5-8:お宅訪問、イン”南武”【Ⅱ】
ランケアには、多くの敵とストレスに立ち向かった経験がない。
長く武術の訓練を行ってきたが、西との衝突もない昨今、実戦で相手にしたのは国内の賊ぐらいである。
「戦場で無理です、なんて相手が聞いてくれると思ってんのか?」
「それは…ないです」
「だろうがよ」
ムソウがウィルに視線を戻す。
「そんで、ウィル。お前は余裕だといったよな。技量もない、武器を扱うセンスも皆無。だが、お前には意思がある。目指したいもの、手に入れたいものがある。それに向かって力をつけようとしてる。達成されるまでは折れない鉄の意志があるってこった」
「折れない、鉄の意志…ッスか」
その言葉に対して、
「なんかくさいッスね!」
うるせぇ、とウィル頭に拳骨を一発食らわした。
「いてぇッス!?」
ムソウは、無視して続ける。
「ま、技量と戦う力は必ずしも勝ちに繋がるわけじゃねぇんだ。どっちもあった方がいいにこしたことはねぇが、最期は意思が折れない奴の方が手強いやり手になるんだよ。ランケア、そこらへんはウィルを見て覚えて、感じとけ。コイツは100打たれようが起き上がるどMだ。たぶん、1000発打たれようが、俺平気ッス、って言うぞ」
さすがに1000発打たれるとどうにかなりそうだ、とウィルは内心思うが黙っておいた。
ランケアは、それを聞いても特に気分を悪くした様子はない。
「そうですね。いい教訓です。ボクもまだまだですね」
と、笑顔を見せた。
老中がムソウの肩を軽くたたく。
「―――ムソウ殿。まあ、そこまでで。ランケア殿は次代の南武を背負っていかれる方だ。相応の実力はこれまでも積み重ねてきております。そして今も、養われている最中ですのでご容赦を」
「あ? ああ、わりぃな。弟子が関わっていることなんもんでつい口が出ちまった。そんじゃな。ウィル、適当にきりあげろ。俺様は行くとこあるからな」
そう言って、ムソウは踵を返して入り口に向かった。
左手を背中越しに振るのが見え、ウィルはそれを見送るつもりだった。
すると、不意に歩みが止まる。
「―――ランケア。お前、また当主襲名を蹴ったらしいな」
言われ、ランケアの視線が向かう。
「ウィルは、結構口堅いからいろいろ話してみろ」
そんじゃな、と隻腕の武士はその場から姿を消していった。
完全に姿が見えなくなると、老中が笑みを見せる。
「ムソウ殿は、やはり東には欠かせぬ人物ですな。彼が通るだけで、街が活気づくものです。若者には知らず知らずの内に助言する。指導者気質なのでしょうな。ほっほ」
そして、ランケアを見る。
「当主襲名の件は急がれることもありません。ランケア殿のご意思が固まりしだい行いましょう。なにせ、先代のフォルサ殿の血統と意思を継がれているのです。誰も文句は言いませんとも」
笑顔の老中に対して、ランケアは苦笑いで応じた。
「おっと、若にお伝えすることがあったのでした」
「分かってます。もうすぐですね」
「もうチームは決まりましたかな? まあ、例年通りなら東雲・スズ殿と北錠・フォティア殿で組まれるのでしょうが、今年はフォティア殿が不在故、どうするのかと皆が思っております」
「当日までには考えますよ。まかせてください」
「ちなみに槍撃隊が勝利したあかつきには、”ランケア殿を一日好きにしていいよ”券がもらえるとあって、皆の気合がかなり狂気じみております」
「それ聞いてないんですけど!?」
「南武槍撃隊は男ばかりで色気がないから、もうかわいいなら男でいいや、と思うものが増えてるようですな」
「なんか最近、知らないところで事が進んでるような…」
「ほほ、楽しみですな。それでは」
老中は、そう告げた後、その場を後にした。
彼は、南武家の裏方としてランケアが及ばない部分の調整を行っている。
苦労をかけてる自覚はあるが、
……すいません。今は、まだ―――
ランケアは、自分の中にわだかまりがあるのを感じた。
胸に手を当て、考える。
これからのことを、だ。
南武家当主になったとて、生活に大きな変化はない。
まわりも認めてくれて、すでに当主同等の扱いもしてくれる。
祝福されるだろう。
だが、
……ダメだ。やっぱり、ボクは―――
「―――もうすぐって、何かあるんスか?」
不意に声がかかる。
ウィルがこちらを見ていた。
「ほら、あのおじいさんなんかあるみたいなこと言ってたし、ランケアもわかってる風だったんで」
「ああ、この時期にあるんです。機体使用による仮想模擬戦が」
「きたいし、かそうも…?」
「つまり、戦闘シュミレーションです。最近、クレアさんが完成させた擬似空間での戦闘訓練です。かなり実戦に近い感覚が得られるので合同訓練プランに組み込んだんです」
「…………すいません! 8割ぐらいわかんなかったッス!」
「ほとんどですか!? えっとですね…うん、と…、つまり好き放題、考えるとおりの機体訓練ができるんですよ!」
「なるほど、妄想で戦う、と?」
「それでいいと思います。……だいたい」
「すごいッスね!」
「ええ。破損によるダメージ計算も常時西雀家の人間が見てますから、設定された環境下での機体消耗もリアルに再現されます。かなりの人員が関わっての大規模訓練です。でも、機体のダメージの衝撃もきますし、箇所によっては、実際にコックピットが破損したりもしますから、結構危険ですよ?」
「あと、ひと枠あるんスよね? 俺、出たいッス!」
「だ、ダメですよ! 相手は槍撃隊です。容赦してくれません。去年、重傷者を出したんですよ?」
「それでもッス。お願いするッス!」
「すいません。こればかりは、聞けません」
「むぅ…仕方ないッスね―――」
諦めてくれましたか、とランケアは思ったが、
「じゃあ、スズさんに頼んでくるッス」
拳を固めているウィルを見て、ランケアは思う。
……この人は、まっすぐだ。自分がやるべきと思ったら迷わないんだ。
対して、自分はどうか。
やるべきことははっきりとしているのに、内にある悩みをしまいこんだまま先延ばしにしている。
堂々巡りに過ぎないのに。
いつまでも現状に甘んじてるわけにもいかないのに。
―――ウィルは、結構口堅いからいろいろ話してみろ―――
ムソウの言葉を思い出して、ウィルを見る。
「―――ウィルさん」
「なんスか? もしや、許可いただけるんスか!?」
「あ、いえ、違います。それとは別です」
「別? なんスか?」
ランケアは、言いよどみしかし、最期には迷いを振り払って告げる。
「これから、付き合ってもらえませんか?」
なんですと!?、とウィルは衝撃を受けた。
頬を赤らめた上目遣いの視線。
腕を胸に当て、迷いながらも告げられるその言葉。
……まさに、これは愛の告白という奴ッスか!?
しかし、相手は男。
可愛いが、しかし男。
セミロングでいい香りがする髪をなびかせていようとも男。
そして、自分には心に決めた人がいるのだ。
「―――ランケア、申し訳ないッス。俺、その愛は受け止められないッス」
「あの、理解がずれてません?」
「え? 愛の告白っぽかったんで」
「なんで、ボクが男に愛の告白しないとならないんですか。違います」
「じゃあ、何を?」
「……今から、ボクの秘密を聞いてもらいたいんです。ずっと誰にも話せなかったことです。そして、あなたの考えを聞かせてほしい」
ランケアは真剣なまなざしでそう言った。
次回、市場。