5-13:”武双”【Ⅳ】
アリアの姿はいつもと変わらず東雲邸にある。
専用のスクリーンで模擬戦を見ているのだ。
始まりから終わりまで、全てを通してこれまでを見てきた。
そして、現れた”武双”を操る乱入者のことも。
「―――あなた、見てる?」
アリアは、独り言のように亡き夫へと語りかける。
「”彼”は、あの子達に何かを託そうとしている。それもまた”約束”なのではないかと、私思うの」
モニター越しに、鎧を纏った機羅童子が殴り飛ばされるのが見えた。
攻撃を防ぎ続けた右肩の大型装甲が砕け、宙を舞う。
「”彼”は、言っていたわ。”あの子達と本気で戦うならこの方法が一番だ”って」
吹き飛び、地に叩きつけられそうになった”鎧童子”の元に残りの2機が駆けつける。
「不器用ね。とても不器用…」
鎧童子が支えを得て、再び立つ。
スズの機羅童子を中心に。
右にランケア機。
左にウィル機。
今度こそ、彼らは手を取り合おうとしている。
まだ幼いというのに、周囲から求められた力を持ち、それゆえに1人で頑張らなければと思いつめていた2人。
周囲が心配すればするほど、2人は思いつめ、それ以上に応え続けなければと思ってしまう。
スズもランケアも強い。
だからこそ、間違っている。
1人だけ分かったつもりになっていても、いつか越えられないものに突き当たってしまう。
その時、共にいてくれる者がいるならば、どれほど心強いだろうか。
「―――あなたのおかげね。ウィル君」
ウィルは、示してくれた。
アリアがずっと伝えられなかったこと。
それは、
「―――”手を取り合う”その意味と尊さ。それは、戦う者である以前に、1人の人間として、あの子達にわけ隔てなく必要なもの」
アリアは、自分の胸に手を当てる。
「かつて、私があなたに手を差し伸べられ、心の奥底にあった暗闇を祓ってもらったときのように…」
”武双”と3人の機羅童子がにらみ合いになる。
しかし、もはや3人に臆する様子は見られない。
強きものに挑む。
1人で無理なら3人で。
それでも無理なら、もっとたくさんで。
単純なようで、たどり着けず、ずっと回り道をしてしまっていたその答え。
「見つけていきなさい。大切な人達と共に」
見る先で、3機が一斉に攻撃のための加速を見せる。
●
『―――先陣を切ります!』
同時に走り出したというのに、ランケアの機羅槍塵は初速からすさまじかった。
『うお! 速いッスね!?』
ウィルが驚く間に、ランケアは”武双”に一番槍として突きかかった。
地を飛ぶような加速。
そこから突き出される槍の一撃。
刺突攻撃を正面から入れにいく、と予測したのか、”武双”は避けず真っ向から重量と装甲に任せて殴りかかる。
案の定槍の先端が弾かれ、そのまま拳撃がランケアの機体に叩き込まれるかと思われた。
『―――いける!』
ランケアの声と共に、その予測は覆される。
機羅槍塵は、弾かれた勢いに抗わず、槍を手放して見せた。
それと同時に、
『!?』
乗った。
”武双”が繰り出した腕部を綱のように見立てたのだ。
”槍塵”で理論上可能とされていた3次元機動を、ランケアはいともたやすく行って見せたのだ。
そのまま、全重量を落としこむ。
不意に重量バランスのを変化させられた”武双”が、前のめりになるかのように倒れこみ、地に手をつく。
隙が生まれた。
これまでにない、確実な隙だ。
『ウィル!』
スズ機から叫びが飛ぶ。
第2陣として、ウィル機が残された左の大槍と共に突進をかける。
元々、対装甲を想定した大槍は、真正面からなら大抵のものを破壊できる。
それはたとえ”武双”の装甲だろうと例外ではない。
……これは命中確実ッス!
避けるにも間に合うまい、とウィルが考えた瞬間、”武双”が予想外の行動にでた。
『うわっ!?』
動きを封じる役目であったランケアを弾き飛ばすと、巨体が急な直線加速を見せた。
力任せに、脚の出力を上げ、前方へとタックルをかけてきたのだ。
肩側面にある巨大な装甲が壁のごとく、大槍の先端に衝突する。
潰れた。
大槍の先端の耐久性が敗北したのだ。
『マジ…!?』
当然、大槍を砕いた激突はウィルの鎧童子を襲った。
鎧童子が、まともに受け吹き飛んだ。
脚部が限界を迎え、半ばから折れて砕ける。
またも機体が軽々と宙に浮き、
『今ッス!』
『ええ!』
ウィルは叫んでいた。
スズが応えた。
宙にとんだ鎧童子の下をくぐるように、入れ替わりスズ機が躍り出た。
両手に握るのは、銀刀。標準装備を2本。
スズは見る。
正面から、目をそらさず。
かつて強く、かなわないと諦めていた。
その者の影を持つ機体がそこにある。
斬りかかった。
……入った!!
スズの放った2本の斬撃。
1本は右腕に阻まれ、もう1つは首元へと突き立っている。
ケーブルが幾本か断ち切られ、”武双”の頭部センサーが明滅する。
『―――まだです!』
『分かってる!』
離れると同時に”武双”の口元の装甲が開き、陽炎を立ち昇らせる。
出力の上昇を見せたのだ。
動きを抑えるのは無理と判断し、スズは突きたてた刀を残したまま後方に飛び退った。
咆哮をあげるかのごとく、”武双”が立ち上がる。
相手は機体だ。
首元を急所とはいかない。
『ランケア!』
『はい!』
たてなおしの暇を与えまいと、機羅槍塵が飛び掛る。
背後をとり、槍の一撃を突き入れる。
狙うは腰部の装甲の隙間。
……鎧の隙間を取ります!
