5-12:仮想に浮かぶ戦場【Ⅳ】 ●
スタート地点。
そこにあるのは4つの影。
”鎧童子”と、槍撃隊3人の操る”機羅童子”が相対しているのだ。
しかし、鎧童子と向かい合うのは3機の内の1機のみ。
前衛たるその槍撃隊機は、
『―――間合いは計り損ねん!』
振り下ろされた大槍の一撃を避け、新たな一撃を送り込む。
弾かれる。
強固な多重装甲は、一撃など跳ね返す。
……いや、これでいい!
跳ね返された中に、散った欠片を見る。
鎧童子の装甲の一部。
小さいものだが、
……確かに削れているぞ!
今度は大槍が横薙ぎに振られる。
しゃがんで避け、今度は3連突き。先ほどと同じ位置に打ち込む。
そして、
『―――いまだ!』
後方に大きく跳ぶ。
それと同時に、鎧童子へ残り2機の射撃が浴びせられた。
鎧童子は、大槍を前面に交差させ、防御体勢をとる。
……大槍すら盾に―――、だが!
浴びせるように見せて、狙いは正確に装甲の損傷部分に刺さる。
そして、砕けた。
脚部を覆っていた装甲が、弾けとんだ。
『弾切れだ。交換する!』
射撃役の内の1機が声をあげ、”芝辻”の銃身下からカートリッジを落とす。
『再び行く!』
それだけで前衛は前方へと加速をかけた。
鎧童子は自らの装甲に阻まれて、うまく動けていない。
狙うは脚部。
戦いをとるには、まず敵の機動力を削ぐことからだ。
この流れを数度繰り返してきたことで、鎧童子の装甲はかなり削れてきている。
そして、今、狙うべき部分が明らかになった。
その脚が。
……もらった!
と前衛が思考した瞬間、衝撃がきた。
『―――ッ!?』
一瞬揺らいだ姿勢をすばやく補正。
セミオートは切っている。邪魔なだけだ。
熟練した感覚を反映したマニュアル操作は、自動補正よりも格段に早い反応を示す。
そして、回復した視界の先で、自身が揺らいだ理由を知る。
『……捨てたのか。いや―――』
自身に衝撃を食らわしたのは、鎧童子が自ら捨てた装甲だった。
パージすると同時に、装甲を周囲に飛ばしたのだ。
だが、全ては捨てていなかった。
腕部には小さく残っているが、主に胸部、肩、には大型の装甲がついたままだ。
『可動域の優先と、急所への防御体勢を優先させたのか…!』
鎧童子が、大槍を構える。
突撃の体勢だ。
『―――しかし、能がない!』
前衛機は、再び加速した。
●
ウィルは相対の中で思考する。
どうすればいい、と。
しかし、森林で戦ったあの時とは違う。
勝てるかどうかではない。
勝つにはどうすればいいのか。
―――負け続けろウィル。そして大切なときに勝てばいい―――
ムソウの言葉が脳裏をよぎる。
ここだ。
ここが勝ちを取りに行く場所だ。
自身の機体状態を確認する。
相手が装甲をはがしにかかってるのは分かっている。
今のところは装甲で助かっているが、こちらの攻撃を当てられない以上、いずれ限界が来る。
相手は、自分の武道では届かぬ相手だ。
―――お前には折れない、鉄の意志がある―――
……今度こそ、届かせる!
