第45唱 絆の有無はそれを信じているかどうか
ガット・ネロマスクと別れたピングルは走る。彼に敵を任されたのだ。たとえ、最も信頼していた相棒とかつての力を失って心もとないとはいえ、彼との約束をたがえるわけにはいかない。
敵を見つけて倒す、それが叶わないならガット・ネロマスクを呼ぶ。この混乱を必ず収めないといけない。
彼女は怪しい建物を捜索する。着ぐるみが犠牲者を求めるかのようにうろうろしているが、彼らの本当の役割は見張り。上空から見た時の着ぐるみの数はおよそ七体で、それぞれ建物の入り口を守るようにうろうろしている。
「さてと、どこに隠れているのかしら」
何かのアトラクションに、お土産屋さん、ピザ屋さんなどの建物が並んでいる。よく観察すると、ピザ屋さんだけ二体のぬいぐるみがうろついている。
「さっきもハンバーガーを食べていたし、ひょっとして……」
そうと決まったら即断即決。いくら単純な魔法しか使っていないとはいえ、今の彼女にはもうあまり余裕はない。
彼女は着ぐるみがこちらに背を向けた瞬間、建物の隙間から飛び出し、訪朝に念動力の魔法を上掛けしながら二体の着ぐるみの首を切った。
彼女は扉を蹴り飛ばそうとして失敗した後、扉を手前に引いて中へ入る。すると中央のテーブルに座り込んで、自分の体よりも大きなピザを抱え込んでかぶりついているテディベアがいた。
テディベアとそれを守るようにそばにいたピート君の着ぐるみが驚いたかのように顔を向けたが、ピングルは先手必勝と言わんばかりに床を蹴って右手を少し下げて包丁の刃を上に向ける。
息を吐きながら持てる力と魔力を包丁に集中させ、フライパンを持った手を後ろに引いた時の遠心力を利用して右手を突き出す。
その素早い突きは残念ながらかばうように飛び出してきたピート君着ぐるみの胸に突き刺さり、右手首が中にまで入り込んでしまう。
着ぐるみに両手を伸ばされかけるのを見て、ピングルは素早く右手を抜き、後ろへ大きく跳ぶ。
「あら、残念だったわね。本当に危なかったわ」
テディベアが挑発的に話すけど、大きなピザを抱えている姿は可愛いとしかいいようがない。
「本当におしかったわ。でも、次で決める。あなた自身なら私でも勝てそうだしね」
ピングルはフライパンと包丁を構える。そんな私の姿を滑稽に思ったのだろう、テディベアはクスクス笑う。
「あらあら、勇ましいお嬢さんだこと。だけど知っているかしら? 私は三段階変身できて、まだあと二回の変身を残しているって事」
「……それ、そのテディベア姿も変身にカウントされているの?」
たしかに、そばにいるピート君の着ぐるみから脱皮するかのようにテディベア姿に代わったけど、弱体化したようにしか見えない。
「ふふふ、私の持つ第三の姿に驚くといいわ!!」
テディベアが両手を大きく広げると、そのお腹に光の線が走り、その割れ目から何かが出て来た。
「……こりゃ、驚きね……。でも弱そう」
飛び出してきたのは、ブリキのレトロなロボットのおもちゃ。年季が入っていて、ちょっとプレミアがつきそうだ。
「さぁ、行きなさい!」
トイ・スローターがブリキの腕を振り下ろすと、着ぐるみとテディベアが襲いかかって来た。
ピングルはフライパンで着ぐるみの首を飛ばし、テディベアを蹴り飛ばす。それで終わり。二人を遮るものがない。
「…………」
トイ・スローターとピングルの間に沈黙が支配する。
ピングルがどうやってぶちめそうか考えていると、トイ・スローターがあわててブリキの腕を振る。
「あ、あと、最後の変身を残しているんだからね。か、覚悟しなさい……。はぁっ!!」
