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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(東国編:全14話)
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5-9:眠れる”槍”【Ⅱ】 ●

挿絵(By みてみん)

 ―――これから話すことは、他の人に言わないと約束してください―――

 

 ランケアに連れられるまま、ウィルは薄暗い格納庫へと入っていた。

 会話をする間もなく、ランケアは歩を進めていく。

 奥へ。

 さらに奥へ。

 そして、巨大な鉄の扉が現れる。

 ゆうに20メートル。

 間違いなく鋼の人型を格納する場所だ。

 ウィルは、プレートに書かれている文字を見つめた。

 

 ―――NR―43”槍塵”―――


 そう書かれていた。

 ランケアが、扉の前にあるコンソールを叩いていく。

 たいして時間もかけず、ロックは解除された。


「…中へ」


 2人は奥へ進んだ。

 通された先は、やはり暗かった。

 扉が駆動し、外から隔離される。

 外から入る光は、さらに制限され、それこそ内部の照明に頼るしかない。


「―――今、明かりをつけます」


 ランケアが言い終えて数秒後、明かりが来た。

 上から、18連以上連ねられた照明が、周辺と同時に、それまで隠されていた鋼の人型を照らし出した。


「これは…」


 ウィルは目を見張った。

 自分達がいたのは、キャットウォークだった。

 そして、見上げる。

 目の前にあるのは、巨人の上半身だ。


「南武家の守護戦機です。名前は”槍塵”。ボクのために新造された専用機です」


 ランケアもまた、照らし出された”槍塵”を見上げる。

 鋭角なフォルムを外側に持ちつつ、中心はしなやかに丸みを帯びたスマートな軽量重視の機体構造。

 全体的に装甲は少なめに見えるが、かなり精巧で細かい装甲があり、見た目よりも防御力は高めになっている。

 東の機体の特徴である足先の爪型構造は、近接時に地への踏み込みをより強固にでき、なおかつ跳躍動作をより柔軟に行わせることに重点が置かれている。

 なにより、特徴的なのは機体の後頭部から伸びる長く白い”髪”。

 あれは、近接時に発生する熱を逃がすための”放熱板”を繊維状に加工した”放熱フィン・ケーブル”を束ねたものである。

 これにより、長時間の稼働時間を得ることができるという。


「開発者はクレアさんです。あの人が本格的に設計に取り組んだ初めての特機になります」

「専用機か…、さすがッスね」


 と、少し興奮気味に見ていたウィルだったが、ふとあることに気づく。


 ……なんか、きれいすぎるッスね。


 ”槍塵”の装甲には全くと言っていいほど傷がない。

 普通、機体は一度動かせば、消耗し、傷が出来る。

 ”槍塵”には、それがないのだ。


「……ランケアって、機体乗って戦ったことないんスか?」

「いえ、あります。西と戦ったことはありませんけど、国内でもいろいろごたごたがありますし、その時には」

「”槍塵”使ったことないみたいッスど、守護戦機っていざという時まで動かさないもんなんスか?」

「…いえ、むしろ頻繁に使われたほうがいいんです。スズさんとかは、積極的に自分の守護戦機を使ってます」

「乗りたくない理由とかあるんスか?」


 ランケアは、不意に言葉を止めた。

 ”槍塵”を見上げたまま、深く息を吸う。

 そして、告げた。


「―――あります」


 視線がウィルに向かう。


「ボクは”槍塵”を扱うに値しない人間だからです」



「―――じゃあな、妖怪じじい。例のやつ、しっかり頼むぜ」

「なんじゃぃ、もう逃げるのか。もう1局さしていかんかい」

「冗談じゃねぇ。じじいの暇つぶしの道具にされてたまるかってんだ」


 舌打ちし、ムソウはその場を去ろうとする。

 すると、


「また来いよ坊主ぅ。ワシに勝つまでなぁ」


 背後から、そんな声が来た。

 ムソウは、振り返らない。

 何も言わない。

 だが、一度立ち止まって左手を背中越しに振って別れを告げた。

 ガキの頃から、もう何度こういう分かれ方をしただろうか。


 ……じゃあな、ブン爺。


 心の内で、そう言った。

 と、不意に新しい人影が現れた。


「―――おや、誰かと思えば侍野郎ではありませんか。不法侵入ですか? 通報しますよ」


 クレアだった。


「何だよ鉄女。いちゃ悪いかよ」

「いえ、ただ冷蔵庫にとってある饅頭を食べられてないか心配だったので」

「ガキかお前は」

「ガキのような心配をさせるようになったのはあなたですよ、侍野郎」

「なんのことだかなー」

「あなたが来ると、私のおやつがいつも少なくなってます。なので警戒してるんです」

