第47唱 誰にだって優先順位がある
急がしくて、またいつ更新できるか分かりません
先日の遊園地でトイ・スロータと激戦を繰り広げたトオル。その際、彼は魔力切れを起こしてギリギリの戦いを強いられた。
『……というわけでな、トオル。お前には修行をする必要があるのだと思うのだが』
トオルが自分の部屋で宿題をしていると、トールにいきなり話を切り出され、きょとんと首をかしげる。
「そうだねぇ。裏声と地声を上手く使えるようになってきたし、そろそろボイトレもステップアップしてもいいかもね。明日、学校の帰りにでもカラオケでも行って、美空ひばりでも歌ってこようかな」
『トオル、商店街の方に行くなら、レバーを買ってきてよ!』
『そうですわ。貧乏なあなたに武州和牛とはいいませんから、スーパーのレバーぐらいで我慢してあげてもよくてよ』
『そうなんだなぁ』
トオルがそんな事を考えると、エルフィー達もさわぐ。カラオケで熱唱して、夜にレバニラを食べる。充実した一日ではないだろうか。
『……って、そうじゃない! 修行って言ったら、なんかあんだろ!? 山に籠って鍛えるとか熊と格闘するとか』
「今時、山に籠って修行なんてしないよ。だいたい、魔法とは関係なさそうだけど」
いつの時代の熱血漫画かと言いたくなるようなトールの意見をトオルは鼻で笑う。
『そんな事ないぞ。大自然に触れて、感性を磨く。これぞ歌の原点だ。長い年月をかけて生い茂った木々の間から降り注ぐ木漏れ日、足下で静かに咲き誇る野花、澄んだ小川にひんやりときれいな空気。それらを通して世界の素晴らしさを感じる事ができる』
トオルは想像する。山の素晴らしい景色を……。その下で息を切らし這いつくばる自分の姿を。
「僕が山に登れば、体力を使い果たして感動するどころじゃなくなっちゃうよ。おまけに、移動するのが面倒だし」
『良いか? 俺は家に引きこもった生活に飽きあきしてんだ。たまには外へ出かけたくなるだろ!? 昨日のテレビで見たハイキングが楽しそうじゃねぇか』
「別に、トールの世界にだって山ぐらいあったでしょ。それに、みんなと遊園地に行ったばかりじゃないか。家に引き蘢ってなんていないよ」
『それ以来、学校と家とスーパーの往復じゃねぇか。どこの貧乏サラリーマンだ。それに、お前には魔法の修行が必要だ。だから山へ行く。そうしろ!』
「それじゃ、百歩譲って魔法の修行のために歌を聴くのはどう? CDをレンタルしてくるからさ」
『ようするに、「家に引き籠る」ってことじゃねぇか。俺はどっかへ遊びに行きたいんだ!』
「……っち、騙されなかったか」
ご機嫌斜めな賢者様はトオルに外出をするようにおっしゃいました。
「悪いけど、山に行くお金がないよ。電車賃とか、色々と入り用になるんだから」
『納得いかん』
唸るトールに、トオルは「まぁ、まぁ」となだめる。
「もしかしたら、部活で山へ合宿とかあるかもよ。まぁ、僕の部活はコーラス部だけどさ。頭に鳥のフンが落ちてくるぐらいには可能性があるさ」
そんな事があるかもしれないなんて、微塵も思っていないトオルだった。
夏休みまであと一ヶ月、トオルは毎日授業中に夢の世界へといざなう手と激戦を繰り広げし、コーラス部では文化祭のミュージカルへ向けて励んでいた。歌もほとんど決まり、鋼部長は吹奏楽部の部長に歌の作曲を押し付けてある程度準備は整ってきた。
そんなある日の事、トオルが部室に来ると、何やらみんながざわざわしていた。
「あ、トオル君。あの話、聞いた?」
「え、薫さん、何の話?」
女子と話していた薫がトオルを見るなり話しかけてきた。いつも快活な表情をした彼女だが、今日はさらにテンションが上がっているみたいだ。彼女を見て、トオルは三度も助けてもらった魔法少女ピングルの正体が薫である事に戸惑いを感じている。見た感じは普通の女の子なので、金属バットや包丁を振り回して魔法を使う魔法少女ピングルと結びつける事ができないのだ。それに、彼女の魔法についてははぐらされてばかりで、どういう経緯で魔法少女になったのか未だに謎のままだ。
「それがね」
