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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(東国編:全14話)
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5-10:片割れ達の月見酒 ●

挿絵(By みてみん)

 三日月の映える明るい深夜の空の下。

 東雲邸の縁側に人影があった。

 ムソウだ。

 彼が手に持ってきたのは、酒の入った瓶と、幅広の赤く塗られたさかずき

 それを、床に置く。

 そして、自身は庭に降り立った。


「……」


 空を見上げ、一息だけ呼吸の整えを行うと、腰に下がった”炎月下”の柄に手をかける。

 そして、


「―――ッ」


 抜刀する。

 大気を両断するであろうとという高速での居合い。

 鞘から抜ける音すら、わずかにも聞かせない。

 抜刀と同時にすでに振り抜かれきっていた。


「―――さて、と」


 ムソウは、そう言うと、手に持ったそれを勢いよく地面に突きたてた。

 切っ先が傷つくこともなく、あっさりと石を割り深く沈むと、”炎月下”はその身を地へと固定する。

 突きたてたムソウの方は、そのまま刀を置いたまま、縁側に戻り、座り込む。


「相棒、5年もつき合わせて悪かったな、東の空の下が恋しかったろうよ。のんびりしな」


 そう言って、ムソウは杯に酒をこぼす。

 そして、ゆっくりとあおった。

 喉を通る苦い感覚も、ずっと昔に克服した。


「こいつじゃ、いつもお前には勝てなかったよな、イスズ」


 ムソウは、”炎月下”の刀身を見つめる。

 黒の刀身の刃を際立たせ、炎のように波打つ波紋。

 それは今、月光を受け、青く澄んだ光を纏っている。

 月の光を、思いきり浴びているかのように思えた。

 すると、


「―――あら、寝床にいないと思ったらこんなところにいたの?」


 声の方を見る。

 アリアがこちらに向かって、歩いてきていた。

 昼間と違い、寝る前の薄い淡色の着物のみを身につけている。


「なんだいアリアさんよ。深夜に徘徊とは、あんたらしくねぇな」

「ふふ、ムソウとお話したかったの。だって、家にいるとスズちゃんが噛み付いてばかりだから、長話はいつもお預けになるし」

「まあな、今日で306連勝だな」

「なーるほど、これで夕方に、どうしてスズちゃんがボロボロの服着て、泣きべそかいてお風呂に飛び込んだのかが分かったわ」

「なんだ。アイツ泣いてたのか?」

「5年ぶりで、絶対勝てるんだって自信満々だったから、ボロ負けして悔しいのね。完勝かしら?」

「まさか、アイツも少しはできるようになってたさ。さすがに素手だけだと攻撃食らう気がしてきたぜ」

「ふふ、昔は木刀VS素手でムソウ圧勝~、だったものね」


 カカカ、とムソウは笑い、新し一杯を入れようとする。

 すると、


「私にもいただけるかしら?」


 杯の一式を挟んだ位置に、アリアが腰を降ろした。

 共に月のある方へと、身体の方向を合わせた形になる。

 ムソウは、1つしかない杯に酒をこぼす。

 アリアは、それを静かに右手で持ち上げ、そしてもう一方の手を添えた。

 すぐには口をつけない。

 その視線がいく先には、地に突き立てられた東雲の宝刀”炎月下”がある。


「―――もう、15年以上経つのね。早いわね、時間が経つのって」


 ムソウは、イスズのことだと悟る。

 どのように、自分の夫が亡くなったのか。

 アリアにもそれは知らせてはいない。

 なので視線を合わせられず、ただ前を見ながら、ボソリと言った。


「……すまねぇ」


 そっと、視線を横に流すと、アリアが口元につけた杯をゆくりと傾け、お酒を口の中に送っていた。


「ふぅ…、もう一杯、いただける?」


 アリアは笑顔で、杯を盆の上に置いた。

 ムソウは、ため息をついて酒を注いだ。

 すると、不意に、


「ムソウ。私は、あの人の死において、あなたを咎めません」


 そんな言葉が来た。

 ムソウが、瓶を置く。

 アリアが、杯を手に取る。


「このお酒と一緒です。流れ、飲み込まれたものは、決して戻っては来ない。人が生きるということは、同時に死もどこかにあり、いずれやってくる。それは当然のことです」


 ムソウは、少し間を置いて応じた。


「…確かにな。理屈はそうだよ。正しいさ。だが、アンタは…、いや、あんた達の心はどうなんだ? それで納得しちまっていいのか?」


 そうだ、自分は―――


「アイツを、見捨てて戦場から逃げて帰って来た俺を。イスズを守れなかった情けない男を、責めずにいられるのかよ…」


 ムソウはそう言い、肩を落とした。


「どうして、どいつもコイツも俺を恨んでくれねぇんだよ…。たくさん死んだだろ、かけがえのない奴が。イスズだけじゃねぇ。フォルサも、西雀家のご夫婦も、他にもたくさんいただろ…」


