第5唱 帰りたい場所
トールと徹の絆がほんのわずかにだけど、できる話です。
僕と杉山さんは音楽室をノックして「「失礼します」」と挨拶して入った。
「いらっしゃい。どうぞ入って。」
僕たちを迎えたのはおさげの髪型の2年生だった。僕ら1年生が来た事を素直に喜んでいるようだ。優しく微笑んで尋ねてくれる。
「入部希望者?」
「とりあいず見学です」
杉山さんが答える。
「いいよ、見学者も大歓迎」
僕が中を見渡すと9人ぐらいの上級生がいた。リボンやネクタイの色柄で何年生か判断できる。そして、同学年の女子が3人、男子も2人いて、僕は安心してほっと溜息をついた。
「よし、結構集まったし自己紹介でもすっか」
髪を茶髪(規則違反?)の3年生女子がみんなに声をかけた。
「うちは3年の真田鋼や、コーラス部の部長を務めとる。よろしくや。」
がははと笑いながら自己紹介した。
《あかね》とかは女の子によくあるけど、《はがね》は全く聞かないな、ゴロは似てるけど。でも、まぁピッタリな名前かもなぁ……と心の中で思った。
僕らを迎えてくれたおさげが印象的な先輩は田島恵子さん。一年生男子について、めがねをかけるのは佐藤渡君、スポーツが上の下っぽい人が下田登君。1年女子3人が順に鈴木、渡辺、高木さん。以下はメンドーは覚えきれないので、名前を覚えられなかったのを隠しつつ、後日時間をかけて覚えていこうかと思う。(後でしっかりとメモして覚えなくちゃ。友達づくりには名前を覚えるのが基本だしね)
自己紹介も一通り済み、鋼先輩が手をたたく。
「はい、コーラス部の説明をすんで。コーラス部は2学期に一度だけ大会に出、学際にも発表し、基本的に全体練習は週に2度や。」
ずいぶんとコンククールが少ないなと思った。他の1年生も思ったようで、その質問がでた。
「ちなみに、うちの部活は演劇部と共演してミュージカルを学校でやったりするんや。演劇部部長を脅し、……いや、共に協力して文化祭とかの時に学校でやるんや。」
もしかしたらこの部活はミュージカルがメインなんじゃないかな? 部長は関西の人っぽいし、宝塚のファンなんじゃないのかな?
僕がミュージカルについて思いはせていると、トールが不思議そうに尋ねてくる。
『とおる、みゅーじかるとはなんだ。』
――歌いながら物語を演じる事だよ。話かけないで――
『うん、そうか。やっぱりこのクラブで決まりだ、トオル』
――勝手に決めないでよ――
僕とトールは頭の中で会話する。トールとの会話にも慣れてきている自分が気持ち悪い。
僕がトールともめている間に、クラブの説明が終わったようだ。
「じゃぁ、コーラス部に入ろうや♪ 全員名簿に名前電話番号を書いてきや」
全員入部する事確定かよ。まぁ、僕はトールがうるさいから入る事になりそうだったけど……。
1年生全員が名前と電話番号を書いた。渡辺さんは女子3人と話をしている。一緒に行く人がいないからって僕を引っ張って来たのに、もうクラブに馴染んでる彼女を羨ましく見つめていると、1年男子2人がやってきた。
「お前は田中だよな。お前も女子目当てで入部したのか?」
スポーツ上の下っぽい下田君がにやにや笑いながら声をかけた。
「下田、他に理由なんてあるわけないだろ」
メガネ君もにやにやしながら言った。二人は3組らしく、もうすでに仲が良いみたい。ちなみに僕は2組だ。
実際は渡辺さんに引っ張られ、トールに押しつけられたからだけど、そんな理由なんて恥ずかしい。僕はとっさにごまかす。
「そ、それもあるかな?あと、歌も上手になりたいんだ」
「ほう、歌が上手になりたいなんて、嘘っぽ。やっぱ女だろ、女」
そう答えながらも、僕はふと小学校の頃の友達を思い出す。小学四年生の時に、歌手を目指すと言って一足先に東京へ引っ越した友達……。
ふと僕が思い出に浸っていると、1年女子4人が来た。
「ねぇ、君たちはどうしてこのクラブに入ろうと思ったの。」
女子にしては凛々しく、宝塚ッぽい鈴木さんだかなんだか(※名前があいまい)が聞いた。
「俺、カラオケとか好きなんだよ。」
「なんだかこの部活、ぶっ飛んでそうで楽しそうじゃん。」