彼女が話そうとした時に、鋼部長が妙な存在感を出して部室に来た。隣に副部長のナントカカントカさんともう一人見た事のない長い黒髪の女性が来た。俯いた顔は青白く、前髪が目にかかる程長い。
『うっわ、なんだ、あの女? 夜中にテレビから出てきそうだな』
トールが率直な意見を呟く。誰にも聞かれないとはいえ、結構酷い。
トールの事はともかく、みんなは興味津津に鋼部長たちを見つめる。
「みんな、集まっとる? 今日は大事なお知らせがあるやん」
さすがは鋼部長、薫の数倍のテンションだ。一人で「デュルルルル!!」とノレるあたりがまさしく鋼の心と言ってもいいだろう。
「実は、このまま部室でダラダラ練習しても身が入らんやろ? そこでや、夏休みにみんなで合宿に行く事に決定や! 部活と言えば合宿、修行と言えば山。そこで、みんなで富士山へ行くで!」
「「「ええぇぇー!!」」」
『やったぜ、トオル!! まさか、本当に部活の合宿で山に行く事になるなんて、ラッキーじゃねぇか。夏休みとやらが待ち遠しいぜ!!』
突拍子も無い部長の提案に、トール以外のみんなは驚愕する。富士山に上って高地トレーニングするコーラス部なんて聞いた事がない。あまりにも無茶だ。
「……と言うのは冗談や。ホンマは東京からすぐの山、というか森に近いわ。ウチ、そこに別荘持ってんねん。そこにみんなで集まろや」
部長の冗談に、みんな呆れてため息をつく。トオルも眉をひそめるべきか、彼女の凄さに感嘆すべきか迷ってしまう。
「凄いね。部長、別荘なんて持ってるんだ」
「あら、知らなかったの? 鋼部長の親は、そこそこ有名な会社の社長さんらしいわよ」
「へぇ、でもそんな人がなんで東京の公立学校に通ってるんだ?」
「なんでも、格式の高い学校だと部長の好きなように出来ないかららしいわよ。普通、コーラス部でミュージカルを許す学校なんて、そうそうないでしょ。ここの学校、彼女の家の息がかかっているという噂もあるぐらいだしね」
「たしかに、これをお嬢様学校でやったら、色々と大変だろうな」
薫の話を聞いて、トオルは改めて納得する。
「さぁ、皆!! というわけで、ウチら力を合わせて、学園祭のミュージカルをガンバ……」
「ちょっと待ちなさい、鋼。それより、先にやる事があるでしょ」
拳を振り上げようとした部長の首筋に副部長がチョップを繰り出した。
「そうやった。うん、今さらだがみんな、今日は新しい仲間を紹介するで!! こちらにいる、黒髪のビューティな大和撫子は森野奏夢や。実はな、家計の事情で休学しとったんやけど、最近また学校に来られるようになったんや」
「鋼、家計じゃなくて、家庭の事情でしょ。それじゃぁ、まるで貧乏だから来られなかったみたいじゃない」
鋼部長の酷い紹介の仕方に副部長が突っ込むけれど、当の本人は無表情のまま立っている。
「ほら、奏夢も自己紹介して」
「…………三年の、森野奏夢」
いつまでも黙ったままでいる森野奏夢だったが、副部長に促されてようやく口を開いたと思ったら、そっけない自己紹介をしてまた顔を俯く。なんだか、異様な雰囲気にみんな静まりかえるが、一人だけ空気を読まない鋼部長が結構強そうな力で森野奏夢の背中を叩く。
「ははは、そういう事や。みんな、仲良くしいや」
どこまでもハイテンションな部長と叩かれても表情を変えない彼女の様子に、部員はなんともいえない気持ちのまま、ミュージカルの練習に入った。
トオルは部室の正面で、月の光を貯めて人間に変身できるという鈴を手に入れた黒猫のナイトの役をする。
楽しそうなネオン街
でも余計に切なくて
一人で歩いた帰り道
「さ、さぁな。俺は、えーと、こんくーるとやらは知らんが、お前の歌を聞くのも悪くない、と思うぞ」
「そう、ナイト。ありがとう……」
上弦の月の夜、人間に変身した黒猫のナイトが歌手のコンクールを目前にして緊張するヒロインの歌を傍で聞いているシーン。
「はい、カット。この後は、コンクール当日にヒロインがライバルに雇われた不良に邪魔されるシーンやね。……まぁ、正直グタグタやけど、全体の流れを掴むとしてはええかな」
