第6唱 好敵手(ライバル)が自分の成長につながるとはかぎらない!
「ふぁー、ちょっと早く着きすぎちゃったかな?」
僕は席に着きながらあくびをする。昨日のように遅刻しないため、40分も前から瞬間移動魔法の歌【遅刻しちゃうよ】を歌ったため、かなり早く着く事ができた。まだホームルーム30分前だが、そろそろみんなが登校してきてもいい時間だ。
そんな事を考えながらぼんやりしていると、清水君がやって来たので、僕らは「おはよう」と挨拶交わす。
「田中。お前、今日は早いな。昨日の事で、もうかなり懲りたのか?」
「昨日の事はあまり追及しないで! あれは僕の暗黒歴史の中で一番の出来事だよ。」
にやにやと笑う彼に、僕は少し照れながらジャージを返した。
昨日はとても恥ずかしい体験をしたが、こうして清水君と仲良くなるきっかけになった。転んでもただでは起きない、ではなく、人生どんな風に回るかなんて分からないものだ。これを機に、友好関係を広げていこうと思う。
僕が心の内で活を入れていると、彼の運動着姿に改めて疑問が浮かぶ。
「ところで清水君も朝早いね。部活でもしているの?」
「あぁ、空手部の朝練をしたんだ。空手は技も大事だけど、体格・体力も同じぐらい大切だからな。早めに、ちょっとずつ鍛えといた方がいいだろう? そういえば、お前はどんな部活に入るんだ?」
「うん……、僕はコーラス部に入ろうかなって考えてる」
「へぇ、珍しいな!てっきりコーラス部って女子ばかりだと思ってたぜ」
その意見に一票。僕以外の二人は女の子目当ての入部だった。まぁ、そんな事は口にしない。僕まで女の子目当てだと思われそうだ。
「うん、まぁ成り行きで見学したんだ。なんだかミュージカルもやるらしい、ちょっとおもしろそうだからね。」
部長のぶっ飛び具合に彼も腹を抱える。
「コーラス部でミュージカルか。面白いぐらいにぶっ飛んでいるな。」
二人で笑いながらそんな話をしている内に、みんな集まって着て、ホームルームの時間になった。
教室に先生が入って来て、挨拶のした後にニコニコと花が咲いたかのような笑顔で話し始める。
「はぁい、みんな。この近くで、不良にたかられた事件が起こったらしいから、みなさんも気をつけるんですよ。いいですね?」
何の心配もしていないかのような顔で注意を促す先生に、そこはもう少し深刻な顔で話してよと僕は心の中で呟く。
何かのフラグが立ったような、嫌な予感が脳裏をよぎる。弱者の生存本能というのは結構するどいのだ。
――放課後――
僕は家に帰る事にした。コーラス部の活動日は今日ではなく、明日。少し話をできるようになった清水君は空手部であり、一人で帰る事になった。あせらず、一歩ずつ友好関係を広めていこう。
清水君と仲良く話していた坂田君と厚木君が次のお友達ターゲットにしようかな……なんて、そんな小市民な事を考えながら下駄箱にいくと、3人の男子がいた。なにやらこそこそ話している。
僕は下駄箱へ近づくと、三人がこちらを向いてきた。まぁ、自分には関係ないと思ったので、靴に履き替えようとすると、その三人が険悪な顔で声をかけて来た。
「おい!お前が田中徹|か?」
まさか自分に声をかけられるとは思わなかった。僕は戸惑いで目をぱちくりさせ、なんとか返事する。
「そ、そうだけど、君たちは、誰?」
僕は誰かに恨まれるような事をした覚えはないけど、三人はもの凄く僕を睨みつけている。もしや、これがいじめっ子というものなのだろうか……。
三人はそれぞれ名乗るも、外見と名前の説明は面倒なので割愛させてもらって、『チビ』『デブ』『リーダー』と呼ばせてもらう。「ふざけんな!誰がデブだ!割愛するな!俺の名前は草や――ピー(効果音)――。おい!名前ぐらい出させろ!」デブは上に向かって喚く。
チビは目を丸くして、誰に怒っているの? みたいな顔をしている。僕もさっぱりだ。
しかし、リーダーはそんなデブを無視し、僕を睨みつけながら声をかけてきた。
「お前、コーラス部に入ったのか」
「え? まぁ、そうだけど……」
あまりにも鋭く睨んで来るので、どんな難癖をつけられるかと身構えていたら、予想外の事を聞かれて気が抜けてしまう。そんな僕を畳みかけるようにリーダーが睨みつけてくる。
「コーラス部に入るとはお前、女好きなんだな! 学校には遅刻してパジャマで登校してくるし。このバカ野郎め!」
リーダーは顔を赤くして、鼻息が少し荒くする。いきなり罵倒されて僕はビックリした。訳も分からず、理不尽に恨まれれば、恐ろしいよりも戸惑いが先に来てしまう。
「あの……、いきなり怒られてもサッパリなんですけど……。どうしてそんなに怒っているんですか?」
「ふん、お前が知る必要はない。」
僕が知る必要ないって……、そしたら僕に何を求めているんだよ!
