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第44唱 行為行動には理由がある

 ハンバーガーショップの中も比較的きれいだった。しかし、そこに異変がなかったわけではなかった。

「ねぇ、クロ。何あれ?」

「さぁ……」

「なんか、ウマそうなんだな」

 ピングルが指差したテーブルには、ピート君の着ぐるみがその大きさにかかわらず器用に座ってハンバーガーを食べていた。ハンバーガーは物凄い高さで、数枚のハンバーグや何かの揚げ物など胃もたれしそうな一品だった。おまけに、上から順番に犬喰いする形なので、わざわざハンバーガーにする意味も分からなかった。

「ただの着ぐるみが食べ物を食べるわけがない……てことは、こいつが本体かも」

 着ぐるみはハンバーガーに夢中になっていて、近づく二人と一匹と賢者に気がつかない。

「そこのあなた、いったい何者!!」

 ピングルが指差して詰問すると、着ぐるみは重たそうな頭を勢いよく振り上げる。着ぐるみはしばらく戸惑ったあと、勢いよく立ちあがって雑魚敵が襲いかかってくるようなポーズをとる。

「何やってるのかしら、こいつ」

「さ、さぁ……」

 襲うポーズばかりで襲いかかってこない着ぐるみに僕らは首をかしげる。バッ君はそんな事にかまわずハンバーガーにかぶりついている。

『おい、トイ・スローター!! ただの着ぐるみがハンバーガーなんて喰うもんか! 雑魚敵のふりをしたって無駄だ。むしろ滑稽なだけだぞ!』

 トールに言われて、着ぐるみは諦めたかのように肩を落とす。

「そう、木の葉を隠すなら森の中、人を隠すなら着ぐるみの中。上手い考えだと思ったのに……」

「いや、それって単なる変装じゃないかしら?」

 ピングルに言われて暫し押し黙ったあと、何事も無かったかのように続ける。

「……食事をしている事で正体がばれてしまうとは、あなたたちの策にはやられましたね」

「いや、別に策なんかじゃないし」

 トオルに言われてふたたび押し黙る。その間にも、バッ君がテーブルの上のハンバーガーを平らげた。

『はん、この脳なしがいくら考えたって無駄だ。そんな話より、お前達の目的について話してはくれないか? どうせ俺達が勝つぜ。先に吐いちまったら元の世界に送り返してやるだけで済ましてやるぞ』

 トールが高飛車に脅す。直接戦わないくせに、メチャクチャ偉そうだ。

「それはお優しい事で。でも、ご心配なく。私は負ける気ありませんから」

『ほう、後悔しないんだな?』

「後悔するのはそちらではなくて?」

 トールとトイ・スローターの皮肉の言い合い。僕らに口を挟む余裕がないけど……。

「ねぇ、クロ。こいつ、何さっきから一人事言ってんの? 頭がイッちゃってるのかしら」

 どうやらピングルにはトールのテレパシーが聞こえないらしい。たしかに、トイ・スローターが挑発的な独り言を話す哀れな人にしか見えないだろう。

「まぁ、バレた以上こんな変装しても意味はないわね」

 トイ・スローターがそう言った後、着ぐるみの胴体部分から茶色い何かが分離するようにすり抜けてきてテーブルの上に着地する。トオル達よりも少し小さいぐらいのテディベアだった。