と、二人してさっきとは違う事を口にする。まぁ、ぶっ飛んでいるのは確かだけどね。
「へぇ、そうなの。じゃぁ、田中君は?」
僕が心の中で突っ込んでいると僕に話が振られた。
「いや、歌も上手になりたいし、小学校の時の友達は歌うのが好きだったから。」
「へぇ、その子どんな子? 男? 女?」
そう答えると、彼女たちは眼の色を変え、興味津津で聞いてくるので、僕は戸惑ってしまう。
「お、おんな・・の子だよ?」
「「「「きゃー!」」」」4人は声を上げて笑った。「もしかして純愛?」とか女の子の輪の中で話が盛り上がっているようだ。女の子の恋愛思考回路は男の子よりも五十歩百歩(※使い方が間違い)先を考えるので僕には理解できない。
ちなみに男の子二人は「何こいつ? なんでこんなに女の子に騒がれてんの?」と言いたげな顔をしている。そんなつもりは無いのになぁ。僕は一人ため息をつく。
今日はおしゃべりして終わったが、余談、部長は元演劇部で「うちはミュージカルをやりたい!」と思い、演劇部では実現難しいのでコーラス部を作り、共演という案を無理やりねじ込んだらしい。つまり、部長は無茶苦茶な人だということだ。
それと、同学年の男二人は悔しいのか、帰り際に「じゃぁね、清水君」と僕をからかった。(清水君からジャージを借りているのだ。制服が濡れた事にしたが、パジャマで登校した事がばれるよりはマシだ。)
みんなとは帰る方向が少し違うようなので、僕は一人で屋上の前の扉にきた。今度こそ家に帰る魔法を作りるつもりだ。そうすれば一人で遠出した時、楽だし電車賃もいらない。
「ねぇ、トール。トールは瞬間移動にどんな歌を歌っているの?僕に教えてくれない?」
『魔法を使う際の歌は、自分が願った事を歌に込めやすいように歌を作るんだ。俺が作った歌がお前に使える可能性はほとんどない。苦労して自分で作れ!』
僕はため息をつきながら考えた。
僕は家に帰りたい。僕は家に帰りたい。僕は家に……。
僕は願いを膨らませていったが、それはすぐに萎んでいった。
仕事でなかなか帰らないお父さん。
もう、幼い頃の記憶でしか会う事のできないお母さん。
誰も「お帰り」とは言ってくれない、一月半前に引っ越してきたマンション。
前に住んでいたアパートもきっと別の人が住んでいるはず。もしかしたら取り壊されて、新しい建物とかになっているかもしれない。
幼馴染とは4年生の時、歌手になると言って都心に引っ越してから連絡も取り合っていない。
僕が帰りたい場所とはなんなのか。
きっと、今すんいるマンションではないと思う。
きっと、帰りたい場所は過去の存在。
恐らく、僕は家に帰る魔法は使えないと思う・・・。
僕は歩きだした。魔法を作ろうとしたって、きっと無駄だから。
僕はトールが魔法の練習をしろ、と言うと思ったが、トールはそんな僕に対してただ黙ったまま……。
今は鏡を持っていない僕には、トールがどんな顔をしているのか分からなかった……。
僕はマンションに着き、家のドアを開ける。
そして、何を思ったのか未だに自分でも分からないが、誰もいない部屋に向かって「ただいま」と、僕は呟くように言った。
父さんも母さんもいないので、もちろん「おかえり」との挨拶は返ってくるはずがない。誰も僕の呟きを聞きとるはずがなかった。
でも、突然返事がした。
『お帰り』
トールが僕の頭の中で言ったのだ。挨拶が返ってくるなんて思っていなかったから、予想外の出来事に僕は茫然としてしまう。
「なんでトールが挨拶するの? 僕の中にいるのに
『じゃ、お前はなんで「ただいま」って言ったんだよ。』
言われてみればおかしな話だ。僕は今いったい何に挨拶をしたのか……。
「えっと、それは……なんとなく」
『じゃぁ、俺もなんとなくだ』
トールの言い方が妙に子供っぽく思え、弱弱しくだけど笑ってしまう。
「そっか、ははは……なんとなくか……」
なんだか少しだけ、気が楽になったような気がした。
今回は魔法なしで残念でした。ちなみに幼馴染との再会で話が転回していくつもりです。でもそれはまだ先の話のつもりです。