5-12:仮想に浮かぶ戦場【Ⅴ】
ウィルが、コックピット内で大きな一息ついた。
「な、なんとかなったッス…」
先ほどの爆発的な反応速度を発揮したのが自分だという事実が、半ば夢であったかのようだ。
自分の前方と後方に、2機の機羅童子の残骸がある。
後方の射撃役をスズが、前方の槍撃役をランケアが奇襲によって仕留めたのだ。
『―――これで、全機撃破。お疲れ様。ウィル、あんた意外と粘ったわね。驚きよ』
「おかげでいろいろつかめた…ような気がするッス。この展開を見越して、俺をスタート位置に待機させてたんスね。さすが、指揮官役ッス」
スズはおそらく、敵の戦力配分を計算していたのだろう。
つまり、
「―――俺なら、敵3機を止められると信じてくれたんスよね?」
『…え? まあ、そうね。それでいいわ』
「あれ? なんか引っかかるんスけど、違うんスか?」
スズの返答の鈍さの理由をランケアが話す。
『あれ、確かスズさん。”あいつに1人でも足止めしてもらえば楽になるでしょ”とか話してたような…』
『ばか! 黙ってなさいよ!』
「ということは…俺、囮!? 囮だったんスか!?」
『そうよ。なにか文句ある?』
「開き直り!? 最低だこの人!?」
『結果的に勝ったでしょ。おかげでこっちは楽だったわ』
『…ボク6人引き受けましたけど』
『向こうが、私よりランケアの戦闘力を止める方を優先したんでしょ? 実際、その判断は妥当だったと思うわ』
スズの機体が、振動機構を止めた長刀を肩にかけるのが見えた。
『―――それじゃ、今日の仮想模擬戦は終了。明日は、もう少しハードにしましょう』
「え? 明日もあるんスか?」
『そうよ。これから1週間通しての訓練だから。アンタは今日だけのゲスト参加よ。お疲れ様』
はぁ…、とウィルが、安堵と残念が交じり合った声を漏らす。
その時、見た。
「ッ!?」
スズの背後に機影が飛び出すのを。
味方ではない、4機目。
それは、武装として槍を持ち、スズ機に対して槍撃を叩き込もうとしていた。
ウィルからは、声で伝えるにも、動いて迎撃するにも無理だ。
言う間に、敵の槍がスズの機体の背面につきたてられる。
……間に合わ―――
だが、その思考よりも早く、
『―――く…対応、お見事です…!』
奇襲をかけた敵の頭部に、伸びた槍が突き刺さっていた。
ランケアが、”夜叉”の柄を伸ばした槍撃をすでに叩き込んでいたのだ。
その時になって、スズがハッとして振り返り、11機目の敵を視界に入れた。
ランケアが、槍を引き、一撃で機能停止させられた機羅童子が地に落ちた。
『―――予測できず、不意に現れる戦力への対応。竹林での訓練が活きました』
”夜叉”を引いたままランケアは、そう呟いた。
『油断大敵、ってことね。勉強になったわ…』
スズが冷や汗を拭い、ため息をつくのが聞こえた。
『いい経験になった。今回の模擬戦、最期まで油断しないようにするわ。―――クレア、聞こえてる?』
スズが通信を入れると、すぐに応答がくる。
『―――はい。なんでしょうか』
『これで、今日の模擬戦日程終了。システムを切ってくれる?』
『分かりました。では、しゅ――ょ―を』
『? どうしたのクレア。インカム壊れてるの?』
通信が切れる。
「なにかトラブルッスか?」
『分からないわ。急に通信が切れて、何も聞こえなくなった…』
ウィルは、首をかしげた。
●
「はい。なんでしょうか」
インカムを耳に当て、クレアが応える。
『これで今日の模擬戦日程終了。システムを切ってくれる?』
「分かりました。すぐに終了を。待ってください」
と、周囲の作業員に指示を出そうとしたとき、
『? どうしたのクレア。インカム壊れてるの?』
そんな言葉が来た。
クレアは、妙に感じ、
「スズ聞こえますか。これから言う言葉が聞こえてるなら返事をしてください。―――や~い、チビ~、貧乳~」
『―――なにかトラブルッスか』
『―――分からないわ。急に通信が切れて、何も聞こえなくなった…』
「…どうやら、聞こえてないようですね。今の内といきたいですが…」
クレアは、異常を感じる。
自分の通信機は、昨日作ったばかりの新品。
壊れているとは思えない。
通信に不備が出るとすれば、搭乗機の通信機能に問題があるはず。
……模擬戦に使用する機体の整備は確実。不備がでるとは…とりあえず強制終了でいきましょうか。
とりあえず結論し、指示を続けようとした。
その時、
「―――クレアさん! こっちに!」
システム管理をしていた1人が声をあげた。
「どうしたんですか? トイレに行くから代わってほしいんですか?」
「違います! とにかこれを!」
歩み寄ったクレアが、示された表示を見て、
「……どういうことでしょうか」
そう、声を漏らした。
そこに表示されていたのは文字だ。
ただ一言、
”手を出すな”
それだけだった。
「……強制終了はできますか?」
「それが、終了プログラムと通信機能だけが阻害されているようでして…」
「武装の転送形成プログラムは?」
「無事です。どうしますか?」
「ありったけ送ってください。何かが来るような気がします」
「了解です」
そこで、クレアは気づく。
「…ん? おじい様はどこに行きました?」
その質問に、その場の作業員全員が周囲を見回し、そして不明を示した。
「―――クレアさん。模擬空間に新しい機影が!」
「今度はなんですか? 槍撃隊なら焦りすぎだと思いますが。”機羅童子”ですか?」
「違います。これは…嘘だろ…?」
「そんなモブっぽい反応してないで、正確に報告してください」
「東雲の…守護戦機です!」
●
模擬戦空間の空から、巨大な何かが降って来た。
周囲の建造物のいくつかが、落下物の発した衝撃に耐え切れず、倒壊する。
不意の出来事に、スズ、ランケア、ウィルの乗る3機は身を低くする。
『な、何事ッスか!?』
『ボクにはわかりません!?』
衝撃と同時に、土煙が高々と舞い上がる。
そして、スズは、
『―――あれは…そんなはず、どうして…!?』
見た。
土煙の向こうにある影を。
”機羅童子”の倍はあろうという、巨影に目を丸くした。
分かっていたのだ、その正体が。
『”武双”…!』
師の名前の元ともなったスズの機体。
長きにわたって、東雲に守護の名として受け継がれる機体。
それが今、土煙の晴れた向こうから、姿を現したのだ。
”東”最強の守護戦機”武双”満を持して登場。
詳細は次回、『5-13:”武双”』にて