だが、”武双”はとめて見せた。
後方に目がついているかのように、わずかに機体をそらし直撃を避けて見せた。
穿たれ散ったのは、細かい装甲の破片のみ。
”武双”が反撃のごとく振り向く。
その手には、首に突き立ってい銀刀が握られている。
機羅槍塵が、身をかがめた。
いつのまにか頭部の後方に仮想の放熱フィンケーブルが現れて舞い、赤い粒子の残光を残す。
槍が一閃し、銀刀を横腹から叩き折る。
同時に、”武双”の握っていた柄部分が本隊の握力に耐え切れず砕け、細かい鉄屑となって落ちる。
ランケアは、動きを止めない。
相手が重い一撃を打つ間に、すでに三撃を返していた。肩、腹に一発、そして振り下ろされてきた腕を打ち据え、その反動を利用し後方へとバックで跳ぶ。
下がった先にあったのは残された建造物。
その側壁に足裏全てを押し付け、
『ッ!』
蹴った。
まるで翼を得たかのような立体機動を見せ、加速を相乗させた一閃を叩き込む。
敵が初めて、後方に仰け反り、たたらを踏んだ。
『ッ!!?』
”武双”の乗り手の声が漏れるのが聞こえた。
……押しています!
続けざまにスズの波状攻撃が行く。
敵が新たな武器を掴んだ。
大槌だ。
先端に爆薬を詰めた一発限りの破壊力に特化した”炸薬撃槌”。
だが、柄がすでに砕け始めている。
どのような武器であろうと、”砲断刀”以外にこの場で”武双”が扱える武器はないのだ。
しかも大振りすぎる、スズの機体に当てられるはずもない。
……いや、違う! 狙ってるのは…!
”武双”が一撃を振り下ろした。
自らの足元を狙ってだ。
『く…!』
槌先端の爆薬が、炸裂する。
スズとランケアが機体に対象撃体勢をとらせ、身を低くする。
爆撃によって舞い上がった土煙が、”武双”の姿を覆い隠していた。
『…自爆覚悟の煙幕…?』
『”武双”はあの程度で砕けるほどやわじゃない。時間稼ぎのつもり…?』
土煙が晴れていく。
そして、
『く…!!』『な…!?』
今の煙幕の意味の全てを思い知った。
巨体は、先ほどまでいた場所からはるか後方まで飛び退っていた。
そして、その傍らには、
『”砲断刀”…!』
『足元に叩き込んだ爆風で、強引に機体を飛ばしたんですか!?』
いくら頑丈な機体とはいえ、耐久性を熟知していないと出来ない荒業だ。
しかも、こちらが警戒すると読まれ、煙幕で時間も稼がれた。
スズは、こんな型破りな戦い方をする人間を1人だけ知っている。
……やっぱりムソウなの…?
だが、”武双”は右手で砲断刀の柄を握った。
どれだけ動きが似ていても、そこだけが説明できない。
”武双”がさらに、左手も加え、両腕で”砲断刀”を振り上げて見せた。
機構が展開し、大気が圧縮されていくかのような陽炎が立ち昇る。
『本気がくる…!』
先に見せた圧倒的な破壊の怒涛がくる。
負けだ。
機体の損傷がかさんでいる。
機動の要である脚部はもう限界だ。
これ以上の無理な機動には耐えられない。
『―――ランケア』
『はい』
スズが、小さな声音で呼びかけた。
とても落ち着いた優しい声だと、ランケアは思った。
『私、東雲イスズ以上の長になれるか分からないけど―――、それでもずっと一緒にいてくれる…?』
『もちろんです!』
ランケアの迷いのない答えを得て、スズは、
『ありがとう』
微笑んだ。
ずっと、これだけのことだったのに何故自分は避け続けてしまったのだろう。
……本当、私ってバカ…
巨大な武神の一刀が、動いた。
頂上から、一気に振り下ろされる。
敗北だ。
だが、
……次こそは―――
と、思考した瞬間、
『―――のおおおおおおおお!?』
叫び声と共に、2人の間を通り過ぎる物体があった。
『な!?』『えぇ!? ウィルさん!?』
そう、ウィルの鎧童子だ。
だが、なぜかバックで吹き飛んできたような姿勢だった。
脚部を失い、戦闘不能になったかと思われたその機体の胸部からは、煙が吹き上がっている。
『は、発射手順を間違えたッスよおおお!?』
ランケアが一瞬で思い出す。
”ハイパーブラスター”なる妄想兵装の存在を。
……あれを使ったんですか!?
砲弾のように飛んでいった鎧童子は”武双”へと一直線に向かい、そこに砲断刀の降り降ろしが重なり―――
『―――うばぁッ!?』
巨大な刃が、鎧童子の左肩の装甲に接触し、そのまま鎧童子は叩ききられる。
だが、それと引き換えに襲い来るはずの怒涛の気配が消失した。
”崩断撃”の発動が阻止されたのだ。
『スズさん!』
『ええ!』
2人の判断は一瞬を合致させ、最後の加速をかけた。
”武双”は、振り下ろした反動で数秒間動けない。
だが、それだけで充分だった。
近づければそれだけで勝てるのだから。
疾走しつつ、銀刀による斬撃の構えをとり、
……父上、ごめんなさい。
仮想の存在とはいえ、東雲の象徴に傷をつけることに侘びをいれ、
……私は勝ちます。
もはや敗北など考えず、
……共にある人達と、
最期の一刀と槍撃がほぼ同時に”武双”へと叩きこまれた。
……どこまでも、越えていくために!
決着の撃音が響き渡る。
次で、ラスト。