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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(東国編:全14話)
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5-9:眠れる”槍”

 ボクにとってその人は母親だった。

 戦いから戻ると、いつも笑って小さなボクを抱えあげてくれた。


 ―――いい子だな。ランケアは。食べたいぐらいだぞ。


 そう言って、頬に触れてくる唇はすごくくすぐったかったのを覚えてる。

 いつからか、思うようになった。

 ボクは、母の後を継ぎたいと。

 そのために槍を習いたいと頼み、母はそれを喜んでくれたが、同時に本当にいいのか? とも何度も尋ねられた。

 師匠と弟子。

 親と子。

 なんの問題もないように思われた。

 だが、ある日母からあることを告げられた。

 母も分かっていたのだ。

 いつか来る避けられないことだ、と。

 それを抱えてなお、この南武にいる。

 どうすればよいのか、という答えも出ないまま、この場所に来た。

 かつて母が息子の秘密を明かした場所へと。



 ウィルがランケアに連れられて足を踏み入れたのは、西雀家の敷地内だ。

 東国の日用雑貨から兵器関連まで幅広く開発する西雀家。

 東国内の実に3分の1の敷地面積を誇るため、軽く冒険気分にもなる。

 歩いていると、いろいろな光景が目に入ってくる。

 消しゴム製造機とか銘打つ、5メートルクラスの機械”お宅のスペースもスッキリ消します”とか

 機体用の長大なチェーンを保管できる専用大型ボックス”あーああーできます”とか。

 高出力の溶接機”ヒートぶった切り”とか。

 ちなみにキャッチフレーズは”熱さならだれにも負けねぇ”。

 その中でも特に斬新で刺激的に移ったのは、ガスいらずの電磁調理器”100万ボルト”だ。

 防犯にも使える二役の万能器具である。


「なんか市場にきたみたいで面白いッスね」


 と、前を歩くランケアに話しかける。


「みたいじゃなくて、本当に市場なんです。西雀家の敷地内は家電製品を取り扱う量販市場で、年中無休、夕方9時まで対応。アフターケアも万全という感じです」

「兵器開発もしてるんスよね?」

「歴代を通してそれは変わりません。機体には機体の、家電には家電のそれぞれに専門開技術者がいます。みんなが兵器開発に携わっているわけじゃりません」

「なるほど、じゃあこの間、東雲邸に来たクレアさんて人は?」

「あの人が西雀家の次期当主です。ちょっと変わってる人ですけど」

「そうッスか? どこにでもいる普通の人だと思ったッスけど」

「出会いがしらにおバカ言われるのが日常だったんですか、ウィルさん?」

「いや、それとこれとは別ッス」

「今の当主代理はシェブングという人で、この人は先代の前の当主をしてたんですけど、いろいろあって戻ってるんです」

「じゃあ、結構おじいちゃんッスね。大丈夫なんスか? 身体が弱いとか?」

「そうですね。もう90才越えてるはずですから。二足歩行で、酒をラッパ飲みして、煙吹かして、バック宙を決めたり、ムソウさんと組み手もするそうですけど…」

「心配要素ゼロッスね」


 とそんな話をしつつ歩を進めていると、 


「―――おや、ここに来るとは珍しいですね。ランケアにバカウィ」


 という声が来た。

 みると、ボルトと工具箱を両手に持ったショートカットヘアに作業服姿の女性がいた。

 クレアだ。


「あ、お邪魔してます」

「あれ? 俺の名前が、だいぶバカ成分に侵食されてるような…」

「気のせいですよ。バカウィ」

「全然気のせいじゃない!?」


 ウィルを無視してクレアの視線は、ランケアにくる。


「今日はどうしました? 性転換ですか? やっと女性になる覚悟ができましたか」

「クレアさん、やっとって何!? ボク、一生男でいるつもりですからね!?」

「では、どのような用件でしょう?」

「”槍塵”は今、どこにありますか?」



 西雀邸の一室に、2人の姿があった。

