 身に纏うのは、裾の長いYシャツ1枚だけ。

 エクスは、少しばかり体の動きに鈍さを感じたが、それでも初速は充分。

 シーツを囮に、ユズカの側面に回り込み、あっさりと細い手首をとる。


 ……このまま抑え込む!


 と、思考したが、


「できるかしら?」


 次の瞬間には覆された。

 ユズカが、手首を中心に、自身の身体をひねる。


「!」


 エクスの向けていた力のベクトルが受け流された。

 エクスの身体が、宙へと投げ出され視界が反転する。


「これは…!」


 投げだされた先にある壁に対して、エクスは空中で瞬間的な姿勢制御を行う。

 壁を軽く蹴り、安定を強制させ、床に着地する。


 ……今のは…。

「“ライネと同じ柔術をなぜ”、とでも思ってるのかしら?」


 ち、とイラつきながらも思考は冷静に、再び床を蹴る。


「図星ね」

「黙れ」


 身を低めに、加速からの攻撃を加える。

 拳撃を初めに2発。軽めのジャブだ。

 ユズカは、軌道を見切って、余裕を持って足運びを最小限に後退しながら回避していく。

 そして、エクスは本命の一打を放つ。

 下方向からの撃ちあげるような一撃を腹に向けて。

 ユズカの対応は、またも迅速。

 放った拳は、魔女の体の数ミリ前の空間を走った。

 Yシャツの前ボタンをいくつか千切り飛ばすも、空を切る結果になる。

身をひねって回避したユズカは、逆にその手に受け流しの力を加えてきた。


「単純ね」

「そう思うか?」

「!?」


 今度は、ユズカの視界が浮いた。

 理由はすぐにわかった。

 突き出されていたエクスの腕。

 そこにユズカは、受け流しのための力をくわえる為一瞬だけ手を触れた。

 だが、一撃の放ち、反動で動けないと思っていた腕は、余力を残していた。

 近づけたユズカの手が、逆に掴み返されたのだ。

 後は、“力”の独壇場。

 力まかせの投げから逃れることはできず、そのままユズカのしなやかな体が叩きつけられる。

 その先は、先ほどまでエクスの寝ていたベッドの上。

 回避のための後退を繰り返すうちに、いつの間にか立ち位置の逆転も狙われていたのに気づく。


「戦場の分析が甘いな」

「ありがとう。勉強になったわ」


 エクスは、ユズカの両手首を握り、ベッドに押し付ける形で拘束していた。

 ユズカも抜けだそうとするが、やはり力だけで男に抗うには無理がある。

 傍目から見るに、エクスがユズカをベッドに押し倒している形になっていた。

 ユズカの見上げる先には、エクスの顔がある。


 ……無表情で、感情的ね。


 そう思えた。

 火傷の痕がある。

 黒く、堅くなったその部分に触れてみたい、と少し思った。


「……で、どうするつもりかしら?」

「俺の質問に答えろ」

「いいわよ。私の気に入ることに限ってね」


 ユズカは、不敵な笑みを崩さない。

 エクスは、思わず手首を握る力を強めると、その表情が少しだけ痛みに歪んだように見えた。


「……ここはどこだ?」


 エクスは、ベッドにはりつけにした魔女へ質問を始めた。



「―――ここは“西国”内の施設よ」

「西国…だと?」


 ユズカの言う、“ライネのいる場所”に、エクスは連れてこられたということだ。

 だが、腑に落ちない。

 ユズカは、“ソウル・ロウガ”の技術を手に入れる為に、シュテルンヒルトを襲撃したはずだ。

 なら、


「なぜ、俺をこの場所に連れて来た? 目的はなんだ?」


 エクスの力が強まり、ユズカの細い手首をより一層強く締め上げる。


「・・・いたいわ」

「答えろ…!」


 力を込めすぎれば折れてしまうのではないかという程に、ユズカは華奢だ。

 “花弁”という武器のないだけで、そこらにいる女となんら変わりないように思える。

 ユズカが、痛みをこらえているのが分かる。

 その彼女が、告げた。

 微笑を浮かべて。


「前に言ったでしょう? 私、あなたのことが好きだって」


 エクスの表情が険しくなる。


「貴様の戯言に付き合う気はない。まともに返答しないなら―――このままへし折るぞ…!」