「さすがの俺様でも饅頭1個のために、有刺鉄線と高圧電流が配置されて、なおかつ2メートルの番犬型機獣が5体ついてる冷蔵庫に近づくのは面倒くせぇよ」

「やった。ついに勝ちました」

「んじゃな。夕飯どう作るのか見物だぜ」


 ムソウは、カッカ、と笑ってその場を後にした。

 勝利のガッツポーズをとるクレアの元に、シェブングが来る。


「おい、クレアよぅ。そろそろ冷蔵庫の厳戒態勢を解いてくれんかぃ? 茶も飲めやせんぞぉ」

「あ、解除コード取り付けるの忘れてました」

「すぐに全部ぶっ壊してこんかぃ!」



「―――乗る資格がないって、どういうことッスか? だって、南武家の次期当主なら…」

「先代当主である南武・フォルサとボクの間に血縁はありません。赤の他人なんです、ボクは」

「他人って…、でも幼いころから一緒だったんじゃないんスか?」

「それは事実です。ボクは彼女に育てられた。そして、今ここにいます。次期当主としての立場に」


 言うランケアの表情は、どこか重い。


「でも、血を引いてないからって資格がないってことにはならないんじゃないッスか?」


 ウィルはそう問うが、ランケアの首は横に振られた。


「この”東国”は、血統が継承されることを強く重んじます。それは、歴代のならわしみたいなものです。血を継ぎ、伝えることは民衆への示しともなるんです」

「じゃあ、結婚する相手とか選ぶのも?」

「いや、相手は制限されていません。ようは、血縁であることが大事なんです」

「なるほど、じゃあ、フォルサさんってそれ分かってたってことに?」

「おそらくは。母は、2年ほど国にいない期間があったそうです。ボクはその間にできた子供、ということになってるんです。でも実際は、賊によって命を絶たれた見ず知らずの人の子らしいんです。覚えてませんけど」

「よくごまかせたッスね」

「ボクはよく知りませんが、もしかしたらこの東国内の誰かが、”秘密”に協力したんだと思います。誰かはわかりませんが」

「でも、みんな親切にしてくれるッスよ?」

「それは、みんながボクを血統を継ぐものだと思っているからです。本当の両親は東の人だったので、髪の色とかで違いがでることもなかったですし」


 ランケアは、”槍塵”を見る。

 これまで一度もその力を振るうことなく、この場にあり続ける機体。

 フォルサの使用していた先代の”槍塵”は失われた。

 彼女と共に、知らないうちに消えてしまった。


「―――先代…いえ母は、強く優しい女性でした。血の繋がらないボクを、実の子のように愛してくれたんです。槍使いとしての才を見出してくれたのも彼女です。物心ついたころには、一緒にいて母親だと信じて疑わなかった。でも、”朽ち果ての戦役”で母は亡くなりました。遺言には、ボクを”南武家の次期当主とする”と」

「信じてくれてたんスね」

「嬉しかった。でも、同時に罪悪感もあります。ボクの周りの全ては、ウソによって作られてしまったものしかない。それは、罪深いことなんじゃないかって」


 ランケアが胸に手を当て、うつむく。

 少し後悔の念はあった。

 だが、ずっと自分の中でくすぶっていた気持ちだ。

 ウソで周囲と付き合い続けるのがつらくて、つい誰かに話したい衝動に駆られてしまった。

 だが、


「―――血なんか繋がってなくたっていいじゃないッスか」


 そんな言葉がきた。

 いつの間にか、ウィルが自分の目の前までやってきていた。

 ウィルは、話を聞いた後も特に動じた様子はない。

 いつもの自分であり続けるのだ。

 そして、言葉を伝えていく。


「フォルサさんとランケアの間には、一緒に過ごして来たっていう”じかん”があるッス。それは、誰もなかったことになんかできやしない。もっと南武の人達を、いや東の人達を信じてあげないといけないッス」


 続けて言う。


「俺、東に来てそんなに時間経ってないけど、みんな広い心を持ってると思った。それは、歴史じゃない。今を生きる人たちだからこそ、築けてるものなんだって思うんスよ」


 東の地、そこは広く草原のような心を持った人達が生きる場所だ。

 ここに来て、よかったと思う。

 もっと、いろんな人に会いたいと思う。

 だから、


「きっと、みんなランケアを受け入れてくれる。だから自信もって胸を張っていいんスよ」


 その言葉を受けて、ランケアは思う。


 ……ありがとう、ウィルさん。


 そして、考える。


 ……ボクは、本当に越えるべきものを見極めるべきなんだろうか。

 それを果たしたときこそ、眠れるこの機体を揺り起こすことになるのかもしれない。

 ”槍塵”は、ただ沈黙を守り続ける。

 主が答えを出し、共に力を振るうその日まで。 

機体紹介


挿絵(By みてみん)


機体名:槍塵


戦闘法:槍撃


特記:”一番槍にて敵たるものを塵芥とせん”

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