5-2:管理された”騎士” ●
エクスは、痛さとまどろみの中で目を覚ました。
見る先には白い壁があった。
天井だ。
自分が、シーツの上に寝ていることに気づくまで数秒の時間を要した。
この過去世界に来た時の状況と重なり、妙な気分になり、
「……っ!」
急に目を見開く。
現実を知覚したのだ。
勢いよく跳ねあげた上半身の上を、かけられていたシーツが滑って落ちる。
そして、
「くっ」
同時に、肩から痛みが走る。
ユズカの“花弁”を受けた部分だ。
見ると、包帯が巻かれている。
僅かに血が滲んでいるが、それでも微々たる量だった。
……俺はどうなったんだ…?
シュテルン・ヒルトの格納庫で、ユズカの電撃攻撃を受け、そのまま意識を失ったはずだ。
……ここは、シュテルン・ヒルトの中、ではないな。
まずは、自身の状態を確認する。
両手、両足はついている。
目も見える。
声も出る。
握力、関節の可動にも支障はない。
だが、ふと違和感を得る。
「なんだ…?」
違和感の出所は首からだった。
慣れない軽めの締め付けを与えてくる物が巻かれている。
触れる。
それは、薄い金属製のチョーカーだった。
……首輪、か。
そう思考にふけっていると、
「―――あら、お目覚め?」
声がした。
聞き覚えのある中で、最後に聞いた声。
エクスは、声の主へと視線を向けた。
「貴様は……!」
緑色の癖のあるショートボブヘアに、鋭い眼つきと微笑を浮かべる女が、ドアを開けて入ってきた。
ユズカだ。
西国の“3大戦力”とされ、“魔女”の名を冠する女。
そして、エクスとライネの間に隔たりをもたらした女だった。
●
エクスは反射的に、攻撃に転じた。
シーツを、掴み、宙に投げてしきりをつくり、視界を制限する。
シーツが浮かぶ時間は、1秒にも満たなかったが、その数瞬でエクスの姿は、かき消える。
動いた理由はいくつかあるが、今しかけたのには明確な理由がある。
ユズカが、丸腰だったからだ。
身に纏うのは、裾の長いYシャツ1枚だけ。
エクスは、少しばかり体の動きに鈍さを感じたが、それでも初速は充分。
シーツを囮に、ユズカの側面に回り込み、あっさりと細い手首をとる。
……このまま抑え込む!
と、思考したが、
「できるかしら?」
次の瞬間には覆された。
ユズカが、手首を中心に、自身の身体をひねる。
「!」
エクスの向けていた力のベクトルが受け流された。
エクスの身体が、宙へと投げ出され視界が反転する。
「これは…!」
投げだされた先にある壁に対して、エクスは空中で瞬間的な姿勢制御を行う。
壁を軽く蹴り、安定を強制させ、床に着地する。
……今のは…。
「“ライネと同じ柔術をなぜ”、とでも思ってるのかしら?」
ち、とイラつきながらも思考は冷静に、再び床を蹴る。
「図星ね」
「黙れ」
身を低めに、加速からの攻撃を加える。
拳撃を初めに2発。軽めのジャブだ。
ユズカは、軌道を見切って、余裕を持って足運びを最小限に後退しながら回避していく。
そして、エクスは本命の一打を放つ。
下方向からの撃ちあげるような一撃を腹に向けて。
ユズカの対応は、またも迅速。
放った拳は、魔女の体の数ミリ前の空間を走った。
Yシャツの前ボタンをいくつか千切り飛ばすも、空を切る結果になる。
身をひねって回避したユズカは、逆にその手に受け流しの力を加えてきた。
「単純ね」
「そう思うか?」
「!?」
今度は、ユズカの視界が浮いた。
理由はすぐにわかった。
突き出されていたエクスの腕。
そこにユズカは、受け流しのための力をくわえる為一瞬だけ手を触れた。
だが、一撃の放ち、反動で動けないと思っていた腕は、余力を残していた。
近づけたユズカの手が、逆に掴み返されたのだ。
後は、“力”の独壇場。
力まかせの投げから逃れることはできず、そのままユズカのしなやかな体が叩きつけられる。
その先は、先ほどまでエクスの寝ていたベッドの上。
回避のための後退を繰り返すうちに、いつの間にか立ち位置の逆転も狙われていたのに気づく。
「戦場の分析が甘いな」
「ありがとう。勉強になったわ」
エクスは、ユズカの両手首を握り、ベッドに押し付ける形で拘束していた。
ユズカも抜けだそうとするが、やはり力だけで男に抗うには無理がある。
傍目から見るに、エクスがユズカをベッドに押し倒している形になっていた。
ユズカの見上げる先には、エクスの顔がある。
……無表情で、感情的ね。
そう思えた。
火傷の痕がある。
黒く、堅くなったその部分に触れてみたい、と少し思った。
「……で、どうするつもりかしら?」
「俺の質問に答えろ」
「いいわよ。私の気に入ることに限ってね」
ユズカは、不敵な笑みを崩さない。
