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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(東国編:全14話)
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5-14:”遠き”を見つめて

挿絵(By みてみん)

 ―――そいつを俺に話してどうしようってんだ? ”魔女”さんよ。

 ―――どうもしないわ。ただ、あなたの辿る道筋の糧にしてもらえればと思って。

 ―――今の機体に乗って、この洞窟から飛び出していったガキがこの世界を揺るがすってのか? あんた、そんな夢見がちなお嬢さんって柄か?

 ―――信じる、信じないは勝手よ。ただ言えることは、この先世界が大きく動くということ。それも誰にも知られぬ者によって、誰にも悟られない形でね。

 ―――実感わかねぇな。おい。曲がりなりにも敵同士なんだぜ? 信じろってんなら…

 ―――東雲・イスズの死。その意味を失わせてもいいのかしら?

 ―――……どういう意味だよ。

 ―――この世界には”悪意”にも似た”意思”がじわじわと侵食してきている。東雲・イスズはそのことに気づき、しかしあなただけに手がかりを…いえ、後を託した。私はそう考えているのよ。

 ―――俺に何をしろってんだ?

 ―――ウィル=シュタルクを頼むわ。いずれ世界が迎える”災厄”の分岐点。そこに彼の存在は不可欠よ。

 ―――自分でやりゃいいだろ。

 ―――あなたは知りたいはずよ。東雲・イスズを死に至らしめた”意思”の正体を。そしてあわよくば自分の手で決着をつけたいと思っているんでしょう?。

 ―――決着、ねぇ…。

 ―――そして、あなたの行動が後に”東”を救うことにも繋がる。

 ―――ま…、いいだろ。一応引き受けてやるぜ。

 ―――ただし、覚えておいて欲しいことがある。

 ―――なんだよ。まだなんかあんのか?

 ―――ウィル=シュタルクに関わることはあなたの自由よ。

 ―――頼んでおいて自由たぁ、ずいぶんいい加減じゃねぇのか。おい。

 ―――当然よ。その場合、あなたの辿る結末は―――



 晴天の夕刻。

 東雲邸の広い屋根瓦の上に、隻腕の男があぐらをかいて座っている。

 ムソウだ。

 ふと、”シア”での”魔女”との会話を思い出していた。


 ”ウィルに関わることで、イスズの死の本当の意味に近づける”