 ムソウとシェブングだ。

 2人が挟んでいるのは、将棋台。

 この家にきたら一局とるのが、シェブングが提示した会話の条件である。


「―――久しぶりに帰って来たと思えば、まあ、また妙なのをつれてきたなぁ。ムソウよぉ」


 シェブングがさす。


「ウィルのことか? それとも機体のことか?」

「両方だぃ。お前の番だぞ」


 ムソウがさす。


「いいかげん、腰を落ち着けてみたらどうでぃ。東雲の小娘といざこざがあるのは分かってる。なんなら家を下宿にしてもいいんだぞ?」


 シェブングがさして言葉を続ける。


「それに、東にはお前さんの影響力が強いのはわかってるはずだ。お前が動くと、なにかあるのかと民衆は不安がるんだぞ?」

「いいんだよ。のほほんとして、いざという時に緊張感なくなってるよりずっとな」


 ムソウがさす。王手だ


「おっと、いかんなぁ。間に防衛を置くとしようかぃ」


 シェブングが、臨時の壁をさす。


「そんで続きだが、お前もまだ引きずってるんだなぁ…。イスズの残したものを」

「あの野郎の言葉のおかげで、俺様は東にいないといけなくなっちまったよ。迷惑な話だよな、全くよ」


 ムソウがさす。追い詰めにかかる。


「それはどうかねぇ。ワシにゃあ、お前さん自身になにか未練があるのではないか、と思うがなぁ?」

「あ?、どういうことだよ」

「お前さんは捨てようと思えば、全てを捨てることができる。”炎月下”と共に”東国武神”の名を東雲に返上すればいい。そう、何もかもを捨ててな」


 シェブングがさす。逃げる。


「相変わらずむかつく妖怪じじいだな。そうできない環境で、俺様がそうしないってのも分かってるくせによ」


 ムソウがさす。逃がすまい、と。


「イスズの死は、お前さんの中だけにあると言ったな。つまりそれは、そうしなければならないわけがあるということだろぃ」

「察しがいいな。だてに生きてねぇか。ならそれ以上言うなってのもわかるよな?」

「ああ分かっているとも。だが、納得とは別の話じゃぃ。あえて尋ねるぞ―――イスズは何に気づいていた?」

「……そっちの番だろうが、早くしな」


 にやりとシェブングが笑い、


「そら、攻めの手はいただいた」


 と、機動力のある駒がかっさらわれた。


「なにぃッ!? くそっ!」

「はっはっは! 心揺さぶられてワシの駒を見落とすとは迂闊じゃぃ!」


 奪い取った駒を手元で弄び、シェブングは上機嫌だ。


「”東国武神”がいなくなれば、東は今のお前さんのような気分になるだろうな。よくわかったかぃ?」

「ああ、わかりやすいご高説をどうも、妖怪じじい。だが、まだ勝負はついてねぇぞ!」

「若者は諦めが悪い。そこが取り柄でないとな!」


 弱者をいたぶる視線を飛ばしてくる、じじいに負けまいと集中する。


「そういえばよ、新しい”槍塵”が開発されたってのは本当かよ?」

「ああ、本当だとも。フォルサの使っていたのは、完全に大破して回収もできなかったからなぁ」

「アイツの殿のおかげで、俺様は命拾っちまったよ」 

「あやつは分かっていたんだろぅ。”東”にはお前が必要だ、と。だが、こうも覚えておけ、民衆が求めているのは”東国武神”でなく、お前なのだということをよぉ」

「ちげぇよ、じじい。逆だ」


 ムソウは、新たな駒を手に取る。

 失われた者は戻ってはこない。

 だがからこそ、残された者で新たに踏み出す必要がある。

 だが、それでも、


「求められるべきは俺様じゃいけなかったんだよ。イスズのバカも、フォルサのアホも、西雀そちとらのほんわかご夫婦もそうだ。どいつもこいつも死ぬべきじゃなかった。俺様が残るほうが後々いいから、とかいう理由だけでこっちが生き残っちまったんだ」


 ムソウがさした。


「こんな山賊上がりで、血の気が多いだけの野郎に、なんでそんなに期待してんだか…」

「だが、お前さんはその荷を背負ってここにいるそれ以上のバカだ。自覚あるかぃ?」

「ああ、あるっての。だからここに居んだよ、くそじじい」


 また一手進める。

 先へと歩を進めていく。

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