『ほう、この世界じゃ可愛らしい姿じゃねぇか。他の奴らとは大違いだぜ』

「あら、そうおっしゃるあなたも一風変わったお姿で。可愛らしい猫耳ですよ」

 テディベアが不敵に笑っている。凶悪な笑みを浮かべているんだろうけど、可愛いとしか言いようがない。

『ま、そんな下らないゴタクは心底どうでもいい。話す気がないんなら、吐くのを手伝ってやるよ。丁寧に締め上げてな』

「あら、ならやってみてなさいよ。無駄だと思……うわっ!?」

 ピングルに刃渡り三十センチもある肉切り包丁を振り下ろされて、トイ・スローターはその短い脚をばたつかせてテーブルの上から転げ落ちる。

「ちっ、外したわ」

 テーブルに大きな溝を作った彼女は右手に包丁、左手に業務用の少し大きめなフライパンを構える。

「ピングル、それどうしたの?」

「さぁ、ハンバーガーショップなのになぜか在ったから使っているのよ。武器なしじゃ心もとないからね」

 彼女が包丁の刃よりも鋭く笑みを浮かべる。姿形てきにはこっちの方が悪役みたいだ。

「ちょ、ちょっと、あんた! あんたいきなり攻撃してきて酷いじゃない。いったい何者よ!」

 トイ・スローターは構えているピート君の着ぐるみの後ろに隠れてキャンキャン吠える。

「私は魔法少女ピングルよ。ま、これから消えるあなたにとっては無意味でしょうけど」

「そんな物騒なもんを振り回して、どこらへんが魔法少女なのよ!?」

 非難の声を上げながらも、着ぐるみを操って突撃させてくる。

「ガット・ネロ・ティーテーブル・ターンオーバー!!」

 こちらがテーブルを投げ飛ばすと、着ぐるみもテーブルを投げつけてくる。テーブルとテーブルの激しいぶつかり合いにより、一瞬だけ目隠しとなる。

 トオルはすぐさま床を蹴って宙を舞うテーブルを跳び越し、着ぐるみに向かって蹴りを放つ。

 着ぐるみは窓際のソファーにまで吹っ飛んだが、何事もなかったかのようにすぐに立ち上がる。操り主であるトイ・スローターが近くにいるおかげか、今までのより少し強いらしい。

「でも、僕らの敵じゃないね。すぐに終わらす」

 着ぐるみは柔軟性があって、打撃がある程度効きにくいというだけだ。もう少しつよい打撃や、ひきちぎるとか斬撃といったものには弱い。

「それっ!!」

 ピングルに小ぶりな包丁を投げつけられ、着ぐるみは慌てて伏せて避ける。

「こいつを倒したら、後は本体だ。本体の姿から見ると、恐らく直接的な戦闘能力はないはずだ。これ以上被害者が出る前に片づけるよ」

「えぇ」

 僕らは楽勝だと思って着ぐるみに攻撃を加えようと構えた。しかし―

「ふふふ、さっきまでのおしゃべりとこの着ぐるみが時間稼ぎに過ぎないって分からなかったのかしら」

 いつの間にか店の外に隠れたのか、トイ・スローターの声が遠くに聞こえて来た時、ガラス張りの壁からあのトラウマになりかけた機関車型のジェットコースターが飛び込んできた。

「ピングル!!」

 トオルは反射的にピングルを抱えて横に転がり避ける。店内のテーブルは一直線に薙ぎ払われ、砕かれて無残な姿になる。

「あれには蹴りをかましたくないね」

 ガット・ネロマスクの力がどの程度かは分からないけれど、危険は侵したくない。ジェットコースターは操られているせいかレール無しに宙を走っているが、幸いにも急な方向転換はできないようだ。しばらくしてから飛び出した所から再び店内に突っ込んでくる。

「それっ!!」

 ジェットコースターの頭にテーブルを投げつけて、素早くピングルを抱えて闘牛士のように避ける。もちろんテーブルは木端微塵、ジェットコースターの頭は半分潰れるも、そんなのおかまいなしに走り続ける。

「もっと本格的に壊さないとだめなのか。……やっかいだ」

 その様子を見ていたピングルは顔だけ動かしてバッ君を探すが、厨房のほうから聞こえてくる物音に少しだけあきれたような声を出す。

「バッ君! そんな所で食い意地はってないで、こいつをなんとかしてよ」

「えぇ、おいらは鉄なんて好きじゃないんだけど」

 しぶしぶ厨房からバッ君が出てきて、ジェットコースターの進路上に立つと、思いっきり口を開いて吸い込む。

「す、すごい……」『メチャクチャだな』

 バッ君の体よりもずっと大きいはずなのに、ジェットコースターはそうめんみたいにバッ君の口の中へと収まっていく。ジェットコースターが消えた後の店内は、まるで嵐が発生したのかと思うような状態だった。

「しかし、トイ・スローターを見失っちゃったな。せっかくのチャンスだったのに」

 気がつくとあの着ぐるみもいなくなっていた。ピングルは女の子のくせに舌打ちする。

「仕方ないわね。バッ君、もう一度探して!」

「いやなんだな」

「「へっ?」」

 僕らは慌ててバッ君を振り返ってみると、彼は仰向けになって腹をさすっていた。

「もう食べられないんだな。帰ってごろごろするんだな。またね、ピングル。今度はSUSIでも食べたいんだなぁ~…………」

「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ! お腹一杯って、あんたあれだけ喰っといて、ロクに働かずに……」