トイ・スローターが思いっきり気合を入れると、背中のぜんまいが勢いよく回ってはじけ。そのぜんまいの穴から光が溢れて、そこから人影が飛び出す。
「これが私の最終形態よ」
大人の女性ぐらいの背丈で、半分が手足の長いテディベアの形をしていて、半分はブリキ製のアンドロイドみたいな恰好をしていた。
「さぁ、覚悟しなさい。魔法少女ピングル? とやら」
テディベアとブリキのロボットと頭を反対にとりつけた着ぐるみが彼女に襲いかかって来る。でもやっぱり、ピングルはあっと言う間に蹴り散らすけど、おもちゃを完璧に倒すには骨が折れる。
「このままじゃ、ジリ貧、ね……。しかたない――」
ピングルはトイ・スローターの顔面に向かって業務用フライパンを投げつける。トイ・スローターが思わずたたらを踏んだすきに、ピングルは走り込んで左手を着ぐるみに向ける。
「ピングル・スイングル・タキ=シード!! フレイル・バーナル・ファイラレル!! 炎よ、燃えなさい!!」
彼女の左手の人差指から二メートル先まで届く程の火炎放射がトイ・スローターとおもちゃたちを包み込む。テディベアは一瞬で燃え上がり、ブリキのおもちゃはひしゃげ、着ぐるみは前半分に火がつく。
「あちちちちっ!!」
トイ・スローターは見た目以上に燃えにくい性質らしく、テディベアみたいな半身をはたくだけで火を消した。
「くっ、クロー!! こっちよー!!」
ピングルは自分の声が届く事を祈りながら叫ぶ。彼女が慌てるのも無理はない。トイ・スローターはほとんど無傷だし、着ぐるみは燃え続けたままこちらへ向かってきているのだ。
「ふー、ふー……。全く、ひどいじゃない。こんなに暑い日にアッツイ火をかけるなんて……」
トイ・スローターはピングルを睨みつける。
「……でも、あんたは自分が出した火に焼かれるのよ!」
その一声で燃えている着ぐるみがピングルに飛びかかる。燃え尽きるまで多少の時間がかかるため、彼女は今まで火の魔法を使わなかったのだ。自分で出した炎で焼かれたくはない。
「くっ、……ギンがいれば、こんな奴……」
もう一度魔法で燃やせば着ぐるみを完全に炭にできるだろうけれど、その分魔力を消費してしまう。もうあまり余裕のない彼女は逃げ続けるしかない。
しかし、それも簡単ではない。テーブルを倒したり、包丁で切りつけたりしながら逃げているが、着ぐるみが走った後のテーブル等に火が燃え移り、彼女が動き回れる幅が徐々に少なくなっていく。
「あなたはもう終わりよ。ハハハ」
高らかに笑うトイ・スローターにむっとしたピングルは、逃げる向きを変える。
「ハハハはちっ!?」
ピングルは燃える着ぐるみを切りつけて熱くなった包丁を、トイ・スローターのテディベア側の体に突き刺したのだ。刺し傷と熱傷の苦痛に呻くトイ・スローターは怒りで睨み返してくる。
「この小娘、今度こそ覚悟しなさい!!」
ピングルがトイ・スローターに刺さった包丁を抜く前に、着ぐるみが胸元にタックルしてきた。そう、火ダルマになっている着ぐるみだ……。
「きゃっ!!」
ピングルは着ぐるみのタックルに尻もちをつく。
しかし、致命的なのは胸元に燃え移った火だ。服を脱ぐ為のファスナーがついている胸元なのだ。上下が一体になっているため、ファスナーに触れられなければ、脱ぐ事が出来ない。
もちろん魔法を使って火を消したり、やけどを覚悟したりすれば脱ぐ事もできるだろうけれど、全身にまで炎が回った着ぐるみはそれを許さない。さらに彼女を燃やそうと近づいてくる。
「くっ!!」
