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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(東国編:全14話)
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5-7:かつての”人”は【Ⅱ】

 ”朽ち果ての戦役”と呼ばれる大戦の、休戦が決まった時、スズはまだ言葉も話せないぐらい幼かった。

 言えた言葉も”ちちうえ”、”ははうえ”、”むそうにいちゃん”、”だっこ”とかそんな単語ぐらいだ。

 世界なんて知るはずないし、知る必要もなかった。

 家族だけが世界で、温かい居場所だと知っていた。

 最期に見た父の笑顔もよく覚えてる。

 言葉はよく覚えていない。

 理解できない年頃だったので当然だが、それでも感性で愛情を理解することはできた。

 やさしい父だと。

 その傍らに立つ母もまた同じだと

 そして、物心つくころから共にいる兄のような人も、自分の両親と同じ思いを持っている人だ、と。

 だが、今はそれも変わってしまった。

 印象に残っている。

 ムソウが血まみれになって、担架で運び込まれた時のことだ。

 手術後、しばらくして病室で彼に会う許可が出た。

 ”むそう”から望んだものらしかった。

 そして、母と共に”むそう”のいる病室を開けた。

 なくなった右腕と右目に包帯を巻きつけた”むそう”。

 寝台ベッドに横になっていたその姿に、すこし驚きもしたが、


 ―――よぉ、待ってたぜ。チビ。


 いつもの調子なので、安心を少しだけ得た。

 スズは、彼にどうしても尋ねたいことがあった。

 誰も答えてくれない。

 だが、”むそう”なら聞けば答えてくれるだろう。


 ―――むそう、ちちうえは、どこ?


 彼はすこし黙った。

 が、すぐに答えをくれた。

 忘れもしない、その言葉を。


 ―――お前の父親は…、イスズは死んだよ。俺様が見捨ててきた。


 死んだ、という言葉の意味が分かったのはその数時間後だ。

 スズは泣いた。

 部屋にこもって、1人泣きじゃくった。

 2日間、部屋に立てこもって、最期には母親に抱きしめられて、ようやく明かりの下に戻った。

 理解してしまった。

 もう父は、あの笑顔は永遠に戻ってこないのだ、と。

 忘れることはできなかった。



「―――ムソウ。どうして、教えてくれないの…」


 あ?、とムソウは声だけで応じた。

 そして思う。


 ……何度目かね、こういうやりとり。


 父の死。

 東雲の次期当主である以前に、血の繋がった娘として知りたいのだろう。

 しかし、その質問に意味がないことは分かりきっているはずだ。

 過去に何度も尋ねられ、その都度答えることを拒否してきたというのに。


「知ってどうすんだ。あいつは、お前の親父は死んだ。その事実だけが結果だろうが」

「親の死に様を知りたいと思うことは、いけないことなの?」


 ムソウが、会話に間を空ける。

 何も言わなければそれで済むことなのに、会話を続けようとするのは不毛ではないか。

 そう思いつつも、次の言葉を告げる。


「前から言ってんだろ。あいつの死に様は、俺様のもんだ。ガキは、親の生き様だけ知ってりゃいいんだ。親の生きた姿を思い返して、それに習うか、それとも新しい何かを見出すか。それを決めるのが、お前の役割だろうが」


 説教くさくなったな、とムソウは思う。

 少し話しすぎた。

 いつもならつっぱねて終わりなのに、これではスズの反論を許してしまったようなものではないか。

 だが、スズから返ってきたのは一言だけだ。


「―――卑怯よ」


 スズは、お湯の表面に自分の顔を映す。

 分からない。

 スズは、どうして自分が泣きそうな顔をしているのかがわからない。

 どうして”卑怯”なんて言葉が出たのかがわからない。

 ムソウは、そんなスズを見て突き放すように言った。


「なんとでも言え。お前が知りたいと言う限り、俺様はこの家の敷居を大手振って通れるわけだ、実に好都合だよな」

「そんな言い方…しないでよ」

 ……まるで、自分が最低な人間みたいな言い方、しないで。


 スズは顔をあげない。

 ムソウは、かまわず続ける。


「俺様は、もう落ちちまった”最低の武者”なんだよ。そんなのにも勝てねぇお前が、イスズの後を継ぐ? 笑っちまうよなぁ。どうだよ、おい」


 へッ、と天井を仰ぐ隻腕隻眼の武者の言葉。

 そうだ、もう全てあのときから変わってしまったのだ。

 父は消え、同時にこの男も何かを失くしてしまった。

 かけがえのない何かを。

 自分は、ムソウに対してどう向かい合っていくべきなのだろう。

 答えはでない。

 だが、いくべき道筋は見えている。


「―――”炎月下”…必ずあんたの手から取り戻すわ。そして次期当主として、私がこの家から追放してやるから」

「ああ、楽しみにしてるぜ。俺様の一番弟子だった姫様よ」

次回、VSランケア

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