5-13:”武双” ●
「―――ふーい。戻ったぞぃー」
と、言ってシェブングは管理室に戻ってきた。
「おじい様。どこに行ってたんですか? 一大事ですよ? 割とマジで」
クレアを視線を交わし、次にモニターを見上げたシェブングは、
「―――そうか。それしかできんのか、お前はよぉ…」
そう呟く。
巨なる戦機が、仮想の戦場に降り立った意味を悟る。
「…おじい様。この事態の詳細を知っているのですか?」
と、孫娘のいぶかしむ視線を受けていることに気づく。
「ほっといてやれ。双方に本気を出させてやらんといかんからなぁ」
「ほっといてなど…、いろいろ責任問題ですよ。これは、クレアは責任放棄していいですか?」
「いざとなったら、ワシの責任にしろぃ」
「よし。これで思いきりいろいろできますね」
「ぬぅ!?」
しまった、と不用意な発言をしたことを後悔しても遅いと気づく。
すでにクレアは指示を飛ばしている。
「―――みなさん。責任はおじい様が全部まとめて受けてくださるようですので、思う存分やっちゃってください。妄想武器送り放題ですよ。祭りです。祭り」
その場の作業員が、全員で、おー!、と意気投合して端末とのにらめっこを始めた。
仮想模擬戦で試せる兵装は、参加者が選択したもののみ、というのが規則。
それが解禁されたということは、もう開発者共の檻など、フルオープンである。
もちろん、それに伴い、システム負荷の再調整などがめんどくさくなるわけだが、
「その辺は、おじい様に譲りましょう。”責任とる”って言いましたから」
やれやれ、とシェブングはキセルに火を入れた。
多少は引き受けてやろうと決めていたので、何とかなるだろう。
それよりも、この場を作れたことにはもう1つ意味があった。
……さて、ワシの作った新OSがどこまで通用するか、思う存分試してみろぃ。
●
「―――ムソウ、なの?」
と、スズは無意識に問いを放っていた。
目の前にいる、東雲の守護戦機”武双”へと。
相手は答えようとはしない。
通信は全て遮断され、許されているのは僚機であるランケアとウィルだけだ。
『……なんか、めちゃくちゃ強そうッス…!』
とウィルが呟いていた。
両肩に下がる巨大な盾型装甲は、見た目どおり盾にもなるが、巨体の出力を補う補助ジェェネレーターを搭載している。
胴体部分は細く見えるが、巨体である以上、それに比例した強靭な装甲強度を持つ。
見た目どおりパワー型。
当然ながら通常の機体よりも、機動性は劣る。
”機羅童子”よりもだ。
だが、この機体の真価はもう1つの要素が合わさってこそ発揮されると、スズは考える。
『―――あれが、”砲断刀”…?』
ランケアの声が漏れるのが聞こえた。
”武双”が、左手で持ち、肩に担いでいる細かい機構が組み込まれた巨大な刀。
銀刀と違うコンセプトで作り出された、専用兵装”砲断刀”だ。
そして、それは未だスズには扱えない武器だ。
重心バランスが、でたらめなくらいに悪すぎるのだ。
「―――くる…!」
”武双”が動いた。
そして、見せつけてきた。
「!」
身体に軽くわずかに旋回をかけ砲断刀を左腕のみで、振り上げ、その状態を支えて見せたのだ。
伏せていた頭部が持ち上がる。
鋭い視線を持つ鎧を纏った鬼のようなその双眸。
顔部分にある牙のような装甲が裂けるように、上下に展開。
そこに、光を帯びた陽炎が揺れ始めている。
砲断刀の柄にあった機構が、一部割れて落ちた。
破損ではない、元からある必殺を放つための特殊機構だ。
いうなれば、充填を終えたカートリッジを捨てるのと似ている。
『―――スズさん!』『―――なんか凄いこと起こりそうッスけど、大丈夫ッスか?』
ランケアと、ウィルの声が聞こえた。
そして、返す。
「…2人とも、合図したら建物の影に隠れなさい。狙われたら、一撃よ…」