敵の射撃に対して防御体勢をとる。
堅牢なのは、装甲だけでなく武器自体も盾として機能する。
そして、ウインドウを展開する。
そこに表示されるのは、機体全体を覆う装甲を示す簡易図。
「これとこれとこれと…!」
排除する装甲を指でタッチし、選択していく。
脚部はいらない。動きを阻害する。
腕部は、可動範囲を確保しつつ一部残す。
胸部、肩部はそのまま。
背面は外側を捨て、中心部分だけをそのままに。
そして、
「―――よし!」
選択を終える。
ウィルの操作に従い、機体に反映という形で現れる。
飛ばした装甲の一部が、突進してきた敵を打ちすえ、よろめかせた。
「これならいける!」
再び前を向いたウィルは、この時気づいていなかった。
重量超過を示していた赤い点滅が全て消え、あらゆる装備が己が機体の許容内に収まっていることに。
それは”鎧童子”が、ウィルの意思を宿す半身となったことを意味していた。
●
加速の槍が突きかかる。
新たな形となった”鎧童子”は、身を沈め、大槍を止める。
そのまま、
『うおおおお!』
押し返した。
声を上げ、脚を地面に打ち、突進を返す。
『く、突進力が上がっただと…!?』
脚部の装甲を捨て、可動範囲があがったことで、より強い踏み込みを行えるようになったのだ。
弾かれる。
装甲による重量差で片付けられない。
前衛は理解する。
変わったのは、機体の外見だけではない。
その内にいる、見えざる敵もまた何かを得たのだ、と。
……一部の油断もせん!
敵が再度突進をかけてくる。
今度は、大槍を後ろに振りかぶるように構えてくる。
真正面は大槍の攻撃軸線上であり、本来なら避けに転じるところだが、
……ここが賭けだ!
交差するような大槍の一撃が降りかかる。
まるで、巨大な双頭の竜の顎のような錯覚を覚える。
その重量からくる攻撃力は破格だ。当てればただではすまない。
だが、前衛は、前方へと加速する。
深く、より速く、その先へと踏み込んでいく。
そして、
『―――ここだ!』
入った。
大槍の根元まで、入り込んだ。
ゼロ距離。
そこには、機体1つがおさまる程の空間がある。
大型兵装故の死角だ。
……この距離なら頭部を―――
大槍を空振りにした以上、相手の懐はがら空き。
そして、目の前には急所である頭部があるはずだ。
だが、
『な、がッ!?』
敵の頭部が、すさまじい勢いで迫ってきた。
頭突きだった。
低くした姿勢の真上から急な衝撃に襲われ、機体が地に叩きつけられた。
かなり重い一撃に、パイロットの姿勢回復が遅れる。
次に見たのは、
『―――な、に…?』
モニターいっぱいに映し出された大槍の側面。
今度は正面からの衝撃が襲ってきた。
機体が吹っ飛び、宙に浮く。
装甲が砕け散る。
そして、
『―――槍撃隊の方―――、ありがとうッス!』
声を聴いた。
自分よりも、もっと若い少年の声だった。
……子供、だったのか…。
そして、モニターが全て死ぬ。
頭部だけでなく、機体全体の破損により行動不能が表示される。
槍撃隊員は自らの脱落を悟り、
「―――”ランケア殿を一日自由権”。欲しかったなぁ…くそぅ!」
そう声をあげた。
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残存の槍撃隊2機は前衛の撃破を見る前に、すでに動いていた。
双方に、手持ちの武器を交換する。
片方は、2本の槍を。
もう片方は、2本の銃を。
新たに前衛となった機体が、鎧童子に仕掛ける。
その後に、射撃役となる2機目が続く。
今度は、同時攻撃だ。
鎧童子の装甲は、前面に集中して残されている。つまり、
……真正面からの1対1を想定した形態ということだ!
すぐさまそう看破した。
こちらの攻撃に対して、鎧童子が反応して身構える。
大槍の一撃がきた。
だが、軌道は見切れている。
相手は、大槍を刺突でなく、打撃に用いる行動が多かったことも分析していた。
……ならば、フェイントだ。
前衛役がバックステップをかけた。
大槍の先端が、機体の鼻先をかすめるが、確実に相手の空振りを誘えた。
その隙に、
『―――とるぞ!』
射撃役が、建物を蹴って鎧童子の背後に、飛んでいた。
決め手は前衛役でなく、射撃役にあった。
着地。照準。
狙うのは、脚部。
相手は武器を振った反動で動けない。
そのトリガーが引かれようとした瞬間、
『―――しまった、後ろを!?』
前衛役は見た。
射撃役の後方に、市街の影を縫って機影が飛び出した。
その手に持つ武器は、長刀。
スズの駆る機羅童子だった。