 なのに、


「どうして、こんな情けない落ち武者なんかに笑顔くれんだよ…」


 ムソウは、空を仰いだ。

 まぶしい月光だ。

 だが、見上げられる。

 こうして、この場所にいられる。

 それが分かる。

 そして、それがつらいのだ。


「なんで、みんなして”おかえり”って言ってくれるんだよ…」


 そんな資格ないのに。


「―――では、死んでいった者の代わりに、あなたが死ねば良かったと思うのですか? 皆がそう思ってくれることを願ったのですか?」

「そうだよ」

「なら、その認識は改めなさい」


 アリアが発したのは、普段どおりの口調。

 しかし、ムソウはそこにある何かに気押された。

 見ると、杯は盆の上に戻され、新たな酒が注がれている。


「ムソウ、それをとりなさいな」


 言われるがままに、ムソウは杯をとる。

 だが、すぐに口には運ばず、揺らして、月の光を映しこませた。


「―――確かにあの戦役は多くの、大切な人を奪いました。その中には私が愛した人も含まれています。しかし、それでも、あなたが帰ってきてくれて皆嬉しかったんです。あなたはもう”大切な人”なんですよ?」


 ムソウは答えない。

 ただ、聞き続ける。


「東雲・イスズは、あなたをこの場所に、東雲に連れてきた。そして、親友とし、戦友とし、そして家族としての名を、東雲の守護戦機と同じ名前を与えた。それができる人だったんですよ? あの人は」


 赤の他人を、家族にする。

 簡単なことじゃない。

 むしろ愚かしく、馬鹿げたことだ。

 でも、東雲・イスズは言った。


 ―――赤の他人であることか? それだけでは、家族になれない道理にはならないな。頭おかしいんじゃないのか、ムソウ。ははは!―――


 むかつくぐらい笑っていってのけたのだ。

 東雲という家柄が持つ立場や行為の重さ、重要さなどものともしない奴だった。


 ―――過去の偉人達がなにを成そうと、今をつくり上げているのは、ほかならぬ我々だよ。ならば、ここに新しい出来事や珍事を並べよう。そして、後から思い出してみんなで笑いあおう。きっと楽しいに違いないさ―――


「―――ほんと、変な奴だったよな…」


 ムソウの口元に笑みが浮かぶ。

 後から後から、記憶が返ってくる。

 戦って、ケンカして、笑いまくって。

 全部、思い返せる。

 そして、思う。


「ああ、楽しかったよな…、イスズ」


 突き立つ”炎月下”が、答えるように鈍く光る。

 イスズに預けられたときから、共にあるものが、告げているように思えた。


 ―――まだ、やるべきことが残ってるだろ?―――


 そうだな、と内心で思う。

 すると、アリアが言う。


「あの人は、東雲の跡取りである私に、なんの躊躇もなく近づいてきたんですよ? そして、なんていったかわかるかしら~?」

「知ってるよ。”一目惚れです。抱き上げてもいいですか?”だろ? 一時いっとき大騒ぎになったってな」

「そう! そうなのよ~! あの人、あまりに斬新すぎてね~。まさか、そのままさらわれるなんてね~。あーれーな気分だったの」

「そのあと、初接吻ファーストキスだろ? イスズの奴、暇になるとその話してきやがる」

「そうそう~! 凄く楽しかったわ。初めて、外を見た。そして、一緒に逃げて逃げて。そして、私が”そろそろ帰らないと、父上が心臓麻痺を起こすわ”って、オロオロしてたら、こう言ったの。”では、また今度来ましょう。あなたと一緒に楽しい時間を得るために”って。もう、乙女回路爆発寸前よ?」

「話だけ聞く限りだと、変態野郎にしか聞こえないのにな」


 ムソウは、天を仰ぎ、笑った。

 アリアは、袖を口元にあて、ふふふ、と微笑んだ。

 かつて、2人の中心にいた人のことを思い出し、笑顔を送った。

 それは、死にいった者達への鎮魂として、最もあるべき形。


「あいつは、言ってたな。”笑え”って。”どんな感情を抱いても最期には笑っていろ”ってよ」

「ムソウ、知ってるかしら? 人は2度死ぬって言う話」

「なんだよそれ。2度目はいつだよ」


 ムソウの苦笑に対して、アリアが人差し指をたてる。


「1度目は、生き物としての死。これはわかるわね?」


 そして、と中指をたてる。


「2度目は、魂の死。人には思い出を振り返る力がある。それはとても尊く強い力。それがある限り、その人は、いつでも共にいるということ。みんなが忘れない限り、あの人はここにいます。あの楽かった記憶と共に、ね?」


 アリアの視線が、ムソウへと向けられる。

 姉とも、母ともとれるまなざしに対し、ムソウはもうそこから目を背けることはしない。


「サンキューな、アリアさんよ」

「ムソウ。私は、あなたが帰って来てくれて嬉しかったですよ。家族を1度に2人も失わずに、本当によかった。心の底からそう思います」


 2人の視線の先には、”炎月下”がある

 東雲の意志を宿して。 

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