まだまだ文化祭が先とはいえ、形だけでも全体を通してみようという話になった。上手にやる事が目的ではないから良いのだが、酷過ぎる演技をするというのもなかなか恥ずかしい。それでもなんとか黒猫ナイトのキャラを演じられたのも、トールをモデルにしたからだ。とても強気で自信家というキャラがぴったしと役にハマって、演じ易かった。ちなみに、今日紹介された森野さんは人もヒロインの友達その3みたいな端役という一応セリフはあった。全体コーラスしか出番がないと言う人もいる中で、ずっと休んでいた人に役を与えたというのも、部長や副部長と深い関わりあいが在る事が窺える。正直、彼女の歌は身に閉まりがなく、全体コーラスでも少し浮いているぐらいだった。
しかし、薫はずいぶんと上手く演技をしたし、歌もそこそこ出来ていた。いったい、どうしたらそんなにそつなくこなすのか、是非ともその技術と自身を身につけたいとトオルは心底思った。
色々とグダグダしたコーラス部の練習を終えたトオルは帰路につく。ぷらぷら歩きながら今日の晩御飯にレバ―を買って帰ろうと思った時に、ちょうど懐が乏しくなっていたのを思いだして銀行へ向かう。滅多に帰って来ない父親だけれど、トオルの口座になんとか生活が出来るだけのお金を振り込んでおいてくれる。一食に五百円ぐらいしか使えないけれど、元々トオルは食にこだわる方ではない。健康を維持できればなんだっていいのだ。
「やっぱり、ATMは便利だね。これがなかったら、お茶漬けだけになっちゃったもん」
『夕飯がお茶漬けだけだなんて、絶対に認めないぞ』
「ははは、今度お茶漬けにする時は卵をつけてあげるよ」
トールと無駄口をききながら銀行にまで来ると、帽子を目深にかぶった男二人が中で機械をいじっているのが見えた。
『なんだ、ありゃ?』
その二人を怪しく思って、トオルはこっそり近づいて中を覗きこんでみる。すると、ATMの機械を男たちは乱暴にいじくり、奥の見えづらい所で中年のキャリアウーマン風の女性の口を抑えてナイフを突き付けている男がいた。
焦った男たちはトオルに気がつかなかったようで、そのまま続ける。トオルは顔を青くしながらも、そっと素早く銀行から離れる。
「まさか、ATM強盗だよ。しかも、運悪く入ったおばさんが巻き込まれたみたいだ」
ATM強盗で思い浮かべるのは、バラエティで失敗する間抜けな犯人ぐらいだ。しかし、たとえ犯行が失敗で終わったとしても、それに巻き込まれる人がいれば金を奪うだけよりたちが悪い。
トオルは慌てて辺りを見渡し、ビルの隙間に入り込んで、黒いマントのガット・ネロマスクに変身する。
トオルがATMの建物に入ると、強盗とおばさんはあっけにとられた顔をする。
「だ、誰だ、ぶはっ!」
「ほら、ご利用は計画的に」
トオルはあっと言う間に強盗を気絶させる。計画性のない間抜けなATM強盗三人、とてもじゃないがガット・ネロマスクに変身したトオルに手も足もでない。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ、ありがとう」
トオルは強盗のベルトを引き抜き、それで手足を縛りながら彼女の様子をうかがう。無事そうな様子にほっとため息をつき、警察へ連絡するように促して去ろうとした。
「あ、あのう、少し待ってください」
トオルを呼び止めたおばさんは、なにやらATMを操作すると、卸した数枚の一万円札をトオルに押し付ける。
「あ、あのう、これは」
「受け取ってもらいたいの。あなたがいなかったら、お金どころか命を取られる所だったわ。本当にありがとう」
ちらりと確認しただけでも、十万円はありそうだ。思わぬお礼にトオルは心臓をどぎまぎして、少し体が重たく感じた。
『お、おい、トオル。ガット・ネロマスクの魔法が揺らいでいるぞ。早く人がいない所へ行け!』
トールの焦った声に、トオルは一瞬理解できなかった。しかし、視線を自分の手元に持っていくと、お金を持っている黒いグローブが少し薄れ、わずかに肌色の手が見えた。魔法が解けかけているのだ。
「あのう、あなたは噂のヒーロー、黒猫仮面よね? あの、サインを」
「ああ!! 助けを呼ぶ声が聞こえる! 私は行かなくては、ではさようなら」