熱さとあせりで苦悶の声を漏らす。胸元の火の熱気に加え、着ぐるみの炎のせいで汗が滝のように流れる。
「さぁ、燃えなさい!!」
トイ・スローターが甲高く叫んだ時だった。
窓ガラスが割れる甲高く澄んだ音と共に、真っ赤でレトロな作りの消火栓がヌイグルミの脇腹に激突して吹き飛ばす。
「ピングル!!」
そんな叫び声が聞こえたと同時に、訳も分からずに思いっきり引っ張られる。背中に手を回されて体がふわりと浮かびあがったと思ったら、物凄いスピードで移動させられ、気がつくと大量の水を浴びせられた。
「ご、げほっ! かほっ!」
「だ、大丈夫?」
気管に入りかけた水を彼女が吐いていると、すぐそばで心配げな声が聞こえた。
「くっ、クロ…………。えぇ、大丈夫……」
近くで壊された消火栓から水が噴き出し、彼女の胸についていた火を一瞬で消していた。彼女はそれを確認してほっと一息つくと、ガット・ネロマスクの手から身を起こす。
「ありがとう、クロ。助かったわ」
しかし、胸元が燃えてしまったせいか、立ち上がる際、変装のために着た服がお腹のあたりまでずり下ってしまい、隠していた私服が露わになる。
それを見たガット・ネロマスクが驚いたように息を飲む。
「き、君……」
彼が驚きに震えた声を聞いて自分の正体を知られた事を悟った、魔法少女ピングル、いや、渡辺薫はため息をつく。
「……ふー、ついに私が誰だかばれちゃったみたいね、ガット・ネロマスク。いや、トオル君。本当ならもう少し様子見て明かそうと思っていたんだけどね」
「えっ……、薫、さん?」
彼女が仮面を取って見せると、マスクから覗く彼の瞳がまん丸になる。その様子がおもしろくて、少し笑う。
トオルは落ち着かない様子で目玉だけをキョロキョロと動かし、少しそっぽを向く。
「……え、えっと……。君、薫さん、だったんだね。言われるまで、気がつかなかったよ」
「え、言われるまでって……、私の服を見たから気がついたんじゃないの?」
「い、いや~……」
いぶしかげな顔をする薫の顔の少し下をトオルが指差す。
服の胸元がこげて穴あいていた。ぎりぎり見えない程度とは言え、乙女なら普通恥じらうであろう。だが、普通ではない薫にとっては、トオルの言動のせいで自分から正体を明かしてしまった事にむかついた。
薫の拳が腹に叩きこまれて、トオルは「ふゲッ!!」とカエルが潰れたような声を漏らした。
「さぁ、トオル。もたもたしている場合じゃないよ。あの化け物を何とかしないと!」
「……けほっ……、君のせいじゃないか」
二人はトイ・スローターが逃げた方向を睨みつける。そちらはエントランスゲートの方向で、沢山の人が集まっていた所だ。
「ねぇ、クロ。向こうの人達は逃がしてあげられたの?」
「通せんぼしていたアトラクションはあらかた倒したけれど、あれだけの人だもの、まだ半数ぐらいは避難できていないと思う」
「……なら、急がないとね。せっかく知り合ったのに、二人が傷つくなんて嫌だから……。私も戦いたい所だけど、これ以上は無理ね」
薫はため息をつきながら地べたに座り込んだ。トオルを見上げた彼女の顔は口元だけ微笑む形を作っているが、その瞳はとても悔しげな色が浮かんでいる。
「急いだ方がいいわ。あいつはおもちゃの中に潜む事ができる。また隠れられたら面倒よ」
「分かった」
トオルは頷いてすぐに飛び立った。それを見送っていた薫は皮肉に笑う。
「はは……、こんなザマじゃ、私の願いが叶はないかもね……」
それでも、彼女は自分の願いを諦める気なんてありやしなかった。
◆◇◆◇
