5-9:眠れる”槍”
ボクにとってその人は母親だった。
戦いから戻ると、いつも笑って小さなボクを抱えあげてくれた。
―――いい子だな。ランケアは。食べたいぐらいだぞ。
そう言って、頬に触れてくる唇はすごくくすぐったかったのを覚えてる。
いつからか、思うようになった。
ボクは、母の後を継ぎたいと。
そのために槍を習いたいと頼み、母はそれを喜んでくれたが、同時に本当にいいのか? とも何度も尋ねられた。
師匠と弟子。
親と子。
なんの問題もないように思われた。
だが、ある日母からあることを告げられた。
母も分かっていたのだ。
いつか来る避けられないことだ、と。
それを抱えてなお、この南武にいる。
どうすればよいのか、という答えも出ないまま、この場所に来た。
かつて母が息子の秘密を明かした場所へと。
●
ウィルがランケアに連れられて足を踏み入れたのは、西雀家の敷地内だ。
東国の日用雑貨から兵器関連まで幅広く開発する西雀家。
東国内の実に3分の1の敷地面積を誇るため、軽く冒険気分にもなる。
歩いていると、いろいろな光景が目に入ってくる。
消しゴム製造機とか銘打つ、5メートルクラスの機械”お宅のスペースもスッキリ消します”とか
機体用の長大なチェーンを保管できる専用大型ボックス”あーああーできます”とか。
高出力の溶接機”ヒートぶった切り”とか。
ちなみにキャッチフレーズは”熱さならだれにも負けねぇ”。
その中でも特に斬新で刺激的に移ったのは、ガスいらずの電磁調理器”100万ボルト”だ。
防犯にも使える二役の万能器具である。
「なんか市場にきたみたいで面白いッスね」
と、前を歩くランケアに話しかける。
「みたいじゃなくて、本当に市場なんです。西雀家の敷地内は家電製品を取り扱う量販市場で、年中無休、夕方9時まで対応。アフターケアも万全という感じです」
「兵器開発もしてるんスよね?」
「歴代を通してそれは変わりません。機体には機体の、家電には家電のそれぞれに専門開技術者がいます。みんなが兵器開発に携わっているわけじゃりません」
「なるほど、じゃあこの間、東雲邸に来たクレアさんて人は?」
「あの人が西雀家の次期当主です。ちょっと変わってる人ですけど」
「そうッスか? どこにでもいる普通の人だと思ったッスけど」
「出会いがしらにおバカ言われるのが日常だったんですか、ウィルさん?」
「いや、それとこれとは別ッス」
「今の当主代理はシェブングという人で、この人は先代の前の当主をしてたんですけど、いろいろあって戻ってるんです」
「じゃあ、結構おじいちゃんッスね。大丈夫なんスか? 身体が弱いとか?」
「そうですね。もう90才越えてるはずですから。二足歩行で、酒をラッパ飲みして、煙吹かして、バック宙を決めたり、ムソウさんと組み手もするそうですけど…」
「心配要素ゼロッスね」
とそんな話をしつつ歩を進めていると、
「―――おや、ここに来るとは珍しいですね。ランケアにバカウィ」
という声が来た。
みると、ボルトと工具箱を両手に持ったショートカットヘアに作業服姿の女性がいた。
クレアだ。
「あ、お邪魔してます」
「あれ? 俺の名前が、だいぶバカ成分に侵食されてるような…」
「気のせいですよ。バカウィ」
「全然気のせいじゃない!?」
ウィルを無視してクレアの視線は、ランケアにくる。
「今日はどうしました? 性転換ですか? やっと女性になる覚悟ができましたか」
「クレアさん、やっとって何!? ボク、一生男でいるつもりですからね!?」
「では、どのような用件でしょう?」
「”槍塵”は今、どこにありますか?」
●
西雀邸の一室に、2人の姿があった。
ムソウとシェブングだ。
2人が挟んでいるのは、将棋台。
この家にきたら一局とるのが、シェブングが提示した会話の条件である。