トオルは白々しい誤摩化しでおばさんの頼みを遮り、大慌てで外へ飛び出した。そして、ふらつく飛行で少し離れたビルの隙間に着地して変身を解く。
「はぁー、危なかった。いったい、どうして魔法が解けたんだろう?」
今まで期待を裏切らなかったガット・ネロマスクの魔法。それが解けてしまった事に首を傾げるトオルにトールはため息をつく。
『正義の願いを込めた魔法であるガット・ネロマスクは、正義の心がないと変身できない。なのに、さっきお前、お金を貰った時に欲望で正義が揺らいだだろう。だから変身が解けたんだよ』
「な、なんと。それじゃぁ、ガット・ネロマスクの弱点はお金?」
『さぁな。他にも女の子のパンツとかでも解けるかもな』
「そりゃ、嫌だなぁ」
金や女の子のパンツに弱い正義のヒーロー。格好悪いので、あまり人に知られたくはないと、トオルは首を振って気を取り直す。元々お金を下ろしてスーパーに買い物しに行こうと思ったが、今更ATMに戻っておばさんと顔を合わせたくはない。せっかくなので、トオルは貰ったお金で買い物をした。
家に帰ると、レバーの匂いに三匹は大はしゃぎ。生のレバーを少しだけ分けてやり、料理をした。レバー、ニラ、にんじん、たまねぎ、ピーマン、ゴーヤ等を焼き肉のタレで炒めたものをレバニラと呼んでいいのかは知らないけど、まぁ、とにかく出来た。
『ふむ、悪くはないな』
賢者様もご満足で、トオルと賢者と黒猫三匹で夕飯を楽しんでいると、急に玄関の扉が開いた。
「あれ、安奈かなぁ」
トオルが玄関へ顔を向けると、安奈ではなく、三十半ばの男が上がってきた。少し癖のある黒髪、半眼で目つきが悪く、黒いスーツとネクタイをしていた。
『おい、なんだよ、こいつ? 借金取りって奴か?』
トールは心を構えた。この世の闇を全て背負ったかのような瞳、ただ者ではないと彼は感じとったのだ。しかし、トールの質問にも答えられないトオルは、男に向かって声を裏返させる。
「って、お父さん! どうして来たの?」
『は? お父さん?』
トオルの思わぬ答えに、トールは気が抜けてしまう。
「家に来たのは、ここが俺の家だからだ、トオル。まぁ、何度も帰れなくてすまないな。まぁ、詫びにうなぎでも喰いに行くか?」
『なんて、こった!?』
父親の思わぬ提案に、トオルは自分が作ったレバニラを忌々しげに見下ろす。なんとも、間の悪い時に作ったものだ。
「いや、うなぎはまた今度な。いやぁ、トオルの作ったレバニラはおいしそうだ」
「はぁ、うなぎ、かぁ」
慌てて言い繕う父親を見ずに、トオルは食べ損なったうなぎに思いははせる。三匹も不満そうに鳴き声をあげる。
「しかし、トオル。お前はいつの間に猫を拾ったんだ?」
「あ、こいつらは、えっと、エルフィー、ラジー、マリー嬢って言うんだ。へ、へへ、かわいいでしょ。一ヶ月ちょっと前に拾ったんだ」
エルフィーたちの事は当然の聞かれるだろうと思って、父親をどうやって説得するのか考えていたと言うのに。トオルの父である田中則也はなかなか帰ってこないので、すっかり油断していたのだ。
トオルは緊張したまま父親の顔を伺う。彼が不機嫌そうに眉をひそめているので、「元の場所に戻してきなさい」と言われるかもしれないと、トオルはどうにか説得する方法を考えるが何も思いつかない。
そんなトオルの様子に、父親は「はぁ」とため息をつく。
「そうか、仕方ない。一ヶ月も無事だったら平気だろう。ただし、お前が世話をして、大家サンにばれないようにしろ」
思わぬ提案にトオルは顔を輝かせる。
「ほ、本当!? 本当にいいんだね?」
「あぁ、ただし、俺は大家さんに言い訳したりはしない。ばれたら速攻で保健所行きだ」
「あ、ありがとう」
『『『よかった』』』
トオルと三匹は一瞬安堵したが、あの恐ろしいOOYAの形相を思い出し、また体を震わせる。父親はやれやれと言いたげに自分の食器を用意する。
「さて、トオルのレバニラをいただくとしようかな」
彼がなんとなくテレビをつけたとき、チャンネルはニュース番組になっていた。