トオルは猛スピードで飛んでトイ・スローターを追っていた。ガット・ネロマスクに変身したトオルと直接戦えば負けると悟っているのだろう。建物の影に隠れようとしたり、近くにいたオモチャやアトラクションで足止めしたりしてトオルを振り切ろうとする。
しかし、トオルも負けていない。ぬいぐるみを踏み台にして跳んだり、突撃してくるジェットコースターの上を駆けたり、ロボットが放ってくる飴で出来たシャボン玉を口で受け止めたりしてトイ・スローターを追う。
しかし、そうやって追いかけっこしているうちにエントランスゲートに辿りついてしまった。そこにはまだ少なくない数の人達が逃げ遅れており、そのすぐそばには全く同じ形をしたピート君の着ぐるみ十三体が身構えていた。
「ふふふ、偉大なる賢者さん。どうやら私の勝ちのようね」
トイ・スローターは高らかに宣言すると、着ぐるみのうちの一体の中にもぐりこみ同化した後、着ぐるみ達はぐちゃぐちゃに動き、どこにトイ・スローターがいるのか分からなくなる。
『はん、馬鹿じゃねぇか? そんなの、かたっぱしからぶっ飛ばせばいいだけの話じゃねぇか。今の俺達ならそんなの余裕だぞ』
トオルが着ぐるみ達の前に着地して構えると、巻き込まれる事を恐れた人達がこぞってその場から離れようとする。
『ハハハッ!! そんな考えは甘いですよ。こっちには人質が……って、話の前に攻撃するな!!』
トオルが着ぐるみの両腕を掴んで二つに裂くと、トイ・スローターが慌てた声を出す。自分が潜む着ぐるみを知られない対策なのか、その声はテレパシーのようにどこからか落ちてくる感じの声だった。
『はん、なんで敵が語り終わるのを待たなくちゃなんねぇんだ。そっちの都合なんて、知ったこっちゃない。そら行け、トオル!』
『まてまて、あなたのお友達がどうなってもいいのかしら!?』
「ともだ……ち?」
攻撃をしいようとしていたトオルだったが、トイ・スローターの言葉を聞いて思わず足を止める。安奈と黄麻の顔が脳裏をよぎる。
『そう、可愛らしい女の子よ。もう一人の男の子に聞いてみたらどうかしら?』
「もしかして、安奈!?」
トオルは慌てて人ごみの中から二人の顔を探すと、着ぐるみ達を回り込むように人ごみを走る黄麻の姿を見つける。
……隣に、安奈の姿はない……。
「ガット・ネロマスク!! 助けてくれ!!」
彼の悲痛な声がトオルの胸をざわめかせる。
「俺の友達、安奈がヌイグルミの中に押し込まれた!! 助けてやってくれ!!」
「『なっ!?』」
トオルは着ぐるみを振り返る。どれも同じにしかみえない。どれにトイ・スローターが潜んでいて、どれに安奈が囚われているのかが分からない。
『ふふふ、ようやく分かったかしら? あなたは、私をうかつに攻撃できない。ここから先はワンサイドゲームなのよ』
襲いかかって来た着ぐるみ達にトオルは焦る。安奈を傷つけてしまう恐れがある以上、下手に手出しできない。
着ぐるみが振るう腕をかいくぐり、着ぐるみの内の一つの背後に回り込み、その頭に両手をかける。
「これが、安奈か!?」
その手が頭を引っこ抜く前に、横から別の着ぐるみに体当たりされて吹き飛ばされ、地べたを転がる。それを待ち構えていた着ぐるみが振り下ろした蹴りをなんとかトオルは転がり避けて、地面を蹴る。
トオルは一旦飛び上がって態勢を整えようとしたが。
「うぐっ!!」
腹に宙を走るジェットコースターが激突し、そのまま建物で挟んで押しつぶそうとする。