スズが、振り上げられた剣先に神経を集中する。
そして、敵の頭部が前方に倒れこむ初動を見て、
「―――今!」
声を放った。
3機が動く。
振り下ろされ、一撃が来た。
一刀両断ではない。
破格では片付かない。
いうなれば、破砕。
圧倒的な地を這う爆撃のごとき、巨大な衝撃波。
放たれた力の瀑布が、戦場を蹂躙した。
●
「―――クレアさん! システム負荷が!」
作業員が声をあげる。
見上げるモニターは、完全にゆがみ、ノイズにまみれている。
簡易表示のマップでも、その一撃のすさまじさが見て取れる。
「これが、”崩断撃”ですか。爆撃機より怖いですね。昔はあんなのポンポン撃ってたんですか?」
「まあ、そういうコンセプトだから当然だろぃ」
「装弾数は?」
「10。最大出力だと……そういえば計ったことねぇなぁ」
「なんてもの造ってるんですか」
「まあ、撃ちすぎると機体負荷もやばいからな。適当に切り上げないとまずいってくらいか?」
”武双”の前方に扇形に放たれ放射拡散した衝撃波は、フィールドの約半分を更地につくり変えていた。
建造物は、破損エフェクトの再現が追いつかず、青いキューブ状の構成プログラムが漏れ出している。
「それに、パイロット負荷もそうとう来る」
「どれくらいですか?」
「使った奴は”死にそうなくらい”と言っていたな」
「…もっと言葉数が豊富なのはいなかったんですか?」
●
地形が変わっていた。
市街地など、もはやさっきまでの話。
構成プログラムの瓦礫の山と化した場所には、巨大な砂嵐のような土煙の再現が舞い上がっていた。
”武双”は、排熱を行っていた顎の機構を、口を結ぶがごとく閉じる。
何も言わない。
ただ見回す。
更地にした部分ではない。
衝撃波の放射を行う寸前に見ていた。
3機が前に飛び込んだのを。
扇の根元。
衝撃をより軽減するための行動だった。
機体に破損は与えられただろうが、それでも1機も墜ちていないだろう。
つまり、次がくる。
砲断刀を振り下ろした状態のまま、動かず気を研ぎ澄ませる。
そして、見た。
土煙を、引きながら飛び出してきた機影を。
スズの機羅童子だった。
頭部が少し破損しているが、ほぼ無傷だ。
そして、その手にしている武器はさっきとは違う。
標準兵装である銀刀を1本づつ手に持っていた。
周囲にも気づく。
いつの間にか、数多の武器が地に突きたっている。
刀。
槍。
銃。
槌。
戦艦の砲。
その他、妙な形のものまで。
システムにより構成された、西雀考案兵装全てがここに送られてきているのだ。
そして、目の前の敵が選択しているのは刀。
使い慣れた、最も応用をきかせられるものだ。
”武双”の使い手は考える。
それは自分も同じだ、と。
●
スズは、”武双”が砲断刀を手放すのを見た。
……そうよね。私でもそうするわ。
最大出力の崩断撃を放った後、砲断刀には冷却が必要だ。
その必要時間は、約5分。
通常の斬撃兵装のしての機能ももっているが、小型との斬り合いにはいささか小回りが利かない。
ゆえに、砲断刀を手放した敵が、新たに持つ武器は小さな刀か何かになるはずだ。
……それなら、なおさらこちらが有利になる。
”武双”には、武器選択の汎用性がない。
砲断刀による大規模破壊力を優先させた結果、使用できる武器は専用兵装に限られる。
無理に持てば、武器自体が機体のパワーに負けて砕けてしまう。
そしてこの場には、砲断刀以外に”武双”の専用兵装がない。
つまり相手は今、丸腰にならざるを得ない。
そして、乗り手がムソウだとすれば、右手側が使えない。
現に、ここに現れてから右腕を一切動かそうとはしないのが証拠だ。
だが、そこでスズは相手の動きに違和感を感じた。
……どうして、周囲の武器を見ないの…?
敵が踏み込みを見せる。
答えが来た。
右の拳撃という答えが。