『緊急ニュース報告です。今日午後5時35分、東京のATM強盗が現れました。男三人は現場に出くわした女性一人にナイフをつきつけた所、噂のヒーロー、猫耳仮面によって倒されました。その時、監視カメラにそのヒーローが映ったとの事で、今回、猫耳仮面の姿が明らかになりました』
『おい、トオル。これ、お前のことじゃね?』
思わぬニュースにトオルは口に含んでいたレバーのかけらを出してしまった。ここのテレビ局は仕事が早すぎる。たしかに、黒いマントを翻す少年はまぎれもなくトオルで、おばさんの「かっこ良かった」というコメントが憎らしい。
トオルは恐る恐る父親の顔を伺うと、彼は顔をしめて睨むかのようにニュースを見つめる。
「ふむ、なんだかトオルと同じぐらいの背だな。中学生か?」
鋭すぎる父親の言葉に対して、トオルの心臓が倍速で鼓動をうつ。
「そ、そんなわけないよ。きっと、ボクサーとか、そういった人だよ。ほら、ボクサーのライト級って体の小さい人が多いじゃない」
「ま、体が小さいからライト級なんだろ」
慌てて言い繕うトオルに、父親は怪訝な視線を向ける。しかし、彼は大きくため息を吐いて首を横に振る。
「しかし、中学生にしろ、高校生にしろ、人助けとはいえ危ない事をするのは感心しない。トオルも、誰かが危ない目にあっていたとしても、まずは警察や大人を呼びなさい」
「は、はい。分かってます」
『ま、トオルは今回で四回もすでに戦っているがな』
父親と目線を合わせずにトオルは頷いて、ギグシャクしながらも父親との会話も終わらせた。しかし、自分の部屋で布団に潜り込んだ後も、トオルはずっともやもやした思いをくすぶっていた。
「ねぇ、トール」
『なんだ、早く寝ないと寝坊するぞ。夜更かしする奴は禿げるんだぞ。このハゲ』
「いや、分かってはいるけど、ってそんな話じゃない」
トオルが攫われた時は自分の事が中心だったけれど、デパートや遊園地での戦いは自分だけでなく沢山の人が巻き込まれてしまった。特に、安奈と黄麻はトオルの大切な友達だ。
「父さんは人助けのためでも危ない事をしちゃだめだって言っていたけれど、それでいいのかな? 僕にとって無関係な人が巻き込まれていたとしても、僕はきっと助けたいと思うし、それが大事な人なら絶対に飛び込んで行くと思う」
『さぁな。人はいつだって選択をする。食後のデザートはケーキにするかプリンにするかとかな』
「いや、そんな単純な事じゃ」
『まぁ、それでそれぞれ優先順位があるわけよ。洋菓子より和菓子とかな。誰にだって、絶対に譲れないものがあるものさ。それで、あのおっさんにとっては、見知らぬ人たちの命より、お前の安否の方が大事って言う訳じゃねぇか。父親なんだから』
「そうか。なら、戦うのはできるだけ控えた方がいいのかなぁ」
トオルはそう言いながらも、安奈と黄麻の顔を思い浮かべる。きっと、二人が危険な目に合っていたら、手を出さないという事に顔をしかめてしまう。
『ま、それはあのおっさんの優先順位だ。お前がそれに従う必要はねぇよ。ま、少しぐらいは考慮してやった方がいいとは思うがな』
トールに言われて、父親の事を考える。トオルだって、母親が死んだと聞いた時は、さんざん泣いて苦しんできた。いや、今も苦しく思う時がある。そう、自分は絶対に父さんのそばにいるとトオルは心の中で誓った。
「うん、そうだね。プリンとケーキの両方を食べるような人間になるよ」
『何言ってんだ。ずいぶんと食い意地の張った奴だな』
「君が言い出した例えじゃないか」
口を尖らせながら言いつつも、トオルはこっそり笑った。
よう! 鰻が食いたいトールだぜ。
鰻の蒲焼きは良いよな。あの甘いタレがしみ込んだふっくらとした食感、あの舌触り、本当にたまんえぇぜ。寿司に並ぶ絶品だ。
しかし、海外の鰻料理の鰻パイは許せる。しかし、鰻のゼリーとか、鰻のシチューはなんだ。鰻の良さが台無しじゃねぇか!? しかも、一部の奴らは蛇みたいで嫌いだという話もらるらしいぜ。世界に、鰻の蒲焼きを広めろ! いや、待てよ。鰻の美味しさが世界に広まったら、まぐろみたいに鰻の値段が跳ね上がるか? やっぱ、いいや。トオルの手に届かなくなる。
とまぁ、こんなくだらない話は以上だ。次の話が何十年先になるかは知らんが、気長に待てよな。