なんとか壁に足をつけて踏ん張ろうとしたが、そのまま壁を壊して反対側へ突き抜ける。脚から全身にまで響くような痛みに堪え、バックドロップでジェットコースターの軌道を地べたに変える。
ジェットコースターは垂直に落下し、コンクリートを砕いて大きな穴を作って大破する。
「……はぁ、はぁ……」
トオルは肩で息をしながら下を見下ろす。安奈を隠している着ぐるみが今だに分からず、どれを攻撃したらいいのかが分からない。
『どうするか、トオル』
トールが訪ねてくるが、トオルは答えられない。
「安奈を探すには……、どうしたらいいのか……」
彼女を見つける方法を考えていると、ふとシアターで見た夢を思いだした。
虫取りに来て道に迷ったトオルを探してくれた安奈。
彼女は言っていた。人の絆は目に見えないけど、それを信じるからこそ在るのだと。
ならば、彼女との絆をただ信じていればいい。星と星を心の中でつないで星座を作るように、ヒトとヒトを繋ぐ絆を心の中で描けばいい。
安奈は暗い森の中で迷ってしまった自分を見つけてくれた。
今度は、自分が安奈を見つけてあげる番だ。
トオルはそっと脳裏にあの時の星空を思い浮かべて口を開く。
星が輝く空見上げても 星座なんて見えないけど
光を映す君の瞳は 何を思っているのだろ
暗い森の中で 一人でさまよってた
空っぽな虫かごが とても悔しくて
道を踏み外して 涙を飲み込んだ
寂しさを無視して 空を見上げる
星と星の間に 線はないけれど
信じる心こそ 星の絆 君が教えてくれたね
星が輝く空見上げても 星座なんて見えないけど
光を映す君の瞳は 何を思っているのだろ
世界中の誰もが 胸に星を抱いて
真っ暗な世の中 歩いて行くけれど
ちっぽけな光が 心もとなくなり
前に進む事が とても怖くて
移ろいゆく世の中 思い出あせるが
信じる心こそ 強い絆 僕らは永遠だよね?
君がなぞった空見上げても 星座なんて見えないけど
君と僕の心結んでる 絆感じているのだろう
君の姿が見えなくなり 不安に襲われるけど
君と僕を信じてる 「きっとまた会えるよ」って
星が輝く空見上げても 星座なんて見えないけど
光を映す君の瞳は 何を思っているのだろ
人はちっぽけかもしれないが 心に星を抱きしめて
一人、一人を繋ぎ合わせて この空大きな星座描いてる
歌い終わったトオルの心は星空のように澄んでいた。星と星を繋いで星座を描くように、トオルと安奈の間に繋がりができ、彼には彼女の居場所が直感的に分かった。
トオルは空から見下ろす。彼を見上げている着ぐるみ達の輪の中、一番外側で安奈が閉じ込められている着ぐるみに空から鷹のように鋭い角度で急降下する。
着ぐるみが動く暇も与えないで、その頭に両手で外して放り投げると、その中には瞳を閉じて気を失った安奈がいた。
『トオル!!』
安心したのもつかの間、トールの警告に周りを窺う。背中のファスナーを下ろしているトオルに、着ぐるみが飛びかかってきた。彼が安奈をかばいながら着ぐるみ達を蹴り飛ばしていたが、いかせん数が多すぎた上、トイ・スローターが傍にいるせいで少し強くなっていた。
「ぐっ!!」
頭に強い衝撃が受け、トオルはたまらず安奈から手を離してしまう。空中で態勢を立て直す中、安奈が着ぐるみの一つに連れ去られるのを目にする。
『急げ、トオル!!』
「言われなくても!!」
トオルが後を追うと、半分がテディベア、半分がブリキロボの異形が着ぐるみからすり抜ける。
『あいつめ!!』
トイ・スローターが抜けた着ぐるみは振り返って、トオルを足止めしようと身構える。
「邪魔するなー!!」