 彼女の制止も虚しく、バッ君から光が溢れた次の瞬間にはその姿が消えていた。

「あいつ……、今度は理不尽な報酬で召喚してやるんだから」

 仮面のせいで表情は見えないけど、外したらピングルの顔は物凄い事になっているに違いない。

「ねぇ、ピングル。もう一度召喚とかは出来ないの?」

「あぁ……、この召喚するための本は一度使ったら丸々一日程度は使えないのよ。色々と規則が厳しくてね」

 ピングルの悔しげな声にトオルはため息を飲み込む。ここで落胆したって、彼女を遠回しに責めているみたいだ。それより、これからどうするかだ。

「それで、クロ。襲われている人達を助けつつ、さっきの奴を探すの?」

「うーん……、そうするしかなさそうだけど、闇雲に探してもなぁ……」

 遊園地はおもちゃが星の数だけある。一つ一つ壊していっても、その間に被害が大きくなりそうだ。仮に全てのおもちゃを壊しても、トイ・スローターは他へ逃げてこの遊園地だけの問題では済まなくなりそうだ。今ここで決着をつけなければならない。

「ねぇ、トール。トイ・スローターって、本体が傍にいた方がおもちゃも強くなったと思うんだけど、もしかしておもちゃを操れる距離に制限があるの?」

『そうだな……。詳しく調べた事があるわけではないが、過去に戦った経験からすると、半径三百メートルは確実に操れるだろう。この遊園地全てをカバーしていると考えていいはずだ』

「そうか……、でも近い方が操る力が強いというのなら、遠く離れた方が弱くなるはず。このハンバーガーショップから少し離れた所で戦った着ぐるみと比べると、百メートル程でも力が弱まるみたい。とすると……」

「ねぇ、クロってば! なにあんたも独り言を呟いているの。ねぇってば!!」

 トオルがトールと相談して考えている様子に、トールの存在を知らないピングルがしかめっ面していた。

「ねぇ、クロ。もしかして、あなたさっきから目に見えない妖精とでも話しているの?」

「いっ、いや、……妖精じゃないよ。ぷっ」

『トオル、笑うな!!』

 いつも『飯がまずい』、『歌が下手くそ』とか文句ばかりつけられているトールが、蝶の羽をひらひらさせた妖精と同列にされて思わず笑ってしまう。

「それで、いったい誰と話してたのよ」

「いや……、時間がないから手短に言うけど、異世界の賢者の魂が僕に憑いているんだ。うん、名前はトールって言うんだけど、彼と話していたんだ」

 トオルはどう言ったらいいのか迷い、しどろもどろに説明する。

「ふーん……、あなたが魔法を使えるのはその「賢者」とやらがいるからなのかしら?」

「あ、うん。魔法を教えてもらってる」

 それで話は終わりだといわんばかりにトオルは人差指でこめかみを叩きながら考えをまとめる。

「……それで、あいつはおもちゃを操るためには百、二百メートルは近づく必要がありそうだ。しかし、さっきみたいにおもちゃの中に潜んでいたりしたら、それを壊さないと見つけられない……。いや、もしかしたらあのテディベア姿も仮の姿の可能性も……」

 今までの敵……、といってもたったの二人だけど、そいつらは真正面から戦いを挑んできた。しかし今回の敵はこの広い遊園地のどこかにいるのだ。探している間に人が傷つけられるし、人を助けていたら敵がどこかへ逃げてゲリラ的に戦うはめになる。防戦の一方だ。