「そうだ、そうだ」とチビがリーダーに賛同する。
「『リーダー』(※本当は名前をいっていますが、作者が勝手にあだ名に変換しています)が小学校の時から渡辺さんへの思いを密かに隠し、遠くから見守ってきた」
「なんか、それって、ストーカーみたいだね」
思わず呟いてしまうが、チビは僕の事なんてお構いなしに続ける。
「リーダーが思いを秘めていた事をいいことにお前が渡辺さんに近づくから、俺たちがお前に制裁を加えにきたんだ! お前は理由も分からず黙って制裁を受けていればいいんだ!」
チビがリーダーの秘めたる心をとても丁寧な解説付きで僕にぶちまけたので、リーダーがさらに顔を赤くしてチビを殴り黙らせる。昔のコントみたいだ。
そんな秘めたる心を初対面の僕が知っているはずが無いし、そんな心を僕にぶちまけられても正直迷惑だ。どうせなら本人にぶちまけて欲しい。お願いだから部外者の僕を巻き込まないで!
リーダーはチビを殴った拳を撫でながら呼吸を整えてから僕を睨む。
「ふ、ふん。お前が俺の秘密を知った以上、お前を無事では済まさない!」
お願いだから、勝手に秘密をばらして、勝手に巻き込んで、勝手に怒らないで!
なんとか彼の怒りを回避するべく、なるべく下手に出る事にした。
「あの、渡辺さんはクラブの仲間なだけですよ。……別に僕はそれだけなんですけど?」
「ふん、言い訳をするな!問答無用!」
リーダーが暴力的な笑みを浮かべて、調子を確かめるように肩を回す。
……うん、確かに、3人は初めから僕の意見なんて聞いてないね。
三人に囲まれ、絶体絶命のピンチに陥った時、賢者様の御掲示が僕の中に舞い降りた。
『おい、徹。この3バカを黙らせてやろうか』
「(小声)トール、ややっこしいから口出さないで」
トールの物騒な提案に、僕は焦る。入学したばかりなのに暴力沙汰になって、停学アンド周りから疎まれるのは勘弁だ。友達五人は作ると決めたのに……。
「何をぼそぼそ言っているんだ!もっとはっきり言え!」
見ため一人事を呟いているように見える僕に、彼らは腹を立てたようだ。
どう言い訳しようかと考えていたら、トールが『へへっ』と笑う。
『お前の体を少し借りるぜ。』
えっ? か、体が、勝手に!
僕の右手が勝手に動き出す。まるで調子を確かめるように握ったり開いたりして、肩を小さく回す。
僕の足が勝手に床を強く踏み込んで大きな音が玄関で鳴り響く。右手が大きいモーションで後ろへ振りかぶられ、口から気合を入れる声が出される。
「(トール)賢者の必殺技! 賢者ストレート!」
トールがリーダーの顔面に向かって右こぶしを寸止めする。
リーダーが慌てて顔を両手で覆った瞬間、トールはある程度手加減して、股間を蹴り飛ばす。
リーダーは目玉をかなり見開いて飛びださせ、反射的に股間を抑えてうずくまる。
滅茶苦茶ヒキョ―! 金玉蹴られたなんて、恥ずかしくて人には言えないし、傷も残らないから、暴力沙汰になりづらい。 ある意味賢者だ!!……って、人の体でなんて事してくれるんだ!
僕は心の中で叫ぶ。トールに体を支配されていなければ大声で叫んだだろう。
ちなみに、この小説で記念すべき最初のバトルシーンが金玉蹴りという結果になった。
「リーダー!!」
チビが駆け寄り、リーダーの背中を叩く。その方法は背部叩打法と言い、ノドに物を詰まらせた時の対処法である。それは金玉蹴りをされた時の対処法ではない。
デブの方は話が長すぎたのか、立ったままうつらうつらしている。友達甲斐の無い奴だ。
『はん、ざっとこんなもんよ!』
トールが満足げに支配を解いた瞬間、僕は脱兎の如く走り、彼らから逃げ出す。
校門を出ようとしたら黒猫とその3匹の子猫に横切られた。なんだか嫌な不吉な予感が深まった。
偉大なる賢者様のお心のおかげで、大きな試練ができたようです。
僕は、明日学校でどうなるの? 上手く3人に出くわさないように行動しないといけないではないか!