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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(東国編:全14話)
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5-8:お宅訪問、イン”南武” ●

挿絵(By みてみん)

 晴れの日の昼間。

 ウィルとランケアの姿は、南武家の道場の中にあった。

 天井にある木でできた格子の向こうにある窓の隙間から、柔らかい日差しが降り、証明のない道場を明るくしている。

 そこので行われていることと言えば、もちろん稽古。

 ウィルが東に来て、すでに1ヶ月。

 ランケアともだいぶ親しくなり、時折こうして稽古をつけてもらっている。

 とはいっても、スズの時と違い、ランケアとの稽古では槍術を中心としていた。

 ランケアは、槍使いだ。

 剣術ができないわけではないらしいが、南武家は槍を使用した武術を極めるらしく、それにならっているのである。

 ウィルは、自分なりの手ごたえを感じていた。

 槍の扱い方を習い始めてから、剣との違いが分かり、こちらの方が自分向きでないかという気がしている。

 しかし、


「いッ!? どッ!?」


 朝の開始から3時間。

 一本とられ続け、早くも19回目。

 今度は”投げ”をくらい、道場の壁に吹っ飛ばされた。



 ウィルをぶん投げたランケアは、竹で出来た稽古用の槍を降りぬいた状態で止まっていたが、ふと我に返り、


「あ、ウィ、ウィルさん!? すいません! 大丈夫ですか!?」


 と慌てて駆け寄ってきた。

 これも19回目である。


「へ、平気ッスよ。これぐらい」


 と、逆さまになったまま、壁に背をつけたウィルが笑って応じる。

 いたた、と足を床に倒し、その場にあぐらで座り込んで頭をさする。


「しっかし、凄い技ばかりッスね。まさか、槍で投げ技があるなんて思わなかったッス」


 ウィルは、今受けたばかりの技を思い返す。

 打ち合いを続けていると、不意にランケアの姿が消え、気がつくと襟首に槍の先を引っ掛けられて体が宙に浮いた。

 次の瞬間には、壁まで飛ばされていた。

 つまり目で追えなかった。


 ……あれ? これ何も見えてないのと一緒ッスよ。

「今のは、今日の稽古中に思いついたんです。試してみたいな~なんて思ったら自然と身体が動いちゃって」


 ウィルはそれほどの大柄でもないが、ランケアと比べれば背丈、体格には大小の差がはっきりと出る。

 自分より体格のある人間を飛ばすには、単なる力技では無理だ。

 力の向く方向の計算や、相手の心理に読み勝つ必要がでてくる。

 それを自然に行えるなら、生粋の才だろう。


「投げは特殊ですけど、一種の応用です。これとは物心ついたときからの縁ですから。それもあるんだと思います」

「へぇ、やっぱり才能ってやつッスかー。そういえば、俺の方はどうッスか?」

「え?」

「俺、刀や剣より槍の方が向いてる気がするんスよ! ランケアから見てどうッスかねぇ?」


 そういってウィルは笑顔になる。


「えっと…」


 ランケアは、ばつの悪い顔になる。

 とりあえずそれを見せないよう、顔の向きをそらして考える。

 どうしよう、と。

 ウィルに槍の扱いはある程度教えたつもりだ。

 槍には多くの応用がある。

 先端の形状によっても用途や攻撃方法が変化し、長い柄も使い手によって多くの派生技を発揮する。

 だが、ウィルは基本的に振り回す。

 気合をこめてぶん回す。

 それも力任せに、物理衝撃をぶつけようとする。

 良い意味で捉えるなら、常識や型に囚われないと言えるだろう。

 しかし、基本はこれっぽっちもできていない。

 それも踏まえた上で言うなら、


 ……向いてないと思ってしまいますが―――


 ランケアは、チラリとウィルを見る。

 その笑顔は実に輝いていた。

 キラキラと謎の光を発しているようだ。


 ……ダメだ、ボクの口からは柔らかく言う方法が思いつきません! 友達なくしそうです!?