 ”魔女”は、そう言っていた。

 少し強引かと思ったが、成り行きでウィルを自分の手元に置くこともできた。


 ……なんだかんだでやる気のある奴だな。ホント。


 懐からキセルを取り出し、火をつけようとして、


「―――おっと。火付棒マッチ切らしてたか…」


 と、少し残念な思考にかられる。

 すると、


「―――ムソウ殿。ここにおられたでゴザルか」


 ふと声をかける者がいた。

 振り返ると、夕日を受けオレンジ色を反射する黒装束の男。

 ゾンブルだった。


「前から背後に立つのがうまいな。おい。それも忍法か?」

「いや今回は普通に近づいたつもりでゴザルよ。ムソウ殿が考え事をしていた故に気づき遅れたのでゴザろう」

「……なんだよ、その語尾。気になってしょうがねぇや」

「いや、最近、しのびキャラの出し方に迷っていたでゴザル。試行錯誤した結果にゴザふぅ!?」


 忍者が、口元お抑えてしゃがみこんだ。


「舌噛んでんじゃねぇか」

「むぅ…やはり前に戻すことにしよう」

「そうしろ。で、何だよ。わざわざキャラできてるかどうかを聞きにきたわけか?」

「いや違う。共にお主を見つけてくれ、と頼まれたゆえだ」

「誰にだ?」


 ムソウの問いに対して、ゾンブルは依頼者に視線を送ることで答えとした。


「こちらへ―――」


 言われ、やってきたのは、私服の着物を来た花の髪飾りをつけた少女。


「ほぉ、再戦希望か? お姫様よ」


 スズだ。

 彼女がやってきたのと入れ替わるように、いつの間にかゾンブルの姿と気配は消えていた。


 ……ち、あの忍者野郎。こういう時だけ空気読みやがって。


 と、心の内で舌打ちしつつ、スズに意識を向ける。

 スズは、何も言わず歩み寄ってきて、ムソウの左隣に座った。

 静けさは続く。

 火のつかないキセルを咥えたまま、ムソウはスズの横顔を見ていた。

 こちらと視線を合わせようとはしない。

 しかし、避けるつもりならここまでは来はしないだろう。

 その表情には、これまでと違うものがあった。

 幼い頃は、頼られた。

 父親の死後は、避けられ、敵視された。

 なのに、なんで今は、


 ……なんだよ、その安心しきったつらはよ…


 そう思う。

 そして、ふと口が開いた。

 スズの方からだった。


「ありがとう。ムソウ」



 スズは、ムソウに会った時なんと言えばいいのか整理できていなかった。

 模擬戦で出現した”武双”に乗っていた者の正体は最期まで知れなかった。

 クレアも、シェブングも知らないという。

 搭乗者が使用していたと思われる模擬戦機材付属の機羅童子のコックピットからは”武双”の機体データが入ったディスクが見つかった。

 構成データは、完全に破損していた。

 おそらく、止めをさされた瞬間にデータが壊れる仕掛けになっていたのだろう。

 尋ねても、きっとはぐらかされるに決まっている。

 それでも、スズは搭乗者がムソウであると、確信めいた感情を持っていた。


 ……強かった。


 今まで決して越えられなかった壁として。


 ……きっと、今でも1人じゃ勝てない。


 だが、同時に厳しさから伝わってくるものがあった。


 ……でも聞こえた。


 戦いの中で聞こえた声を思い返す。


 ―――見落とすな。お前の周りを―――


 ウィルでも、ランケアでもなかった。

 ずっと、師として、兄として、そして家族として。

 欲していた声だった。


 ……誰かと、手をとりあわないと―――ううん、とりあってこそ得られるものがあった。


 だから、まずは伝えたいと思った。

 教えてくれたことに。

 ずっと自分を見ていてくれたことに。

 いかにとぼけられようと、その内には優しい心があるのだと、信じることができたから。



「―――ありがとう…か。いいのかよそんなこと言っちまって。お前の父親を殺したも同然の奴なんかによ」

「そうかもしれないけど…」


 父の死に対しての疑念は、拭いきれない。

 でも、


「…それだけで接するのは、もうやめにしようと思った」


 最近、考えるようになった。

 どうして、彼は自分から責任を背負おうとしているのだろう。

 それを言うことで、憎んでもらおうとしているかのように。


 ……いや、そうなのかもしれない。


 憎んでもらいたい。

 許されないことを望んでいる。

 1人で苦しもうとしているのかもしれない。

 贖罪のために。

 なら、


 ……そんなの許さないから。


 1人の死を、1人の感情で決着なんてさせない。

 それこそが、スズの思い至ったムソウへの抵抗だ。


「―――母上は、あなたのことを”信じてる”といった」

「…そうかい。だからなんだよ」

「私も信じることにする。でも、母上とはまた違う形で、あなたを信じるの」

「なんだよそりゃ」

「憎んでもらおうたって、そうはいかないわ」


 スズの視線は、ずっと遠くを見ていた。

 隣り合う自分ではなく、より先を見据えていることにムソウは気づく。


 ……似てるな。いや、お前以上かもな。イスズ…


 ムソウは、スズの揺れる花の髪飾りを見る。

 白く、永久に枯れることのない花。

 ムソウにとっては、誓いにも似た意味を持つ花だ。


「そうかい。好きにしろよ」

「うん。好きにする。”炎月下”が私のものになる日も近いわね」

「へッ、言ってろよ。クソガキ」

「ガキって、私もう―――」


 スズが言い返そうとして、ふと、


「あ…」


 頭の上に手がのせられていることに気づく。

 そして、


「―――ん」


 優しくなでてくれた。

 今よりもずっと幼かった頃、こうされてよく泣き止んで笑ったことを思い出す。

 柔らかく、どこかくすぐったい。

 その心地よい感触を、スズは無抵抗に受け入れて、


「―――へ、まだガキじゃねぇかよ」


 ムソウの言葉が来て、スズはハッと我に返る。

 見ると、ムソウが意地の悪い笑みを浮かべていた。


「……っ!」


 スズが、顔を真っ赤にしてその手をはらった。

 どこか残念な気持ちも含めて。

 スズは、ふてくされるように、そっぽを向く。

 反してムソウは上機嫌だった。


 ……こいつの負けず嫌いなとこ、ほんとお前にそっくりだよ。イスズ。


 片腕では、もう抱えて守ってやることはできないと思っていた。

 だが、


 ……強くなってんじゃねぇか。


 そう思えたのだ。

 風が吹き、2人の髪を揺らした。

 隻腕隻眼の武士と、長を受け継いでいく少女は、少しだけ互いを分かり合えた。

 ようやく始まったのかもしれない。

 長かった感情の行き違いを正し、2人は先を見据えて歩き出す。

 より遠くへと行くために。



 その数分後だった。

 スズ達の元に新たな伝令が届いたのは。


「形式不明の浮遊戦艦? どういうこと?」

「現状では詳細不明です。北錠・フォティア様より”東西国境線にて、形式不明の戦艦が東との交渉を求めてきた”とのことです」

「代表者は?」

「西の…”王”です!」




 物語はさらに動く。

 舞台は、世界の半分を構成するもう1つの国へと移る。

 ”西国”

 そこには、”意思”を巡るもう1つの戦いがあった。

 このとき、世界がゆっくりと見えない”意思”に従い始めていることを知る者は、まだ数られる程にしかいない…

東国編一旦終了。

次回から西国編。

いよいよ、この物語の根幹へと踏み込んでいきます。

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