「―――久しぶりに帰って来たと思えば、まあ、また妙なのをつれてきたなぁ。ムソウよぉ」
シェブングがさす。
「ウィルのことか? それとも機体のことか?」
「両方だぃ。お前の番だぞ」
ムソウがさす。
「いいかげん、腰を落ち着けてみたらどうでぃ。東雲の小娘といざこざがあるのは分かってる。なんなら家を下宿にしてもいいんだぞ?」
シェブングがさして言葉を続ける。
「それに、東にはお前さんの影響力が強いのはわかってるはずだ。お前が動くと、なにかあるのかと民衆は不安がるんだぞ?」
「いいんだよ。のほほんとして、いざという時に緊張感なくなってるよりずっとな」
ムソウがさす。王手だ
「おっと、いかんなぁ。間に防衛を置くとしようかぃ」
シェブングが、臨時の壁をさす。
「そんで続きだが、お前もまだ引きずってるんだなぁ…。イスズの残したものを」
「あの野郎の言葉のおかげで、俺様は東にいないといけなくなっちまったよ。迷惑な話だよな、全くよ」
ムソウがさす。追い詰めにかかる。
「それはどうかねぇ。ワシにゃあ、お前さん自身になにか未練があるのではないか、と思うがなぁ?」
「あ?、どういうことだよ」
「お前さんは捨てようと思えば、全てを捨てることができる。”炎月下”と共に”東国武神”の名を東雲に返上すればいい。そう、何もかもを捨ててな」
シェブングがさす。逃げる。
「相変わらずむかつく妖怪じじいだな。そうできない環境で、俺様がそうしないってのも分かってるくせによ」
ムソウがさす。逃がすまい、と。
「イスズの死は、お前さんの中だけにあると言ったな。つまりそれは、そうしなければならないわけがあるということだろぃ」
「察しがいいな。だてに生きてねぇか。ならそれ以上言うなってのもわかるよな?」
「ああ分かっているとも。だが、納得とは別の話じゃぃ。あえて尋ねるぞ―――イスズは何に気づいていた?」
「……そっちの番だろうが、早くしな」
にやりとシェブングが笑い、
「そら、攻めの手はいただいた」
と、機動力のある駒がかっさらわれた。
「なにぃッ!? くそっ!」
「はっはっは! 心揺さぶられてワシの駒を見落とすとは迂闊じゃぃ!」
奪い取った駒を手元で弄び、シェブングは上機嫌だ。
「”東国武神”がいなくなれば、東は今のお前さんのような気分になるだろうな。よくわかったかぃ?」
「ああ、わかりやすいご高説をどうも、妖怪じじい。だが、まだ勝負はついてねぇぞ!」
「若者は諦めが悪い。そこが取り柄でないとな!」
弱者をいたぶる視線を飛ばしてくる、じじいに負けまいと集中する。
「そういえばよ、新しい”槍塵”が開発されたってのは本当かよ?」
「ああ、本当だとも。フォルサの使っていたのは、完全に大破して回収もできなかったからなぁ」
「アイツの殿のおかげで、俺様は命拾っちまったよ」
「あやつは分かっていたんだろぅ。”東”にはお前が必要だ、と。だが、こうも覚えておけ、民衆が求めているのは”東国武神”でなく、お前なのだということをよぉ」
「ちげぇよ、じじい。逆だ」
ムソウは、新たな駒を手に取る。
失われた者は戻ってはこない。
だがからこそ、残された者で新たに踏み出す必要がある。
だが、それでも、
「求められるべきは俺様じゃいけなかったんだよ。イスズのバカも、フォルサのアホも、西雀のほんわかご夫婦もそうだ。どいつもこいつも死ぬべきじゃなかった。俺様が残るほうが後々いいから、とかいう理由だけでこっちが生き残っちまったんだ」
ムソウがさした。
「こんな山賊上がりで、血の気が多いだけの野郎に、なんでそんなに期待してんだか…」
「だが、お前さんはその荷を背負ってここにいるそれ以上のバカだ。自覚あるかぃ?」
「ああ、あるっての。だからここに居んだよ、くそじじい」
また一手進める。
先へと歩を進めていく。