 と内心、頭を抱えていると、別の声が来た。


「―――ウィル、お前槍向いてないんじゃね? おい」


 2人が道場の玄関先へと目を向ける。

 ムソウがいた。いつもどおり薄い煙をたちのぼらせたキセルをくわえている。

 共に連れ立っているのは、南武家老中であった。


「わ、い、いつからいたんですか!?」


 気配を悟れなかったランケアは、自分が未熟であると感じた。

 老中が、はっは、と笑って応じる。


「若がウィル殿を吹っ飛ばした時からですぞ。いやぁ、実にお見事。素人相手でも手を抜かないのは南武の礼儀ですからな」


 そう言って、老中は次にウィルに視線を向け、言葉を送った。


「ウィル殿も、1ヶ月前に比べてだいぶ技量をあげられましたな。目に見えて分かりますぞ」

「そ、そうッスか!?」


 ウィルが、うひょー、と喜ぶ。


「しかし、若の代わりに言わせていただけるなら、武術の才は少しばかり…、いや皆無ですな。はっは」

「笑って容赦ないッスね!?」

「だ、だめですよ! そんな風に言ったら! そうだウィルさん、こう考えましょう! ”限りなくゼロに近い”と」

「長い分”皆無”より傷つくッスよ!?」


 ひとしきり言い終えると、ウィルが肩を落とした。


「向いてないかぁ…」


 ウィルは手にした槍を見つめた。

 握り締めた竹製の訓練槍だ。

 当たれば痛い。

 だが、こうも思う。


 ……軽い。


 前に一度、エクスのナイフを持たせてもらったことがある。

 金属で作られた、鋭利な武器。

 戦いの場で、敵に致死をもたらすもの。

 エクスは軽々と振っていたが、実際に持ってみると重かった。

 武器自体の重さだけではない。

 いざ持った武器を相手に向けたとき、自分はどう思うだろう。

 刺されば相手は最悪の場合死に至る。

 武器を持つ重みとは、自分と相手の命の上乗せなのだと思う。

 それを思うと、長く握ることすらできないかもしれない。


 ……こうして、訓練用の武器を思いっきり振るえるのは、相手が強くて傷つかないと知ってるからなのか?


 ランケアは強い。

 自分は弱い。

 思いのままに武器を使っている間は、自分は強くなれないのではないだろうか?


「―――おい」


 呼びかけられ、ウィルが顔をあげた。

 ムソウがいつの間にか、近づいてきていた。

 キセルをくわえたまま煙を吹かす。


「今お前、自分が弱いって思ってただろ? どうだ、ん?」


 首を傾け、覗き込むように視線を送ってくる。

 見透かされてるな、と思いつつウィルは頷いた。


「そうッス。いろいろ試したけど、相性のいい武器がなくて…。俺、才能ないんスかね?」


 ウィルは天井を見て、むぅ、とうなる。

 すると、ムソウは、ふん、と鼻をならした。


「なーに分かったようなこと言ってんだ。自分の強さとか弱さとか言ってる時点で限界見てるようなもんだろ。調子のんな」


 ムソウの言葉に悪意はない。

 むしろ、兄が弟のバカさを見るような、軽い呆れがあるだけだ。

 そして、言う。


「ウィル、武器が使えないからとかは関係ねぇ。むしろ、お前の才能は別にある。安心しろよ」

「なんスか、それ?」

「長所ってのは意識しない部分に隠れてる。自分は当たり前だと思ってるが、他人からは丸見えだ。見えてないのは自分だけってのもよくあるこった」

「つまり…、なんスか?」


 へッ、と笑う。


「お前ら、あと100本打ち合えって、俺様に言われたらどうする?」


 その問いに、2人が呆けた。

 そして、返す。

 決まっている。


「無理ですよ。身体もたないです」「余裕でオッケーッス」


 正反対の答えだ。

 言った後、2人が視線は同時に見合った。


「そいつがお前の長所だよ。ウィル。それで、ランケア。お前は反対に無理っつたよな?」

「ええ。100本とか現実的じゃないですよ」

「戦場では常日頃だぞ」


 う、とランケアが言葉に詰まった。

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