 トオルは悔しげに唇を噛んでいると、ピングルも考え込む。

「ねぇ、クロ。ここらへんって、割と建物が無事じゃない?」

「え、ま、そうかもしれないけど」

 ハンバーガーショップは僕らが入って来た時は割ときれいだったし、店の周りも他の場所と比べたら被害が少なかった。

「ちょっといい、クロ。あいつ本体自体は攻撃力に乏しいんでしょ」

「そうみたいだね」

「と言う事はよ、あいつは私たちと戦ってはならず、私たちと遭遇してはならない。つまり、どっか安全な所で隠れてなくちゃいけない。できるだけ戦いの場に近い所で」

『そうか、なるほど! こいつ賢いじゃねぇか』

 トールは彼女の言いたい事が分かったようだけど、僕にはさっぱりだ。

「どういう事?」

「いいこと、あいつがおもちゃを操って人を襲っていたら私たちがやっつけえるでしょ。と言う事は、私たちと遭遇しないためにあいつ自身が人を襲えない」

「ま、そりゃそうだね。さっきだって、のんびりハンバーガーを食ってたぐらいだし」

 あの時は、トイ・スローターが余裕かましているのかと思った。トオルが何気なく言った一言にピングルが反応する。

「そう、そこよ。しかし、あいつは単に余裕をかましていたのではないわ。ねぇ、クロ、ハンバーガーショップの周りを思いだしてごらん」

「うーん、あまり被害がなかったね」

「そう、被害がなかったわ。あいつはハンバーガーショップの周りでは、人を追い払う程度にしか暴れていないと思うの。もしハンバーガーショップの周りで人を襲っていたら、あなたや私が駆けつけて戦ったはずでしょ。そしたら、ハンバーガーショップで戦わずにハンバーガーを食べている着ぐるみに不信感を持つはずでしょう?」

「そう言う事か!?」

 トオルは彼女の言わんとする事を理解する。

「あいつは僕らと遭遇しないように、自分が隠れている周りではおもちゃを戦わせないようにしていた。つまり、戦いの場に近く、なおかつ不自然におもちゃが暴れていない所を探せば、あいつの潜伏場所が分かるというわけか」

「そういうこと」

『ぎりぎり及第点だな、トオル』

 そうと分かれば、探すのが格段に楽になる。

「ピングル、ひとまず上空を飛んで、敵の位置を確認しよう」

「えぇ、いいわ。私、ある程度近づけば魔力を感じる事ができるから、建物の中で上手く隠れたって無駄だしね」

 ジェットコースターが壊した窓から外に出たトオルは、ピングルを脇に抱えて飛ぶ。少し風が強く感じる程の結構な高さではあるけれど、ピングルは慣れた様子で身を任せている。彼女も空を飛ぶ事に慣れているようだ。

「見て、クロ。ゲートの前で沢山の人が襲われていて、上手く逃げられないみたいいよ。人形ぐらいならなんとか戦えているみたいだけど、着ぐるみだとそうはいかないみたいね。金属製のアトラクションが暴れたら、立ち向かう事すらできないみたいだし」

「そうだね、一刻も早くトイ・スローターを見つけないと……。ねぇ、ピングル。あそこらへんの建物とか怪しくない? おもちゃがあそこらへんを避けているように見えるんだけど」

 トオルが指差した方向は妙におもちゃが暴れていなかった。おもちゃが全くいないという訳ではないけれど、人を襲うふりをして追い払っているだけのように見える。

 恐らく、そこがトイ・スローターの居場所だ。

「ねぇ、どうするの?」

 ピングルに問いかけられて迷ってしまう。このまま二人でトイ・スローターを倒せば事件は早く解決する。

 しかしそれだと、向こうで暴れている乗り物のアトラクションは普通の人には止められない。トイ・スローターと戦っている間に犠牲者が出てしまうかもしれない。トオルの脳裏に一緒に遊びにきた三人の顔が思い浮かぶ。

 トオルは知っている。ついさっきまで笑いあっていたのに、もう二度と会えなくなってしまう事だってあるって言う事を……。

「いいわ、さっきの奴は私が引き受ける」

 優しげに、でもはっきりと言うピングルに目を見張る。

「あなたはみんなを逃がしなさい。あいつを見つけたら、思いっきり叫んで知らせるから、ちゃぁんと耳をかっぽじっていなさいいよ」

 不敵な声で言う彼女に、トオルは笑みがこぼれてくる。一緒に戦ってくれる仲間がいるって、本当に心強い。

 トオルは高度を下げ、彼女を下ろす。

「分かった。……頼んだよ」

「私はベテランな魔法少女なのよ。そっちこそへましないで」

 トオルはエントランスゲートの方へ飛ぶ前に、一度だけ彼女を振り返った。



マリー嬢「あら、ごきげんよう。今回はお留守番をしておりますマリー嬢ですの。今日もうちの執事はいまいちな動きですわね。もうちょっとスマートになって欲しいですわ。今回の後書きでは、この私が紳士淑女に必要なことをお教えしましょう……」

エルフィー「はい、マリー先生。うんちする時はどうするの?」

マリー嬢「もちろん、猫のお砂の上で用を足した後は、後ろ足でそっと砂をかけるのです。まわりに砂が飛び散らないように、気をつけましょう。紳士淑女としては当たり前の礼節ですわ。――では、みなさん。次回まで気長にお待ちください。ごめんあそばせ」


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