トオルは着ぐるみを雑に殴り飛ばし、トイ・スローターの後を追う。トオルの方が圧倒的に早いはずなのに、周りのアトラクションに邪魔されてなかなか追いつけない事に彼は舌打ちする。
人を傷つける者と人を守る者が追いかけっこしていると、彼らは観覧車にまで辿り着き、トイ・スローターが気絶した安奈を抱えたまま、ゴンドラの上に飛び乗る。
『はっ、そんな所に逃げたって、空中ならこっちが有利だ!』
トオルは地を蹴って飛び上がる。トオルの言う事は理解できていたが、敵も馬鹿じゃないはず。わざと危険な所へ安奈を連れていく事で、こっちが攻めにくくなる狙いかもしれない。
ゴンドラは通常よりも速く動いている。下手に揺らして安奈が落下しないように気をつけなければならない。高所から落下する事も危険だが、その途中で鉄の支柱に頭をぶつけたりすれば命はない。
トイ・スローター乗っているゴンドラを追ってトオルが飛んでいる時だった。突然こめかみに走る痛みに頭を押さえる。
「つっ!?」
『と、トオル!!』
トオルはたまらず、手近にあったゴンドラに着地する。頭痛がひどく、頭に流れ込む血が脈打っているのを感じる。
「……な、何が……」
こんなに頭が痛いのは、四十度の発熱が出た時以来だ。
『トオル、まずい事になった』
苦々しい様子のトールに問いかけようとしたが、頭痛に顔をしかめて押し黙る。
『魔法を使いすぎた反応だ。魔法を使いすぎれば、体に負荷、特に頭へ影響が出る。お前の魔力なら魔法を馬鹿みたいに使っても問題ないと思っていたが、長時間の飛行と怪力、おまけに召喚魔法を使わされて限界に近付いているようだ』
「……そ、そんな……。どうしたら……」
トオルは顔を上げて敵の姿を見る。トイ・スローターはこちらの様子を怪しく思っているようだ。こっちがピンチだと知られたら、思い切って襲いかかってくるだろう。
『トオル、マントを消せ。飛行魔法は魔力の消耗が大きい方だ。怪力だって、要所要所で使えばまだまだ戦えるはずだ』
トオルはマントだけ変身を解いた事などなかったが、意識するとマントは空気に溶けるように消えて言った。彼のコントロールが良かったというより、それだけ彼に限界が近づいている可能性の方が高かった。ゴンドラの上でマントが消えたのは不安で仕方がないが、頭痛がすっと収まった。
「……さて、どうするか……」
さっきまでは痛みで気がつかなかったが、三十キロのスピードで動いていたゴンドラは少し早めに自転車をこいだぐらいにまで落ちていた。
『おそらく、向こうも限界に近付いているようだな』
そう、戦いも終盤に近付いていた。
「チャオ! ミステリアスな魔法少女ピングル、こと渡辺薫です。
もう、トオル君って、本当に鈍いわよね。絶対に私の正体がばれたと観念して自分から話したのに、言われるまで気がつかなかったなんて、正体を明かした私がバカみたいにじゃない。変身ヒーローで、これだけ情けない正体のばれかたをしたのは歴史上私が初めてじゃないかしら。ほんと、嫌になっちゃう。
所で、変身ヒーローの正体という話で、一つ豆知識。タイムボカンシリーズのオタスケマンとオジャママンは、変身して出撃する際にメカについている小さいマークを別のマークに変えるだけ。乗用車ならナンバーを偽ナンバーに変えて偽装するのならわかるけど、あの特徴的なメカのちっこいマークを変えるだけで、どうして正体を隠せるのやら。むしろ、マークが変わっていることに気がつく方が難しいぐらい。
あら、結構長々とおしゃべりしちゃったみたいね。今回はこれでおしまい。次回も楽しみに待っていなさいよ。」