5-13:”武双”【Ⅲ】
搭乗者の意思を乗せた機体が、”武双”の拳撃を真っ向から受け止めていた。
「―――ウィ、ル…?」
ウィルの駆る機羅童子は、少し押されはしたものの、それ以上の後退はしなかった。
強く、地に踏みとどまっていた。
『重いけど―――、返せるッ!』
鎧童子が、勢いをつけ”武双”を跳ね返す。
”武双”はよろけることなく、半歩引くと再び拳で打ちかかって来た。
ウィルは、ひるまず正面から受けた。
……どうして?
スズは思った。
同じ機体のはずだ。
重量制限がない以上、吹き飛びやすさに違いはないはず。
なのに、
『―――まだまだぁッ!』
ウィルは吹き飛ぶどころか、逆に挑みかかっている。
前へと進んでいく。
初めて戦う相手のはずなのに。
無知であるはずの相手に向かって、臆さずに立ち向かっていく。
そしてスズは、ハッとして声をあげる。
「無理よ…! 下がって! そいつは、私が倒さないといけないのよ!」
『それは聞けな、ってぐお!?』
鎧童子が、腹部に拳撃を受け、今度こそ吹き飛ぶ。
背中で地をすべり、立ち上がったスズ機の足元まで滑ってくる。
そして、
『―――それは、聞けないッス! 絶対に!』
「私が指令役よ! 従いなさい!」
『それを聞いてしまったら、スズは1人で戦ってしまうッス!』
●
”武双”がゆっくりと歩いてくる。
重量ゆえか、または余裕ゆえか。
その動きには、迎え撃つ者に対して、自らの優位が絶対に揺らがないかのような気配がにじみ出ている。
ウィルは機体を操作する。
幾度倒れようとも、戦う。
そう決めている。
倒れて、そこで泣いて何も出来ないような人間にはもうならないと。
スズの声が来る。
『1人で戦って何が悪いのよ! 私は東雲の次期当主よ! 強くないと、みんなを引っ張れるほどに強くないといけないのよ! 父上がそうだったように!』
そう言って、スズの機体が前に出ようとする。
ウィルを押しのけるような動きだ。
……強くないと、か。
ウィルは、それを無理に押しとどめようとはしなかった。
かと言って前に出ようともしない。
「―――スズが強いなんて、みんな知ってるッスよ」
隣に並び立つ。
守られることも、守ることも望まず、共に戦う者としてあるために。
『私が、強い…?』
「俺、スズが頑張ってるとこ、ずっと見てたッス。勉強して、他の人といろんなことを話して、そして、俺の稽古にも付き合ってくれる。スズは、優しくて、強い人ッス! 東の人たちは、みんなそれを分かってる!」
ウィルは、大槍を構える。
「俺に協力させてもらいたいッス。勝てないなんて、いくらでもある。負けそうなら、誰かの力を借りればいい。どうしようもないなら、誰かを頼ればいい。自分の強さだけじゃ、どうにもならないことなんて、それこそ一杯あるんスから!」
”武双”が拳を振り下ろす。
スズとウィルはその場から左右に分かれる。
「確かに、スズのお父さんは強い人だったかもしれないけど、それでも―――、誰かと一緒に何かを成し遂げることを誇りとする人だったはずッス」
●
言葉を聞き、スズは思い出した。
いや、気づいた。
……そうだ。1人でなんてこと、なかった。父上にはいたんだ。
東雲イスズには、東雲アリアという最愛の妻と、並び立つ親友がいた。
……ムソウ。
スズは、思いなおす。
力を抜く。
肩に入れた力を。
そして、
『―――スズさん!』
後ろからきた声に振り返る。
ランケアの駆る機羅童子がいた。
だが、少し状態が変化していた。
「ランケア、その腕…」
スズは見る。
ランケアの機羅童子の、欠損した腕部が薄く光沢をまとったシルエットで再構成されている
しかも、その形は、
「”槍塵”の腕…?」
『はい。クレアさんから事前にもらっていたデータを組み込みました。機体性能も再現できているみたいです』
つまり、機羅童子の姿をしつつ、中身は”槍塵”の機体ステータスを持つということだ。
「…”槍塵”に乗るの、嫌がっていたのに、どうして?」
『ボクは、スズさんに追いつきたいんです。あなたのように強くなりたい、いつか肩を並べるにふさわしい人間になりたい。そのために決めました。過去を越えて、今を見ていこうと』
「過去…?」
『まだ今は話せません。でも、これだけは言えます。”武双”がこの場に現れたのは―――、ボク達のためです』
ランケアの機羅槍塵が、前へと視線を向ける。
そこには、巨大な姿がある。
”東”の戦神。
”東国武神”にのみ受け継がれる機械の武将。
雄雄しき姿から、圧倒的な存在感を放ち、そこにある象徴。
……あれを背負う意味をあなたは知っていたのね…。
スズは考える。
自分に出来るだろうか、と。
動かすのではなく、受け継ぐことができるのか、と
すると、
『―――行きましょう』
そう言い、機羅槍塵が横に並ぶ。
並び立つ、次代を担う者は、互いに手をとる。
『1人では無理でも、みんななら…、いや、みんないるからこそ成し遂げられるものがあると、ボクは信じます。それを教えてくれた人のためにも』
「そうね―――」
スズは、片手を胸にあてる。
「―――ありがとう」
静かな声で感謝を呟く。
視界をあげる。
その先で、鎧童子と”武双”が打ちあい続けている。
「戦うわ、みんなで。今、ここで共に戦うことを、誇りにするために!」
新たな刀をとる。
両手に持ったそれを、腰部に接続。
さらに、もう2本を両手に持つ。
合計4本の刀を携えた、スズの機羅童子。
1本の槍を持った、ランケアの機羅槍塵。
両者が、同じ方向に向け、同時に地を蹴った。
次回、1つ目の第5章、クライマックス。