エクスは、思わず手首を握る力を強めると、その表情が少しだけ痛みに歪んだように見えた。
「……ここはどこだ?」
エクスは、ベッドに磔にした魔女へ質問を始めた。
●
「―――ここは“西国”内の施設よ」
「西国…だと?」
ユズカの言う、“ライネのいる場所”に、エクスは連れてこられたということだ。
だが、腑に落ちない。
ユズカは、“ソウル・ロウガ”の技術を手に入れる為に、シュテルンヒルトを襲撃したはずだ。
なら、
「なぜ、俺をこの場所に連れて来た? 目的はなんだ?」
エクスの力が強まり、ユズカの細い手首をより一層強く締め上げる。
「・・・いたいわ」
「答えろ…!」
力を込めすぎれば折れてしまうのではないかという程に、ユズカは華奢だ。
“花弁”という武器のないだけで、そこらにいる女となんら変わりないように思える。
ユズカが、痛みをこらえているのが分かる。
その彼女が、告げた。
微笑を浮かべて。
「前に言ったでしょう? 私、あなたのことが好きだって」
エクスの表情が険しくなる。
「貴様の戯言に付き合う気はない。まともに返答しないなら―――このままへし折るぞ…!」
「ぐッ…」
痛みに比例して、ユズカの呼吸に乱れが出始める。
ユズカには分かる。
このまま行けば、間違いなくへし折られる、と。
だが、
「熱く、なってるわね。状況が分かってるの、かしら?」
ユズカは、強気の姿勢を崩さなかった。
……ち…
エクスは、言葉の意味を理解する。
ここは“西国”。
エクスにとって未知の世界。
住まう人物も、広がる地形も把握できていない以上、有利に働く要素は何1つない。
そう、どのような状況であろうと、不利なのはエクスの方だ。
……ここで、“魔女”を倒すことにはデメリットが大きすぎる。
かといって解放するのもどうか。
今、無力化できている魔女を有効活用する方法はないのか。
エクスが、ユズカを抑えつけたまま、この後、どのように行動するかを思考する。
そのせいで、気づくのが遅れた。
“魔女”の“詠言”に。
「―――“屈せよ”」
突如、エクスの身体に電撃が奔った。
「な…!?」
原因はすぐにわかった。
首元の金属製チョーカーだ。
……スタン式の拘束具か…!
電撃を流されたのは一瞬。
だが、それだけで事は足りた。
「ぐ…か……!?」
エクスの身体が力を失う。
当然、ユズカを拘束し続けることは不可能だった。
力の緩みを感じるや、ユズカは動く。
拘束を抜け、力の入らないエクスの身体を、容易に回転させた。
エクスは抗えない。
されるがままに、姿勢を崩され体勢が逆転した。
すなわち、ユズカにマウントを取られた形だ。
ベッドに仰向けに倒れたエクスにユズカが馬乗りになる。
「これが今のあなたの立場。分かってもらえたかしら?」
ユズカの白い肌をもつ足が、エクスの腹部にまたがる。
「主人に逆らう“騎士”には、お仕置きが必要ね」
「“騎士”…だと…? なんの、ことだ…」
エクスの言葉に、ユズカの口元の笑みが強まる。
「今、西国内で、あなたはそう認識されているわ。“魔女”の“騎士”エクス=シグザール」
「な、に…?」
「感謝しなさい。私の管理下にいる限り、あなたの安全は保障されたことになるわ。よかったわね」
「俺を、飼い殺しにする気か……!」
「何か不満があるのかしら?」
「ふざけ―――」
と、ユズカの手が動いた。
その先は、エクスのシャツ。
白い指先が、ボタンを外していく。
「なにを、している…?」
ユズカは、答えず、ボタンをはずしていく。
……く、まだ力が、戻らん…
無抵抗なまま、エクスのシャツがはだけ、無駄な部分のない、鍛えられた胸筋があらわになる。
ユズカの指が、その表面にそっと触れる。
エクスの左半身には、火傷痕があった。
黒くささくれた皮膚。
顔まで続くそれは、過去に“絶対強者”との死闘の末にもたらされた。
エクスに、自らを知覚させる証。
「―――傷だらけね」
ユズカは、微笑したまま目を閉じると、次に、その身体ごと、よりかかるように倒れこんできた。
2人の身体が密着する。
ユズカは、エクスの胸元に耳をあてたまま動かなかった。
まるで鼓動を感じ取っているかのように。
「…やめろ」
言われ、ユズカはゆっくりと顔をあげる。
両者の顔の距離は、鼻が触れあいそうなほどに近い。
「あら、嬉しくないの? こんな美女が半分裸でいるのに」
「なぜだろうな…。貴様とだけは、そういう気になれん」
エクスは、自分の身体に力が戻り始めているのを感じる。
だが、戻ったところで相手に悟られれば、また電撃を喰らうのは確実。
……どうする…?
このまま、相手に好きにさせる気もない。
「ライネのこと。教えてあげてもいいわよ。2つの条件付きでね」
ユズカが、ふと、そう告げて来た。