「ぐッ…」


 痛みに比例して、ユズカの呼吸に乱れが出始める。

 ユズカには分かる。

 このまま行けば、間違いなくへし折られる、と。

 だが、


「熱く、なってるわね。状況が分かってるの、かしら?」


 ユズカは、強気の姿勢を崩さなかった。


 ……ち…


 エクスは、言葉の意味を理解する。

 ここは“西国”。

 エクスにとって未知の世界。

 住まう人物も、広がる地形も把握できていない以上、有利に働く要素は何1つない。

 そう、どのような状況であろうと、不利なのはエクスの方だ。


 ……ここで、“魔女(こいつ)”を倒すことにはデメリットが大きすぎる。


 かといって解放するのもどうか。

 今、無力化できている魔女を有効活用する方法はないのか。

 エクスが、ユズカを抑えつけたまま、この後、どのように行動するかを思考する。

 そのせいで、気づくのが遅れた。

 “魔女”の“詠言”に。


「―――“屈せよ(ヒューヴェイ)”」


 突如、エクスの身体に電撃が奔った。


「な…!?」


 原因はすぐにわかった。

 首元の金属製チョーカーだ。


 ……スタン式の拘束具か…!


 電撃を流されたのは一瞬。

 だが、それだけで事は足りた。


「ぐ…か……!?」


 エクスの身体が力を失う。

 当然、ユズカを拘束し続けることは不可能だった。

 力の緩みを感じるや、ユズカは動く。

 拘束を抜け、力の入らないエクスの身体を、容易に回転させた。

 エクスは抗えない。

 されるがままに、姿勢を崩され体勢が逆転した。

 すなわち、ユズカにマウントを取られた形だ。

 ベッドに仰向けに倒れたエクスにユズカが馬乗りになる。


挿絵(By みてみん)


「これが今のあなたの立場。分かってもらえたかしら?」


 ユズカの白い肌をもつ足が、エクスの腹部にまたがる。


「主人に逆らう“騎士”には、お仕置きが必要ね」

「“騎士”…だと…? なんの、ことだ…」


 エクスの言葉に、ユズカの口元の笑みが強まる。


「今、西国内で、あなたはそう認識されているわ。“魔女”の“騎士”エクス=シグザール」

「な、に…?」

「感謝しなさい。私の管理下にいる限り、あなたの安全は保障されたことになるわ。よかったわね」

「俺を、飼い殺しにする気か……!」

「何か不満があるのかしら?」

「ふざけ―――」


 と、ユズカの手が動いた。

 その先は、エクスのシャツ。

 白い指先が、ボタンを外していく。


「なにを、している…?」


 ユズカは、答えず、ボタンをはずしていく。


 ……く、まだ力が、戻らん…


 無抵抗なまま、エクスのシャツがはだけ、無駄な部分のない、鍛えられた胸筋があらわになる。

 ユズカの指が、その表面にそっと触れる。

 エクスの左半身には、火傷痕があった。

 黒くささくれた皮膚。

 顔まで続くそれは、過去に“絶対強者”との死闘の末にもたらされた。

 エクスに、自らを知覚させる証。


「―――傷だらけね」


 ユズカは、微笑したまま目を閉じると、次に、その身体ごと、よりかかるように倒れこんできた。

 2人の身体が密着する。

 ユズカは、エクスの胸元に耳をあてたまま動かなかった。

 まるで鼓動を感じ取っているかのように。


「…やめろ」


 言われ、ユズカはゆっくりと顔をあげる。

 両者の顔の距離は、鼻が触れあいそうなほどに近い。


「あら、嬉しくないの? こんな美女が半分裸でいるのに」

「なぜだろうな…。貴様とだけは、そういう気になれん」


 エクスは、自分の身体に力が戻り始めているのを感じる。

 だが、戻ったところで相手に悟られれば、また電撃を喰らうのは確実。


 ……どうする…?


 このまま、相手に好きにさせる気もない。


「ライネのこと。教えてあげてもいいわよ。2つの条件付きでね」


 ユズカが、ふと、そう告げて来た。

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